62.暇潰しの縄
本日2話更新1話目
午後の王都。
気怠い陽だまりが街のあちこちにできている。
俺は店に帰ってきた。
客のいない暇そうな店内。
カウンターには僧衣を着たソフィシアが座っていた。俯いて本を読んでいる。
よく見ると天使魔法の本だった。リリシアに借りたのか。
店に入って少し歩くと、ようやく彼女が青い髪を揺らして顔を上げた。
「あっ、お帰りなさい、アレクさん」
「ただいま。テティは? 薬草採集をしてもらいたいんだが」
「今は自室かな? 交代で休憩してたんです」
「なるほど。やはり最低二人はいるか。ありがとうな」
「いえ、お世話になってますから」
「じゃあ、店番頼む」
「はいっ」
ソフィシアは目を細めると、優しい笑みで頷いた。
俺は店の奥へと向かう。
カーテンの奥の厨房で、洋服ダンスからダンジョンへと入った。
細い通路を歩いて手前の広間へやってくる。
テティがいないので、奥の広間に入った。
鎮座する丸い玉に話しかける。
「コウ、テティはどこだ?」
「右手の自室です~。今呼ぶです」
広間の右側を見ると扉が二枚あった。
奥の部屋の扉がガチャッと開く。
金髪のテティが白いブラウスと黒いスカートを揺らして出てきた。
そのまま細い手足を振って小走りに近寄って来る。
「お帰り、アレクさま! どうしたの?」
「リリシアが用事でしばらく帰ってこれなくてな。テティ一人で薬草採集、できたりするか?」
「ん~、葉っぱを最低7枚だっけ……たぶん、できると思うけど……まだ自信ないかなぁ?」
テティは細い眉を寄せて首を傾げた。
俺は強気に頷く。
「大丈夫だ。もし足りなかったら店売りの薬草を使ってくれていいから」
「うん、わかった! やってみる!」
金髪を広げるようにターンして、すぐに駆けだそうとした。
なので、慌てて呼び止める。
「ちょっと待ってくれ」
「ほえ? アレクさま、なんでしょ?」
「コウ、確かコアが一つ余ってたよな?」
「あるです」
「テティに子機を作ってやってくれ」
「あいさ~」
球体の表面に青白い光が走って、すぐに小さな宝箱が現れた。
中を開けて薄い板状の子機を取り出す。
それをテティに手渡した。
なぜか翡翠色の目をまん丸に見開いて固まっていたので、無理矢理持たせる。
「何か危険があったりしたら、これですぐ知らせてくれ」
「え、えっ!? いいの……? コアって貴重だったんじゃ……? ――って、あたし、奴隷だよ!?」
「奴隷だって家族だって、危険から守ってやるのが当然だろ?」
「うそ……信じられない。あたしなんかのために、そこまで気を使ってくれるなんて」
今だ目を見開いたまま、首をかすかに振る。金髪が儚く揺れた。
俺は肩をすくめて言うしかない。
「気にしなくていいぞ。俺なんて魔物と戦うぐらいしか能がないんだから、魔物で困ったときは俺を活躍させとけ。――それより薬草、頼んだぞ?」
「アレクさま…………うん、わかった! 頑張っちゃうからね、ありがとっ!」
小さな手でぎゅっと子機を握り締めると、目を潤ませて弾けるような笑顔になった。
しかし急に踵を返して駆け出す。後にはキラキラと光の粒子が流れていく。
――そんなに急がなくても。てか、何の光だ?
不思議に思いつつ、俺はゆっくり歩いて家に向かった。
◇ ◇ ◇
午後の日差しがだいぶ傾く頃。
俺は屋敷のリビングでソファーに座っていた。
すでにリリシアには森の家についたと連絡してある。
あとは待つだけ。
死者蘇生の邪魔になるらしいので、あまり出歩けない。
王都の店で店番すらできないのはちょっと退屈だった。
――何もしない時間って久しぶりかもしれない。
つらつらといろんなことを考える。
姫の蘇生はうまくいってるのだろうか。
エドガーは国に帰ったら死刑になると言ってたけど、生き返らせた後どうする気なんだろうか。
こっちで姫と暮らすのか?
あー、せっかく奴隷商に行ったのなら、シェリルを雇っておけばよかったな。
テティがもう少し強くなってくれたら楽なんだが……。
というかこんなことなら聖波気の圧縮を練習しておけばよかったな。
基本的に害はないから放置してたな……。
ちょっとやってみるか……こうか? それともこんな感じが?
……ダメだ、わからん。
ルベルは炎で目に見えるから、わかりやすかったんだろうな。
リリシアなら聖波気が感じ取れるか。今度練習に付き合ってもらうか。
でもリリシアは美しいよな。
あの美しさって子供の時からなんだろうか。
そもそも天使に子供時代ってあるのか?
