66.いつもの夜と魔王様
森の夜。
食事や入浴を終えた俺は寝室にいた。
若返りのための賢者の石は手に入れたし、光の宝玉のめどもついた。
あとは邪神の胸像と、お金のみ。
そこで俺はベッドの上で座ってお金を数えていた。
ここ数日でだいぶ稼いだように思ったので。
すると、リリシアが帰ってきた。銀髪を揺らしてベッドの傍へくる。
「どうされました? ご主人様」
「今の所持金はどれぐらいだろうと思ってな」
金貨を十枚ごとに積み重ねておいていく。
リリシアが山を崩さないようにそろそろとベッドに乗った。
寄り添うように傍へくる。ふわっと湯上がりのよい香りがした。
まだ手つかずの金貨の山を見て言う。
「こちらはこの国の金貨ではないですね」
「どこか別の国の金貨だろうか? それとも魔界専用か?」
リリシアが細い指先で摘まんで、裏表を見た。
眉間に可愛いしわが寄る。
「デモニアス金貨……怖い男が高笑いする顔が描かれてますね」
「うーん、あんまり由緒よくなさそうだな。コウに頼んで金の延べ棒にしてもらおう」
「それがいいですね。純度によりますが50万ゴートぐらいになるのではないでしょうか」
「おー。だったら、全部で800万ゴートになりそうだな」
ここ数日で、店の売り上げと併せて200万ぐらい稼いだ計算だ。
この調子なら1500万ゴートぐらい、簡単に溜まりそうだった。
俺は数えた金貨をしまって、ベッドに横になる。
するとリリシアがベッドの上で女の子座りしたまま、髪の毛を首の後ろで掴んでまとめていた。細いうなじが色っぽくみえる。
「どうした? リリシア」
「わたくしも髪を切った方がいいかなと思いまして……ご主人様はどう思われます?」
俺はじっとリリシアを見た。
リリシアは視線を感じてか、ショート、ミディアム、といろいろな長さで銀髪を掴んだ。
どの長さの髪も美しい。
「うーん、リリシアはどんな髪型でも似合うな」
「ありがとうございますっ。――でも、ご主人様が一番好きな髪型にしたいですっ」
リリシアは、はにかみながら微笑む。
俺は少し考えた。
確かに人の姿なら、どの髪型でもいい気がする。
しかし――。
俺は頭の中の映像を伝える。
「天使の時は長い方が似合うと思う。輝く銀髪が神々しさを感じさせるし……しかも浮いてるときは、水に入ったように髪がふわっと広がって、見とれるほどきれいだから……」
俺が素直な感想を伝えると、みるみるうちにリリシアの顔が赤く染まった。
そして寄りかかるように俺へもたれかかってくる。大きな胸が柔らかい。
「うれしいですわ。そこまで見てくれていたなんて……このまま長いままでいますっ」
「ああ、いつまでもその姿でいてく……ん」
口ごもった俺にリリシアが首を傾げる。
「どうされました?」
「リリシアって何歳なんだ? ――女性に歳聞くもんじゃありませんとか言われそうだけど」
リリシアは微笑みながら頬を膨らませる。
「もう、本当にそうですっ……それは冗談として。実は正確な年齢はわかりません。天界だと時間の流れがほとんど感じられないので」
「ということは、その年齢になったら、もう歳は取らないということか」
「はい。このまま変わっておりません。たぶん百年前、いや一万年前? 千年前かも? から変わらずな気がします」
「子供時代は? きっとかわいい子供だったんだろうけど」
リリシアが細い顎に指を当てて考え込む。
「……生まれたときからこの姿のままだった気がします。神様がお創りになられたので」
「そうか。それはなんだか残念だな。きっとかわいい子供だったろうに」
「そうだと、うれしいですわ」
「じゃあ、子供を見たらリリシアの子供時代が想像できるかもな」
「ふぇ? 子供って、ご主人様との!? ――ぁんっ」
俺は戸惑うリリシアを抱き寄せてキスをした。
いつもより激しく舌を絡めてくる。唇を合わせながらも指先が俺をはだけさせていく。
ますます柔らかな曲線が密着する。
そして唇から離れてキスを頬から耳、細い鎖骨へと滑らせていった。
リリシアがキスに感じるたび、大きな胸が丸く揺れる。
「あぁっ! ――ご主人様! いっぱいくださいっ、聖波気も、子供も!」
「任せろ」
俺の気持ちを込めて強く深く抱きしめる。
リリシアが長い銀髪を乱して激しく喘いだ。
白い肌が高ぶる感情で桃色に染まっていく。
こうして今日も白い翼が、白く染まるまで愛し合ったのだった。
◇ ◇ ◇
一方そのころ。
魔王は、とある城にいた。
三角の瓦屋根が積み重なるようにいくつもあり、頂上には天守閣がある白壁の美しい城が、月明かりに照らされている。
その城の一室にある畳敷きの部屋で、魔王とその部下であるゴブリンの大魔導師ゴーブが座っていた。
ゴーブはピシッと正座して座っていたが、魔王は膝を立てて低いテーブルに頬杖をついている。
テーブルには小説の原稿が広げてあった。
魔王は執筆中らしく、顔を険しく歪めてうんうん唸っている。
すると背の高い男が一人、部屋に入ってきた。
前合わせを着た彼は女のように華奢で、体の線が細い。
しかもその顔は美女と見間違うほどの美男子で、切れ長の美しい瞳は黒曜石のように黒く、また結い上げた黒髪も同じぐらい艶やかだった。
