43.証拠がなかった本当の理由
本日更新2回目
俺とリリシアは無条件奴隷を手に入れるため、奴隷の虐待ショーをやっている政府高官トムソン卿の屋敷に乗り込んだ。
しかし、現行犯で捕らえようとしたが、突然床が崩れて一階の広間にいた全員が地下に落ちたのだった。
打ち所が悪くて呻く人や、気絶して横たわる人もいる。
俺はリリシアへ駆け寄った。
「リリシア、大丈夫か!」
「は、はい! 大丈夫です」
リリシアはエルフのテティを抱えてしゃがみ込んでいた。
怪我はないようだった。
辺りを見る。
一階ぶん降りたぐらいの高さを落ちたらしい。
天井を支えていた黒い柱が全部砕けていた。
というか地下室と言うには広すぎる広間は、柱だけじゃなく壁や床も黒かった。
正面を見ると、天井に頭が付くぐらいの巨大な座像があった。
眼が三つあり、捻じくれた角が生えている。口には笛をくわえていた。
手は猿のように毛深く、足はワシのように細くて爪が鋭く。
厚い胸板には巨大な目玉が付いている。
どうみても邪神だった。邪神の座像。
テティを抱えていたリリシアが目を見開いて叫ぶ。
「こ、これは! 傀儡の邪神ファイド!」
「知っているのか? リリシア?」
「人を惑わして操る邪神です、ご主人様! 高官が邪神を崇めていたなんてっ! ――きっとこれが魔法阻害の原因ですわ!」
「トムソンはどこだ?」
「あ、あちらです!」
リリシアが指さした方向に、地下室のドアを開けようとする太った男がいた。
瓦礫が邪魔で開けられないらしい。
「逃がすかよ――ッ!」
俺は剣を振り上げながら駆け出した。
気付いたトムソンが素早く振り返ると、黒い指輪のはまった右手を俺へと向ける。
「邪神ファイドよ、我に力を……ッ! ――精神操作!」
「ハァ――ッ!」
なんかよくわからない黒い波動が飛んできたが、俺は気合を入れて叩っ斬った。
そしたらうまい具合に消し飛んだ。
次の瞬間には大きく一歩踏み込んで、剣の腹でトムソンへ殴りかかった。
「なっ、バカな!? 呪術を剣でッ!? ありえん――ギャッ!」
ゴツっと鈍い音がして、トムソンが白目をむいて倒れた。一撃で気絶したらしい。
ふうっと安堵の息を吐いたのも束の間、後ろから鋭い声が飛ぶ!
「ご主人様! あぶない――っ!」
「え?」
俺は振り返った。
近くにあった黒い柱が黒い粒子をまき散らしながら俺の上に倒れてきていた。
「うおっ!」
驚きの声を上げつつ、とっさに頭を庇う。
すると――なぜか、俺の声によって黒い柱が砕けて粉々になった。
小石みたいなのがぺちぺちと顔に当たったものの、それもすぐに消えた。
リリシアがすみれ色の瞳を見開いて俺の傍へ来る。
「まあ、なんということですか! さすがご主人様です!」
「……今のは俺の声で破壊したのか? それともリリシアが何かしたか?」
「どちらも違います! この地下室の壁や柱は、邪悪な魔力を固めて作った石のようです! だからご主人様の聖波気によって消し飛んだのだと」
「なるほど。ということは、床が抜けたのも、俺が上で全力を出したせいか」
「そうだと思います……邪神の祭壇と邪悪な石によって邪法を使っていたのでしょう。人を意のままにあやつる魔法を」
リリシアが悲しそうに眉を寄せた。
俺もその意図に気が付く。
「そうか。証拠がなかったのは、邪法で証拠隠滅や口封じをしていたからか」
「ひどいことです……」
「まあ、それも今日で終わったんだ。よかったよ」
「はいっ、さすがです、ご主人様っ」
――と。
どやどやと、一階の方に人がやってきた。
開けた門から入ってきたエドガーと、彼が連れてきた一団。
冒険者たちと騎士団だった。
上から地下を見渡す。
エドガーは何かを見るなり口を半開きにして呆然と見下ろした。
騎士や冒険者は祭壇に目を止めて口々に叫んだ。
「何だあの祭壇は!」「それにこの不吉な石!」「邪神か!」「高官が邪教を信奉するなど!」「なんてやつだ!」
俺は上に向かって話しかける。
「館主のトムソンはここにいるぞ。――あと、裏口などから逃げ出さないように見張っててくれ。まあ、参加者名簿は抑えてあるが」
「「「はいっ!」」」
騎士たちが何名か慌てて戻っていく。
それから救助と捕縛がなされていった。
我に返ったエドガーが苦笑いを浮かべつつ、上から呆れた口調で褒め称えてくる。
「ほんとアレクさんて、すごいっすね。邪神の集会所を見つけるなんて、予想以上の働きですよ。ダンジョンでも、ここでも……驚くしかないっすよ、もう」
「俺も驚きだよ。ただ聖波気を垂れ流してるだけの元勇者なのにな」
