55.セキララそーちゃん
日差しがだいぶ傾きかけた頃。
俺とリリシアはアンデッドダンジョンに攻め込んでいた。
というか、俺が敵ダンジョンに踏み込むだけで、Cランク以下は消し飛んでいく。
強い敵も動きが遅い。
楽々とダンジョンを攻略していった。
一つ目のダンジョンは弱いスケルトンとゴーストが主体。
あっさり攻略して、コアを一つゲット。
二つ目はBランク以上のデュラハンや死神騎士などがいたが、俺の敵ではなかった。
ダンジョンコアを破壊して、コアを二つゲットする。
さくさくと順調に攻略した。
――と。
袋に入れていた子機が震えてコウの声が聞こえた。
『ますたー、お店にお客さん来たです』
「ん? テティはどうした? 店番してないのか?」
『ちゃうです~。魔法使いと僧侶のお客さんです、ますたー』
「ああ、あの二人か! わかった、戻る」
『はーい』
通話を切ってリリシアに言う。
「女魔法使いと女僧侶が店に来たらしい。三つ目のダンジョンは後回しだ」
「分かりました、ご主人様!」
俺とリリシアはすぐにコウのダンジョンへと戻った。
◇ ◇ ◇
夕暮れ時の王都。
店へ行くと、すでに二人がいた。
テティが女魔法使いと女僧侶にお茶を出している。
俺は三人に近寄りながら言う。
「待たせたな」
「ういーっす、アレクぅ!」
「はぅ……アレクさん、お久しぶりです……」
女魔法使いはとんがり帽子のつばを揺らして元気よく、女僧侶は頭からすっぽりとフードを被りつつ、うつむいて挨拶してきた。
俺は二人を見ながら尋ねる。
「呪いには効いたか?」
「うん、ばっちり! ここまで歩いてこれるぐらいにはよくなったし! ――ね、そーちゃん?」
「はぃ……ありがとうございます、アレクさん」
女僧侶はフードを被ったまま頭を下げた。
俺は後ろを振り返ってリリシアに言う。
「じゃあ、リリシア。彼女を頼む」
「わかりました……こちらへ」
リリシアが近寄って、女僧侶を立たせる。
彼女は不安そうに手を伸ばし、女魔法使いの手を握って指を絡めた。
「メイちゃん……」
「大丈夫だってば、そーちゃん! アレクのやることだから、心配ないって!」
俺は女魔法使いに言った。
「すまないが、あとのことは任せてくれ」
「はーい! じゃ、そーちゃんをお願いね~」
短いスカートを揺らして立ち上がると、ぽんぽんと女僧侶を元気づけるように肩を叩く。
そして、すらりとした脚を動かして店を出て行った。
俺はリリシアを見て頷く。
彼女は女僧侶をともなって厨房にある洋服ダンスまで行った。
「じゃあ、ここに入ってください」
「えっ!? これは、ダンジョン!?」
女僧侶が僧衣を揺らして戸惑った。
リリシアが先に入って、手を差し伸べる。
おずおずとその手を掴んで、女僧侶は中へと入っていった。
テティが頭を左右に揺らしつつ言う。
「大丈夫なのかなぁ? よその人にダンジョン教えちゃって」
「リリシアがやることだ、間違いないさ――それより、閉店作業、頼むぞ」
「は~い、任せてっ」
テティはぴょこっと小さくジャンプして椅子から立ち上がった。
ワンピースの裾を揺らしつつ、入口へと向かう。
その背を見て大丈夫そうだなと思い、俺もダンジョンに入った。
◇ ◇ ◇
森の屋敷。
俺はリビングで待機していた。
今はリリシアが女僧侶を風呂に入れている。
――大変な呪いにかかったそうだが、エリクサー湯に浸かればきっと大丈夫だろう。
そう思っていると、子機が震えた。
取り出して話しかける。
「どうした、コウ?」
『奥さんが呼んでるですっ、お風呂が大変です! 危険が危ないですっ!』
「なに、マジか! すぐ行く!」
俺は返事も待たずに駆け出した。
リビングを出て廊下を走る。
そして脱衣所を駆け抜けて、風呂場に飛び込んだ。
「大丈夫か、リリシア!? ――うっ」
美しいはずの青白いタイル張りの風呂場は、凄惨な状況を呈していた。
黒い雫が壁や天井に飛び散り、どす黒い風呂の水が生き物のようにうねっている。
リリシアは純白の翼を広げて、必死に浴槽の中へ癒しの光を当て続けていた。
苦しそうな表情で俺を振り返る。
「ご主人様! 大量の聖波気をくださいっ!」
「わかった、いつもの戦う感じでいいんだな!」
「はい、それでお願いしますっ!」
