73.魔王とミコトとエドガーの終わり
アレクが現れる少し前の、ヤマタ国にあるミコトの城。
その作業室にて魔王とゴーブが鎧を修正していた。
ミコトは捕まえた盗人を直々に尋問するとのことで、この場にはいなかった。
魔王が凶悪な笑みを浮かべて、ゴブリンのゴーブを見ている。
ゴーブはまた全身鎧を着ていた。
「どうだ、ゴーブ? 動いてみよ」
「は、はい。魔王様!」
ゴーブはぎこちなく動く。がしゃんがしゃんと重たい音がする。
しかし、肘と膝の関節が曲がり、以前に比べて格段に動きやすくなっていた。
魔王は顎に手を当てつつ、ニヤリと笑う。
「ふふん、いい感じではないか! 関節部分に、聖獣と魔獣の皮を二枚重ねにして内側に呪印を刻んだ! これで動きやすさ倍増だ! 我輩に不可能はな~い、フハハハハッ!」
「さすがでございます、魔王様!」
ゴーブが手足をコミカルに動かしつつ魔王を褒め称える。
魔王は、ぴたっと高笑いを止めてゴーブを見た。
「息の方はどうだ?」
「はいっ、苦しくありません! 空気を結晶化させて入れてありますので、丸3日は行動可能です!」
「ふふん、よい感じだな……あとは魔法を使えるようにしたいところだ。今だと密閉されておるから、内側で暴発してしまう……それに聖獣の皮が稀少すぎるのも問題だな。量産するにはコストがかかりすぎる」
「貴重な鎧を着せていただき、ありがとうございます!」
感激に目に涙をにじませるゴーブ。
魔王は胸を反らすと、ギザ歯の口を大きく開けて高笑いした。
「なに、アレク対策だ! これを量産した暁には、我々魔王軍は世界に闇の翼を広げるだろう、フハハハハッ――ほげぇっ!」
突然、魔王が白目をむいてぶっ倒れた。
ゴーブが驚愕して魔王に駆け寄る。
「ま、魔王様!? いったいどうされたのです、魔王様!?」
「あ、アレクだ……この反則を超えた、頭おかしい感じは、アレクだ――ッ!」
「な、なんですって!?」
ゴーブはガシャガシャと走って窓まで行く。
中庭を見下ろすと天使がゆっくりと舞い降りていく。
その腕の中には、黒髪の男性。
兜の下のゴーブの顔が、決意でキリッと凛々しくなる。
「魔王様、少々お待ちください! 必ず追っ払ってきますので!」
全身鎧の上にローブを羽織って姿を誤魔化すと、全力で走って廊下へ出て行った。
「こんなもの……反則、だ……頼んだぞ、ゴーブよ……」
魔王は、ひくひくと痙攣するのみだった。
◇ ◇ ◇
ミコトの城の中庭。
俺は白砂の敷き詰められた地面に降り立った。
近くにはゴザに座ったエドガーがいる。
俺は剣を拾いつつ、大声で言った。
「俺はフォルティス王国の元勇者アレクだ! えど――アズマに宝を盗むよう指示したのは俺だ! 文句があるなら、俺に言え!」
剣を構えて怒鳴ると、中庭にいる人々がざわめいた。
「ゆ、勇者!?」「なぜ、泥棒行為を!?」「い、いったい何が!?」
すると子供の背丈ぐらいの小さな人物が、着ている鎧をガシャガシャ鳴らして駆け込んできた。
すだれみたいなのをくぐって横たわった男に話しかけると、すぐに出てきて俺に言った。
「元勇者とは言え、そなたは勇者! この国から出て行きなさい! ――と、ミコト様はおっしゃられています!」
「そうしたいのはやまやまだが、俺にも責任がある」
「せ、責任!?」
「ああ、アズマの賞金首解除、生き返ったノバラ姫の優遇、光の宝玉の譲渡。これを認めてもらえるまでは――」
俺が言い終わる前に、小さな人影が叫んだ。
「認めましょう! ノバラ姫を連れ帰ったのでアズマの罪は不問! ミカワリ衆のノバラ姫は、聖なる復活を遂げた聖女として、ミコト様のお側仕えとして優遇! それに勇者なので闇を打ち払う光の宝玉を求めるのは当然のこと! ――ただ、あなたは元勇者とは言え、勇者! 我が国への入国は許されません! すぐに港町コベに向かうのであれば、今約束したことをすべてを認めます!」
「え、そんなに早く……わかった。じゃあ、アズマを連れていくが、いいんだな?」
「はい! だから、さっさとこの国から出て行きなさい! 行かないならもう、国家間の外交問題ですよっ!」
「わかったよ」
俺はエドガーを縛る紐を剣で切ると、中庭から踵を返した。
エドガーを連れて城の外へと向かいながらリリシアに言う。
「なんかあっさり認めてもらえたな?」
「はい、驚きました」
「噂通りミコトという人物は、本当に優しい王様だったようだ。さっきのも首を刎ねるのかと思ったが、実は肩を叩く騎士叙勲みたいなものだったんじゃないか? 焦って勘違いしてしまったのかもしれない。――俺が来ることもなかったか」
「いえ、でも。ご主人様が来られたからこそ、正当な理由が受け入れられたはずです。ご主人様の威光はさすがですわ」
「大げさな。ほとんど何もしてないぞ、俺は」
俺は肩をすくめて答えた。
リリシアがエドガーを見る。
