63.エドガーとノバラ姫
本日2話更新2話目。
夕暮れに赤く染まる王都。
狭い店の中には人がたくさんいた。
リリシアにテティ。
そしてエドガーは小さな女の子と手を繋いでいた。
俺が店に入るとリリシアが傍へ来る。
「ただいま帰りました、ご主人様――こちらを」
賢者の石を渡してきたので、受け取ってマジックバッグにしまいながら答える。
「おかえり。どうだった?」
「うまくいきました。こんな方法があったのかと、驚きでした」
「それは興味深いな……俺は立会いできそうにないが」
「はい、あとコーデリアさんが賢者の石を手放そうとしなかったので、返してもらうのに苦労しました。子供のように駄々までこね始めて……」
リリシアはその時のことを思い出してか、困ったような笑みを浮かべた。
俺もまた「いやじゃ、いやじゃ!」と駄々をこねるばあさんを想像して、苦笑するしかない。むしろ不気味だ。
「何やってんだか、あのばあさんは……まあ、無事取り返してきてくれてよかったよ」
「はい、頑張りましたっ。――それで、こちらがヤマタ国のノバラ姫です」
リリシアがエドガーと手を握る、ちっちゃな幼女を紹介した。
ノバラ姫は平らな胸を反らして、偉そうな笑みを浮かべる。艶やかな黒髪のおかっぱ頭が揺れた。
「わらわがヤマタ国ミカワリ衆のノバラ姫じゃ。――そなたがわらわを助けたというアレクじゃな。うむ、褒めてつかわす」
「そりゃどーも。治ったばかりだから無理するなよ?」
「わかっておるわ――んむ。アズマよ、おんぶじゃ、おんぶ」
ノバラ姫が手を上下させてしゃがめと合図を送る。
――アズマと言うのがエドガーの本名だった。
「はい、仰せのままに」
エドガーがしゃがみ込んで、ノバラ姫に背を向ける。
姫は小さな手をエドガーの首に回してのっかる。
そのままエドガーは片手で幼女を支えつつ立ち上がった。
――姫の子守りって、なんだか大変そうだな。
俺はそう思ったが、エドガーはとても嬉しそうに目元を緩めていた。
今後のことが気になったのでエドガーに尋ねる。
「この後エドガーはどうするんだ? 姫と一緒に暮らすのか?」
「いえ、明日から姫を送ってくるっす。すぐに戻って来るんで、それまで子供たちになにかあったら、頼むっす」
「すぐ戻る? 確か大陸の東の方にある島だろう? 船にも乗るんじゃないのか?」
「えっと、俺っちの風の魔法みたいなので、見えてる場所に一瞬で移動できるんすよ」
気軽に言うエドガー。
俺は驚きで声を上げた。
「なんだその最強魔法! あ、だから敵の背後にも瞬時に、みたいな」
「それは無理っす。術発動直後は硬直時間があるんで。戦闘中に使ったら返り討ちに合うっすね。次の発動まで30秒かかりますし」
「なるほど。完全移動用か……見えてる範囲だと、山の上にいったりするともっと飛べるのか?」
「正解っす。さすがっすね、アレクさん。高い山の頂上へ飛んで、そこから一気に数百キロとべるっす」
「羨ましいな……」
簡単に移動できる魔法、俺も知りたい。
エドガーは背負ったノバラ姫をあやすように体を揺らしながら、気軽に言う。
「アレクさんも修行すれば、できるっすよ? 魔力を使った体術みたいなものなんで……あ、聖波気だけだと無理っすね」
「残念だ。何日ぐらいで戻って来る?」
「そうっすね、行きが船にも乗って4日、姫を届けて言われてた玉を探して1日、帰りは身軽なんで1~2日。一週間ってところっす」
「大陸往復を一週間て、優秀どころじゃないな……でも、賞金首になってるんだろ? 俺たちに手伝えることはないか?」
俺は割と心配して尋ねた。
エドガーは優秀な奴だ。失いたくない。
けれど、エドガーは口元に頬笑みを浮かべて気安く言う。
「大丈夫っす。姫が戻れば解除されるんで」
「そうなのか……じゃあ、光の宝玉は頼んだ」
「ういっす、頼まれたっす」
エドガーが気さくに笑った。
なんだか、彼らしくない明るい笑みだった。
すると、店にどやどやと人が入ってきた。
十代前半から中盤ぐらいの子供たち五人。
エドガー隊だった。
先頭は小麦肌の探索者少女が元気に入って来る。
「任務終えてきたっす~」「こんちゃ!」「終わったぜ~」「アレクさん、こんばんは」「運ぶのが大変だったね」
斧を背負った少年や軽装の剣士少年が入って来る。
その後ろには回復師の少女と、眼鏡の少年がいた。
エドガーがうなずく。
「ごくろうさん。首尾は?」
「じょーじょー。Dランクの猪なら余裕っしょ」
剣士の少年が気軽に応える。
エドガーの背に乗ったノバラ姫が眉をひそめる。
「なんじゃ? こやつらは?」
「ああ、俺っちのパーティーメンバーっす――みんな、この子が前に話してたノバラ姫だから、よろしくしてくれっす」
エドガーの周りに集まる子供たち。
「よろしく」「かわいい~」「よろしくな」「おいらユーマっす」「あたしチャーナ!」
和気あいあいと話しだす子供たち。
狭い店に十人。さすがに多すぎる。
俺はカウンターに向かいつつ言った。
「じゃあ、お祝いだ。俺から渡せるものはこれぐらいだが……」
カウンターからぷちエリを8本ほど持てるだけ持ってエドガーに渡した。
「いいんすか?」
「姫様は治ったばかりだろ? 体調崩すといけないから、持ってけよ」
「ありがとうっす――では、また」
エドガーは嬉しそうに鼻をすすると、腰のポーチにぷちエリを入れた。
そして店を出て行った。
子供たちも口々にお別れの挨拶をしつつ、頭を下げて出て行った。
嵐が去った後の静けさが店内に訪れる。
――なんにせよ、エドガーの長年の夢が叶って良かった。
今まで見たことのないほどに幸せだと思った。
俺もなんだか嬉しい気持ちで笑顔になりつつ、リリシアとテティを見る。
「それじゃ、店じまいするか」
「はいっ、ご主人様!」「うん!」
そして手早く店を閉めると、夕食を取るため屋敷へと戻った。
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