71.伝説の三忍Vs.エドガーの意地
月光が山や森を照らす夜。
エドガーは、アレクの頼みである『光の宝玉』を手に入れた。
その後、森の中を木の枝から枝へと飛んで逃げていた。
地面を走ると足跡で追跡されてしまうため。
しかし木から木への移動と言っても、その速度は目にもとまらぬ速さだった。
チラッと月を見て時刻を測る。
「これならコベ港から出る夜明け便に、間に合いそうっすね――うっ!?」
エドガーが空中で身をよじった。
そこにしわがれた声がとどろく。
「――火遁・赤龍王の術!」
突然、飛び移ろうとした大木が爆発するかのような劫火に包まれる。蛇のように長く巨大な龍が巻き付いた。
大木がたいまつのように燃え上がり、夜空を焦がす。
周囲が赤く照らし出され、放射される熱量も高い。
「伝説の三人が一人、赤影のお出ましっすか……」
エドガーは地面に着地したものの、まとわりついていた水遁の霧が蒸発して、姿を表した。
すると赤い忍び装束を着た老人がエドガーの目の前に現れる。
「そこにいたか……アズマじゃな?」
「……師匠……まだ引退してなかったんすね」
「優秀な一番弟子が消えたからのぅ……惜しいことじゃ」
「きっと師匠に似て、素行不良だったんすよ」
「なんじゃとっ!」
赤影が目をむいて怒鳴る。
その瞬間、エドガーがすでに手に持っていた、くないを投げつつ口の横に指を当てた。
「――火遁・紅蓮業火の術!」
「やるのう! ――火遁・紅蓮業火の術!」
エドガーの口から炎の龍が、らせんを描いて放たれる。
赤影もまた、一拍遅れて炎の龍を放つ。
くないは一瞬で蒸発し、炎同士がぶつかる。
が、くないを燃やさせた分だけエドガーの炎が打ち勝つ。
赤影の炎を砕いて、さらに迫った。
「二連――紅蓮業火の術!」
だがしかし、赤影は二度目の炎を吐く。
エドガーの消耗した炎を打ち砕いて、さらにエドガーを襲う。
「やるっすね――さすが師匠」
「ふん、老いぼれに無理させるもんじゃないわい」
「でも、待ってたっすよ――水遁・雲隠れの術!」
「なに!?」
エドガーが水の膜に包まれる。
そこに赤影の放った炎の龍が激突し、真っ白な水蒸気が爆発的に立ち昇った。
エドガーの姿が見えなくなる。
赤影が、唇を悔し気に噛みつつも苦笑した。
「わしの術を利用しおったか……さすが四象忍術の使い手。ほんに惜しい才能じゃわい」
雲が晴れると、すでにエドガーはいなかった。
赤影はエドガーの逃げたであろう方向に目を向ける。
「ほんに惜しい……これで優しすぎなければのう。倒せたはずの相手にとどめを刺しておかんと、いつまでも追われるぞ……アズマよ」
赤影は微笑みに憂いを帯びさせると、シュッと姿を消した。
◇ ◇ ◇
エドガーは森の中を逃げていた。
術と盗賊スキルを発動しつつ、最速で駆け抜ける。
赤影の派手な術は攻撃ではないと見抜いていた。
追手に所在地を知らせるため。
――燃え盛る大木を目印に、他の追手がやってくるはず。
「相手が伝説の三人じゃなければ――いや、一人ぐらいならなんとかなるっす――けど」
エドガーが木の枝から飛びつつ、くないを振るう。
同時に横手から影が向かってきた。
キィンッ!
乾いた金属音が森に響く。
空中で交差した影が、地面に降り立つ。
白い忍び装束に身を包んだ、子供のように華奢で背の低い男だった。
地面に着地したエドガーが、ぼさぼさの髪を揺らしつつ、へっと唇を曲げて笑う。
「伝説の一人、白影までお出ましっすか……俺っち、相当の人気もんっすね」
「言ってろ――光遁・白光斬」
少年のような若い声で答えつつ、杖状の仕込み刀を構えたと思ったら、白影の姿が消えた。
一瞬の光がきらめく。
ザンッ!
