87.いつもとは違う夜
森の夜。
屋敷の寝室で、俺はベッドに大の字になって寝ていた。
なんだか疲れた。
一日でいろんなことがありすぎた。
ペガサス親子やダンジョン攻略、転売に支店に遺品配り。その結果知った偽造ぷちエリ。
ルベルに見つかるし、テティの問題が発覚するし。
今日解決したのってアルミラージのスピカが元気になってくれたこと、ラーナが成長したことぐらいか?
若返りのめどがついたから、ゆっくり過ごそうと思っていたのに。
忙しい一日だった。
きっと明日も忙しい。
――というか、偽造ぷちエリはどうしたらいいんだ?
はぁっと溜息を吐いていると、リリシアが寝室に帰ってきた。
お風呂を嫌がるテティと一緒にエリクサー風呂に入ったようだ。
ぷちエリもすでに飲ませてある。
「お疲れのようですね、ご主人様」
「今日一日でいろいろあったからな……一番の問題はやはり偽造ぷちエリか」
「偽物が出回る前に、ぷちエリを国中で買えるようにした方がいいのでしょうね」
「大商人と取引するしかないな……」
「教会の権力と組織を使えれば、ぷちエリを浸透させやすいのですが……」
「ソフィシアはあまりお勧めしないって言ってたなぁ……権力争い的なことがあるとかで。ただ、どの方法を選んだとしても、なんだかすっきりしないな……もやもやする」
「どうしてでしょう?」
リリシアの素直な問いかけに、俺は目を閉じたまま首をひねる。
「う~ん……後手に回らされているからかな。対処療法でしかないし、また別の方法で何かして来たら、また……」
「なるほど……根本的な解決にはなっておりませんね」
「もっと根っこから叩けるように、強い権力――あ」
俺はガバッとベッドに置き上がった。
ベッドの傍に立っていたリリシアが驚いて一歩下がる。
「そうか! もやもやの原因がわかった!」
「な、なんでしょう、ご主人様!?」
「教会にしろ商人にしろ、製法特許が取れない以上、利用される側になってしまうんだ。俺が主導権を握れない。だからもやもやしてたんだ!」
「た、確かに……でも現状ではどうしようもなさそうです」
リリシアが暗い声で言った。
俺は手で顔を覆いつつ考えた。
いったい何が問題なのか。何がうまくいく人と違うのか。
そんな時、ソフィシアの言った言葉を思い出した。
『教会の権力をバックにぶいぶい言わせていた』
「そうか……今の俺には国とか組織と言った後ろ盾がないんだ。小さな商いだけならよかったけど、ぷちエリがここまで大きな問題になってくると、個人じゃもう、どうしようもない」
「でも、今から後ろ盾になってくれる人を探すのでしょうか?」
「話ができる人は一人いるな。とても優しいおじいちゃんだが」
「え? ――まさか、国王様でしょうか!?」
「その通り。でも、目をかけてくれているというだけだ。人が良すぎて、強くは言えない人だからなぁ……交渉できるカードも持ってない。この国は貴族の発言権が大きいんだよなぁ……いや、待てよ?」
マリウスのことで、多くの貴族が訓告や罰金が発生した。
トムソン卿のことでも、貴族や政府高官が連帯責任となった。
――現状の国王はかなり風通しが良くなってそうな……発言権が増してそうだ。
うまく話を運べば、ぷちエリを……。
いや、何かもっと交渉の材料、もしくは恩を売りつけるような何かがあれば。
「うう~ん。一度、会って話をしてみるしかないか。いつでも遊びに来てくれって言ってたしな」
「そうですね。ぷちエリをお土産に持って行ってみては、どうでしょう?」
「ああ、それもありだな。さすがリリシア――え!? リリシア!?」
俺はなぜかベッドの傍に立ったままだったリリシアを見て驚愕した。
湯上りの彼女は白い肌を薄紅色に染め、華奢だけれど張りのあるスタイルを晒して立っている。
恥ずかしそうに少し俯き、胸元と腰を手で隠している。濡れて光る銀髪が体の曲線に合わせて流れていた。
