70.ミコトの発明
ヤマタ国の都キョウを、月が照らす夜。
城にあるミコトの私室にて、魔王とミコトが畳の上に座っていた。
二人の前にはゴブリン魔導師のゴーブがいる。
ただし、ゴーブは鉄製の鎧を着ていた。頭からつま先まですっぽりと覆われている。
顔の部分だけ透明なガラスになっていた。
魔王は眉間にしわを寄せて、いぶかしそうにゴーブを見る。
「これが、聖波気を防ぐ鎧か……?」
「ええ、試作品ですが、理論上は防げるようになっていますよ。名付けて究極防御君一号です」
ミコトは笑いもせず、涼しい目でそっけなく答える。艶やかな黒髪が揺れた。
魔王は名前を聞いて、ピクッと片方の眉だけ震わせたが何も言わない。
代わりに鎧を隅々まで見てから言った。
「ゴーブよ、動いてみろ」
「は、はい、魔王様っ……お、重い……です」
ガシャ……ガシャ……とゴーブはものすごくゆっくり動いた。
関節が曲がらないので、手足を突っ張った棒のようにして歩く。
魔王が呆れたように鼻で笑った。
「はっ! まともに動けないではないか! せめて関節部分は動かせるようにしないと、武器すら振るえんぞ?」
「言ったでしょう、試作品だと。隙間ができると、そこから聖波気が流れ込んできますからね」
「重さはどうなのだ? ただの鎧よりも重そうだが?」
「これでも薄くしたんですよ? しかも内と外で二重構造になっていましてね。中空の内側にはびっしりと、原始の光で作った新呪印が書き込まれているのです」
ミコトは美しい唇の端に、神秘的な微笑を浮かべて答えた。
魔王は、口を覆うようにして考え込む。
「中空かつ呪印か……確かに関節を布などにすると意味をなさなくなるな……」
ところが、がしゃんがしゃんと歩いていたゴーブが突然苦しみだした。
「ん? どうしたゴーブ!?」
「い、いき、息が……」
ゴーブが兜を外そうとするが、手が棒状のため外せない。ガラス越しに顔がどんど青ざめていく。
「ゴーブ!」
魔王が飛びつくように近寄って、兜を外した。
ゴーブはそのまま床に倒れ込んで、はあはあと荒い呼吸を繰り返した。
ミコトが華奢な肩をすくめて愁いを帯びた表情を作る。
「ああ、そうでした。呼吸のことを忘れていましたね。実験に犠牲は付き物でしょう」
「こ、こいつ……」
魔王はぎりぎりとギザ歯を噛みしめてミコトを睨んだ。
ミコトは悪びれもせず視線を逸らすと、耽美な微笑みを浮かべて扇を広げてあおぐ。
――と。
コンコンと部屋の扉を叩く音がした。
魔王が目を見張りつつ押し黙り、大の字に倒れたゴーブに手を当ててボソッと呪文を呟く。
とたんに二人の姿は普通の人間っぽくなった。
ミコトが鋭い流し目を扉へ送る。
「扉は開けぬように。今、客人が来ておりますゆえ。……で、どうされました?」
扉の向こうから声が聞こえる。
「賊が押し入って、ミコトさまの宝を盗み出したようでございます」
宝が盗まれたというのに、ミコトはまったく動じなかった。
凛とした声で続きを促す。
「ほう……賊がねぇ……いったい何を盗まれたのです?」
「それが……蔵は荒らされたものの手付かずで……ミコト様が研究室に置かれていた、光る玉を持ち去られたようです」
それまで余裕な微笑を崩さなかったミコトだったが、はっと顔を強張らせると着ている和服の袖や懐を荒々しく探った。
すぐに焦りで美貌をしかめる。そんな顔すら絵のように美しかった。
「しまった! 実験に夢中になりすぎて……! ――すぐに取り返しなさい! 今すぐ!」
「はい、伝説の三忍を使用しても?」
「使いうる最大戦力で奪い返しなさい!」
「承知いたしました」
扉の外の気配が消えた。
ミコトが苦し気に顔をしかめる。
魔王が姿を戻して言う。
「光る玉というのは、まさか光の宝玉か?」
「そうですよ……いつもは持ち歩いているのですが、今日は新呪印の生成のために使用して、うっかりそのままにしてしまいましたよ……」
ミコトが細い指で頭を強めに掻いた。
黒髪が乱れて白磁のような頬にかかるのも構わず、苛立ちをぶつけるように掻き続ける。
魔王が真剣な顔でミコトを見た。
「それはすまなかったな、協力してもらったばっかりに。……もし、夜の間に捕まえられなければ、我輩の部下も出そう。島国だから海と空の魔物たちを使えば逃げられはしまい」
「ええ、お願いしますよ……ドラゴン族に伝わる奇跡の品ですからね……まあ、伝説の三忍なら、きっと取り返してきてくれるとは思いますが……」
ミコトの嘆く姿は、折れそうなほどに儚くも美しかった。
『ミコト様が三途の河原へ行くまで あと1日』
◇ ◇ ◇
ヤマタ国に帰還したエドガーは、首都キョウにあるミカワリ衆の屋敷にノバラ姫を届けた。
誤解を解いて、説明をして、なんとか姫の保護をお願いした。
ただしミコト様にお目通りをして事情説明してから判断されることになった。
死者蘇生などという大ごとは、ミコトの天下となったヤマタ国では、ミカワリ衆の一存では手に余る事態だった。
姫のことを一任してエドガーは屋敷を出た。
その後エドガーは宵闇に紛れて、ミコトの城に忍び込んだ。
気配を消しつつ、盗賊スキルの【宝物探知】を発動する。
狙うはただ一つ。
――光の宝玉。
蔵を回ったが空振りに終わる。
続いて城に入って探知スキルを使う。
すると城の上階に反応があった。
「やはり、ここにあったっすね――水遁・霧隠れの術」
エドガーは術を発動しつつ、さらに盗賊スキル【隠密】も発動させて気配を完全に消した。
この国ではこれぐらいしないと警備の目を誤魔化せない。
木の階段を上り、時には外壁を伝って上階へ行く。
そして大きめの部屋に入った。
きらびやかな城に似つかわしくない、殺風景な作業場。
作業台の上には加熱ランプやガラスのフラスコ、乳鉢やろ過機などが設置されている。
部屋の隅には金床とハンマー、高熱炉があり鍛冶設備もあった。
その近くに光る玉が無造作に、ぽんっと置いてあった。
エドガーが慎重に周りに目を配りつつ、近づく。
玉を手に取って見る。
「まじっすか……なんでこんな無造作に……いや、ありがたいっすけど」
懐にしまった時、にわかに外が騒がしくなった。
窓際まで行って城の裏手を見下ろすと、蔵を破ったのがバレたらしい。
作業場の外にも人が来る気配。
エドガーは顔を上げて窓から見える遠くを凝視した。
月がおぼろげながら台地に広がる都、キョウの街並みを照らしている。
両手で印を結んで遠景の一点を睨む。
「一か八かっすね――風遁・風渡りの術」
エドガーの姿がつむじ風に巻かれて消えた。
それと同時に、警備の侍や作務衣を着た鍛冶師、魔導師が突入してくる。
盗まれたものがないか探していたが、鍛冶師が炉の近くに玉がないことに気が付いて顔を青ざめさせる。
「光る球が、ミコト様の玉がないっ」
人々は慌てて作業室を出て行った。
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次話は明日更新
→71.伝説の三忍Vs.エドガーの意地




