59.優しさは危険を運ぶ
8月27日20:40分頃に、この話を全面改稿しました。
コアが三つあるアンデッドダンジョン。
マジックバッグと子機を作るために攻略しにきた。
やはりコア数の多いダンジョンは敵が強い。
ランクの高いモンスターが多かった。
ともあれ、どれだけ強いアンデッドがいようと、聖波気垂れ流しの俺の敵ではなかった。
ダンジョン最下層の奥の部屋まで簡単にたどり着く。
だだっ広い広間。
誰もいない。
「ん? ダンジョンマスターはいないのか?」
「おかしいですね……ご主人様の聖波気で死滅してしまったのでしょうか?」
リリシアが指眼鏡で広間の隅々まで見ながら首をかしげる。
俺は大きく頷いた。
「まあいい。いないならそれで。コアを奪って帰ろう」
「はい、ご主人様!」
俺は広間の奥の部屋に向かった。
濃い緑色をした丸い球体へ近づく。
俺の侵入に気付いたコアが体を光らせるが、何か行動する前に接近。
剣を腰に構えて突きを放つ。
「ハァッ!」
ガゴンッ!
と金属音をたててコアが壊れた。
すぐに球体表面に子機を押し当てて聖波気を流し込む。
真っ白い玉になったダンジョンコアが、楽しげに言う。
『のっとりかんりょーです』
そしてコアの横が開いて、手のひら大の宝石が三つ出てきた。
それを鞄にしまい込み、リリシアを振り返る。
「さあ、帰ろう――ん?」
「キャァァァ!」
突然、女性の悲鳴が聞こえた。ダンジョンのどこかから響いてくる。
俺とリリシアは顔を見合わせた。
「い、今の声は? まさか、冒険者さんがいたのですか!?」
「それでダンジョンマスターが追いかけてて、いなかったのか!? ――コウ! どうなってる!?」
白い球体の表面に青い光が走る。
『ピコピコ……人が倒れてるです?』
「どこだ!? それと敵は!?」
『敵はおらぬです? あっちに女性が倒れてるです』
「いない……? ――まあいい、とりあえず助けに行こう。リリシアは人に戻るんだ」
「はい、ご主人様!」
リリシアは背中の翼を引っ込めた。
それから俺は子機に表示されたマップを見ながらダンジョン最下層を走った。
罠などは全部コウが解除してくれた。
そして長い通路を走っていくつか角を曲がった十字路に、黒髪の女性がうつぶせで倒れていた。
使い込まれた皮の鎧を着ていて、傍には細い剣が落ちていている。やはり冒険者のようだ。
俺は駆け寄って助け起こす。美しい黒髪が流れて白い宝石の輝くサークレットが光った。
「大丈夫か!?」
「う……うぅ……」
温かな体温を感じる。
リリシアが傍にしゃがんで手を当てる。
「――全回復!」
青白かった女性の顔に生気が戻る。
そして目を開けた。大きな黒い瞳がぼんやりと俺を見る。
「あ、あなたがた……助けて……」
「安心しろ。もう大丈夫だ――君はどうしてここに?」
「私は……私……いったいここはどこですか?」
「え? ダンジョンの最下層だが……覚えてないのか?」
女性は上半身を起こしつつ、辺りを見る。
「はい……確かにダンジョンに潜っていました。でも、そこから記憶がなくて……」
「名前は憶えているのか?」
「エミリー」
「俺はアレク。こっちはリリシアだ」
「初めまして、エミリーさん。お体はもう大丈夫ですか?」
リリシアが微笑んで挨拶した。
エミリーは立ち上がりながら微笑み返す。腰に届くほど長い黒髪が揺れた。
「ええ、ありがとう。とても素敵な回復魔法だったわ」
「それはよかったです」
その時、子機が震えた。
辺りに注意を払ったがモンスターの姿は全く見えない。
そこで二人から少し離れて通話した。
「どうした、コウ?」
『おかしーです、ますたー。ダンジョンマスター、まだ生きてるです。でもどこにもおらぬです?』
「なに!? まさか……エミリーは違うのか?」
『あれは人間さんですゆえ。ここアンデッド系ダンジョンですから、アンデッドです』
「なんだったんだ? ここのダンジョンマスターは?」
『エターナルアンデッドゴーストです』
「ゴーストなんてEランクだろ? 俺の聖波気で死んでるんじゃ?」
『いえ、ますたー。ゴーストが永遠にアンデッド化したものらしーです』
「なんだそれ。なんで死んでるゴーストがさらにアンデッドになるんだ?」
しかもエターナル。永遠。
アンデッド自体、永遠みたいなものだろうに。
わざわざ名前になるぐらい重要なのか?
