49.お店開業
王都の朝。
俺はテティとともに店にいた。
若返り費用を安くする伝説の宝と、エドガーの願いである姫の魂を探すのは開店してからにするつもりだった。
というか両方とも本屋が営業してないとできない。
狭い店内には、5倍の値段を付けた討伐部位と、薬草やキノコを並べた。
ガラスケースのカウンター内部には、ずらりと並んだぷちエリクサー。
ついでに店名を『ぷちエリ』にして、看板を掲げた。
眩しい朝日が看板を照らした。
それを見上げつつ思う。
――最初は商売するつもりなんてなかったのにな。
いろいろ感慨深い。
店内ではエルフ少女のテティが、金髪を揺らして掃除をしている。はたきをかける動きが軽やかだった。
俺は中に入って声をかける。
「コウが掃除するから、そんなに頑張らなくても大丈夫だぞ?」
「それでもあたしの居場所だからっ。自分の手できれいにしたいのっ!」
パタパタとはたき掛けをしつつ、テティは答える。
俺はそんなものかと思い、何も言わなかった。
代わりに別のことを尋ねる。
「エルフと言えば弓と精霊魔法だが、テティはそんなに強くないんだよな?」
「そうよ。習ってないもの」
「精霊魔法や弓矢がうまくなる方法知ってるか?」
「知ってたら強くなって冒険者になってるわ」
「それもそうか……できればダンジョン守って欲しいからな。誰かに精霊魔法の使い方を教えてもらおう」
今朝の唐突なダンジョン襲撃。
これからもたびたび襲われるとすれば、留守番を頼める戦力もあったほうがいい。
テティでは、まだ辛そうだが……でも戦力補強となると、また金が要る……。
――出来れば節約したい。
理想的な住環境を作るって、大変だなぁ。
俺は額に手を当てて首を振った。
するとテティが屈託のない笑顔で口を開く。
「は~い。てか、アレクさまが羨ましい~。あたしもダンジョンマスターになりたかったなぁ――ダンミスみたいに」
「ダンミス?」
俺の言葉に、テティが翡翠色の目を丸くして振り向いた。
「えっ!? アレクさまはダンミスしらないの!? ――ダンジョンミストレス物語」
「知らない。どんな話なんだ?」
「えっと、王妃になるために研鑽を積んできた公爵令嬢が、第一王子に婚約破棄されて国を追放されるんだけど、辺境で見つけたダンジョンコアと仲良くなって持ち前の内政力と外交力で迷宮帝国を作った上に、イケメン逆ハー作って元の国へ復讐ざまぁするお話。百万部突破の大ヒット小説なのよっ!?」
「あんまり本を読まないからな。どんなダンジョンを作るんだ?」
「みんなを癒せる森林型フィールドダンジョンだったわ。ペガサスとかユニコーン、妖精たちと仲良くなってた」
「ほう。フィールド型なんてあるのか」
――まあ空想をそのまま信じるのも危険だから、あとでコウに相談するか。
考えてると、洋服ダンスからリリシアが出てきた。
「ご主人様、用意できました」
「じゃあ、店開けるか」
「は~いっ」
テティが可愛い声で返事すると、掃除をやめて入口へ向かった。
正面の窓にかかったカーテンを開けて、ドアの鍵を開ける。
ドアに吊るした札を、準備中から営業中に裏返した。ドアの隙間から差した朝日に金髪が一瞬輝く。
それからスカートを広げて全身で振り返った。
「じゃあ、開店ね!」
「値段はちゃんと覚えたか?」
「大丈夫!」
「お釣りの準備はできてるか?」
テティは慌ててカウンターまで戻って来ると、つり銭入れの箱を覗き込む。
「えーっと、うん。小銭もいっぱい。たぶん大丈夫!」
「まあ、商品が少ないから、そこまで忙しくならないだろう」
「暇すぎても困っちゃうなぁ……あ、ダンジョンの部屋にあった本、読んでいい?」
「ああ、好きに使ってくれ」
「わーい、ありがとっ――あ」
すると、人が入ってきた。小太りの中年女性。
この店の大家だった。
テティが元気な声で可愛く言う。
「いらっしゃいませ~っ」
「おや、あたしゃ客じゃないよ」
俺はカウンター前に出て大家と対面する。
「この人はここの大家さんだ。こっちが店を任せるテティだ」
「まあ、可愛らしい店員さんを雇ったんだねぇ……って、そうだよ、聞いたんだけどさ! あんた、王都東のダンジョンやっつけてくれたんだって!?」
「店の邪魔になったからな」