いつものバスローブとは違い、着ているピンク色の寝巻が妖艶に透けていたのだった。
リリシアはもじもじと指をいじりつつ、頬を染めて呟く。
「今日、服屋さんでいただきました……ネグリジェと言うそうです。ご主人様がきっと喜ぶから、と」
「ああ! そう言えばあの夫婦、なにか企んでたな……こういうことだったのか」
「あ、あの……変でしたでしょうか? おいやでしたら、すぐに着替えて……」
「いや、リリシアは何を着てもきれいだ。ボロ着なら美しさが際立つし、美しい服ならそれに負けない美しさが……いやでも、なによりも心を映し出すかのような、リリシアのすべてが美しい――」
俺は率直に気持ちを伝えるとリリシアは、かあっと火が付いたように頬を染めた。
「う、嬉しいです、ご主人様……」
リリシアが、ふわっと銀髪をなびかせると寝ている俺の隣にやってきた。
俺の服を細い指先で脱がしつつ、可愛らしい笑みを浮かべて見上げてくる。
自然と頭を撫でていた。リリシアは気持ちよさそうに目を細める。
「いつにも増して可愛いな……というか傍に立っていたのは、全身を見てもらうためだったか。すぐに気が付いてやれなくてすまない」
「いえ、褒めてもらえて嬉しいですっ。ありがとうございます、ますたぁ……んぅ」
可憐な唇が降って来る。
俺は期待に添うように、舌を絡めた。
温かな湿り気が淫らな音を立てる。
――今日も俺の天使に聖波気を与えられそうだ。
特にさっきまで俺を満たしていた疲れが、リリシアの健気な服装を見て吹き飛んでいた。
華奢な肢体と大きな胸を、透けるネグリジェ越しに撫でつつ言う。
「せっかくの素敵な包装だ。天使を彩る可憐さごと、リリシアを抱き締めたいな」
「まぁ、ご主人様ったら……嬉しいですっ」
リリシアが恥ずかしそうに微笑みつつ、俺の上に覆いかぶさってきた。
透けるネグリジェの裾が広がり、花のように妖しく揺れる。
俺はしっかりと華奢な腰を支えつつ、夜のしじまに一つになっていった。
◇ ◇ ◇
一方そのころ。
邪悪な雰囲気に満ちた広い神殿の隅で、きわどい衣装を着た妖艶な女性――邪神スクラシスが悪い顔をして手に持つ邪神像と会話していた。
「ふふっ、順調なのだな。褒めてやろう」
スクラシスの声に、邪神像が震える。
『ははーっ、ありがたき幸せ! 邪神デスサイズさまの恩寵のおかげでございます!』
「ふふっ、うい奴め。永続的な力を授けてやろうか?」
『な、なんとっ! ついに授けていただけるのですかっ!』
「いいだろう。貴様には我が力の一部【死誘供物】を授ける――ハァっ!」
『お……おお! 力が、沸き上がるようです……こ、これは』
「殺したい相手に赤い花束を送ると、花の数と同じ日数が過ぎた後に病気で死ぬ。邪魔な相手を疑われずに殺せるのだ」
『な、なんと素晴らしき力を私のために! ありがとうございます、デスサイズさま! 今後もいっそう信仰に励みます!』
「うむ。頑張り給え。けっしてトムソンのようにはなるなよ?」
『はは~!』
スクラシスは一方的に通信を切った。
邪神像を棚に戻す。棚には様々な邪神像が並んでいた。
近くには畳敷きの場所があり、こたつに魔王が座っていた。
本の表紙の裏にサインを書いている。
いわゆる販促用のサイン本を大量に作っていた。
また新しく本を開いてはサインを書きながら言う。
「そんなにたやすく力を与えていいのか?」
「しかたないじゃない。トムソンが死んで王都の情報が入りにくくなったんだから……せっかく何十年もかけて組織を育てたのに、一網打尽にされるとはね」
「焦って動くとアレクに足元すくわれるぞ?」
魔王がサイン本を作る手を止めて、顔を上げた。
しかしスクラシスは体を少し捻ってスタイルの良さを見せつけると、鼻で笑った。
「ふんっ。アレクなんてただのバカでしょ。気付くはずがないわ」
