72.楽しい朝食と危機一髪!
朝日が照らす青い海を船が進んでいく。
俺とリリシアは一等客室で朝食を食べていた。
お盆に載った小鉢には、ごはんと焼き魚、しょっぱい海藻スープに卵焼きと黒い紙。
そして腐った豆があった。
臭い匂いにのけぞりつつ、豆を見る。
「これ、食えるのか? 腐ってるぞ?」
「納豆というらしいです、ご主人様。しょーゆとからしを入れて混ぜてから、ご飯にかけて食べるそうです」
リリシアが指眼鏡で納豆を見ながら言った。
俺は、むっと口を一文字に結ぶと、気合を入れて納豆にしょーゆとからしを入れて混ぜる。
匂いが増した。
「くさっ! ――って、しかもネバネバが余計に増えたぞ!?」
「それが正解みたいです! 百回ぐらい混ぜるそうです」
言われた通りに混ぜ終えてご飯にかけた。
匂いがすごいので鼻を摘まんで、一口食べた。茶色の糸が引く。
口の中に臭い匂いが広がって苦しんだが、何度か噛むうちに頬が緩んだ。
「ん! 意外とうまい! 鼻を摘まめば匂いも減るし、うん!」
「本当ですか! では、わたくしも……」
リリシアがすらりとした指使いで、しょーゆとからしをかけて納豆を混ぜる。
美しい顔が、うっと歪む。
俺はふと思いついて、手を伸ばした。リリシアのすっと通った鼻をつまむ。
「じゃあ、俺が鼻を摘まんでおこう」
「はりがとふほざいますっ……はむ」
口に運ぶときは少し眉間にしわが寄っていたが、もひもひと噛むうちに笑顔になっていった。
「んん! おいひいです、ますたーっ!」
「だろ? 意外といける」
「発酵食品なので、体にも良さそうです――では、次、わたくしがご主人様の鼻を」
リリシアに鼻を摘ままれて納豆ご飯を食べる。
噛むうちにおいしいのだけど、なぜか笑いが込み上げてくる。
俺の笑いが伝染してリリシアも噴き出してしまう。
しばし声を上げて笑いあった。
「鼻摘まみながらご飯食べるって、何やってんだろ俺たち」
「ほんとですっ。他にもいろいろありますよ! 食べましょう」
卵焼きやら魚を食べる。
黒い紙は海藻を薄く延ばして固めたものらしい。
ご飯を包んで食べると海の香りがしておいしかった。
異国の朝食を堪能しながら、ふと思う。
「……でも、こういうの、いいかもな」
「ご主人様?」
「世界のへんてこな料理を食べて、知らない絶景を見て。冒険じゃなく、旅行をして回るのもいいかもな」
「そうですね。いつか、したいですね。ご主人様と二人きりで」
「時間ができたら……うん、若返ったら必ずしよう」
「お金かかりますよ?」
「ぷちエリがそこそこ売れてるから、若返った後はお金に余裕ができるはずだ――だから行こう、リリシア」
「はいっ、ご主人様っ!」
リリシアが嬉しそうに目を細める。
俺はその笑顔に喜びを感じつつ、絶対に世界旅行しようと思った。
◇ ◇ ◇
昼を過ぎた頃。
俺の乗った船はヤマタ国の港町コベに着いた。
港のすぐ北側に東西に長い山脈が広がっている。
俺とリリシアは船を降りた。
三角の屋根をした建物が多い。
「さて……あいつでいいか」
俺は船の近くにいた船員の男に尋ねる。
客室ですでにヤマタ国の簡易な地図を使って、エドガーがどこにいるか天使のリリシアが調べていた。
「すまない、ちょっと聞きたいんだが。キョウって街へはどうやって行ったらいい?」
「キョウかい? コベからだと東へ海沿いにまっすぐ行って、商都オサカの前に大きな川、恵土川ってのにぶつかる。その川沿いに北東へ上がってくと、ヤマタ国の首都キョウだ」
「けっこう遠そうだな」
「んー、まあ、歩いて二日ぐらいか。なんなら街道馬車か馬に乗っちまえばいいよ。馬車駅は……」
男は駅の所在を詳しく教えてくれた。
「ありがとう」
俺は礼を言って男から離れた。
リリシアが傍に寄り添って歩く。
馬車の駅へ向かっていると、狭い道路には前合わせの服――和服を着た人々が行き交っていた。
