78.いつもの聖獣の森(第三章プロローグ)
俺は若返りのために賢者の石と光の宝玉を手に入れた。
邪心の胸像はエドガーに調べてもらうので、あとは金を稼げばよかった。
残り600万だが、今はぷちエリが一日50万以上売れてるので二週間もあればお金も貯まりそうだった。
というわけで、春の夜。
ヤマタ国から森の屋敷に帰ってきた俺は、なんの不安も感じずにリリシアと愛を確かめ合っていた。
「いくぞ、リリシアっ」
「ますたぁ――っ!」
リリシアが恥じらいを忘れて感極まった声で叫ぶ。
そして俺が聖波気を放つと同時に、彼女のなだらかな背中にバサッと白い翼が広がった。
そのまま火照った素肌を重ねつつ、お互いに優しく抱き合う。
乱れた呼吸を整えつつ頭をなでると、銀髪が指にふわふわと心地よかった。
彼女もふふっと微笑みつつ胸に顔を埋めてくる。
「いつもたくさんありがとうございます、ますたぁ」
「任せろ。できるだけ罪を清めてやるからな」
「はいっ――んっ」
柔らかな唇を合わせる。深く絡み合う。
――と。
ぶるぶるとベッド傍のテーブルに置いた子機がふるえた。
何気なく目を向けると、赤く光っていた。
危険のしるし。
――襲撃か!?
慌てて子機を取って通話する。
「どうしたコウ!?」
『庭にモンスターが来たです、ますたー!』
「庭?」
窓の外を見ると、大きくてつぶらな瞳と目があった。
真っ白な馬だ。
申し訳なさそうにこちらを見て、会釈までしてくる。
「きゃっ」
リリシアが悲鳴を上げて大きな胸を隠した。
俺はバスローブを羽織りつつベッドの傍に立てかけてある剣を取った。
刀身が黒い剣を鞘から抜いて構えつつ、観察する。
「馬……? いや、ペガサスか?」
よく見ると白馬の背中に畳まれた翼があった。
分類はモンスターだが、聖なる力を持つため聖獣と呼ばれる生き物。
当然、俺の聖波気にも影響されない。むしろ元気になるか。
俺のつぶやきを察したのか、白馬がうなずく。
何か言ったが、防音なので声は聞こえない。
危険を感じないので、ゆっくりと寝室を出て玄関へ向かった。
一面の星空。
外に出ると、馬が驚きで目を丸くしながら近寄ってきた。
そしてしゃべった。
「この聖波気、あなたから発せられているのですか!」
「そうなるな。お前はペガサスか?」
「はい。どうかお願いします、我が子を助けてください!」
「子供?」
ペガサスが振り返ったので、そちらを見ると同じように翼の生えた白馬が倒れていた。
体表が赤く汚れている。
――怪我してるのか?
俺は家に向かって叫ぶ。
「リリシア、出てきてくれ。怪我してる!」
「はい、ご主人様!」
バスローブを着て帯を締めたリリシアが出てくる。翼がパタパタと揺れていた。
「あそこに倒れてる」
俺が指さすと、リリシアは大きな胸を揺らして瞬時に倒れた子馬へ飛んだ。
すぐにしゃがんで手を当てる。
「――全回復」
子馬が金色の光に包まれて、怪我が治っていく。
ほっと安堵の息を吐くペガサスに尋ねる。
「なんでこんなところにペガサスが?」
「人間に襲われて逃げていたのですが、子供が怪我させられてしまって……。もうだめかと思ったときに聖域を見つけたので、やってきたのです」
「人間に?」
「はい……ですが、この膨大な聖波気が人間から出ているとは、すごいです。勇者さまですね?」
「勇者じゃない。元勇者だ」
そのとき、子馬がうめいた。
母馬が、はっと顔を上げて子馬に駆け寄る。
「大丈夫? シエル?」
「うん……ママ。もう痛くないよ……おなかすいた」
子馬が細い足で立ち上がった。
母馬は翼を広げて子馬を優しく包む。
「ああ、よかった。本当にありがとうございます。わたしの名前はミレーヌ、この子はシエルです」
「俺はアレク、こっちはリリシアだ」
大きくてつぶらな瞳でミレーヌはリリシアを見た。
「天使さんなのですね。見事な翼ですわ」
