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4.ばあさん無双


 俺は奴隷購入の交渉のため、大金貨一枚(10万ゴート)で魔女のばあさんを10分間買うことにした。



 魔女は濁った目を見開いて俺を見ていた。口もポカーンと開けている。

 が、突然しわだらけの顔をさらにしわくちゃにして爆笑した。

 腹を抱えて笑い出す。


「ひゃっひゃっひゃ! なんという奴じゃ! わしを雇って交渉させるじゃと! しかも時給換算なら大体相場通り! ダメな奴かと思ったが、頭はすごく回るではないかっ! 気に入ったぞ!」


「引き受けてくれるんだな?」


「よかろうっ。こんなに笑ったのは久しぶりじゃ! ひゃっひゃっひゃっ!」



 奴隷商人が慌てだす。

「ちょ、ちょっとコーデリアさん! それは困りますよ」


「何が? 条件奴隷がこの条件で契約すると言うておるのじゃから、文句なかろう? それとも貴様はわしに儲けさせない気か? 法令違反じゃぞ?」


「ぐ……っ! ええい、わかりましたよっ!」


 奴隷商人はやけになって了承した。

 そんな彼に、魔女が濁った目をぎらつかせて言い寄る。


「では、奴隷商サイモンよ! もう契約紋あれこれは面倒じゃからこのまま行くぞ! 覚悟するがよい!」


「そんな……でもコーデリアさん。この奴隷はとても条件が良いですし、借金も私が肩代わりしているんです。そうは下げられませんよ」


「だからと言ってこの女が1000万もの価値があるはずなかろう! よくて500じゃ!」


 魔女が高らかな声で言い切った。

 奴隷商人が前のめりなって否定する。


「それはいくら何でも横暴ですよっ!!」


「ほほう? 嘘を言ってアレクに勧めたのにか?」


「嘘? 嘘はついていませんよ」


「では聞こう。冒険者として生きていくなら、この女は治癒師だから冒険するには必須だと、そう言いおったな?」


「ええ、そうですよ? 回復職は必須です」


 奴隷商人は強気に言い返すが、バツが悪そうに口を歪めている。


 ――なんでだ? その通りのはずだが……。



 魔女はニヤリとあくどい笑みを浮かべた。


「ならば、この女、冒険者の登録はしてあるのであろうな?」


「う……それは……」


 ――あっ! そうか! 気が付かなかった!


 俺は思わず叫んでしまう。

「そうか! 冒険者パーティーには必須な職だけど、この人は冒険者をしたことないんだ!」


「その通り! 孤児院を経営しておったのじゃから、冒険者なんぞする暇なかろうが! それをこの男は、冒険者として今すぐ連れていけるような物言いで誤認させたのじゃ!」



 奴隷商人が必死で弁解する。

「いや、でも治癒師が必須なのは変わりありません! 時間が立てば役に立ちますっ!」


「普通のパーティーならな! この男アレクはなんと言った? 常識のある奴隷をくれと言ったはず。しかも勇者をずっとしていて冒険者でしか食って行けぬ男。それなのに冒険者の常識を持たぬこの女を勧めたのじゃぞ! これが暴利でなくてなんであろう! 冒険者をしていなかった以上、冒険者登録費や武器防具などを揃える金も余分にかかるはずじゃ!」


「ぐぐぐ……! わかりました。850で。装備に50、残り100はエルフのシェリルさんを雇えるように」


「甘い! この女が冒険者に向いていると、どうやって判断する? 蜘蛛やカエルを見ただけで悲鳴を上げるかもしれんぞ? そもそも大金が稼げる冒険者ができるなら、孤児院経営の足しに自分でダンジョンに潜ったはずじゃ! 治癒師はどこのパーティーでも引っ張りだこなのじゃからな! 冒険者になれなかった時のことを考える――いやその可能性はとても高い! 850は高すぎるわ!」


「ぐぬぬ……っ! で、では700で……!」



「もう一声じゃな。この店は客に役立たずの奴隷を売りつける、という噂が嫌ならばな」


「もうそれ、脅しではないですか……」


「ほほう、あらがうか? では、住所不定無職の男から今日生きるための生活費まですべて剥ぎ取り、売った奴隷と共に野垂れ死にしても知らんぷりしようとした、とでも喧伝しようかの? ――言っておくが、事実じゃぞ? 奴隷商取引法に違反する可能性もあるかものう?」