「あやつは、バカではないと思うぞ。ただ常識がないだけだ」
「一緒でしょ」
「常識がないから、時折とんでもない行動を起こす。それで我輩もミコトもやられたんだろうに。お前も気を付けることだな」
魔王は苦々しげに顔をしかめて諭すも、スクラシスは腰に手を当ててポーズを取る。きわどい衣装の下で大きな胸が揺れた。
その態度からは魔王の言葉を気にした様子はなかった。
「あっそ。でもさぁ、せっかく自分のテリトリーに来たんだから、殺せばよかったのに」
「五分以内に追い出さなければ我々が死んでいた。そして導きの天使付きのアレクは五分では殺せないだろう」
「じゃあ、王の御前に乱入した罪で、帰りに殺せばよかったじゃない」
「一般人ならな。アレクを追い返すために勇者と認めてしまった。だから無罪。もし殺せば、我輩は逃げられてもミコトは魔王の手先として討伐対象になったであろうな」
「勇者って優遇されてるのね」
「それぐらいしてやらんと我輩の相手にならんということだな、ふははははっ」
魔王は胸を反らして高笑いした。
スクラシスはあきれたように肩をすくめる。黒紫の長い髪が妖しく揺れた。
「はいはい。――ミコトは?」
「あいつなら帰ったぞ。ようやくアレク絶対入国阻止の制度ができたとかで。ったく、我輩の側近ゴーブをこき使いおってからに」
「あんたもいつまでいる気よ」
「魔界に避難施設が完成してからだな――うむ。できた」
魔王はサイン本を書き上げると、箱に詰め始めた。
スクラシスはその作業を見て美しい眉をひそめる。
「なにそれ?」
「フハハッ! 人間どもをさらに堕落させる新作「勇者のふりも楽じゃない」だ! なんなら、一冊恵んでやっても良いぞ?」
「どうせ男一人に女いっぱい出てきてセックスしまくる、くっだらない小説でしょ。低俗なのよ、やってることが」
スクラシスの馬鹿にした物言いに、魔王が凶悪な目つきで睨む。
「何を言う! エンターテイメントこそが、大衆を堕落させる力! この力で人間どもを文化面から支配するのだ!」
「芸術性が何一つないのよ。美しさで人心を操ってこそ、自身の偉大さにつながるってものよ」
「芸術なぞ、いったい何人が理解できる? 貴様のやっている事なぞ、独りよがりの粘土遊びにすぎん! ――わかりやすさこそ、支配力!」
「なんですって! この下劣なことにしか興味のない、スライム以下の魔王! ――略して、スラまお!」
「なんだと、貴様ぁ! 下手に出ておればいい気になりおって! ――二度と顔も見たくない、出て行け!」
「ここ、わたしの家じゃない」
「くっ……!」
邪神の冷静なツッコミに、魔王が悔し気にギザ歯を噛んだ。
しかし、こたつから出ようとはしない。居心地がいいらしい。
呆れているスクラシスから視線を逸らすと、魔王はこたつの上に新しい紙を用意して何か書き始めた。
「いいだろう……今日のところは勘弁してやろう」
「えっらそーに」
「だが、小説のラスボスは邪神にしてくれる! クライマックスでぎったんぎったんにしてくれるわ! フハハハハッ!」
魔王は高笑いしながら原稿用紙に字を書いていく。
スクラシスは溜息を吐くと、黒紫の長い髪を手で払いつつ作業場に戻る。
「ほんとくだらない魔王だわ……でも言ってることは一理あるわね。あまり高尚過ぎても人々が理解できない。気高さと親しみやすさの両立を目指すのも悪くないわ」
そして魔王の高笑いが響く中、スクラシスはせっせと粘土に邪気を込めながらこねていった。
『スクラシスが走馬燈を見て死ぬまで、あと3日』
遅くなってすみません。
ブクマと★評価、ありがとうございます。
次話もできるだけ早くお届けできるように頑張ります。
その間、もしよかったら新作をお楽しみください。(こっちはストックがあるので)
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