「ありがとうございます、ミレーヌさん」
「ママ、おなかすいた……」
「あらあら。今日はもう暗いわ。明日まで我慢して、ね?」
「うん……」
子馬のシエルは弱々しく首を垂れる。
――なんだかかわいそうだなと思った。
でもペガサスって何を食べるのやら……。
そういや牧草がそのまま立てかけてあることを思い出した。
「何を食べるかどうか知らないが、牧草なら家の横にロールで立てかけてあるから食べてくれていいぞ?」
「まあ、本当ですか!? ありがとうございます!」
「わーい、牧草!」
「こっちだ」
喜んで飛び跳ねるシエルと、落ち着いた雰囲気のミレーヌを連れて屋敷の横手に案内した。
大きな牧草のロールを見つけてシエルが細い足で軽快に駆け寄って食べ始める。
ミレーヌが申し訳なさそうに言う。
「夜分におじゃました上に、ご飯まで。ありがとうございます」
「いや、気にするな。困ったときはお互い様だ。あとは水もあった方がいいな。ちょっと待っててくれ」
俺は家に入って寝室に行った。
子機を取って話しかける。
「コウ、庭に水飲み場とぷちエリ入れた桶を出せるか? あと厩舎もできたら作って欲しい」
今、この森の生態系が変わって冒険者ギルドに不審がられている。
何も対策をしないと屋敷が見つかる可能性があった。
そこで、聖獣を沢山集めて聖域認定してもらおうと考えていた。
そのためには聖獣が住める設備があったほうがいいだろう。
ところがコウは否定した。
『できぬです。玄関の敷石から先はダンジョン外ですゆえ』
「なに。そうなるのか困ったな……ん? 塀や堀はどうやってる?」
『あれは家とつながってるです』
「じゃあ、玄関先に水飲み場とぷちエリ桶は?」
『んー、やってみるです』
「頼んだ」
俺が外に戻ると玄関前を塞ぐように大きな桶と中くらいの桶が出ていた。
「すごい邪魔だな……」
対処は後回しにして、桶を跨いで乗り越えると屋敷の横手に行った。
ペガサス親子はお腹が減っていたのか、壁に立てかけた牧草をもしゃもしゃと一心不乱に食べている。
俺は気軽に声をかけた。
「のど乾いたら玄関先に水を用意してあるから。あと子供用にポーションを置いてあるから使ってくれ」
子馬はがっつくように牧草を食べ続けたが、ミレーヌは食事をやめると俺に向かって頭を下げた。
「ありがとうございます、アレクさま。ご迷惑をおかけしてすみません。明日、明るくなったらすぐに出て行きますので……」
「いや、なんだったら、ここにいてくれていいぞ?」
「え?」
「行く当てがあるというなら別だが……俺としては、いてくれた方が助かるんだ」
「そうなのですか? 隠れられる場所を探していたので、わたしたち親子としては助かりますが……厄介ごとを持ち込んでしまうかもしれません」
「ああ、別に構わない。それぐらい、必要経費だろう」
というか、聖域認定されるためには聖獣が何匹も必要だ。
俺は水飲みや寝る場所、それにもし追手が来た時は家に逃げ込んでくれていいことを注意事項として伝えて、屋敷に戻った。
寝室ではリリシアがベッドに座っていた。翼がぱたぱたと嬉しそうに動いている。
「どうした、リリシア?」
「ご主人様の優しい心遣いに、嬉しい気持ちが止まりません。さすがですっ」
すみれ色の瞳をキラキラ輝かせて俺を尊敬の視線で見てくる。
内心困ったなと思いつつ、リリシアの隣に座った。
「リリシアを失望させるようで悪いんだが……俺はもう勇者じゃない。どこまで行っても自分のためだけに動いてるだけだから」
「わかってます……でも、ご主人様が想いのままに動くだけで、世界が綺麗になっていく気がしています……嬉しいですっ」
寄り添う俺に、リリシアの白い翼がふわっと包み込んでくる。
癒される安らぎと、翼のふわふわ感が心地よい。
彼女の華奢な肩に腕を回しつつ、頬に軽くキスをした。
「ありがとう、リリシア」