 魔女は不敵な笑みを浮かべつつ、法令違反と言う最後の爆弾を放った。

 奴隷商人は青ざめた顔を苦し気に歪めるしかない。


「ぐぬぬぬぬ……っ! わかりました……600でっ! もう、これ以上は……っ!」



「まあ、500と言ったときの反応から借金の額を推測しても、だいたいこの辺が限界じゃろ――これでよいか、アレクよ?」

 魔女は少し得意げに胸を反らして俺を見た。


 ――正直凄いと思った。

 言質を取ってから、矛盾や欺瞞を突いて、仮定と断定を織り交ぜて値下げさせていく。

 最後はとどめの脅しまで。

 はたから見ていてもすさまじい交渉術だった。



 俺は肩をすくめつつ大金貨を差し出した。


「ああ、助かったよ。さすが笑うだけあったな」


「ふふん。だてにエルフより長生きしとらんわい」


 魔女は得意げに笑いつつ、パシッと大金貨を受け取って懐にしまった。


 エルフの美女が感心した声を上げる。

「まさかこの場でやり手の魔女を雇うとは……さすが勇者さまですね」


「そんなたいしたもんじゃない。元勇者だ」



 奴隷商人が道具や書類を用意しつつ、ぶつぶつと嘆く。


「コーデリアさんを雇われたら、勝てませんよ、ほんとに……」


「この機転はさすが勇者だった男じゃな。たったの10分で最大の効果をあげよった! 久々に楽しかったわい」


 くっくっくと魔女が悪そうに笑った。



 それから奴隷契約をすることに。なんか血を取られた。


 ただ隷属紋を付ける直前、修道服を着た治癒師が申し訳なさそうな目で見上げてくる。

 俺より頭一つ分、背が低かった。


「本当にわたくしでよろしいのでしょうか? 先ほどコーデリアさんが言われたとおり、冒険者をしたことがありません。お力になれるかどうか……」


「おそらく他の職業はギルドでも見つかるはずだ。回復職を誘うのが一番大変だから」


「はいっ、ありがとうございます……わたくしはリリシア。精一杯、ご主人様マスターのために働かせていただきます」


「よろしく頼むよ、リリシア」


 そしてリリシアの手の甲に丸や三角で構成された隷属紋が刻まれた。

 しなやかな手の白い肌に入れ墨が入ったようで少しもったいないなと思った。

 でも手袋をすれば隠せそうなのはよかった。



 美女エルフが声をかけてくる。

「私は雇われますか?」


「しばらくは様子見だ。冒険で困ったら改めて雇おう」


「わかりました……それで、勇者さまは冒険者になられた後、どうされるのでしょうか?」


「どう、とは?」


「魔王を倒したり邪竜を倒したりされるのですか?」


「もうそんなのはマリウスがやればいい。俺は好き勝手生きるつもりだ」


「そう、ですか……残念です」

 美女エルフはなぜか寂し気に顔を伏せた。



 魔女のコーデリアがにやにやと笑う。

「また楽しませておくれよ。待っておるからの」


「高くてそうそう利用できないな」


「だからこそ金を稼ぐ気にもなるのであろう? ひっひっひ」



 奴隷商人が言う。

「ちなみにコーデリアさんは若返りの薬や不老の薬も作れますね」


「えっ! そんなものまで……」


「わしが作れぬのは不死だけじゃな。死者蘇生であっても条件揃えばできるぞ? 時々富豪がわしを短期間買いよるわ」


 奴隷商人が補足する

「それでも最低日数で一週間や一ヵ月ですけどね」


「10分だけ買われたのは生まれて初めてじゃがな! 10分じゃぞ? 10分! ――ひゃっひゃっひゃ!」


 楽しそうに目を細めて笑う魔女。

 どうやら俺の行動が彼女の笑いのツボに思いっきり、はまったらしい。



 ――まあ、悪い魔女ではないらしい。


 でも若返りか……いつか利用するかもしれないな。

 いや、できれば若返りたい。

 俺の人生のほとんどは無駄になってしまったのだから、やり直したい。


 こつこつとみんなのためになると信じて、魔物を退治し続けた。

 でも、結局世界は平和にならなかったし、魔王や邪神が出現しなくて成果を上げられなかった。


 ……ほんとなんだったんだろう、俺の30年間は。


 そう考えたら、思わず魔女に尋ねていた。

「なあ、若返りの薬を作ってもらうにはいくらかかるんだ?」


 魔女は俺を上から下まで見て、ニヤリと笑う。

「おぬし今、何歳じゃ?」


「39だ」


「そうさの。15年若返る薬で2億2500万ゴートかかる。材料費だけでな。わしを雇う費用も入れると……合計2億5000万ぐらいじゃな」


「た、高すぎる……」


「当たり前じゃろ? 聖なる魔力と闇の魔力、それに呪いを合わせて使用する超高度な禁術じゃぞ? まあ、材料がそろっておれば、1~2週間で作れるがの」


「…………」

 俺は黙り込んでしまった。



 2億5000万。

 24歳に戻るのに、2億5000万ゴート。

 今の俺には途方もない金額すぎて実感がつかめない。


 これから生活していけるかどうかすらわからないのに、億単位の金を稼がなくては人生を取り戻せないとは。

 できるのか、俺に?


 ――が。

 考え込んでいると、リリシアが手を握ってきた。すべすべした優しい手のひら。

 すみれ色の瞳が心配そうに俺を見上げる。


「どうされました? ご主人様?」

 俺をまっすぐ見上げる瞳の睫毛が長い。

 整った顔立ちが美しい。見ているだけで心が晴れる。


 ――そうだ。

 俺にはもうリリシアがいるんだ。


 だったら、まずは生活だ。

 今はただ、生きられる環境を構築するのが最優先。

 後のことは生活が安定してから考えよう。


 それに魔女はさっき「冒険者は大金が稼げる」と言っていた。

 ひょっとしたらうまくいくのかもしれない。



 俺は心に希望が満ちるのを感じて笑顔になると言った。

「いや、なんでもない。じゃあ、武器屋に行こうか」


「はいっ」

 そのまま手を繋いで出口へと向かう。

 今は握った手を離したくなかった。


「またのご利用をお待ちしております」

 丁寧に頭を下げる奴隷商人を後に、街へと出た。



 所持金残り大金貨39枚。390万ゴート。


ブクマと評価ありがとうございます! 嬉しいです!

明日は二話更新できるかも。

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― 新着の感想 ―
[一言] おおおおお!これは楽しい展開だな! 何気に交渉後に他の奴隷たちと普通の会話が出来るとは、面白いな
[気になる点] 10分10万。 1時間で60万。 7時間勤務として一日420万。 10日で4200万。 4時間としても240万ですから20日で4800万。 どう計算しても10分10万は適正ではない。 …
[良い点] さすが自信満々で人の発言に難癖をつけ、 最も高い値段をふっかけてくるだけはあるな めっちゃ頭良くて、優秀じゃないか こんな交渉、主人公と同じで全然思いつかないよ 思いつく作者先生もすごいね…
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