38.驚きの白さとコウの相談
朝。
コウのダンジョンで、無空水をコウに作ってもらった。
それに聖波気を込めたら光が爆発したのだった。
リリシアが驚きの声を上げた。
光のせいで何も見えなくなった中、リリシアに尋ねる。
「いったいどうしたんだ、リリシア?」
「そ、その箱……その箱の水、全部――全癒霊薬になってますっ!」
「ええっ! エリクサーってあれか! なんでも治す薬か!? ――まてよ? だったら……」
水に付けていた手を上げて、試しに眼を拭って見た。
一発で見えるようになった。
リリシアが白い修道服を乱したまま、指眼鏡でこちらを見ている。
近寄りつつ言う。
「目を閉じてろ。ちょっと触るぞ」
「はいっ」
大きな瞳を閉じて顔を少し上向ける。伏せられた長い睫毛に気を配りつつ、そっと目の辺りを拭った。
ぱっちりとすみれ色の瞳を開いて、さらに丸くする。
「見えましたわ! なんてすごい効果でしょう!」
リリシアが驚愕して俺と水を交互に見る。
俺も振り返って宝箱に入った水を見た。
「……エリクサーってすごく高いんじゃなかったか? 一度も使ったことないぞ?」
「は、はい……生命力と魔力を瞬時に全快させて、状態異常や病気、呪いまでも治しますから。あと錬金術にも溶液や触媒として使用されるので、とても高価です……聞いた話では一回使用分で100万ゴートとか、1000万ゴートとか……そもそも普通は店で売ってないものです」
「まさか俺の聖波気と無空水でそこまでのものが作れるなんて……」
俺は驚きとともに呟いた。
何百本分ものエリクサーを作ってしまった。
――もう若返り薬の入手目標を、初日で達成したようなものじゃないか。
というか億万長者じゃないか、これ。
するとコウが慌てたようにピカピカと光った。
「わぁわぁ~。ちょと誤解あるです、ますたー」
「誤解? これはエリクサーじゃないのか?」
「エリクサーですが、エリクサーじゃなくなるです」
「もうちょっとわかりやすく伝えてくれ」
「えっと、これ全部飲んでエリクサー1回分の効果になるです」
「ええっ!? 多すぎだろッ!」
「高さ40センチ、横幅50センチ、奥行き40センチなので、8万立方センチメートルになるです。80リットル?」
「腹がパンパンになるな」
「ご主人様、おそらく人間は死んでしまうかと」
「なんで蘇生する水飲んで死ぬことになるんだっ。役に立たん!」
俺の言葉にコウが球体を光らせる。
「小分けしたら生命力と魔力が半快。あとはちょこっと異常や呪いを治す程度。プチエリクサー的な効果に落ち着くです」
「プチか……まあ、効果は悪くないな。ポーション1本で1000ゴートだから、1万ゴートぐらいで売ってみるか。売れなきゃ毎日値下げで。逆に売れまくったら開店記念だったとか言って値上げで」
「はいっ、ご主人様」
リリシアが頷いた。
コウが言葉を続ける。
「前から思ってたですけど、ますたーの魔力を利用してアイテム作ったら、全部聖属性つくです。その宝箱もムダに聖属性ついてるです」
「ほー。となると。何もついていないはずの無空水にすでに聖属性がついていた、と」
「そうなるです。ちなみにお風呂やキッチンも聖属性です。聖属性攻撃Lv3付き湯船です」
「それ、意味あるのか……?」
「ないです」
――即答かよ。
コウの言葉にリリシアが銀髪を揺らして頷く。
「なるほど。聖属性の水にさらに聖属性を加えたから、エリクサー並みの効果が発揮されたのですね」
「そうなるです」
そんなやり取りを聞いていると、ピンと閃くものがあった。
――これはこれで、使い道があるんじゃないか?
