51.リリシアの過ち、マリウスの過ち
月が森を照らす夜。
俺は森の屋敷のダイニングテーブルに座り、夕食を待っていた。
パンの置かれたテーブルの斜め前にはエルフ少女のテティが座っている。
リリシアは朗らかな笑みを浮かべつつ、時々鼻歌を歌いながらキッチンで料理を作っている。
肉の焼けるいい匂い、油の焦げる香ばしい匂いが漂ってくる。
待ちきれない様子でテティがイスから腰を浮かせると、長い耳をピコピコ揺らしながら言った。
「リリシアさ~ん、あたしも何か手伝いましょうか~?」
「テティちゃん、ありがと。じゃあ、この料理運んでくれる?」
「は~い」
テティがスカートを揺らして立ち上がると、キッチンへ行ってお皿をお盆に載せて持ってくる。
それぞれのお皿には楕円型の肉っぽいものが湯気を立てていた。
分厚い肉から香ばしい匂いが漂う。
「うまそうだな」
「ちょーおいしそーっ。でもなんだろ、これ?」
リリシアがサラダを持ってやってくる。
「今日は本に載ってた、特大ミートボールですわ」
「特大っ。すごそーっ! 普通の肉団子の十倍以上ありそう」
テティが緑色の瞳をキラキラ輝かせて叫ぶ。子供のような笑顔を浮かべていた。
ただし俺も笑みが止まらない。
「食べごたえありそうだ」
俺は唾液が口の中にあふれるのを感じてのどを鳴らした。
それぐらい、手のひらより大きな楕円形の肉団子がおいしそうだった。
リリシアがエプロンを外しつつ、俺の隣に座る。
「ええ、なんでも『すべての男性が喜ぶ料理』と本に書いてありました」
「ほほう。……やっぱり俺を楽しませるために買ってくれたのか」
「は、はい……子供向けは得意ですが、男性向けはいろいろ初めてでしたので……」
リリシアが頬を染めつつ嬉しそうに微笑んだ。
この天使、可愛すぎる。
俺は嬉しくて笑顔を噛みしめながら言った。
「ありがとうな、リリシア――じゃあ、食べるか」
「はいっ」
フォークで小さく切って口へ入れる。
表面はカリッと焼けていたが、中の肉は舌の上で溶けるように崩れた。噛む必要さえない柔らかさ。
だが濃厚なソースと肉の旨味ががっしりと組み合わさる。
大きいからか、肉汁がじゅわっと口内にあふれた。
「んんっ! これはうまい!」
「ほんとおいしい! 肉団子の百倍おいしい! あたしこれ好き!」
テティが幼い顔に笑みを満たして叫んだ。
リリシアも小さく頬張りながら、目を見張る。
「んっ! 肉の量が多いと、焼いても旨味が逃げないのですね!」
「最初に外側をカリカリに焼いたのがいいのかもな。旨味を閉じ込めてる。しかも中は柔らかくてトロトロなのもいい。これはパンやサラダに合うな!」
肉を食べつつ、パンをちぎってお皿のソースを付けて食べると、得も言われぬ満足が押し寄せる。
テティはパンに切れ込みを入れて、肉とサラダを挟んでいた。
小さな口でかじって、笑みをこぼす。
「んんっ! これもおいしい!」
「それだと手が汚れなくていいな」
「まあ、テティちゃんったら」
リリシアが微笑み、俺も笑いながら肉を頬張る。
おいしい食事は穏やかに続いていった。
……と思っていた。
◇ ◇ ◇
異変に気が付いたのは食事を終えたあとだった。
リビングのソファーでリリシアと一緒にくつろいでいた。
テティはダンジョンの自室に帰り、リリシアが隣に座って料理の本を読んでいる。
腹が満たされて満足したのは良かったが、なぜかじわじわと体が熱くなってくる。
そこで俺はリリシアに尋ねた。
「なあ、リリシア」
「なんでしょう、ご主人様?」
「体は変じゃないか?」
「え? どうされました!? まさか、食あたり?」
「いや、体は元気なんだが……体が熱くなってくるというか。リリシアは何もないのか?」
「はい、変わったところは、特には……風邪でも引かれたのでしょうか?」
リリシアが心配そうに眉を寄せて、手を伸ばす。
そしてすらりとした手で俺の額を触った。
その瞬間、カッと下腹から熱い衝動が込み上げる。
リリシアの香り、揺れる銀髪、しなやかな白い手。額に振れる指の細さ。
すべてが心を揺さぶってくる。
いや、揺さぶりすぎる。
俺はぐっと堪えつつ、リリシアに尋ねた。
「……一つ聞かせてくれ」
「はい、ご主人様」
「あの肉、何の肉だった?」
「グレートボアです。でも、男性が喜ぶとかで、オーグメントスネークと、青うずらの卵を入れました。あと臭み消しにハーブのセイタカアサダチソウを入れるといいと書いてあったので、すべて入れてみましたが……」
「昔、老魔導師がこっそり食べてたな……蛇も卵も朝立ち草も、一般的には知られていないが精力増強の効果があるとか」
「え!?」
リリシアが目を丸くした。
驚き戸惑う隙を突いて、赤い花びらのような唇にキスをする。
しっとりと柔らかく。もうそれだけで痺れるような快感が走った。
――効きすぎだっ!