銀髪のリリシアが珍しいのか、みんなリリシアを見る。
リリシアは恥ずかしそうに顔を俯かせた。
「なんだか、見られてます」
「こんな美女は珍しいんだろうな。フォルティス王国でも珍しいが」
「ますたぁったらっ。……嬉しいです」
リリシアが頬を染めて、ますます寄り添ってきた。腕を絡めるように掴んでくる。
可愛い体温が伝わってきた。
――と。
待ちゆく人たちがひとところに集まっていた。
台の上に乗る男が威勢よく紙を撒いている。
「号外、ごうがーい! 瓦版だよ! ――昨日、ミコト様の城に盗賊が入ったんだ! お宝を盗んだけど捕まった! なんとミカワリ衆の忍び筆頭だから、大騒ぎってなもんだ! ――さあ、瓦版を買った買った!」
彼の周りに集まる人々の会話が聞こえる。
年配の女性が紙を見ながら叫んだ。
「ああ、よかった! ミコト様は無事だったんだねぇ」
「あんな善君を困らせるなんて、不貞な盗人だよ。処刑されちまえばいいんだ」
「ほんとにねぇ……まあ、あたいらのミコト様はお優しいから、そんなことしないだろうけど」
「今回ばかりは逆鱗に触れたそうだよ。処刑されるかも」
「ほんとかい。そりゃ珍しいね」
リリシアが、ぎゅっと腕を掴んでくる。
俺は頷いて答えた。
「きっとエドガーだ。助けに行こう。天使になってくれてもいいからな?」
「えっ!? 良いのですか!?」
「こんな東の島国でのこと、王国まではさすがに伝わらないだろう。旅の恥はかき捨てって言うしな」
「はいっ、わかりました、ご主人様っ!」
リリシアがきりっと眉を寄せて、力強くうなずいた。
そして駅で金を払って馬を借りると、回復魔法をかけたりぷちエリを飲ませつつ、全力で走らせた。
◇ ◇ ◇
午後の爽やかな風がキョウの街に吹く。
ミコトの城の中庭で、ミコト直々に取り調べが行われていた。
白砂の上に茣蓙が敷かれてその上に縛られたエドガーが座っている。
庭に面した城の室内、垂れた御簾の向こうに華奢で麗しい男ミコトが座っていた。
和服を着て腰に刀を差した男が鋭い声で問い質す。
「アズマよ! ミコト様の家宝、光る玉をどこにやった! 言わないと、また鞭打つぞ!」
エドガーの背中は服が破れて、皮膚には赤い血が滲んでいた。
「覚悟は決めてるっす。死刑で良いっす」
「このぉ!」
男がエドガーを殴りつける。
ゴスッ、ドゴッと鈍い音が中庭に響いた。
エドガーはされるがまま何度も殴られる。
するとミコトが口を開いた。
「もういいでしょう。喋れなくなっては困りますよ」
男が手を止めて、すぐにミコトに向き直って頭を下げる。
「も、申し訳ございません!」
「もっと本人自ら話したくなるようにしてみてはいかがでしょう?」
「え……と言いますと? ミコト様」
御簾の向こうでひじ掛けにもたれながら、閉じた扇子で指し示す。
「この者はミカワリ衆の姫を生き返らせるために国を出たのでしょう? 姫を連れてきなさい」
エドガーが、はっと顔を上げる。口の端が切れて血を流していた。
「待ってください、姫は関係ないっす!」
「ほら。喋りたくなった、という顔をしてるでしょう?」
「さすがミコト様! すぐに連れてきます!」
男が中庭から駆け出して行った。
ミコトが御簾の向こうで、くくっと笑う。
「私の神通力が届かないほど遠くへ送ったようですからね……いったい誰に頼まれてこのような悪事をしたのでしょう? というか……その者たちも捕まえるべきでしょうかね……どう思います、アズマ?」
「姫は……姫は関係ないっす……」
「今、死者蘇生を使えるのは、フォルティス王国にいる魔女のコーデリアだけでしょう? 彼女がしたとは思えませんが、あなたの協力者はその辺りにいるのでは?」
「くっ――!」
エドガーはぼさぼさ髪に隠れた眼を見開いて、ぐっと血のにじむ唇をかみしめた。
――遠く離れたこの国の者が、なぜ知ってる!? 神の血を引いてるって本当だったんすか!?
