41.暗殺者エドガーの献身
午前中の王都。
石畳の裏通りを俺とリリシアは歩いていた。
魔女から若返りを安くする方法を聞き、エルフ美女シェリルからエルフ少女テティの救助を頼まれた。
両方ともまったく手がかりがないのが問題だった。
「どうしたもんかな、リリシア」
「どこから手を着けたらいいか……すみません」
「雲をつかむような話だからな。図書館でも行ってみるか……お?」
空の高みから降る日差しを受けつつ、俺は店の前まで帰ってきた。
するとひょろっとした長身の男、エドガーが店の脇に隠れて立っていた。
寝起きのままで急いで来たのか、ぼさぼさの黒髪が鳥の巣みたいに爆発していた。
俺に気づいて頭を下げる。
「アレクさん、リリシアさん、薬ありがとうございました! 一発で治ったっす! すごいっす!」
「それはよかった。ちゃんと薬として使用できるんだな」
「えっ!? 試してなかったんすか! 俺っち、実験台っすか! 実験第一号、光栄っす!」
エドガーがもう一度頭を下げた。
――え、そこ喜ぶところか?
戸惑っていると、リリシアが微笑んだ。
「ふふっ、冗談ですよ。ご主人様もわたくしも、一度は使用しましたから」
「ですよね~、さすがアレクさんっす!」
……なんだかエドガーがやたらと持ち上げてくる。
こんなキャラだったか?
実際、心にもない浮ついた感じだし。
するとエドガーがまた頭を下げた。腰が折れ曲がるほど深く。
「あと子供たちから聞いたっす。命を助けてくれてありがとうっす」
――ああ、命を救ったからか?
俺が納得しかけていると、エドガーがそろりそろりと顔を上げた。
前髪に隠れた黒い瞳が、様子をうかがうように俺とリリシアを見る。
「それで、ちょっと頼みごとあるんですけど、いいっすか……?」
「お前もかっ。――わかった、店で聞こう」
「ありがとうっす」
店の鍵を開けて中に入った。
エドガーが入ってきて扉を閉める。
そしてすぐに直立姿勢をとった。
いつも猫背のせいか、ますます背が高くなっていた。
「俺っち、遠い東の国、ヤマタ国で暗殺者っぽいこと、やってたっす」
「「えっ!?」」
突然の告白に俺たちが戸惑う。
エドガーは前髪に隠れた目を床に落としつつ、気にせず言葉を続ける。
「でも勝手に国を抜け出して、追われる身っす。捕まれば死刑。俺がこの国で冒険者エドガーをやってるって言えば、明日にでも殺しに来るっす。賞金首なんで。本名はアズマだって言えば伝わるはずっす」
「……いきなり、重い秘密を打ち明けてどうしたんだ?」
「戸惑ってしまいますわ、エドガーさん」
俺とリリシアは困惑して答えた。
すると、エドガーが腰を低くしつつ言った。
「すいませんっす。俺っち、自分の秘密を隠したり、他人の秘密を暴くのは職業柄、得意なんすけど。秘密を打ち明けるのは苦手なもんで……」
「なにかあったのか?」
俺の問いかけに、エドガーは腰をさらに低くして握った右手を前に出した。
「先に秘密を喋ったのは、アレクさんたちにとって致命的な秘密を知ってしまったけど、俺っちを信頼して欲しかったからっす」
そう言うとエドガーは、右手を開いた。
指先には白い羽が摘ままれていた。
「うっ!」「あっ!」
俺とリリシアが息をのむ。
何度も見たことのある、白い羽。
鳥の羽のようだが、青白い燐光を放ってる時点で、言い逃れは出来そうになかった。
「手癖悪くてすんません。……どんな状況になっても、死の間際になっても、最後の一手を諦めないってのが俺っちの職業なもんで……言わせてもらいます――リリシアさん、天使っすね?」
そう言うなり、エドガーは指に挟んでいた白い羽をリリシアに向かってピンッと弾いた。
リリシアが白い修道服を揺らして、わたわたと手を振る。
飛んでくる羽を払いのけようとするものの、しなやかな手のひらに吸い込まれていった。
「あぁ……っ」
リリシアが泣きそうなほど顔を歪めた。
――もう、言い逃れできないな、これ。
ていうか、そうだった。
ダンジョン最下層でエドガーを助けたとき、リリシアは天使のままだった!
どう見ても死にかけの状態だったエドガーが、羽を掴んで盗むなんて。
こいつ、Aランクどころか、もっと上のランクなんじゃないか?
