53.エドガーと魔界
サブタイトル変更
王都の午前中。
日がだいぶ高くなってくる。
店に帰るとエドガーが来ていた。
相変わらずのぼさぼさの髪。
店に招き入れてから、軽く挨拶しつつ尋ねる。
「パーティーで狩りしなくていいのか?」
「ネズミ退治っすから、子供たちだけでも十分っす。――伝言くれたみたいですが、どうしたんすか?」
「ちょっと調べて欲しくてな。あと謝っておかなくちゃいけない」
「なんすか?」
「姫の魂がこの世にないことがわかった。でも昇天もしていない」
エドガーが前髪に隠れた黒い瞳を光らせる。
「……どういうことっすか?」
「この世界にはいない。でも、魔界とか幻想界に紛れ込んでいる可能性が高い。過去の勇者の記録があれば調べられるはずだ」
「なるほど。それで俺っちの出番っすか」
「ついでに魔王城に賢者の石があるかどうかも調べてくれ」
「おっけーすよ。それぐらい余裕っす」
お使いでも行くかのような軽い口調で引き受けるエドガー。
俺は感心しつつ、もう一つ言った。
「あとヤマタ国に光の宝玉があるらしい。何か知ってるか?」
「え? マジっすか? ……聞いたことないっす」
「まあ行くにしても姫を生き返らせてからだな」
「……そう願います。姫を国へ連れて帰ったら、あとはなんでもしますんで」
先ほどと同じぐらいの口調だったが、なぜか隠しきれない決意がにじんでいた。
――やはりエドガーにとって国へ戻るのは、命がけの行為なんだな……。
俺は心配させないよう気軽に言った。
「とりあえず今はそれだけだ」
「んじゃ、調べに行ってくるっす」
「頼んだ」
エドガーは店を出るなり姿が見えなくなった。
俺はカウンターにいるリリシアとテティを振り返る。
「じゃあ二人で薬草取りに行ってくるか?」
「はいっ」「うん!」
「モンスターの危険はないよな?」
「はい。森はすっかり安全ですわ。邪悪な気配は一つもありません」
「それは良かった。でも気をつけてな」
「はい、ありがとうございます、ご主人様」
リリシアはテティを連れて厨房を仕切るカーテンの奥へと向かった。
洋服ダンスを開けて中へ入っていく音だけが聞こえる。
俺はガラスケースのカウンターに座ると店番をした。
客なんてこないので、ぼーっとこれからのことを考える。
若返りのために、まず金。そして賢者の石。
エドガーの姫の魂も。
光の宝玉はエドガーの故郷にある。
いろいろ考えていると、ひょっこりエドガーが戻ってきた。
紙を持った、引き締まった長い腕を差し出してくる。
「これが、言われた資料っす」
「すまないな」
受け取って読んでいく。
まずは賢者の石。
過去の勇者が魔王城でそれらしきものを見つけたらしい。
「ほう。だったら賢者の石は王国にあるのか?」
「いや、続き読んでもらえたらわかるんすけど、崩れる魔王城に巻き込まれて荷物を全部失ったらしいっす」
「ほほう。まだ魔界に残ってるというわけか。わかったダメ元で一度、魔界に行ってみよう」
「それが、魔界の入り口は塞がったみたいっすよ」
「マジか……困ったな」
「あとさすがに魔界全土を記した地図みたいなものはなかったっすね。幻想界の地図はありましたけど」
「一番最後のこれか。わかった、後でリリシアに調べてもらうよ」
「頼んだっす」
エドガーは深々と頭を下げると店を出て行った。
俺は、ふうっと息を吐く。
一難去ってまた一難。
魔界に行きたくてもいけないらしい。
「困ったな……どうすれば行けるかなんて俺にはまったくわからん」
昔の勇者は行ったそうだが、はたして俺にできるのか?
考えていると、ふと思いついたので子機を取り出した。
「なあ、コウ。コウは魔界の行き方知ってるか?」
『知らぬです、ますたー』
「そっか。これまた調べるのが大変だな」
『ん~? マスターは魔界に入りたいです?』
「ああ、行きたい。行けるものならな」
『行き方は知らぬですが、入るだけならできるです? ティア5でミスリルあるから、通路をつなげればいいだけなので』
「マジか!」
『マジか、です』
「そりゃ助かる。明日にでも行ってみようか」
『はいです~』
コウと話していると、配達業者がやってきたので通話を切った。
俺も手伝いつつ、防音の材料を店に運び込む。
狭い店内は厨房からカウンター、店内や店先まで全部埋まった。
俺は配達人に声をかける。
「ごくろうさん」
「こちらに受け取りのサインお願いしゃーっす」
「ほいよ」
配達票にサインを書くと、配達人たちは出ていった。
その後、俺はせっせと洋服ダンスの中に材料を投げ入れていった。
終わるころにリリシアたちが帰ってきた。
「ただいま戻りました、ご主人様」
「早かったな」
「あんまり取りすぎてもダメかと思いまして」
「そうだな。今はほどほどでいい」
「はい、ご主人様っ」
リリシアが銀髪を揺らしてうなずく。
俺はテティに言った。
「じゃあ、テティ。店番頼むぞ」
「どこか行っちゃうの?」
テティは不安そうに小首をかしげる。金髪がさらりと流れた。
俺は安心させるために笑顔で言った。
「すぐそこでダンジョン退治してくるだけだ。通路を伸ばすだけだから、問題があってもすぐ駆け付けられる」
「うん、わかった! いってらっしゃい~っ」
笑顔になったテティの可愛い声に見送られて、俺とリリシアは洋服ダンスをくぐった。
一話で5000字超えてしまったので分割。
その関係で予告していたサブタイトルが変わりました。
次話は夜か深夜更新。
→54.マジックバッグとダンジョン談義