売る以外の使い道が。
「じゃあ、コウ。プチエリクサーを入れる瓶を作ってくれ。安くて簡単に手に入る材料で」
「ほーい。では、土で瓶作るです」
水の入った宝箱の隣に、縦横高さが数倍の大きさがある巨大な宝箱が出現した。
中身は100CCぐらい入る小瓶がたくさん入っていた。
ただ、異様に大きな瓶もある。
「この大きい瓶はなんだ?」
「どーん、50回分入る業務用エリクサー瓶ですー」
「何の業務だよ」
「なんだかエリクサーの価値が極限にまで下がった気がする言葉ですわ……」
リリシアが少し引き気味で言った。
俺も同意して頷くしかない。
「なんていうか、エリクサーに対する冒涜に近いな」
「業務用はお得ですゆえ」
それから俺とリリシアは瓶の蓋を取っては水に沈めてまた閉めた。
「リリシアは指眼鏡で時々水を見てくれ。いつエリクサーじゃなくなるのか知りたい」
「あ、はい! わかりました! さすがですね!」
そんな作業をしながらコウに尋ねる。
「他に何か相談したいことあったんじゃないのか?」
「そです。そーだんですー。二つめは、ダンジョンの改築はしないです?」
「ああ、ずっと変えてなかったもんな。コウ的にはもっと広くて階層の深いダンジョンの方がいいのか?」
「別に今でも問題なしです。通路でますたーに会えて嬉しいです。ただ、コアの広間に直接つながってる状況は、危険が危ないです」
「どうしてだ?」
「コア4つ持ちになりましたゆえ、そのうちダンジョンが攻めてくるです。敵ダンジョンが接続できるのは、コアのある階層の一つ上か、階層が一つの場合はコアのある広間の手前の部屋になるです」
「ん? 今、手前に部屋がないぞ?」
「王都の店か、森の屋敷が接続場所になるです。魔物あふれるです」
「ええ! それはやばい! そうだな、この広間の奥に、コウの部屋を作ってくれ」
「あいあいさー」
広間の奥に、扉のない部屋ができた。
そして傍にいたコウが、ヒュッと消えて、奥の部屋に移動した。
子機から声がする。
『見知らぬ天井だです』
「作ったばかりだからな! ここもそこも大して変わりないと思うんだが」
床も壁も天井も真っ白な石で覆われている。
天井の光は青白くて清潔に明るい。
『広間の両側、小部屋にするです?』
「今のところはいいんじゃないか。どんなダンジョンにするかも決まってないし」
『それが三つ目のごそーだんですー』
「ん? ダンジョンか……コウはどんなダンジョンがやりたいんだ?」
『前回は独力での動物系ダンジョンで失敗したのでー、おもてなし系ダンジョンしたいですー』
「おもてなし系?」
『そですー。ますたーと奥さんをもてなしてー、代わりにダンジョンやっつけてもらうです』
「まあ、それは俺たちの希望にも沿ってるし。こちらからもお願いしたいところだ」
コウの出した森の屋敷が快適すぎて、ホテルのスイートルームにすら魅力を感じなくなっていた。
風呂はいつでも入れて、シャワーもあるし。
湯船にジェットとかいう水が噴き出して背中に当たるのもあって気持ちいい。
その他キッチンも部屋も、素晴らしい機能満載だった。
すると隣で指眼鏡しながら片手でプチエリクサーを汲んでいたリリシアが言った。
「コウちゃん、お店番をしてもらう人か仕組みはありませんか?」
『それならば。人形ダンジョンがおすすめですー。人間さんそっくりな人形をつくれます。ティア2以上なら仕草や会話も人並み以上、ティア3以上で専門職も出せるですー』
「いいなそれ。強いのか?」
『人形は弱いです。同じランクならゴーレムが2倍強いです。しかも人形は材料の種類がたくさんいるです。ゴーレムは一種類でOKです。おもてなし用ですー』
俺は眉間にしわを寄せて考え込んだ。
――店番はしてもらえるのはいいが、手下モンスターが弱いと冒険に出られなくなる。
リリシアが難しい顔をしながら尋ねる。
「人間になれる、人間のふりができるモンスターのダンジョンはありませんか?」
『妖精、幻獣、天使。実はアンデッド系や悪魔系もできるですが、たぶん作った瞬間死ぬです』
「だろうな……にしても、天使。そんなダンジョンもあるのか」
リリシアがいっぱいいるダンジョンを想像してしまった。
怖いのか楽しいのかよくわからない。
いや、俺はリリシア一人だけを愛したいな。
そんなことを考えてると、リリシアが顔を曇らせた。
「作るの大変そうですわ」
『幻獣と天使は一体作るのにダンジョンコア1ついるです。たぶん運営無理です』
「それはきついな……うーん、何ダンジョンにするかはちょっと考えさせてくれ」
『あいさー』
その時、リリシアが声を上げた。
「あっ、ご主人様! 今、変わりました!」
「お、そうか。これは?」
俺は今入れたエリクサーを宝箱に戻す。
リリシアがうなずく。
「またエリクサーに戻りました!」
「業務用瓶1本に小瓶70本ほど……68リットルか。やっぱり無理だな」
「どうされました?」
「18リットルぐらいでエリクサーになるなら、人間用は無理でも家畜用とか騎竜用とか、使い道があるかと思ったんだが」
「さすがに多すぎますね」
リリシアが残念そうに首を振った。銀髪がふわりと揺れた。
俺は業務用瓶一本と、小瓶5本をカバンに入れて立ち上がる。
「じゃあ、コウ。残りは瓶詰めしておいてくれ。冒険者ギルドと奴隷商に行ってくる」
『あいあいさー』
「行くぞ、リリシア」
「はいっ」
俺が差し出した手に、リリシアが飛びついてくる。
そして手を繋いで王都へ続く通路を歩いた。
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