俺とリリシアは困惑顔で見つめ合ったが、答えは出なかった。
もう諦めて、素直に認めるしかない。
「ああ、そうだ。リリシアは天使だ。正確には堕天使だがな」
「やっぱ、そうっすか。教えてくれてありがとうっす」
エドガーは声に喜びを滲ませながら、床に両膝を突いた。
「「えっ?」」
――もう、彼の行動や発言が予想外で、驚きに飲まれるしかない。
俺たちが見ている前で、エドガーは床に手を突いて頭を下げた。
「お願いがあるっす。俺っちが死を覚悟してでも国を抜けたのは、亡くなった姫を生き返らせるため。8年の月日をかけて金は溜めたっす。でも逃げる最中に魂を落っことしたらしくて……昇天せずにさまよう魂を探せるのは天使だけ。どうかお願いっす、姫の魂を探してください! ――何でもしますんで!」
今まで常に落ち着いた声で話していたエドガーが、泣きそうなほどに声を振り絞って頼んできた。
――ここまで思いつめてるなら、協力してやりたいが……。
俺の分野じゃないので、リリシアを見た。
彼女は、すみれ色の瞳を潤ませて、頷いた。いいらしい。
「ああ、わかった。俺とリリシアにできることなら、力になるよ」
俺の言葉にエドガーが、がばっと顔を上げた。
鳥の巣のような黒髪が揺れる。
「ありがとうっす! 一生かけて恩返しするっす! 嘘じゃない証拠に先払いするんで! 何でも何回でも言ってください!」
エドガーが何度も頭を下げた。
とはいえ、急に言われても困った。
「なんでも……なに頼もう?」
「でしたら、あれを探してもらうというのはどうでしょう?」
「ああ、あれか」
俺とリリシアは頷きあった。
エドガーが土下座姿勢のまま、ずずっと前に出る。
「なんすか? 探すのは得意っすよ!? 何でも言ってください!」
「伝説のアイテム『賢者の石』『光の宝玉』『邪神の胸像』を探してるんだが……何か知らないか?」
うぐっとエドガーが息をのんだ。
「石は、名称だけは知ってるっすが……しかも、賢者の石って存在してるかどうかもわからない、幻の品っすよね? あとの二つは聞いたことないですし。手掛かりなしだと、さすがの俺っちも……」
――まあ、そうなるか。
エドガーが困ってるようなので、もう一つの提案をする。
「だったらあれか。無条件奴隷を買い漁って、ひどい目に合わせてる悪い奴がこの国にいるらしい。700万ゴートもする奴隷も含めて買ってたから、かなりの金持ち、もしくは貴族のはずだ。――これなら調べられるか?」
長身のエドガーが立ち上がりつつ、明るい声で言う。
「それなら余裕っす! では、行ってくるっす!」
言い終えると同時に、店の扉を開けて出て行った。
素早い。
俺はリリシアを見た。
たぶんお互い苦笑していた。
「なんだか、やる気なさそうな人と思ってましたが、実は熱い心の持ち主だったのですね」
「意外だったな……でもこれで近日中に無条件奴隷を手に入れられそうだ。エドガーは能力高そうだからやり遂げるだろう」
「はい。本当によかったです。虐げられている奴隷さんたちも助けられそうで……あとは世界地図を用意して、エドガーさんの言う姫の魂を魔法で調べ……」
突然、ガチャっと店の扉が開いた。
エドガーがぼさぼさ頭を揺らして帰ってきた。
「ん、どうした? 忘れ物か?」
「いや、もう調べてきたっす――奴隷を虐待死させてるの確定で。ここが住所、ここが別荘、これが奴隷の所在とリスト。こっちが処分した奴隷を埋めてある場所と、最後が悪事仲間の名前と住所っすね」
メモの書かれた紙や書類を差し出してきた。
驚きながら受け取る。
「はっや! 1分もたってないぞっ! 嘘だろ!?」
「いや、これでも国ではこういう仕事してたんで。それにこの国じゃ、俺っちの使う術に対してまったく用心してないんで。紙を破るより簡単っす」
エドガーはぽりぽりと頭を掻きながら言った。
俺とリリシアは書類やメモを調べていく。
このまま裁判所に持って行っても断罪できるぐらいに証拠が揃っていた。
呆れつつ讃えるしかない。
「どんだけ優秀なんだよ、お前……別の仕事もできるだろうに」
「それだとバレて追手が来てしまうっす。――でもアレクさんには俺っちの本気を知っておいてもらいたかったっす。これからもアレクさんの頼みは全力でやりますから」
エドガーが目を隠す前髪の下から、真剣な黒い瞳で見つめてきた。
信頼してもよさそうだな、と思った。
常識のない俺が判断するのも危険かもしれないが。
それから俺は手元の書類に眼を落して読んでいった。
ふと気が付く。
「今日、パーティーがあるようだな?」
「そうっす。奴隷を愛でる会と言う名の、虐待パーティーっす」
その言葉に、得体のしれない感情が込み上げた。
俺は書類を、ぎゅっと握り締め、背負い袋に荒々しく突っ込んだ。
「行くか……」
「はいっ、ご主人様っ!」
リリシアが形の良い眉を力強く寄せて、フレイルを構える。
意思をくみ取ったエドガーが、身をひるがえして言った。
「俺っちが案内するっす」
俺たちは店を出た。
真昼間の王都。
人気の少ない裏通りを、三人並んで歩いた。
ひゅううっと、どこからともなく風が吹いて、木の桶が転がっていく。
自然と三人とも険しい表情になっていた。
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次話は明日更新。執筆に苦戦中なので夕方か夜になるかも。
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