俺はリリシアをソファーに押し倒しつつ頬から耳へ、そして華奢なうなじへとキスをしていく。
「ああ、確かに男性が喜ぶ料理かもな……今日はもう、どうなっても知らないぞ?」
「ふぇ!? ま、まだお風呂にも……ますたぁ!? ひゃうっ!」
リリシアが頬を染めて切ない悲鳴を上げた。
身もだえしつつ修道服を脱いでいき、白い肌を晒していく。
俺の指が柔らかな曲線に沿って撫でていくと、ビクッと体を震わせた。
「あぁ……っ! ますたぁ……! ――んぅっ」
喘ぐ声をふさぐようにキスをした。
俺を誘うように舌を絡ませてくる。
「とんでもない料理を作ったバツだ。責任は取ってもらうからなっ」
「いけない堕天使で申し訳ありませんっ――あぁ!」
リリシアが細いのどを反らして俺の下で乱れる。
そのうち翼がバサッと出て、白い羽が舞う中、俺の聖波気を受け止めた。
いつもより激しく、そして何度も。
半ばベッドの上に浮かびながら、さらに俺はリリシアの柔らかな肢体と絡み合って一つになっていった。
◇ ◇ ◇
一方そのころ、マリウスは。
昼下がりの午後。
フォルティス王国の最南端にはモンスターが押し寄せる狭い谷があった。
『慟哭の大峡谷』と呼ばれ、大陸南方の『死せる半島』からアンデッドが押し寄せる。
アンデッドと言ってもゾンビやスケルトンが主体なので、倒してもドロップは悪かった。
金にならないので冒険者は近寄らない。
かといって放っておけば、谷を通って王国への侵入を許してしまう。
結果、犯罪を犯した屈強な男たちに隷属紋を付けて強制労働させていた。
荒涼とした狭い谷。
木は生えず、草もまばら。
白い砂が地面を覆っている。
そんな不毛な谷で、たくましい男たちが汗を光らせて剣や斧を振るっていた。
「おらぁ!」「どっせぇ!」「でやぁ!」
押し寄せるゾンビは潰され、スケルトンは砕かれる。
地面が白っぽいのは砕かれた骨によって埋まっていたからだった。
戦う集団の中に、ひときわ目立つ金髪の優男がいた。
元勇者マリウス。
マリウスは武骨な剣を振るってアンデッドを退治していく。
そうこうするうちにアンデッドの群れをやっつけた。
囚人監視の刑務官が大声で怒鳴る。
「おい、お前たち! 今日はもう戻っていいぞ! 見張りからの連絡では、次の群れの到着は12時間後だ!」
「「「へ~い」」」
囚人たちは気のない返事をして、ぞろぞろと砦に戻っていく。
マリウスも金髪を汗で額に張り付けつつ歩く。
すると、髭面のむさい男が足早にやってきて、マリウスを横から抜きざま尻を揉んだ。
マリウスが紅い瞳にきつい光を宿して、男の手を振り払う。
「何をするんだ、貴様!」
「いい加減、ここの生活に慣れろよ。一仕事の後は、俺たちとオッスオッスしようぜ?」
「誰がそんなケダモノみたいなこと! 馬鹿にするのもいい加減にしろ! 僕は勇者で貴族だぞ! お前たちとは違うんだ!」
マリウスがさらに声を荒げて言った。
すると刑務官が怒鳴る。
「そこのお前たち、何をやっているんだ! 刑期延長するぞ!」
「く……っ!」
マリウスは悔し気に唇をかむと、背後を注意しつつ砦に戻った。
そんな彼を、男たちがニヤニヤしながら見守っていた。
砦の中。
大半の囚人が鉄格子のはまった大部屋へと戻っていく中、マリウスは個室の扉を開けた。
小さいながらもプライベートのある空間。
ふうっと息を吐いて個室に入ろうとしたが、ふいに看守に呼び止められた。
「おい、マリウス。今週の個室使用料が払われてないぞ。払えないなら大部屋行きだ」
「えっ!? もうちょっと待ってください! きっと何かの間違いです!」
「まあ、少しなら待ってやるが……早くするんだぞ」
そう言って看守の男は去って行った。
