74.これからのこと(第二章エピローグ)
スクラシス微修正済み。
俺たちは王都へ戻ってきた。
もうリリシアが天使だってことがバレてるので、エドガーもダンジョンの通路を使わせた。
手前の広間に着くと奥の広間からコウが大きな声で言う。
「お帰りなさいです、ますたー」
「ああ、ただいま」「ただいま帰りました、コウちゃん」
俺たちは何気なく答えた。
すると空元気になったエドガーが目を見開きつつ、驚きの声を上げる。
「アレクさん、ダンジョンマスターだったんすか。人間がダンジョンに認められるって、相当難しいらしいっすけど、さすがっすね!」
「そうだったのか……まあ壊れたダンジョンコアを修理しただけだからな。人には言わないでくれよ?」
「当然っす。俺っち、これでも口は堅い方なんで――あとは何でもしますから、用があれば言ってくれっす! 一生、アレクさんのために働きますから」
「一生って……まあ優秀だから助かるよ。じゃあ、次は邪神の胸像探しをお願いできるか? 2000ぐらいあるらしいが……」
エドガーが髪に隠れた黒い瞳をキラッと輝かせて言う。
「探し物は俺っちの得意分野っすよ。場所がわかってるなら、徹底的に全部調べ上げてくるっす!」
「それは助かるな。エドガーに任せよう」
「お願いしますね」
「アレクさん、奥さん! 任されたっす!」
唇の端に笑みを浮かべて、頼もしい声で返事してくる。
しかし急に、あっと声を上げた。
俺は首を傾げつつ尋ねる。
「どうした、エドガー?」
「いえ! アレクさんにお礼を言ってなかったっす! 姫と俺っちを救ってくれて、本当にありがとうございました!」
バサッと音がするぐらい、ぼさぼさの髪を揺らしてエドガーが勢い良く頭を下げた。
「気にするな。第一、危険な任務を頼んだ俺のせいでもあるんだし」
「心遣い、感謝っす――じゃあ、帰りますんで! では、また」
「またな」「お疲れさまでした、エドガーさん」
エドガーは一礼をすると、リリシアから印をつけた地図を受け取って街へと戻っていった。
――これで、邪神の胸像もめどがついたな。
すると屋敷のある通路から、軽快な二つの足音が響いた。
テティとドラゴン幼女だった。
俺は手を上げて気軽に言う。リリシアも横で微笑む。
「おー、留守番ありがとうな」「留守の間、心配かけましたね」
「お帰りなさい、アレクさま! リリシアさん!」「きゅい、きゅい!」
幼女が、たたたっと走ってきて、俺のお腹に抱き着いてくる。
嬉しそうに目を細めて満面の笑みだった。
テティが光りの宝玉を持って傍へ来る。
「これ、さっきエドガー隊? の子供たちが届けてくれたよ。ベッドサイド用の照明かな?」
「いや、けっこう大切なものだ。しっかり持っててくれて、ありがとうな」
「そだったんだ。えへへ……」
お礼を言うとテティが嬉しそうにはにかんだ。
玉を受け取ってマジックバッグへしまい込む。
それから幼女の頭を撫でてやりつつ、傍にいるリリシアに尋ねた。
「この子、コウが言うには何か存在がおかしいそうだが、何かわかるか?」
「はい、調べてみますね――――……ええっ! なんということでしょう! 大変です、ご主人様!」
指眼鏡で見たリリシアの驚く声が、ダンジョンによく響いた。
俺は黒髪を揺らしつつ首を傾げる。
「どうしたって言うんだ?」
「この子、ただのドラゴンじゃありません! 伝説に属する聖なる竜、聖白竜ですっ!」
「ほう? そうなると、どうなる?」
「勇者の旅を補佐するドラゴンですわっ! 勇者を背に乗せてどこへでも連れていくという――まさかお目にかかれるなんてっ! さすがご主人様、やはり本物の勇者だったとしか思えません!」
リリシアが指眼鏡で詳細を読み上げながら、興奮した声で言った。
俺は肩をすくめつつ、答えるしかなった。
「そう言われてもな。俺はもう勇者辞めたんで、どうでもいい」
「うう~。それは、そうですけど……」
「きゅい、きゅい!」
幼女が俺にしがみつきつつ、何か訴えかけてきた。
――何言ってるか、マジでわからん。
「言葉すら話せないのは困るな……なんでこんなに、ちっちゃい子なんだろうか?」
「それは……聖白竜は、卵に六色の宝珠を捧げて復活させると、成竜となって現れるそうです。――この子は宝珠を捧げずに生まれたので、小さいままなのではないでしょうか?」
「なるほど。だったら宝珠を探せば大人になるってことか」
「はい。たぶんそうです」
「じゃあ、若返りの後は、それを探してもいいな」
「はいっ。ついでに世界旅行をしながら、ですねっ」
「それがいいな」
幼女も「きゅい、きゅい!」と喜んで鳴いていた。
テティも感心していた。
「子供にしてはすごく賢い子だと思ってたんだよね~。そっかー、伝説の竜かぁ、すごいね」
俺は一つ頷いてからリリシアを見る。
「残りは胸像だけだ。頑張ろうな、リリシア」
「はいっ、わたくしも頑張りますっ」
リリシアが銀髪を揺らして強くうなずく。
そのはじけるような微笑みを見て、俺はますます頑張ろうと思えた。
◇ ◇ ◇
一方そのころ。
とある邪悪な雰囲気の漂う神殿に、魔王とミコトはいた。
太い石柱が等間隔に立ち並んで天井を支えている。
床は大理石が敷き詰められて、壁や天井もすべて石で作られていた。
そんな神殿の隅に、畳を敷いてこたつを広げ、魔王は小説の著者稿に赤ペンを入れていた。
対面に座る美麗なミコトは、みかんを食べていた。ずずっとお茶を飲んでから口を開く。