長い睫毛と通った鼻筋だけでも美しいのに、天然のアイシャドウまで美貌を彩っている。
涼しい目元は笑っているわけではないのに、神秘的な微笑を感じさせた。
そんな美男子が滑るように長い足を動かして部屋を横切り、壁際の書院机へ向かう。
途中、いかめしく座る魔王にチラッと流し目を送った。
「いったい、いつまでそうしてるつもりです? もう怪我は治ったのでしょう? 私室では一人になりたいのですがね?」
「あのふざけた勇者アレクの対策を立てんことには、動くに動けんぞ」
「だから前に言ったでしょう? 闇の者だけで戦おうとしたって勝ち目はないと」
「それは貴様も同じではないか」
「いえいえ。だからこうやって人間の国を牛耳って、名君として君臨したのですよ」
「かつてこの世を殺戮と恐怖で支配した、邪竜王とも思えん言い草だな」
美男子は、すうっと目を細めて睨んだ。空気が凍るような冷たい視線となる。
「今はミコトです。その名で呼ばないでください。どこで誰が聞いているかわかりませんからね……特にこの国では」
「では東洋一の美姫君子と言いなおそうか? 人間どもに騒がれておる異名で」
魔王が挑発的に、ふんっと鼻で笑った。
慌てたゴーブが平身低頭で進み出る。
「ま、魔王様、抑えてください……申し訳ありません、ミコト様。魔王様はアレクの理不尽な暴力に心を痛めておられまして……」
ゴーブが畳に正座したまま、ぺこぺこと何度も頭を下げた。
ミコトは、ふっと頬笑みを浮かべる。それだけで部屋が明るくなるような美しい色気を放った。
「まあ、いいでしょう。大変だったようですからね……ちなみに被害は集計できましたか?」
「はい、ミコト様。魔王様が小説執筆で業務縮小していたのが幸いしました。アンデッドは全滅しましたが、城にいた他のモンスターはBランク以上は生存。育児休暇や有給休暇中だったCランク以下の魔物や魔族も無事です。印刷工場も無傷でした」
「ふむ。壊滅的被害と聞いていましたが、不幸中の幸いでしたね」
「ただし、あの一瞬でな……勇者アレク……あれは、ありえん」
魔王はギザ歯をがりがりと噛みしめて、苦々しく顔をしかめた。
ミコトは、美貌に優しい笑みを浮かべて、澄んだ声で話す。
「勇者といえども人間です。人間から身を守るには、人間を盾にするのが一番なのですよ? ですので、我が国は勇者の入国を禁止しております。もちろん民衆の支持のもと、私の意見は受け入れられてます。勇者協定撤退・勇者入国禁止すらね」
「ふんっ、うまくやったと言っておこうか」
魔王はすねたように顔を逸らしつつ言った。
ミコトは何も言わず、耽美な苦笑を浮かべながら壁際の書院机に座る。
ゴーブが、ついっと膝を動かして魔王に向き直った。
そして真剣な表情で、魔王を見上げる。
「魔王様、お願いがございます」
「ん? なんだ、ゴーブ? 申してみよ」
「じゃりゅ――失礼、ミコト様にお願いして、ヤマタ国の持つ高度な鍛冶技術力をお借りしまして、魔王軍の再建を目論んではいかがでしょう?」
「なに!? 我輩に頭を下げろというのか?」
「ですが、このままでは戦うどころか、生き延びることすら困難でございます、魔王様っ!」
魔王は思案深げに、顎に手を当てて考える。
それから窓際で物憂げに書き物をするミコトを見た。
「ミコト。お前は、あの高密度の聖波気を防ぐ手段は持っておるか?」
「あなたが城に張っていた【邪悪結界】ですら一撃で破壊したのでしょう? ただの結界や付与魔術では防げそうにありませんね……まあ、研究するならば、しばらく楽しめそうなテーマではありますが」
ミコトは唇の端に、ふふっと余裕の笑みを浮かべる。
できるかどうかは明確に答えなかったが、言外に対策できるという自信を滲ませていた。
すると魔王はミコトに向き直って、頭を下げた。
「ならば、頼む。あの聖波気を防ぐ方法を教えてくれ」
ミコトが切れ長の黒い目を、驚きで少し大きくする。
「どうやら本気のようですね?」
「これ以上、忠実な部下たちを失うわけにはいかんからな。我輩が頭を下げることで救われる命があるならば、安いものだ。……頼む」
魔王は重ねてもう一度頭を下げた。深々と。
ミコトは呆気に取られていたが、すぐにしなやかな手で口元を抑えて、くくくっと麗しげに笑いだす。
「顔を上げてください。まったく……魔王でありながら、楽しい御仁ですね、あなたは」
「なんとでも言え。我輩はすでに『隠れてやり過ごす』という作戦で、一度失敗した。我輩は賢くないかも知れんが、同じ失敗を繰り返すほどの愚者ではないのでな」
「いいでしょう、協力しましょう」
「すまんな。助かる」
魔王は顔を上げると、ギラリと強気の笑みを浮かべた。
ミコトは涼しい目元を緩めて微笑み返す。
今までバラバラに行動してきた二大勢力の、最強の協力関係が出来上がった瞬間だった。
その様子をゴーブは目を熱く潤ませて、感動のまなざしで見続けたのだった。
『ミコト様が三途の河原へ行くまで あと3日』
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次話は明日更新
→67.森の異変とエドガー隊