すると全身、赤い装束を来た老人が子供を連れて中庭へ来た。
可愛い柄の着物を着た、人形のように可愛らしい姫。
老人が目を光らせつつ言う。
「ミコト様。ノバラ姫をお連れしましたのじゃ」
「これは赤影。ご苦労様です」
「あずまぁぁっ!」
姫が傷ついたエドガーを見るなり涙を散らして叫ぶ。
今にも駆け出しそうだったが、赤影が掴んで引き留めた。
エドガーの噛みしめた唇から赤い血が流れる。
ミコトは御簾の向こうで扇を仰ぎつつ言った。
「さあ、アズマ。言わないとあなたの命ではなく、もっと大切なものが消えますよ。あなたの目の前でね……せっかく生き返ったというのにねぇ……赤影」
「はっ!」
赤影がくないを瞬時に手に持って、ノバラ姫のか細いのどに突き付ける。
姫は涙を溜めてエドガーに向かって叫ぶ。
「どうしてなのじゃっ! どうしてこのようなことに、アズマっ!」
「姫、すんません……っ!」
エドガーは苦し気に顔をしかめて、うなだれるばかり。
ミコトはさらに耽美な微笑を浮かべながら追い打ちをかける。
「何をしているのです、赤影。すぐに殺していけませんよ? その男が喋るまで、指を一本ずつ切り落としていき――」
「言うっす! 全部喋るっす! だから、だから姫だけは――ッ!」
エドガーが膝立ちになって必死に訴えた。
刀を腰に差した男が駆け寄ってきて、エドガーに蹴りを入れて座らせる。
ミコトは、ぞっとするほど美しい流し目でエドガーを見た。
「いいでしょう。本当のことを話せば、姫の命だけは助けてあげましょう」
「はい……アレクさん、裏切ってすんませんっ」
「ん!? なに!?」
ミコトが扇で仰ぐ手を止めて思わず身を乗り出した。
エドガーが正面を向いてはっきりと伝える。
「玉を送った相手は、フォルティス王国の王都でポーション屋ぷちエリをやっている、元勇者のアレクさんっす!」
エドガーの振り絞るような声に対して、ミコトは声を裏返す勢いで叫んだ。
「なっ!? なんですって!? ――殺しなさい。今すぐ彼を殺しなさいっ!」
「はい! ……ミコト様の御前で死ねることを、誇りに思うがいい!」
エドガーの傍にいた男が、ゆっくりと刀を上段に掲げていく。
エドガーはぎゅっと目をつむって首を前に出した。
「……姫、アレクさん。すみません」
「いやぁぁっ! アズマぁぁぁぁっ!」
姫の悲鳴が中庭に響いた。
驚いたハトが、バサバサっと空を飛ぶ。
鳥の影がエドガーをよぎった。
「――御免!」
刀が素早く振り下ろされた。陽光を浴びて白刃がギラリと輝く。
――ギィンッ!
「ぐわぁ!」
刀を振り降ろしたはずの男が吹き飛ばされた。
落ちた刀の傍に、黒い刀身の片刃剣が白砂に突き刺さる。
ミコトが、はっと膝立ちになる。
「いったいなにが――ぐはぉっ!」
ミコトが御簾の向こうで、もんどりうって倒れ込んだ。
華奢な痩躯を、ひくひくと痙攣させる。
そして、陽光に輝く白い羽が舞い散る中、中庭の上空から白翼を広げた銀髪の天使が、男を抱えて舞い降りた。
ブクマと★評価での応援ありがとうございます!
ちょっと書籍化作業が入ってきて忙しいです。
感想は読んでいますが、手が開くまで返信は少し遅れます。
次話は明日更新。
→73.魔王とミコトとエドガーの終わり




