52.赤面リリシア
朝の王都。
俺とリリシアは店にいた。
開店準備として、ぷちエリを洋服ダンスからカウンターへと補充していた。
掃除を終えたテティがワンピースを揺らして、カウンター内の椅子にちょこんと座る。
華奢な少女の軽やかな仕草が、人形のように可愛らしい。
それに暗い表情が明るい笑顔になったためか、前よりも少し幼くなった気がする。
子供っぽくなったというか、年相応になったというか。
まあ17歳が15歳になった程度だが。
ただ今日は、ふわぁぁぁ……と何度も小さな口を大きく開けてあくびしていた。並びの良い歯が可愛らしい。
目を大きく擦っているので眠そうだった。
「どうした、テティ。本を読みすぎたか?」
「うん……一晩で全巻読んじゃった」
「それはすごいな。よほど面白かったのか?」
「うーん、まあまあ。でも気になることがあって」
「なんだ?」
俺の問いかけに、テティが大きな瞳でじっと見上げてきた。
「アレクさまって賢者の石、探してたよね?」
「ああ、そうだが」
「魔族転生に賢者の石、出てきたよ? 真の魔王にしか賢者の石は作れないんだって」
「へぇ。面白い小説だな」
「それで思い出したんだけど、賢者の石が魔王の城で見つかる話、他の勇者物語でも読んだかも?」
「魔王の城に行けば賢者の石が手にはいるのか……。まあ、嘘の可能性が高いかもしれないが、調べてみてもいいかもな。なんの手がかりもないし」
過去の勇者の記録を調べれば、手がかりが見つかるかもしれないと思った。
あとでエドガーに頼んでみよう。
テティが金髪を揺らしてうなずく。
「うん。魔族転生はね、けっこう魔物や魔界について詳しかったから、意外とありかも?」
「ありがとうな、テティ。……しかし本好きなんだなぁ。一日で全巻読むなんて一つの才能だな」
俺は素直に褒めたつもりだったが、なぜかテティは顔を真っ赤にして言いにくそうに、もじもじしていた。
「あ、あのぉ……アレクさま。お願いが、あるんですけど……ダメだったらいいですっ」
「ん? なんだ? 俺にできることなら何でも言ってくれていいぞ?」
「あ、あのね……コウちゃんにも聞いて、できるって言ってもらえたんだけど」
「うん。だからどうした?」
俺が尋ねてもテティはなかなか口を開かない。
なんだかとても言いにくそうに、頬を染めたまま上目遣いで俺とリリシアを見ていた。
そして頬が真っ赤になるころ、ようやく口を開いた。
「えっとね……ダンジョンを、防音にして欲しいの」
「え?」
予想外の言葉にしばらく止まっていた。
なぜそんなお願いをしてくるのかわからない。
リリシアも不思議そうに首を傾げていた。
するとテティが目を逸らしつつボソッと小声でつぶやく。
「その……リリシアさんが夜、喜ぶ声がすごくて……それで寝れなくて……」
「「ええっ!?」」
「ダンジョンにめちゃ響いてて……特に幸せな高い声は、たぶん王都まで聞こえてると思う」
「ぃゃぁぁぁぁ……っ!」
リリシアが顔から火が出そうなほど真っ赤にして、俺の肩に顔をうずめてきた。
羞恥のあまり華奢な肢体が、プルプルと震えている。
「……そう言えば、最近。王都の店周辺で女のすすり泣く声が、夜な夜な聞こえるって大家のおばさんが言ってたな……」
「ぃゃぁ……っ」
ぐりぐりとリリシアが火照った熱い顔を押し付けてくる。
もう恥ずかしさでまともに顔を上げられないらしい。
日中の清楚なリリシアと違って、夜は最高の堕天使だからしかたない。
それによくよく考えたら、利便性を考えてダンジョンの通路は短くしていた。
喘ぎ声じゃなくとも、家で大声出せば店まで聞こえてしまうと思った。
テティも恥ずかしそうに頬を染めつつ言う。
「おとといは初日だけかなと思って我慢したんだけど……昨日は喜びに喘ぐ声がさらにすごくて……毎日するなら防音にして欲しいなって。あ、でも! 材料がたくさんかかるって言ってたから、あたしの部屋だけでもいいからっ」
「いや、それはまずい。王都まで響いてるなら、ダンジョンの存在がバレる可能性がある」
そうなったら、せっかくの豪華な生活を失いかねない。
俺はリリシアの薄い肩を抱きつつ、羞恥に染まる整った顔を覗き込んだ。
「というわけだ。リリシア、まずは防音の材料を揃えよう」
「いやぁ……もう、今までずっと声を聴かれてたなんて、恥ずかしくて死にたいですわぁ――。いやもう、このまま恥ずかしくて死んでしまうかも……恥死っ」
「なんだよ、はずし、って。……でもよかったじゃないか。テティが来て気付いてくれたおかげで、今後、声が聞かれなくて済むぞ」
「はぅ……そうですね、前向きに考えます……でも、テティちゃんに全部、全部! あぁ……っ!」
すみれ色の瞳に涙を浮かべてうなずいた。頬はまだ赤い。
テティも顔を真っ赤にしながら、慌てて手を振った。
「大丈夫です、リリシアさん! 絶対誰にも言わないからっ。『もっと強く吸って、心にまでキスマーク付けてぇ』なんて誰にも言わないから!」
「ぃやぁぁぁ!」
リリシアが頭を抱えてぶんぶんと振った。銀色の髪が激しく乱れる。
そしてその場にしゃがみこんで動かなくなってしまったので、俺は子機を取り出した。
「あー、コウ。聞こえるか?」
『はーい、ますたー。なんでしょー?』