エドガーの背後に白影が着地した。
「光が見えたときにはもう、斬られている。それが光遁」
「……す、凄まじい速さっすね――身代わりの術すら間に合わないっすよ」
エドガーは切られた腹を押さえつつ、よろけた足で飛んだ。大きく張り出した枝へと向かう。
白影が宙に向かって刀を構えた。
「終わりだ――光遁・白光斬」
白影の姿が地面から消える。
エドガーが口に瓶を咥えつつ振り返る。
そして、くないを突き出した。
ザッ、ザザンッ!
白影が枝に着地するが、すぐに片膝をつく。
白装束に切れ目が入って赤い血が流れていた。
「くっ! 相打ち覚悟で攻撃してきただとっ!?」
「空中なら軌道変更できないっすからね」
エドガーが別の枝に着地して言った。
すぐに瓶を傾けて残りを飲み干す。
ぷちエリを使った捨て身攻撃だった。
しかし白影は、ふっと鼻で笑う。
「オレの役目は終わり。お前も終わりなんだぜ? アズマ」
「なんすか、それ? ――ッッ! 風遁・この葉隠れの術!」
何かを察知したエドガーが、顔を強張らせながらも術を唱えた。
姿を隠して逃げ出す。早さだけは素晴らしかった。
しかし、ほぼ同時に若々しい大声がとどろいた。
「水遁・瀑龍水烈破!」
ドゴォ――ッ!
数十メートルの範囲にわたって周りの木々を大量に飲み込みながら、青い水龍が土石流のような勢いでエドガーを狙った。
「くぅっ!」
あまりの範囲の広さに、エドガーは逃げきれなかった。
足場にしていた木の枝ごと、激しい水流に巻き込まれる。
――やられた!
術発動に時間がかかる大技のため、足止めが白影の役目だったとは!
ここまで広範囲に森を削る水の奥義――青影も来てたっすか、マジで人気者っすね、俺っち。
激流に飲まれて上下左右がわからなくなる中、エドガーは苦笑しながら懐を押さえていた。
――もう、ここまでっすね。自力で持って帰りたかったっすけど……。
エドガーは折り畳み式の箱を出して組み立てると、懐から光る玉を出して入れた。
ふたを閉じて魔力を込めると箱が光る。
その瞬間、砕けた丸太がエドガーにぶち当たって、箱は粉々になった。
しかし光の玉はもうなかった。
渦巻く水流にもみくちゃにされつつ、エドガーはニヤッと笑う。
――約束は果たしたっすよ、アレクさん。
さらにいくつもの岩や丸太がエドガーに激突して、彼は気絶した。
しばらくして水が引いた森の中。
ずぶ濡れになって地面に横たわるエドガーを、赤白青の装束を着た男たちが取り囲んでいた。
「まだ生きとる……どうなっとる? 無敵か?」
「いや、ダメージ自体は入ってますね。攻撃を受けた端から治ったようです」
「オレのときに飲んでた薬のおかげっぽいな?」
「なるほど。国を抜けても術や忍具の修練を怠らんかったようじゃな。さすがアズマじゃ」
赤影がうんうんと感心した声で頷く。
白影が「盗人を褒める奴があるかよ」呆れて呟きつつ、しゃがみ込んだ。
エドガーの持ち物を漁る。
しかし声が強張った。
「ない、ない! ――逃げる途中でどこかに隠したか?」
「いや、わしと戦ったときは懐に持っておった」
「水龍の術の時もありましたよ?」
青影が首をかしげる。
白影は頭を上げて森を見渡した。
周囲は土が抉れて木々は倒れ、半壊している。
「じゃあ、術にもみくちゃにされて、森のどこかに落としたってことか?」
「それも違う。森にはないのじゃ」
赤影が手で印を結んで、すでに術を使っていた。
青影は肩をすくめた。
「こうなったら本人から聞き出すほかないでしょう。ミコト様はそういうの、お得意ですからね」
「仕方あるまい。帰るかのう」
「ちぇっ、オレとしたことが中途半端な仕事しちまったぜ」
白影が苦々し気に、眉間に深いしわを寄せた。
ふふっと青影が微笑む。
「それだけアズマが優秀だったってことですよ」
「ほんに惜しいのう……」
赤影は気絶したエドガーを見下ろして、しみじみと呟いた。
それから三人はエドガーを縛り上げると、術を使えないよう封印を施してから、彼を抱えて姿を消した。
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