「こういうのが本物の勇者ってやつなんでしょうね。――別格っすよ、ほんとに」
エドガーが苦笑しつつ、首を振った。ぼさぼさの髪の毛が良く揺れていた。
そして捜査や救助に向かった。
――というか、まさかの邪神。しかも王都で。
これにより、想定外の結果が起きた。
本来なら捕まるのがトムソンだけだろうと思っていた。
あとの参加者は「知らなかった」「脅されて無理矢理参加させられた」などと弁解されたら、お咎めなしになる可能性が高かった。
虐待ショーの奴隷は、ほとんどトムソンが用意したものだったので。
ところが邪神の祭壇が見つかったことにより話が変わる。
全員信奉者だったのではないか、と。
そして奴隷を生贄に捧げて、邪神の恩恵を受けていたのではないか、と疑われた。
結果、国教である光の神ルクティア教が捜査に加わることになり、徹底的に調べ上げられることになったのだった。
彼が奴隷を送った相手も強制捜査を受けることになった。
ちなみにトムソンは最後まで「自分は正しいことをした」と主張して譲らなかったそうだ。
「無条件奴隷になるような無能や犯罪者を殺して何が悪いというのです!? ゴミクズの有効活用ですよッ! ――あなただってほんとは羨ましいんでしょう? 参加させてあげてもいいんですよ?」
と、彼は王様の前でも、そう言ってのけたという。
ただの馬鹿だった。いや開き直ったのかもしれないが。
俺的に残念なのは探していた『邪神の胸像』とこの邪神は関係ないことだった。
俺の探し物は、呪いを司る邪神の像らしい。
◇ ◇ ◇
西の空が赤く染まるころ。
夕暮れになって俺たちは、事件の取り調べや事情説明から解放された。
『邪神信奉者・奴隷生贄事件』
という事件名が付いた。
俺はトムソン邸の、噴水のある庭で奴隷商サイモンと話した。
彼の後ろには奴隷たちがいた。全員笑顔だったが、頬には涙の痕が付いている。
サイモンが深々と頭を下げる。
「この度は奴隷たちを救っていただき、誠にありがとうございます。しかも証拠が見つからないのは邪法を使っていたからと暴いていただき、わたくしめの落ち度も不問となりました。奴隷たちも全員、心から感謝しております。さすがアレクさまです」
「本当にありがとうございます」「助かりました! ありがとう」「もうダメかと思ってました……ありがとっ」
奴隷たちがまた涙を流しながらお礼を述べた。
俺は頷いて応えつつ、尋ねる。
「人の心を操ってたらしいからな。仕方ないだろう。――で、この奴隷たちはどうなる?」
「トムソンさんの支払いは、まだでしたので……今後も無理なようですし。契約上、また全員うちで引き取ることになるでしょう」
トムソンとその一族は死刑の上、資産没収が決まっていた。
ちなみに、あまりの上から目線の発言に王様が激怒したため、スピード判決だったらしい。
俺は一人の少女を指さしながら言う。
「じゃあ、助けられなかったこの子を、売ってもらえないか? できる限りのケアをしてやりたい」
俺が指さしたのはエルフ少女のテティだった。
ひどい目に遭った顔と体を隠すため、頭からすっぽりとフード付きのローブを着ている。
サイモンは、渋みのある初老の顔を険しく歪めてテティを見る。
「ここまでひどい目に遭わせるとは許せませんね……しかし、魔法でもこれ以上回復できないでしょうし、私が赤字を被るしかないでしょうね……わかりました、アレクさんの活躍と慈悲深さに感謝いたしまして、ほぼ原価の40万ゴートではどうでしょう?」
「ああ、それで構わない。買った」
「では……」
奴隷の手続きをして、俺は無条件奴隷テティを手に入れた。
これで所持金が約600万ゴートになった。
最低でも100万以上の出費を覚悟していたので、嬉しい誤算だった。ある意味、計画通りでもあったけれど……。
それから俺とリリシアは、テティを連れて店へと向かった。
テティは頭からすっぽりとフードを被ってうつむいたまま、無言でついてくる。
片方の目がほとんど見えていないので、リリシアが手を引いて歩く。
俺とリリシアは困り顔で見合ったが、人目につかない俺の店に着くまではテティにかけてやれる言葉がなかった。
誤字報告や指摘ありがとうございます! 修正しました!
前回は特にひどかったですね、すみません。
そしてブクマと★評価ありがとうございます!
4万6000ポイントになりました!
いったいどこまで伸びるのか……嬉しいです!
次話は明日更新。
→44.テティの想いとコウの解答




