84.エドガーの報告と命名
夕暮れ時の王都。
俺が店番をしていると、エドガーがやってきた。
俺はさすがに驚く。
いくら優秀とはいえ、調べる場所は全世界で2000以上あったはずだ。
「え!? エドガー、もう調べ終わったのか?」
「いえ、さすがにそれはないっす。……ただ、気になったことがあったので、報告しておこうかと」
「なんだ?」
エドガーはカウンターまで来ると地図と紙を広げた。
「地図の大きい丸が強い魔力で、小さい丸が弱い魔力と聞いてたんですが、実際調べると像の大きさでしたっす」
「大きさを表してただけなのか……ん? 胸像は、手に持てるか卓上に置けるぐらいの大きさだろ?」
「いえ、大きいのはそれこそ二階建ての家ぐらいの高さがあったっす」
「じゃあ、小さい方が胸像なのか……」
「それだとおかしくないっすか? 賢者の石や光の宝玉に匹敵するアイテムっすよね? 魔力が弱すぎると思うんすよ」
「ああ、確かにおかしいな……なんでだろう」
「この国と周辺国を調べたぐらいっすから、正確なことは言えないっすけど。ひょっとしたら前と同じように、この世界にはないか、もしくは結界や封印を使って隠されているのでは? と」
「なるほど……じゃあ、手がかりはなしかぁ」
俺は顔をしかめた。
しらみつぶしに調べてもらえれば見つかるだろうと思っていた。
その前提がくつがえされてしまった。
エドガーが白歯を見せてニヤリと笑う。
「でも、諦めるのはまだ早いっす――これ、見てくださいよ」
「なんだ?」
エドガーが持ってきた一枚の紙。
そこにはスクラという名前を書き崩したサインが入っていた。
「邪神の像の裏や台座に、このサイン入ってるんすよ。全部じゃないっすけど。稀代の彫像家スクラ女史だと思うっす」
「有名人か?」
「そりゃもう。根源的な恐怖を覚える芸術家として有名っすよ。どこの美術館でも所蔵されてるとか」
しかし一人で制作しているなら話が早かった。
「じゃあ、そのスクラって人に会えば邪神の胸像について何かわかりそうだな」
「ひょっとしたら本物を持っていて、その複製を作ってるだけかも? と俺っちは考えるっす」
「なるほど」
「どうするっす? 俺っち、会ってきましょうか? まだどこに住んでるかは特定できてないっすけど」
俺はちょっと考え込んだ。
「引き続き調べて欲しい――が。今は早急に解決しないといけない別の問題が発生したから、そっちを優先して欲しい」
「なんすか? なんでもするっすよ?」
前のめりになってやる気を出すエドガーに、俺は手短にぷちエリの偽造問題について話した。
前髪に隠れた彼の黒い瞳が光る。
「それ、やばいっすね。瓶やとろみなどの見た目を似せるだけなら簡単ですし。被害出てからじゃ遅いっすよ。アレクさんにまで被害が及ぶっす」
「やっぱりそうか……何か方法はないか?」
「俺っちができるのは、そいつらを見つけて大人しくさせることだけっすね」
「でも、第二第三の偽造を企む奴が出てくるかも知れないんだよな……なんかもやもやする」
「俺っちのやり方じゃ対症療法になっちまうっすね。最終手段と考えといてください」
「抜本的な解決にならないから、もやもやするのか……じゃあ、とりあえず悪巧みをしてる奴を見つけておいてもらうか。あとは、ぷちエリを任せてもよさそうな商人がいるか探してほしい」
俺は、うーんと唸りつつ頼んだ。
商人が見つかったらいいけど、なにかもやもやしていた。
不満なんだろうけど、何に不満を感じているのか自分でもわからなかった。
「わかったっす! ――じゃあ、調べて……」
エドガーが言い終わる前に、子機が震えた。
取り出すと子機の画面が赤く光っていた。
はっと息をのんですぐに話す。
「どうした、コウ!?」
『わーにん! 敵ダンジョンが攻めてきたです! 危険が危ないです! わーわーにーん!』
「マジか! すぐ行く! ――エドガー! すまないが店を閉店させておいてくれ!」
「わかったっす」
俺はエドガーの返事を待たずに、もう店の奥にある洋服ダンスへと走っていた。
◇ ◇ ◇