年齢何才だろうか……今度聞いてみるか……。
静かだな……。
森の中の屋敷、風が木々を揺らす軽やかな音が聞こえるだけで、物音一つしない。
そして俺は暇つぶしの仕方すらわからないことに気付いた。
テーブルの上には誰かの読みかけの本があった。テティか、リリシアか。
でも読む気はしない。何となくそんな気分じゃなかった。
……ていうか俺、なんにもしてこなかったもんな。
趣味すらなかった。
9歳からずっと、ただ黙々と魔物を倒す日々。
そういうものだと思っていた。
でも、子供の頃は――。
ふと昔を思い出して俺は立ち上がった。
玄関を出て屋敷の横側へと回り込む。
屋敷の壁にワイバーンが持っていた牧草の塊が立てかけてあった。
乾いた牧草の固い茎だけを選んで、数百本ほど抜き取った。
両腕で抱えて屋敷のリビングに戻ると、牧草の茎を何本か束ねて両足で挟んだ。
そして両手でこすり合わせるようにして縄をなっていく。
――まだ勇者になる前、家の仕事を手伝った。
というか、手伝わないと暮らしていけなかった。
うちは村の地主から土地を借りて畑を耕す、貧しい農民だった。
頑張って畑を耕しても、税金やら土地代で手元にはほとんど残らない。
そこで仕事の終わった夕暮れ時に、親子みんなで狭い居間の床に座って内職をした。
俺はこうやって丈夫な縄をなった。
傍では母が糸を紡ぎ、父は木を彫ってお椀や皿などの日用品を作る。
そうやって生活の足しにした。
縄なんて安いものだが、それでも黙々と一生懸命、丈夫で長い縄をなえば、村を回る行商人が少し色を付けて買ってくれた。
母は「頑張ったねぇ」と微笑み、寡黙な父は何も言わないが武骨な手で俺の頭を撫でてくれた。
それが子供心に嬉しくて、黙々と縄をなった。
昔から、一つのことに集中するのは得意だった。
しかしながら家族で頑張っても、ぎりぎり生きていけるだけの生活だった。
毎食はほとんど硬いパンと塩味の野菜スープで、たまに筋張った肉を口にできるだけ。
でも、自分を認めてくれる父がいて、褒めてくれる母がいる。
なんだか幸せだった。
俺は縄に牧草の茎をつぎ足しつつ、さらに黙々と縄をなう。
9歳で勇者になってからは、生活が激変した。
俺はつねに高級な宿に泊って、おいしいものを食べた。
長期間の討伐旅をすれば各地の名産を食べた。
両親の生活も変わった。
国から自分の土地と家を与えられ、すべての税金が免除された。
治癒師や僧侶が定期的に両親の体調を見るため村を訪れた。
暮らしは裕福で健康的になった。
もっと望むのであれば、王都に出てくれば国の息のかかった商家の名誉顧問とか、役所の名誉相談役とかに就任出来た。
仕事をしなくてもお金が入ったはずだった。
本来、勇者の制度は魔王討伐のためにある。
旅路にいる勇者は、世界のどこにいるのかわからないから給料も報酬も出せないし、届けられない。
その代わり、勇者の家族は金銭面、学業面、仕事面、医療面で最大のバックアップを受けた。
勇者が後顧の憂いを断って、魔王退治に集中できるようになっていた。
しかし両親は村から離れず、畑を耕した。
たまにしか会えなかった。
でも何かのついでで村に寄れる機会があると、両親は懐かしい笑顔で出迎えてくれた。
父は何も言わず、優しい目で頷いてくれた。
母はしわの増えた笑顔で褒める。
「よう頑張っとるねぇ、アレクは偉いねぇ」
俺の活動は定期的に訪れる僧侶とかに聞いていたらしい。
――俺は、親孝行できただろうか?
気が付くと俺は縄を作り終えていた。15メートルぐらいあった。
何気なく窓の外に目を向ける。
空が赤く染まり、長い影が落ちていた。
いつしか部屋の中も薄暗くなっている。
俺はボソッと呟いた。
「……暇ができたら、墓参りに行くかな――妻を連れて」
――と。
ぶるぶるっと何かが震えた。
ポケットに入れていた子機が震えていた。
「コウか? どうした?」
『お店に奥さん、帰ってきたです。呼んでるです』
「わかった。すぐ行く」
通話を切るとゆっくり立ち上がる。
それからダンジョンを通って店へと向かった。
割と疑問に思う人が多かった、勇者が名誉だけの無報酬ボランティアなのに、勇者になりたがる人がいる理由でした。
あとやはり5000字超えたので分割します!
そしてブクマと★評価での応援ありがとうございます!
ブクマが1万9000越えてました! 嬉しいです!
次話は夕方更新!
→63.エドガーとノバラ姫




