67.森の異変とエドガー隊
王都の遅い朝。
店を開けた後、俺はリリシアと並んで、石畳の通りを歩いていた。
まずは冒険者ギルドへ。いつもの採集依頼を受けるため。
ギルドの一階は相変わらず閑散としていた。
ダンジョンは攻略されて、森の討伐依頼もない。
あるのは畑を荒らす動物退治の依頼だけだった。
「では、依頼を受けてきますね」
「ああ、頼んだ」
リリシアが白い修道服を揺らして受付へと向かう。
俺は掲示板に張られた任務依頼をなんとなく眺めた。
――ネズミ、イノシシ、オオカミ……ん?
フォレストウルフが出始めたのか?
Dランクだが群れていて、連携がうまい。少し危険だな。
掲示板を見ていると、後ろでジャラッと音がした。
振り返るとギルドマスターのルベルが腕組みをして立っていた。
赤いツインテールが朝から目に眩しい。
「おはよう、ルベル。何か用か?」
「ああ、おはよう。アレクに一つ聞きたいことがあってな」
「なんだ?」
「毎日、森の依頼を受けているようだが、森に何か変化はないか?」
「いや、特には。いたって穏やかだぞ?」
「そうか……」
ルベルは疑わしそうに目を細めて俺を見る。
意味が分からず尋ねた。
「何か問題なのか?」
「原因があるとしたらアレクしか考えられないんでな」
「ほう。だからなんだ?」
「南東の森の生態系が変わってきている」
「生態系?」
なにやら難しい言葉が出たので俺は首を傾げた。
ルベルは片手を広げて腕輪をジャラつかせつつ、詳しく説明してくれる。
「森に棲んでいた妖魔系や魔獣系が完全に消えたようだ。そのせいで、彼らが捕食していた動物系が爆発的に増えている……。薬草採集で森の手前にいるモンスターが死ぬのはわかるが、奥の方まで消え去るのはおかしいと思ってな」
ルベルがますます眉間にしわを寄せて俺を見てきた。強者の威圧を感じる。
背中に嫌な汗が流れた。
――どう考えても、森の最深部にある屋敷で暮らしてるせいだ。
俺は頬がひくつくのを感じながら弁解した。
「ああ、取りすぎてけっこう奥の方まで入ってるからな。それで倒しすぎたのかもしれない」
「ふぅん。まあ、そういうことにしておこうか」
全然納得していない口調でルベルが言った。
顎に手を当てつつ、俺を値踏みするように上から下まで見てくる。
話の流れを変えたくて少し話題をずらした。
「じゃあ、このままだとやばいのか?」
「ネズミやウサギ、イノシシが増えると、それらを食べるオオカミやクマが増える」
「ブラッドベアやグレートベアか。あれは強くて並みの冒険者ではやっかいだろうな」
「下手するとジャイアントベアまで出るかもな。そういうのが増えると、今の冒険者数では対処が厳しくなるだろう。それに」
「それに?」
「ホワイトボアを見たという話を聞いた」
「ホワイト? 白いイノシシなんているのか」
「ああ、とても珍しいが。聖なる泉や、聖域と呼ばれる清浄な場所で、たまに白い動物が発生する。聖獣とも呼ばれる……本当にアレクは何も知らないか?」
赤い髪を燃え盛るように逆巻いて、ぐいっと詰め寄ってきた。
吐息が交差するような至近距離から、吊り目がちの鋭い視線で俺を睨み上げてくる。
激しいまでの美しさを感じた。
俺は冷や汗を流しながら動揺して答える。
「し、知らないな……薬草採集のし過ぎかもな、あは、あはは」
「ふぅん……まあ、そういうことにしておこうか。邪魔したな」
完全に疑ってる口調で言い切ると、ルベルは背を向けて後ろ手に手を振りつつ去って行った。
嵐が去ってホッとする俺。
……どう考えても、俺のせいじゃん。
今まで王国内を魔物退治の旅でうろうろしてたから問題が発生しなかったのか。
こんなに長く一つのところに留まるなんてなかったもんな。
……えー、どうする?
俺だけダンジョンの部屋で過ごすか?