マリウスは慌てて個室に入って扉を閉めると、机に向かって手紙を書き始める。
「いったいどうしたというのですか! 父さん、早くお金を送ってくださいよ! というか貴族や官僚への賄賂はどうなっているのですっ!? ……僕はこんなところで終わっていい人間じゃないんですよ! みんなが褒め称えるべき優秀な存在なんだっ! くぅ――っ!」
苛立ちをぶつけるように、ガリガリと手紙を書いていった。
◇ ◇ ◇
一方マリウスが南方に送られる、少し前。
マリウスの父親コスタス・フォーライトは苦境に立たされていた。
息子のマリウスが大罪を犯したため、辺境への転封となったのだった。
妻はついてこなかった。
「なんで辺境に行かなくちゃいけないの! あなた一人で行ってきなさいよ! こんなことなら結婚するんじゃなかったわ!」
金で貴族の地位を買ったとされるコスタス。
零落してたとはいえ正真正銘の貴族の娘である妻には逆らえない。
結果、コスタスは一人で単身赴任した。部下も少数しか連れていけない。
辺境は危険が多い。特にコスタスが配属された土地はモンスターが多かった。
そこで活躍したのが、女盗賊ネフィルだった。
ネフィルはAランク級の強さを持ち、荒地のモンスターを次々と倒していく。
そう。
ネフィルは、マリウスがダンジョン攻略するために購入された奴隷だったが、権利自体はフォーライト家――つまり家長であるコスタスの所有だった。
マリウスが捕まり、勇者パーティーは関係なくなったため、ネフィルは家所属となった。
本来なら、ダンジョン攻略後は奴隷商へと返還されるはずだったが、モンスターの多い土地に転封となったために引き続き使用されているのだった。
そしてネフィルはモンスター狩りを終えると、水浴びしてからコスタスのいる屋敷へと向かった。
コスタスのいる書斎へとやって来る。
本棚の立ち並ぶ部屋。
ネフィルは窓際の机に座るコスタスに近づく。
「ご主人様、モンスターの討伐、終わりました」
「うむ、ご苦労」
コスタスは手紙を書く手を止めると、顔を上げて答えた。
心労で禿げあがった頭が光る。
ここまではただの主人と使用人の挨拶に過ぎない。
――が。
ネフィルはそれだけでは終わらなかった。
ゆっくりと服を脱ぎながらコスタスの傍まで歩み寄る。
そして妖艶な吐息を漏らしつつコスタスの老いぼれた体にしなだれかかった。
耳たぶを噛みつつささやく。
「この程度では、無条件奴隷として働いたうちに入りませんわ……さあ、ご主人様。もっと無条件奴隷を楽しんでくださいませ」
「ね、ネフィル……」
ネフィルは色っぽい手つきでコスタスの服の帯を解くと、素肌を合わせていく。
そしてコスタスにのしかかりつつ、頭を抱えて張りのある胸に押し付ける。
「ご主人さま……わたくしはどうですか?」
「ああ、いい。すごく、いい……」
「ふふっ。辛い現実を何もかも忘れようではありませんか」
ネフィルはコスタスの上にまたがりつつ、歓喜の笑みを浮かべた。
コスタスは老いた体のすべてを使うように、ネフィルの若々しい肢体に溺れていった。
マリウスへ出すはずだった手紙は、いつまでも書きかけのまま送られることはなかった。
うっひゃあ! ありがとうございます!
皆様の応援のおかげで、ついに書籍化が決定いたしました!
投稿開始から一か月待たずに書籍化!(まだ出版社など詳しい情報は言えませんが)
ブクマと★評価で応援してくれたおかげです!
本当にありがとうございます!
これからもできるだけ毎日更新頑張ります!
そして面白いと思ったら↓の★★★★★を入れてもらえると作者の励みになります!
次話は明日更新。
→52.赤面リリシア