……もしかして。
コウが淡々とした声で言う。
『さあ? アタシにはわかりかねますゆえ』
「まあ、他に調べて何かわかったら教えてくれ」
『あいさー』
俺は通話を切って、話し合う二人のところへ戻った。
リリシアが明るい笑顔で話しかけてくる。
「ご主人様、エミリーさんを上まで送って行くことになりました」
「入り口まで行けば、あとは帰れるか?」
エミリーが黒髪を揺らして頷く。
「はい! パーティーメンバーがどうなったかわかりませんが……」
「それは俺たちもわからないが、街へ行けばわかるかもな――じゃあ、行こう」
俺は子機の地図を見つつ歩き出す。
エミリーもついて来ようとしたが、足をもつれさせる。
「あっ!」
俺はとっさに手を伸ばして彼女を支えた。柔らかな体重が腕にかかる。
そして彼女の顔に違和感を感じた。
「大丈夫か?」
「体がまだ……うまく動かせないようです」
「仕方ないな――背負おう」
俺はしゃがみ込んで背を向けた。
エミリーが嬉しそうに抱き着いてくる。
背中に大きな双丘が押し当てられた。
彼女は後ろから腕を回してくる。小さな握りこぶしの中で白い宝石がきらりと光った。
――ん? 宝石? これは、サークレットの……。
疑問に思っていると、エミリーが俺の耳元で妖しくささやいた。
「ありがとう……逞しい体ね」
「まあ、自然と鍛えられたからな」
俺は彼女の引き締まったお尻に手を回して立ち上がった。
おんぶなので、ますます背中に胸が押し付けられる。
まるで俺の注意を逸らすかのように。
エミリーが言う。
「ごめんなさい」
「え?」
「でも、私、もう帰りたいの……」
「どうした、エミリー? 今から帰るんだぞ? ……まさか」
コウの言ったことや、エミリーの行動から、だいたい推測はできてはいた。
俺に対しては危険のないこともわかる。
でも一応、俺は肩越しに振り返ろうとした。
するとリリシアが悲鳴を上げて叫んだ。
「ご主人様っ! 逃げてっ!」
俺の額に、ガッと衝撃が走った。
後ろから抱きついて着たエミリーが、額に何かを押し当ててきたらしい。
――やっぱりか。まあ、いいか。
「これで私の番は終わり! ごめんなさいねっ!」
エミリーが軽やかに俺の背から飛び降りた。
彼女の手から宝石が消えていた。
俺の額にぐりぐりと何かがめり込んでくる。
リリシアが叫びながらフレイルを振るった。
「なんてことを! ――許しません!」
しかしフレイルは空を切る。
エミリーは翼を得た鳥のように軽やかにダンジョンを走り去った。
「これで、これで自由よ、あははっ!」
とても楽し気な、少し狂気じみた笑いを響かせて。
俺はボソッと呟く。
「いい昇天しろよ」
俺の傍にリリシアが駆け寄って来た。白い翼をバサッと広げて。
その美しい顔が、泣きそうにゆがんでいた。
「ああっ! なんてこと! ご主人様、お気を確かに!」
細い指先を俺の額に伸ばしてくる。
ただ、その手を押しとどめた。
「自分では見えないが、これ、額に宝石を埋められたんだろ?」
「はい、そうですっ! とても不吉なオーラを発しています! 今、取りますからっ!」
「いや、いい。たぶん大丈夫だ」
「え?」
「すでに血は止まったし、意味も理解した」
「いったい、どういう……」
戸惑うリリシアに、俺はニヤッと笑ってみせた。
「俺は頭が良くないが、確か、マイナスとマイナスを掛けるとプラスになるんだろ?」
「え? ……ああ、計算ですか? はいそうです?」
「だからアンデッドとマイナスが重なってプラスになってたんだな」
「ええ?」
「つまり、エミリーはもう死んでたんだ。彼女すら気付いていないけど……何らかの原因で、偶然死者に憑りついたんだろうな……最後に報われて欲しいもんだ」
「……でしたら、どうなるのです?」
「マイナスに戻るだけだろう――ハァァァァッ!」
俺は額の宝石に指を当てつつ、気合を入れた。
ピシピシっと音がして、ひび割れていくのがわかる。
粉がはらはらと額から零れた。
パリンッ!
目の前に白い破片が散った。
ダンジョンの明かりの中、キラキラと輝く。
その瞬間、宝石から白い煙が立ち昇った。
人型を取ろうとするが、風に吹かれた煙のように掻き消えていく。
宝石の中に閉じこもっていたゴーストが、俺の聖波気で浄化されたのだった。
そして、ダンジョンのどこか遠くから、驚愕する切ない悲鳴が響いた。
「え! なんでっ。まさか私……あぁ……っ」
そして彼女の声は消えた。
リリシアが手を合わせて祈る。
「今度こそ、どうか迷うことなく天へ導かれますように……」
「宝石に自分を閉じ込めたアンデッドなんてのもいるんだな」
「はい。恐ろしいことです――でも、それをあっさり見抜いて倒してしまうご主人様は、もっとすごいですっ」
リリシアは胸に手を当てて感心の吐息を漏らした。
俺は子機を取り出して通話する。
「コウ、今のがダンジョンマスターだろ?」
『はいですー。人を乗っ取るタイプだったようですー。なかなか興味深い仕組みだです』
「エミリーは自由になれたか?」
『都会のしがらみから解放されたですー』
「よくわからんが、うまくいったってことだな。よかったよ」
『そのようですー』
「じゃあ、コアを持って帰るから。マジックバッグと子機を作ってくれ」
『はーい、お待ちしてるです~』
通話を切ってリリシアを見る。
「じゃあ、帰ろう。次は魔界だ」
「はいっ、ご主人様っ!」
リリシアが元気よく答えると、俺と手を繋いで歩きだした。
細い指先から伝わるぬくもりは、優しいまでに温かかった。
作者が暴走してしまい、読者が楽しめない話&著作権的に危うい話だったようなので、
27日の20:40頃に改稿しました。
ブクマと★評価での応援、ありがとうございます!
おかげでブクマ18000越え!
今後も毎日更新頑張ります!
次話は明日更新
→60.魔界突入!