「ダンジョンを防音に、いや家もこの店もできれば防音にしたいんだが、できるか?」
『できますですよ~? ただし材料がねーです?』
「何が足りない?」
『木と布と、コルク?』
「どれぐらい必要だ?」
『全部たくさんです。部屋や廊下の、床と壁と天井を全部覆いますゆえ』
「なるほど。数百メートルぶんって感じか」
『はいですー。家ならもっとですー』
「わかった。俺の生活に欠かせないものだ。買って来よう」
俺は通話を切って、リリシアの肩に手を置いた。
「さあ、リリシア。木と布とコルクが必要だそうだ」
「くすんっ……わかりました、ご主人様っ。今日はそれらを買い集めましょう」
銀髪を揺らして立ち上がると、修道服を手で払ってしわを伸ばした。
すみれ色の瞳を涙で潤ませるリリシアの手を取って、俺は歩き出しつつ言う。
「じゃあテティ。店番頼むぞ」
「はーい……」
テティが元気よく返事した後で、ぼそっと「やっぱり今日もしちゃうんだ……」と呟いたが、聞こえなかったことにした。
そして俺はリリシアと手を繋いで外に出た。
◇ ◇ ◇
王都の朝。
布やコルクを売る店へ行く前に冒険者ギルドをのぞいた。
相変わらずの収集系ばかり。
一つ討伐系があったが、Eランクのねずみ、ミーアラットを狩る依頼があるだけだった。
王都周辺の畑にネズミが出没しているらしい。群れているので狩るのは簡単。
動物系は俺の聖波気でも死なないが、森の依頼じゃないのでやめておくことにした。
収集系だけ受けて、エドガーに伝言を残しつつ、冒険者ギルドをあとにした。
リリシアの案内で建材店に行く。
そして防音に必要な材料を買った。
15万ゴートぐらいかかった。昨日のもうけが消えてしまった。
――が、一つ問題が出た。
建材店の店先に買った荷物が積みあがった。
「多いな……」
「お金かかりますが、配達をお願いしました。届けてくれるそうです。お店に戻りましょう」
「そうか、配達か……」
俺は考えながら石畳の道を歩いた。
隣を歩くリリシアが首を傾げる。
「どうかされましたか、ご主人様?」
「いや、うちの店も販路が拡大したら、配達しないといけないかなと思ってな」
「ぷちエリを、ですか? そんなにたくさん売れるでしょうか?」
「今はそうでも、ダンジョンのある町に二号店を出したら、運ばないといけないだろ?」
リリシアが銀髪を揺らして、はっと息をのむ。
「そこまで考えておられたのですかっ! 確かに大変です」
「あのマジックバッグとか言うの、欲しいな。高いだろうけど」
俺は女魔法使いが使っていた腰のポーチを思い出しながら言った。
女魔法使いはダンジョンで拾ったそうだが……。超自慢されたので覚えている。
リリシアが眉を寄せてうなずく。
「とても高かったように思います。小さいものでも数千万、大きいものだと億はします」
「高っか! 何でそんなに高いんだ? やっぱり特殊な材料なのか?」
「いえ、確か。ダンジョンの宝箱からしか入手できない、幻の――あ」
「――偉いぞ、リリシア」
俺はリリシアの頬にキスをした。
ひゃんっと頬を染めて驚くリリシア。
すみれ色の瞳をいじらしく潤ませて見上げてくる。
「ま、街中でなんて……恥ずかしいですっ」
「ご褒美を上げたくなったんだ。悪かった」
「うう……悪くは、ないのですけどぉ……」
リリシアがますます顔を赤くしてうつむいてしまった。銀髪が垂れて頬を隠す。
いじいじと指をいじっていた。
俺は可愛いリリシアに苦笑しつつ、子機を取り出して尋ねる。
「なあ、コウ。聞こえてるか?」
『はーい、なんでしょ~? ますたー?』
「コウはマジックバッグ作れるか?」
『作れるですよ?』
「今、作るのは難しいか?」
『難しいです~。特に大きな奴はむずいです。空間操作の塊――つまり、ダンジョンコアが5個ぐらい必要ですゆえ』
「よし、コウ! ティア1に戻って、コア5個で制作だ!」
『やーです! 無理です! できぬです~! ティア1に戻ったら、Eランクのバッグしか作れぬです~。象さんや恐竜さんを、まるっと飲み込むバッグ作るには、ティア5でコア3~5個いるです~』
「なるほど。そういう仕組みか。……これ、ダンジョンマスターとしてさらなる豪華な暮らしを望んだら、必然的にダンジョンたちの戦いに参加せざるを得なくなるんじゃないのか……?」
『そうなってるです。ギブあんどテイクですゆえ~。今で満足、さらなる快適、ますたーのお気持ちしだいです?』
「く……っ! 一度上げた生活水準は、なかなか元には戻せないっ! 意外と黒いぞ、ダンジョンコア!」
『アタシのコアは真っ白です?』
「見た目はな! ――まあいい、今から戻る。ダンジョンをいくつか倒すぞ」
『はーい、わかたーです!』
俺は通話を切った。
横を見ると、リリシアがまだいじいじしている。
俺は大胆に、リリシアの細い腰に腕を回して歩き出す。
「さあ、帰るぞ」
「ひゃんっ! ……もう、ますたぁったら……」
リリシアは嬉しそうに目を細めて体を寄せてきた。
寄り添いながら俺たちは帰った。
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次話は明日更新。
→53.マジックバッグとダンジョンとは