「店が呪われてるってのもダンジョンがあったからなんだねぇ。最近じゃ女のすすり泣く声まで聞こえるなんて噂されてさ……ほんとに嬉しいよ」
大家が満面の笑みを浮かべつつ、ほろりと涙を流した。
俺は驚いて尋ねる。
「そんな泣くほどか? 大したことじゃないぞ」
「違うよ。旦那のかたきなんだよ、王都東のダンジョンは!」
「ええ?」
「たいして強くもないのにさ、休みの日はダンジョンに潜って。しょーもない品を持って帰ってきてたんだよ」
「ダンジョン探検が趣味だったのか」
「でもある日、戻ってこなくって。どんだけ旦那が帰って来るのを待ち続けたか。あたしゃ、悲しいけど嬉しいよ! よくやってくれたねぇ!」
大家は太った体を揺らして感激を露わにした。
ふと思いつく。
――今なら店が使えなかった期間を割り引いてもらえないかと。
「ああ、それで家賃のことなんだが」
「三か月分貰ってたけど、半年分ってことにするよ! お礼だよ! あとは月の家賃5万にする! ――ああ、そうでもしないとあたしの気持ちが収まらないね!」
「マジか……それは助かる。じゃあついでに、残り半年分だ」
俺は袋を漁って六か月分、大金貨三枚(30万ゴート)を出して、大家に手渡した。
一時の気の迷いで家賃を変えたかもしれないので、あとで気が変わられたら困るからだった。
大家は金貨を握り締めて泣きながら笑う。
「払いのいいところも素敵だよ! あたしの旦那にしたいぐらいだ!」
「そ、それはダメですっ!」
リリシアが横から飛びつくように俺の腕を抱いてきた。
大家が大きく口を開けて笑う。
「あっはっは! ただの冗談さ! もう可愛い嫁さんがいる男を取ったりしないよ!」
腹を揺すって豪快に笑う大家を見て、ふと昨日の考えを思い出した。
「そういや、大家は他にも不動産をいろいろ持ってるんだよな?」
「ん? まあ家とか貸倉庫とかあるけど、何さ急に?」
「いや、ちょっと。まだ漠然とした考えなんだが、広い土地はあるかと思ってな」
「何する気だい?」
「風呂屋っぽいものを、やってみようかと思ってる」
大家が笑顔を引っ込めて、いぶかしそうに俺を見る。
「なんだい。やらしいお店でもやろうってのかい?」
「違う。普通の公衆浴場だ。いろんな薬湯がいっぱいある風呂屋だ」
「公衆浴場を民間で? 聞いたこともないけど、うまくいくのかねぇ?」
大家は顔をしかめて首をひねった。
俺はテティを振り返って尋ねる。
「昨日入った風呂、よかったろ? あれのいろんな病に効く湯を用意したらどうかと思ってな」
「うん! あのお風呂、とっても気持ちよかったわ! 生き返る感じがして。――いいんじゃない? 怪我や病気が治るんだから、お客さんも喜びそう」
テティが可愛らしい笑顔になって、金髪を揺らして頷いた。
けれども、大家がますます顔をしかめて難しい顔をする。
「だとしてもさぁ。王都にそんな広い土地、余っちゃいないよ。あたしんとこだけじゃなく、どこの不動産屋でもそんな広い土地は扱ってないよ」
「だよなぁ……王都の外か、別の街で考えるしかないか」
個人的にはいい案だと思ったが、やはり現実的には問題ありすぎるな。
馬鹿の考え休むに似たり、とはよく言ったものだ。
大家が、大きくうなずいた。
「まあ、そういうのは金持ちの避暑地とか、観光地なんかの方がいいかもね。ちょっと調べとくよ。――んじゃあ、これからもよろしく!」
「あ、ちょっと待った」
店を出て行こうとする大家に、俺は声をかけた。
店に置いていたぷちエリクサーの瓶を取って渡す。
ちなみに1本2万ゴートに設定した。
「よかったら、このポーション試しに使ってくれ。うちで売り出す目玉商品だ」
「へぇ、そうかい。ありがとさん!」
大家は素直に受け取って、片手を上げつつ店を出て行った。
俺とリリシアも入口へと向かう。
ドアに手をかけながら振り返る。
「じゃあ、テティ。冒険者ギルドと本屋に行ってくる。店番任せたぞ」「行ってきますね」
「はいっ、いってらっしゃい!」
笑顔のテティに見送られて、俺とリリシアは朝日の照らす外に出た。
俺とエドガーの探し物は本屋で見つかるはずだった。
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次話は明日更新
→50.本屋で買い物