「ひゃん……っ、はいっ、ご主人様っ」
そしてまた俺たちは愛を重ね始めた。
――途中、カーテン閉めるのを忘れてたので、慌てて締めつつ。
◇ ◇ ◇
森の朝。
屋敷のダイニングで朝食を食べていた。
テーブルに座る俺の隣にリリシア。対面にテティとソフィシア。
ヤマタ国の出来事を話していた。
「エドガーさんと姫さん、よかったねー」
「ええ、誰も傷つかない結果に終わって、ご主人様の御威光は素晴らしかったと思います」
「また、それだ。俺は何もしてないだろ……まあ、これであとは邪神の胸像とお金だけだな」
テティが肉と野菜を挟んだパンにかぶりつきつつ言う。
「お金は大丈夫よ! だって昨日なんか120万ゴート越えたんだもん!」
「120!? 60本も売れたのか、すごいな。……知名度が上がってきたってことか?」
「うんうん! ここ最近一人で12本とか24本買ってく人がいたけど、昨日は48本も買ってくれたの!」
テティは喜びの笑顔で言い切った。
しかし、スープを飲んでいたリリシアの手が、ぴたっと止まった。
「12本単位……? それって……」
「どうかしたのか、リリシア?」
「嫌な予感がしますわ……12本と言うのは流通単位の可能性があります」
「ということは、どこかに送ってるということか」
「はい……自分や仲間内で使用するのであれば問題無いのですが……転売している可能性が」
「転売か。あまりにひどいようだと、対策を取る必要が出てくるなぁ」
「エドガーさんの手が空いたら、調べてもらった方がいいかもしれません」
リリシアが深刻な顔で頷いた。
――ただ転売用とはいえ、毎回100万ゴート買ってくれてるなら、何とも言えない。
残り600万かと思ってたら、500万になってるし。
500万稼ぐまで放置して、それから対策取ってもいいかもな。
パンを食べつつそんなことを考えていると、ソフィシアが青い髪を揺らして言った。
「そう言えば、朝から敷地の外で馬のいななく声が聞こえるんですけど、あれはアレクさんの馬ですか?」
「いや、昨日の夜、ここを聖域と間違えてペガサスの親子がやってきたんだ」
「「ペガサス!」」
テティとソフィシアが目を丸くて驚いた。
「白馬で翼のある、あれ!?」
「すごいです、聖獣ペガサス。私も教会の儀式で一度見ただけです」
ソフィシアは感心するのみだったが、テティはあからさまにテンションが上がっていた。
好奇心旺盛に翡翠色の瞳を輝かせている。
「え、え、背中に乗せてもらえたりするかな!?」
「それはさすがにぶしつけすぎるだろ。それに長旅の後みたいだから休んでもらわないと」
「そっか、わかった! でも会って来るだけならいい!? お話したいのっ!」
「ああ、それぐらいならいいと思うが……あんまり迷惑かけるんじゃないぞ。ちゃんと挨拶するようにな」
「はーいっ!」
テティが挟みパンを片手に持って駆け出した。嬉しそうにエルフの長い耳がひこひこ動いている。
――なるほど、挟みパンはいつでも走れるようになってるのは確かだな。
感心していると、どぱーん、と玄関の方から豪快な水音がした。
続いて「ぎゃー!」とあられもない悲鳴がする。
俺はポンっと手を叩いて言った。
「あ、言い忘れてた。玄関先に水飲み桶とポーション桶があるから」
「……遅すぎましたね、ご主人様――テティちゃん、大丈夫ですか?」
リリシアが立ち上がって玄関へと向かった。
玄関からはテティの泣き声がよく聞こえる。
「なぁにこれぇ~!」
その後はお風呂に入ったり、服を着替えたりでドタバタした。
――早急に敷地の拡張が必要だな。
でもテティは水濡れになった挟みパンを、捨てずに最後まで食べきってたのは偉いと思った。
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次話は明日更新
→79.ダンジョンの拡張と攻略とポイズン!




