44.テティの想いとコウの解答
日の沈んだ王都。
どこか遠くから酔っ払いの歌声が響いてくる。
俺とリリシアはテティを連れて店に戻った。
明るい壁紙の店内。
ガラスケースのカウンターが前後を仕切り、奥にはカーテンで隠された厨房と洋服ダンスがある。
俺は手を広げながらその場で回った。木の板の床がギイッと鳴る。
「テティにはこの店で店員をしてもらう。売り物は少ないが、まあ座ってくれてたらいいから」
「……どうして?」
フードを被ってうつむいたテティがようやく口を開いた。顔の表情は見えない。
俺は首をかしげる。
「ん? 何がだ?」
「あたしを助けること、ないじゃない」
「ああ、エルフのシェリルに助けてあげてと頼まれてな」
シェリルの名前を出したら喜ぶかと思ったら、テティは小さなこぶしを握り締めて震えだした。
「エルフなんて嫌いっ……大っ嫌い!」
「……エルフのお前が言うのか」
「お父さんは村を守って死んだのにっ。エルフたちはあたしを見捨てた! だから嫌いっ」
「なるほど。事情あり、か」
エルフ美女のシェリルが言っていた。
テティは悪いことをしているにもかかわらず、精霊から愛想をつかされていないと。
リリシアがテティに尋ねる。
「お母さんはいないのですか?」
「とうの昔に死んだわ。人間だもん」
そっけない口調で答える。
リリシアは悲しそうに眉尻を下げた。
「ハーフエルフですか……それであまりよい待遇を受けられなかったのですね」
「それだけじゃないわ! 仕事をさせられたけど、知らないからできない。そしたら『こんなこともできないのか、お前は!』って殴られる。――教えられてないのに、できるわけないじゃないっ!」
テティは華奢な体を震わせて叫んだ。
俺は顔をしかめつつ言った。
「それで周りから盗んだのか……だがなぁ」
「そうよ。あたしはみんなから盗んだ。それしか生きていけなかったから。でも自分が生きていくに必要な分だけ取って、それ以上は取らなかったわ。本は取ったけど、後で返してたし」
――なるほど。
生きていくに必要な分だけ奪うというのは、多くの生き物が森や動物に対してやっていることだ。
対象が人やエルフだっただけで。
だから人やエルフから見ると犯罪者にはなったが、大局的な考えを持つ精霊たちには嫌われなかったのか。
俺は肩をすくめた。
「わかった。仕事の仕方はちゃんと教える。殴ったりもしない。だからもう悪いことはするな――まあ店番は無条件奴隷なら誰でもよかったからな」
ところがテティは力なく首を振った。ずっと俯いている。
「店番すらできないわ」
「どうして?」
「さっき鏡見たもの。あたし、可愛くなくなっちゃったわ……お客さんが逃げちゃう」
「それならなんとかなるだろ……じゃあ、リリシア。とりあえずテティを治すぞ」
「えっ!? これ以上はもう、わたくしの魔法では……」
「人としてなら、だろ? もう無条件奴隷だからいいじゃないか」
「あっ、そうですね」
リリシアは両手を胸に当てて前かがみになる。翼を出す姿勢だ。
俺は慌てて声をかける。
「その前に森へ行って薬草や毒消し草なんかも取ってきてくれ。その間にアレも用意しとくから」
「そうでした! 依頼が受けっぱなしに! 行ってきます」
「テティも連れて行ってやれ。薬草の見分け方なんかを教えるといいかも」
「分かりました、ご主人様――テティちゃん、いらっしゃい」
「うん……え!?」
店の奥にある洋服ダンスを開けて中へ入っていくリリシア。
テティが驚き途惑った。
そんな彼女の手を掴んで、リリシアが中から引っ張る。
「大丈夫ですわ。さあ、こっち」
「うっそ、これはダンジョン!? どうして……! まさかダンジョンマスターなの!? 人間なのに、ありえない!」
驚き戸惑いながら、そのまま連れられて行った。
――まあ詳しい事情はリリシアが話してくれるだろう。
俺は店に置いてある薬草を何種類か持ってダンジョンに入った。
テティを治してやるためだった。
丸い玉コウのいる広間へ行く。
そして頼みごとを話した。
「コウ、風呂一杯分のエリクサーとヒールポーションを作りたい。無空水を出してくれないか? これは薬草だ」
「あいさー」
コウの表面に青い光が走る。薬草を与えると消えた。
それから水の入った大きな宝箱が出たので、目を閉じて聖波気を込める。
強い光を放ってエリクサーができた。
「これを使って風呂を沸かしてやってくれ。ヒールポーションも使ってな。テティの怪我を完全に治すつもりだ」
「わかたーです」
「あとそうだな、この広間の横に彼女用の個室作ってあげてくれ。ベッドと机と本棚……あとは鏡台か?」
「レディース向け単身赴任用セット、入れとくです~」
「よくわからないが、任せた……あとは。一応尋ねとくか」
「どしたです?」
コウの白い球体の表面が、不思議そうにチカチカと光る。
俺はダメ元で聞いてみる。
「賢者の石と光の宝玉と邪神の胸像を探してるんだが、コウは何か知らないか?」
「知ってるです」
あっさり答えたので思わず叫んでしまう。
「マジで! どこにある?」
「どこというか、三つとも作れるです?」
「えっ――ダンジョンが作れるのか! 逆に嫌な予感がする……材料が大変なんだろ?」
ダンジョンは高性能だが、コウは壊れかけだったせいかどうもおかしい。
案の定、まともじゃない答えが返って来る。
「賢者の石1個作るのに、賢者の石1個いるです」
「意味ないっ! それ作ったとは言わないだろ」
「旧作リメイク? 新技術であの感動の超大作がよみがえる~みたいな?」
「嫌な予感しかしない。――光の宝玉は?」
「無を作ってゆらぎを与えればビッグバン起こして光集められるです。世界滅亡に目をつむれば、もーまんたいです~」
「だめだろ! じゃあ、邪神の胸像もなにか問題がありそうだな?」
「作れるですが、像を見ただけで発狂するです。産地チェックが必要です?」
「なんだその強力な邪神」
「いあいあ、はすたぁ! ふんぐるぃむぐるうなふ、くとぅるん! 宇宙CQC使う混沌が這い寄ってくるです」
「……よくわからないが、俺が求めてる邪神の胸像とは違いそうだな」
「うー!にゃー!、違うです。この世界ができる前から存在する異形の神々ですゆえ」
「俺が欲しいのはこの世界の邪神の胸像だ」
俺は、はぁっと溜息を吐く。
するとコウがピコピコと光った。
「お疲れです?」
「なんか急に、どっと疲れた――じゃあ、風呂の用意頼んだ」
「あいさー、任されましたですっ」
楽しげに青い光を球体表面に走らせるコウを後にして、俺は屋敷に戻った。
コウはどこの電波を受信してるのやら。
ブクマと★評価ありがとうございます!
ブクマ13000越えました!
もう少しで自身の過去作を越えられそうで、嬉しいです!
次話は明日更新。
→45.きれいなテティとリリシア