「どうしてアレクが勇者をクビになっていると教えてくれなかったのです?」
「言わなくても当然知っていると思っていたのでな」
「勇者アレクとばかり言ってましたよ。元勇者と一言でも言ってくれれば……」
「クビになったとは思えんほどの勇者っぷりだったろう? あれを勇者アレクと呼ばなくて何と呼ぶのだ?」
「まあ、そうですが……」
ミコトは美しい顔をしかめてずずっとお茶を飲む。
すると、明るい女性の声が響いた。
「だらしないわね~。世界を恐怖に陥れる猛者二人が、じじいみたいに座り込んじゃって」
神々しいほどに妖艶な美女が、ねじり鉢巻きをして威勢よく粘土をこねていた。
背が高くてスタイルが良い。特に服の胸元を押し上げる胸が大きかった。
ミコトがずずっとお茶を飲み、切れ長の瞳に憂いを浮かべて女を見た。
「これが元気になれますか。……あの恐るべき勇者アレクは、とんでもない目標を持っていたのですから」
「しかも導きの天使とすでに出会っておったしな」
「別にいいじゃない。魔王退治じゃなくて若返りの薬を作るためなんだから」
「闇の者たちにとって災厄でしかない彼が、生き続けてしまうのですよ?」
「その程度で、何を落ち込んでるのよ。まだ作ったわけじゃないんだから」
女の気軽な言葉に、魔王が著者稿に手を入れるのを止めてフンっと鼻で笑った。
「そうやって粋がっていられるのも今の内だ。次は貴様の持つ『邪神の胸像』が狙われる番だぞ? 邪神スクラシスよ」
「ふんっ、そんなことになるはずないでしょ? ここに来るための唯一の手段、聖白竜は不治の病に侵させてアンデッドダンジョンに追い込んで死竜にしてある! 転生すらできなくしてあるのよ? 創世の神ですら、もうどうにもできないっての。あんたたちとは違うんだから!」
「それを言うなら魔界にだって突然現れた。我輩が対処を怠るはずはなかろう?」
「対処ぉ? よく言うわね。後ろ向きな活動しかしてなかったくせに……だいたいアンタたちが対処法を間違えたから失敗したのよ?」
「なにっ!?」「なんですって?」
魔王とミコトが同時に疑問を口にする。
するとスクラシスは粘土をこねる手を止めて、大きな胸をプルンと震わせて言い切った。
「勇者と言っても所詮は人間。人間なんて、人間に攻撃させれば、まともな対処ができないに決まってるでしょ!」
「なに? こちらから仕掛けるというのか?」
「当ったり前よ! 攻撃は最大の防御ってんだからっ」
魔王とミコトは顔を見合わせた。
それから魔王が吐息を漏らして小説の原稿へと目を落とす。
「そこまで言うなら、お手並み拝見と行こうではないか」
「ええ、楽しみにさせていただきますよ」
ミコトは呆れつつ、こたつの上のみかんに手を伸ばした。
しかしスクラシスは赤い唇を歪めてニヤリと笑う。
「ふふん。もう布石は打ってあるのよ」
「ほう?」「それは興味深いですね」
スクラシスはこねてる粘土をバンバンと叩いて、それから神殿の壁際を指さした。
大小さまざまな無数の邪悪な像が並んでいる。
「こうやって邪神の像を作っては、世界にばらまいているのよっ」
「それが布石? ……おぬしとは全然違う邪神ばかりだと思われるが……」
「他の邪神はみんな死ぬか寝てるから、あたしが代理で像をばらまいて、あたしがその信者力を受け取ってんの。あたし自身の正体を隠しつつ、信者力を手に入れる! ――全世界に2000以上ばらまいたから、今やあんたたち二人を合わせたより、あたしの方が強くなってるわよ?」
「ほう、それはそれは」「素晴らしいですねー」
魔王とミコトは棒読み口調で答えた。
アレクの桁違いの強さの前には、まるで意味がないと言った様子。
スクラシスは妖艶な顔を嫌そうにしかめた。
「まったく……これだから芸術を理解しない男はダメね」
「芸術!?」
「あの像も、この像も、みんな芸術センスあふれてるじゃない! あたしはここ十数年、彫刻家、彫像家として名が通ってんの! 今作ってるのも国の展覧会から招待されて出品する作品なのよ!」
「ほーう。それはすごいな。それと勇者アレクを倒すことが関係するとは思えないがな?」
「何言ってんのよ。つまり人間ごとき、邪神のあたしなら簡単に手玉にとれるって証拠じゃない」
スクラシスは当然のことのように胸を張って言った。
ミコトは、耽美な顔に憂いを浮かべて溜息を吐く。
「でも、アレクの聖波気は膨大なのですがね……」
「ふふん。邪教徒と商売敵で、アレクの生活をめちゃめちゃにしてやるわ! 若返りなんかできなくなるほどにね!」
邪神スクラシスは豊満な胸をさらに反らして言い切った。
魔王とミコトは見つめ合って目配せする。
スクラシスは楽しそうに笑いながら、像を作っていくのだった。
『スクラシスが走馬燈を見て死ぬまで・あと4日』
これにて第二章、終わりです!
お読みいただきありがとうございました!
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面白かったらブクマと★評価をください、お願いします!
あと感想やレビューもいただけると嬉しいです!
まだ3章は書きかけなので、スクラシスが走馬燈を見るまでの期間はズレるかもしれません。すみません。
まあ3章中には決着がつくかと。
それから3章始まる前に、エドガーの仕事ぶりが気にかかる人が多かったみたいなので、エドガーの話を閑話で少し書きます。
たぶん明日も更新です。