俺は腰から剣を抜いて、正眼に構えた。
「ハァァァァ――ッ!」
俺の前髪が揺れると同時に、強烈な風が周囲に迸った。
青い光がキラキラと輝く。
すると、壁や天井を汚していた黒い水が、青白い光を放って透明な水に戻った。
浴槽のうねりも無くなり、透明な水へと戻る。
汚かった風呂場は一瞬にして元に戻った。
静けさが満ちる中、俺は剣を収めつつリリシアに近づく。
「いったい、どうしたんだ?」
「エリクサー風呂に入ったとたん、呪いが暴走したようです……この呪いの原因は、わたくしにありますから」
「えっ!? リリシアが? 二人に接点はなかっただろうに」
リリシアが悲し気に首を振ると、白い大理石の湯船に横たわる彼女を見下ろした。銀髪が美しく揺れる。
俺も釣られて見た。
女僧侶は華奢な肢体を伸ばしたまま目を閉じて動かない。気絶しているようだった。
「わたくしがご主人様の寵愛を受けたからです……この方はご主人様が好きだったのです、おそらく」
「えっ、一緒にいたときはそんなそぶり見せなかったぞ!?」
「自分の気持ちに自分で気が付いていなかったんでしょう。……一番大切なものはたいてい、失ってから気が付くものですから」
俺は湯桶の傍までくると、首をかしげて裸の女僧侶を見下ろす。
ツンと上を向いたおわん型の美しい胸が水面に浮いていた。
「でも、それで。どうして呪いが発動するんだ? 誰に呪われている? リリシアじゃないんだろ?」
「ええ、違います。この人は自分で自分を呪っているのです……正確にはわたくしに対する嫉妬心です」
「よくわからないが、そうなのか……でも自分が自分を呪うって厄介そうだな」
俺の言葉に、リリシアは深くうなずいた。
そして俺を悲し気な表情で見つめる。
「ご主人様……心苦しいですが、この人を最速で治してあげるには――抱いてあげてください」
「えっ!?」
「ご主人様の聖波気を大量に与えれば、この人は本当の自分を取り戻すと思います」
「それって……まさか、堕天使だったのか?」
リリシアは真剣な顔で、コクッと頷いた。
でも、俺は首を振ると、真剣なまなざしで彼女を見つめる。
「悪いが、俺はリリシアを愛し抜くと決めたんだ。いくら彼女のためでも、それだけはできない……他に方法はないのか?」
ないなら仕方ないが……確かに女僧侶はリリシアより小柄ながらもスタイルが良くて魅力的ではある。
……でも。
勇者をサポートする天使は二人もいるのか? 別の勇者のためにいる天使じゃないのか? それを俺が奪ってしまっていいのか?
リリシアが目を細めて喜びの笑顔になる。
「はぅ……っ! 嬉しいです……ですが、エリクサー風呂だけでは、かなり時間がかかります」
「実際には、どれぐらいかかる?」
リリシアが細い顎に指を当てて、んーっと考える。
「エリクサー風呂100回で、ご主人様の濃厚な愛、1回ぶんぐらいでしょうか……?」
「ふむ……ということは、100回入れれば、俺たちの最初の日と同じになるのか」
「えっ、そうなりますけど……まさか」
リリシアがすみれ色の瞳を丸くしつつ、じっと俺を見つめてくる。
俺は疑問に感じて、顎を撫でた。
「いや、でも、そうか。百回入れている間にまた暴走してしまうか?」
「気絶しているのでそれはないと思います」
「もう一つ聞きたい。彼女も俺をサポートするために送り込まれたのか? 俺は二人を従えるのか?」
「それは違うと思います。一人の勇者に就く導きの天使は一人だけです」
「じゃあ、彼女は違う勇者のサポート役で決定だな――よし、わかった!」
「どうされるのです?」
俺は子機を取り出すと、ニヤッと笑った。
「それなら100回ぶん風呂に入れてしまえばいい!」
「ええっ! やる気なのですかっ! 大変ですよ? 気絶してる間に抱いてしまえば、わかりませんよ、きっと」
リリシアが銀髪を乱して驚愕する。
俺は顔をしかめつつ子機を耳に当てた。
「それはそれでひどくないか? リリシアにも彼女にも不誠実だろう。それは最終手段、まずはエリクサーだ! じゃあ、流れ作業でやるぞ! ――コウ、というわけだ。湯船にエンプティウォーターを満たしては、効果発動したら捨ててくれ!」
『あいあいさー』
すぐに風呂の水が入れ替えられる。