コウのダンジョンに入って手前の広間に駆けつけた。
すでに広間には僧衣を着たソフィシアがいる。手には杖を持っていた。
続いて、屋敷に続く通路からバタバタと足音がしてリリシアが駆けてきた。
銀色のフレイルをキラッと輝かせて。
「ご主人様!」
「間に合ったか、リリシア――コウ、どれぐらいの相手なんだ? この前ぐらいか?」
『違うです! ティア6の27億4000万パワーです! ちょー強いです!』
「あとどのぐらいで攻めてくる?」
『5分もねーです?』
「わかった」
俺は剣を抜いて構えた。
すると後方から、バァンッ! と豪快な音がした。
奥の広間にある個室のドアが開いたらしい。
「きゅいっ!」
奥の広間から五歳ぐらいに見える聖白竜の幼女が飛び出してきた。
白いワンピースをひらひらさせて手前の広間にやってくる。
俺のすぐ傍に立つと、小さな拳をぎゅっと握って、細い眉を寄せていた。可愛い口元が凛々しく結ばれている。
「一緒に戦ってくれるのか」
「きゅい!」
「ありがとうな……そうそう、こんな時に言うのもアレだが、お前の名前を考えたんだ」
「きゅい!?」
「ドドゴンってどうだ? 強くてかっこよさそうだろ?」
俺はちょっと誇らしげに言ったが、幼女はすっっっごく嫌そうに眉間に深いしわを寄せると、今まで聞いたことのない声で鳴いた。
「ぎゅぎゅ~い~!!」
「めちゃくちゃ嫌そうだな……」
横からリリシアが呆れた声で言う。
「ご主人様。女の子なのですから、強くてかっこいい名前ではなく、可愛らしい名前を付けてあげないと」
「なるほど」
「きゅいっ!」
幼女は嬉しそうに俺から離れてリリシアの隣へ移動した。
彼女の意見に賛同のようだ。
よしよし、とリリシアは幼女の頭を撫でた。
俺はいい名前が思いつかなくて尋ねる。
「じゃあ、どんなのがいいんだ?」
「そうですねぇ……青い瞳だから、ラピスちゃん、ラピシアちゃん。白い髪だからホワイティア、スノー、アルバ」
リリシアが考えながら言うと、ソフィシアが青い髪を揺らして言った。
「もしくは、ドラゴンを縮めてランちゃんとか」
俺はなるほどと思って頷く。
「なかなか可愛い名前だな。ラン……らん……少し捻って、ラーナとかどうだ?」
「きゅい!? ――きゅい~!」
幼女は俺の提案に驚くとともに、両手を広げて俺に抱き着いてきた。
うんうん、とお腹に顔をうずめつつ何度も頷く。
「そっか。ラーナって名前、気に入ってくれたか」
「きゅい、きゅい!」
「じゃあ、今日からラーナだ。よろしくな」「ラーナちゃん、よかったですね」
「きゅい!」
ラーナは白い髪を跳ねさせるように揺らして喜んだ。
俺はラーナの身体を、そっと押して離す。
「さあ、ダンジョンが来るぞ。頑張ろう」
「きゅい!」「はいっ!」「頑張ります!」
すると店に続く通路から、ひょろっとした痩せた男がやってきた。
手に持つナイフをいじりつつ、ひょうひょうとした雰囲気で笑う。
「俺っちも手伝った方がいいっすね?」
「助かる、エドガー。頼む」
「りょうかいっす」
頼りなさそうな空気をまとっているのに、颯爽と広間に入って来る。
目を隠すぼさぼさの髪が悠然と揺れていた。
横や後ろではバサバサッと翼の開く音がする。
視線だけを向けて見れば、リリシアが白翼を美しく広げ、ソフィシアが片翼が白、片翼が黒の翼を広げた。
リリシアはダンジョンの通路が繋がる場所を真剣な目で睨んでいたが、ソフィシアは右手を押さえて「沈まれ、静まれ……私の片翼……っ」とぶつぶつ呟いていた。
――なんだか怖いぞ、あいつ。
まあ、今はそれどころじゃない。
攻めてきているダンジョンに集中しよう。
コウの声がダンジョンに響いた。
『接続5秒前! ――3……2……1……来るです!』
次の瞬間、真っ赤な光が視界を覆った。
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★評価もありがとうございます!
ストーリーに矛盾が発生したので、明日は更新できないかもしれません、すみません。