「大丈夫ですか? ――全回復」
リリシアの手がエドガーに触れると彼の傷が瞬時に治った。
エドガーが頭を下げる。
「ありがとうっす」
「どうなんだ、エドガー? ミコトは優しい王様だったんじゃないのか?」
「いやもう、アレクさんにはかなわないっすよ。それでいいっす」
エドガーがなぜか呆れた口調で微笑んだ。肩まですくめている。
俺は首を傾げつつ答えた。
「よくわからないが、わかった。じゃあ、帰ろう」
そして中庭の端まで来ると、チラッと後ろを振り返る。
さっきの小さな人物が、横たわる男に話しかけていた。
――あのすだれの向こうで、悠々と横たわっていた人影が名君と呼ばれるミコト様か。
挨拶できなかったな、失敗した。
次会うときは、ちゃんと近くまで行って挨拶しようと俺は思った。
◇ ◇ ◇
アレクと言う特大の危機は去ったものの。
ゴーブは御簾をくぐってミコトを介抱していた。
ミコトは前合わせをはだけて、色気のある鎖骨と胸板を晒していた。
「大丈夫ですか!? ミコト様っ!」
「ああ……渡し賃一枚、二枚、三枚、四枚、五枚……一文足りな~い」
息をのむほどに絶世の美貌をしたミコトだが、御髪は乱れて白い頬や薄い肩にかかり、白目をむいて気を失っていた。
ゴーブが彼の華奢な体を揺すりつつ、必死に呼びかける。
「それ、渡っちゃダメな川です、ミコト様! 船に乗らずに戻ってきてください! お願いします、ミコト様!」
ゴーブが必死に呼びかけるものの、ミコトはなかなか現世に帰ってこなかった。
魔王もまた作業室で意識を失ったまま、腕を前に上げて痙攣の運動を繰り広げていた。
◇ ◇ ◇
夕暮れ時のコベ港。
埠頭の桟橋にて、俺とリリシアとエドガーが午後便の船に乗り込もうとしていた。
東西に連なる山脈が夕日を受けて赤く色づく。
その時だった。
可愛らしい声が港に響いた。
「アズマぁ! アズマぁぁぁ!」
俺たちが振り返って声の主を見ると、ノバラ姫だった。
おかっぱの黒髪と、赤い着物の裾をなびかせて駆けてくる。
その後ろには、赤い装束を来た老人が付き添っていた。
ノバラ姫は桟橋の傍まで来るなり、息を乱してエドガーを見た。
「待つのじゃ、アズマ。こっちへ来よ」
「はっ、姫様」
エドガーが桟橋から埠頭へと戻っていく。
俺とリリシアは船に乗り込んだ。舷側から埠頭を見る。
するとノバラ姫が俺たちを見た。
「うむ。アレクとリリシアもよう頑張ったのじゃ。褒めてつかわす」
「ああ、みんな無事でよかったよ」「ありがとうございます、ノバラ姫」
話しているとエドガーが埠頭に戻って、姫の前で片膝をついて頭を垂れた。
ノバラ姫が黒髪が乱れているのも気にせず、平らな胸を偉そうに反らす。
「さて、アズマよ。そなたも、ようがんばったの。――褒美じゃ」
ノバラ姫は辺りを見回すと、埠頭に咲く一輪の花に目を止めた。
小走りで駆け寄って、しなやかな手でそっと手折る。
それから小さな手で花を大切そうに握りしめて、エドガーの傍へ来て差し出した。
エドガーはうやうやしく頭を垂れてから、名も無き花を受け取る。
「ははっ、ありがたき幸せ――っ」
その様子を見下ろして、ノバラ姫は目を潤ませて頷いた。
「うむっ! では、達者での。――えどがぁ」
アズマとは呼ばなかった。
エドガーは姫の心遣いを察して、体を震わせつつさらに頭を下げる。
彼が全身から振り絞るように出す声は、涙声になっていた。
「はい、ありがとうございます、姫っ……姫もどうか、末永くお元気でっ」
「うむ! わらわのことは、もう気にせずともよい。――では、さよならなのじゃ」
ノバラ姫のふっくらした頬に、一筋の涙が流れる。
夕日を浴びてキラリと光った。
エドガーは立ち上がると、もう一度頭を下げて船へと戻ってきた。
船員が動いて、係留ロープが解かれる。
船が桟橋を離れて、ゆっくりと進みだす。
姫が手を大きく振りながら、泣いて叫ぶ。
「たまには顔を見せに来るのじゃぞ、あ――えどがぁ!」
「はいっ、ありがとうございます! いつかまた、必ず!」
エドガーは髪に隠れた瞳から涙を流しつつ、大声で叫んだ。
――上辺では何気ない別れをしてみせても、実際は身分違いの二人。
たぶん今生の別れとなるのだろう。
隣ではリリシアが、涙で潤むすみれ色の瞳の端を、そっと細い指で拭っていた。
俺もまた、少し目が潤んでいたかもしれない。
夕日に照らされる港がぼやけたまま遠ざかっていく。
赤い着物を着た姫は、見えなくなるまで手を振っていた。
エドガーもまた、姫に応えて手を振り続ける。
見えなくなっても、ずっと。
――こうして、8年の歳月をかけたエドガーの長い旅路は、終わりを告げたのだった。
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次話は明日更新。
→74.これからのこと(第二章エピローグ)