透明な水に女僧侶が一糸まとわぬ美しい裸体を晒して沈んでいる。
俺は湯船に手を入れると、リリシアに言った。
「目を閉じてろよ!」
「あっ、はい!」
「ハァッ!」
水が強烈に光ってエリクサーとなる。
すぐに、しゅわしゅわと泡を出して水が濁っていく。
俺は唸りながら黒い汚れを消し飛ばすと、目をつむって叫んだ。
「コウ、次!」
『あいさー! まるでワンコそばですな』
また水が消えて、新たな水が満ちる。
そして気合を入れてエリクサーにする……。
――犬がなんで関係あるのかだけがちょっと気になった。
何度も繰り返す。
何度も何度も繰り返す。
その後、100回以上繰り返して、最後にはエリクサー風呂が濁らなくなった。
「終わったか……?」
次の瞬間、女僧侶の背中から、バサッと灰色の翼が現れた。
翼の黒いしみは、初めの頃のリリシアより多い。
すると、女僧侶が、んぅっとうめき声を上げた。
かすかに目を開いて辺りを見る。
俺とリリシアの姿に目を止めると、すらりとした足を引いて隠しつつ、両手でツンと上を向いたおわん型の胸を隠した。
「アレクさんっ……えっ!? リリシアさん、天使!?」
「あなたもですよ」
「えっ!?」
女僧侶は慌てて振り返った。
自身の背中に生える灰色の翼を見て、呆然とする。
――その気持ち、よくわかる。
しばらく、胸に手を当ててバサバサと翼を動かしていた。
そして何かを思い出したらしく、はっと息をのんだ。
「そうだった! 私、天使だった! 嫉妬の罪で追放されたんだ!」
「やはり、嫉妬深かったのですね……でも、どうして僧侶に?」
「私、記憶がなかったの。でも神様を信じるしかないってなんとなく覚えてて……」
「リリシアと一緒だな」
「ええ、わたくしだけじゃなく、みんな記憶を失ってしまうのはどうしてでしょう?」
首を傾げたリリシアに、女僧侶が眉間にしわを寄せながら言う。
「なんとなく、覚えてる……天界を追放されて地上へ堕ちるまでに、誰かに攻撃された気がする……」
「「えっ!?」」
俺とリリシアが驚きの声を上げた。
リリシアは浴槽へ身を乗り出すと、上ずった声で尋ねる。
「記憶を失ったのは、神様のご意思ではなかったのですか!?」
「たぶん、違うはず……だって、もっと昔の堕天使は、自分の罪を自覚しながら勇者のサポートにあたってたもの」
「何と言うことでしょう……魔王か邪悪な存在の仕業に違いありませんわ」
リリシアが寄せた眉に憤りを滲ませて言葉を吐く。
俺も頷いて賛同した。
「だろうな……そのせいで俺は30年もの間、リリシアに出会えなかったんだ。犯人を見つけたらぶっ飛ばさないと気が済まないな」
「ええ、そうしないと世界は大変なことになりますわ」
沈痛な沈黙が流れる。
すると、女僧侶がちゃぷっと水音を立てて湯船の中で身じろぎした。すらりとした肢体が揺れる水面に映る。
見ると頬を恥ずかしそうに染めていた。
「あ、あのね……もう、大丈夫だから。……アレクさん、恥ずかしいっ」
「ああ、すまん。そろそろ……いいか」
しかしリリシアが首を振った。
女僧侶の薄汚れた翼を見て言う。
「いえ、この感じでは天使魔法は使えないはずです。もう2100回ぐらいはやらないと」
「うえ……でも、そうだな。頑張るか」
「ふぇぇ……っ! ま、まだ見られちゃうんですかぁっ!」
女僧侶は目に涙を浮かべながら、華奢な肢体を隠すように両腕で抱きしめた。背中の翼がバサバサと重く動き、形の良い胸があふれるように潰れる。
俺は目をつむりながら溜息を吐いた。
「悪いが諦めてくれ。お前のためなんだから――コウ、やってくれ」
『あいさー』
「うぅ……っ!」
女僧侶の可愛らしい吐息と水が光るのが同時に起こり、また何度も作業を繰り返した。
でも、彼女は恥ずかしがるそぶりとは裏腹に、エリクサーが満ちるたびに蕩けるような笑みを浮かべていた。
パタパタ動く翼もきれいになっていく。
――よほど、このお湯が気持ちがいいらしいな。
作業を続けながら、彼女の表情がすごく気にかかった。
ブクマと★評価、ありがとうございます!
面白かったら↓の★★★★★評価をもらえると嬉しいです!
次話は明日更新。
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