それは嫌だな。あの家の快適さは忘れがたいし、何よりリリシアといつも一緒に過ごしたい。
聖波気を圧縮させる練習、しないとまずいか。
そこへリリシアが帰ってきた。
去って行くルベルの後姿を見つつ、首をかしげる。
「どうされました? ご主人様?」
「森のモンスターが消えて動物が増えてるんだと。聖獣も現れてるらしい」
「まあ! さすが、ます――んぐ」
リリシアが大きな声で褒めてきたため、慌てて口を押えた。
カウンターの奥にあるギルド長室に消えようとしていたルベルがチラッと振り返って来る。
俺はリリシアの腕を引っ張ってギルドを出た。
石畳の大通りを歩きながら、隣のリリシアが眉を下げて謝る。
「申し訳ありません、ご主人様っ」
「いや、いい。まだ屋敷やコウのダンジョンが見つかったわけじゃないからな。ただ、聖波気を抑える練習をした方がよさそうだ」
「そうですね……。ただ、聖獣が増えるというのは、悪くないかもしれません」
「ん? そうなのか?」
「国か教会が聖域に認定すれば、人々の進入は制限されるはずです」
「なるほど。森の最深部を聖域認定してもらえればいいのか……」
悪くはない提案だった。
問題があるとすれば国にも教会にも、つてがないこと。
……ソフィシアに教会へ戻ってもらって、頑張ってもらうしかないか。頭いいし。マリウスの偽証に気付いたのも彼女だし。
「よし、俺たちの家を守るため頑張ろう」
「ええ、ご主人様のすごい聖波気なら、もっと聖獣が増えるはずです! ――わたくしも頑張りますっ」
「じゃあ、次は詳細な世界地図だな。石は手に入れたし、玉はエドガーが持ってきてくれるからな」
実は邪神の胸像が想像以上に多いとわかったため、各町、各地域ごとの大きな地図が必要になったのだった。
「はい、本屋へ行きましょうっ」
リリシアが腕を組んでくる。
布越しに伝わる柔らかな体温を感じつつ、本屋へ向かった。
◇ ◇ ◇
一方そのころ。
爽やかな陽光が降る朝。
王都外れにある粗末な一軒家で、五人の子供たちがテーブルを囲んで朝食を食べていた。
テーブルに並んだ昨日のごちそうの残りを思い思いに食べていく。
エドガー隊の子供たちだった。
エドガーと姫の姿は見えない。
回復士の少女がシチューを飲みながら、溜息を吐く。
「たいちょー、もう出発しちゃったんですね……お別れの挨拶ぐらいしてけばいいのに……」
「まあ、すぐ帰って来るからじゃねーの?」
剣士少年ユマがパンを食べながら気軽に応えた。
探索者少女のシーマが尋ねる。
「それで、今日はどうするの? ネズミ? イノシシ?」
狩人少年のモクは、眼鏡を知的に光らせながら言う。
「今日は仕事をせず、休みに当てようと思う」
「戦わないんだ?」「いないからって、ひよってちゃ、隊長が悲しむぜ?」「ネズミなら私たちでもいけるでしょ?」
「違う。隊長がいないからこそ、しっかり下準備しないとダメなんだ。今までは準備がおろそかでも、隊長が万能だから助けてもらえてた。――でもこれからしばらくは、そうはいかない。いざ戦うときに剣が刃こぼれしてて使えないとか、ポーションが足りないとか、食料が腐ってた、とか。そういう危険は限りなく排除していかなきゃ」
モクの言葉に、子供たちは信頼の笑みを浮かべて頷く。
「わかった。おいらはモクに従うよ」「私も」「でも、どうするよ? 全員でぞろぞろ行くのか?」
「武器の扱いが得意なユマとキーリは、全員の武器防具をチェックして手入れして欲しい」
「りょーかい」「ういーっす」
「シーマとチャーナは備品やポーション、非常食の確認。備品が使えるかどうか試して、足りないものは買い足しておいて。非常食は五人で……三日分でいいや」
「わかった」「うんっ」
健康的な少女と幼さの残る少女は、ともに真剣な笑顔で頷いた。
剣士少年がきょとんと首をかしげて尋ねる。
「モクは?」
「僕はちょっと、調べたいことがあるんだ」
「わかった。モクがそういうなら任せるよ」
「それじゃ、またみんな夕方、家に集合で」
「りょかい~」「ういっす」「あいよっ」「は~いっ」
元気よく返事すると、子供たちはそれぞれの持ち場へと去って行った。
◇ ◇ ◇
少年モクは王都にある王立図書館に籠っていた。
華奢な体と細腕で分厚い本を何冊も抱えては、閲覧机へ持って行く。
冒険者とは思えないほどの力のなさ。
それはモク自身わかっていた。
少年剣士ユマのように回避盾として隊を守れないし、少年戦士キーリのように固い敵を粉砕する一撃も放てない。
探索者少女シーマのように強弓での急所を狙った一撃必殺のスナイプショットは撃てないし、回復士少女チャーナのような何があっても莫大な魔力で回復させて隊を維持することもできない。
非力で頼りないからこそ、それ以外の部分で役立とうとしていた。
自分が敵を倒そうとして躍起になるのではなく、敵への嫌がらせに徹して勝利に導く。
隊長がいないときは、パーティー全体の流れを見て、作戦を廻らせて指示を飛ばす。
それがモク少年の頑張り方だった。
朝の陽光が明かり取りの小窓から差し込む中、眼鏡を光らせてページをめくっていく。
そして本の記述をいくつも参考にして、また別の本を参照する。
静かな時間が流れていった。
そしてモク少年は、ついに答えにたどり着く。
いくつもの辞書を経由して、知りたかった言葉の意味を見つけ出した。
眼鏡の奥で、くわっと目を見開く。
「カタミワケ……故人の持ち物を遺族や友人が分け合って、故人を偲ぶ儀式。――てことは、そんな! エドガー隊長は、もうっ!」
ガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。
モクは焦りで顔を強張らせつつ、本を棚に直して小走りに図書館を後にした。
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次話は明日更新
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