37.若返るためにできること(第二章プロローグ)
第二章開始です
森の中の朝。
爽やかな日差しと共に、小鳥が飛び交う。
俺は屋敷の寝室で目を覚ました。
ベッドの隣には最愛の美女リリシアが素肌を晒して眠っている。翼は出ていない。
朝の日差しを浴びて、張りのある肌が白く輝く。
寝顔はあどけなく十代後半に見える。起きると大人のような落ち着きと気品が出て、二十歳前半に見えるが。
……いったい実際の年齢は何歳なのだろうか?
ちょっと怖いので聞けそうになかった。
かわりに銀髪を枕に広げてすやすやと眠るリリシアの頭を撫でた。
さらさらの銀髪が指先に心地よい。
――と。
リリシアが「んぅ」と可愛くうめいて目を開いた。
睫毛の長い、すみれ色の瞳が俺を見る。
「あぅ……おはよぅござぃます。ますたぁ……」
「おはよう、リリシア」
「すぐに、朝食作りますね……ひゃっ」
起き上がろうとしたリリシアの、薄い腰に手を回して抱き寄せた。
すべすべした曲線と密着する。きめ細やかな柔らかさを全身で感じた。
「その前に、ちょっと相談したい」
「ぁう……な、なんでしょうかご主人様?」
リリシアが俺にもたれかかりつつ喋る。息が肌にかかってくすぐったい。
「昨日言った、リリシアとずっと一緒にいるために2億5000万ゴート貯めるというのは本気だ」
「は、はいっ。嬉しいです」
リリシアがなだらかな頬を染めつつ俺の胸に頬釣りする。とても可愛い。
「ただ、冒険者が稼げる職業だとはわかったが、約百万稼げるヘルリッチがこの世に250体もいるとは思えない」
「ですね。いたとしても依頼になるかどうかは別ですから」
「ああ、そうだな」
もともと人があまり近づかない場所に凶悪なモンスターが現れた場合、困ってる人が少ないので冒険者に依頼は出ない。
出ても激安で誰も受けない。
そのため倒しに行くとすれば、勇者の仕事だった。
国民の税金を使用するので経費的に赤字でも討伐できる。
――だからほぼ慈善活動になるんだが。
逆に街の近くにドラゴンが出たとか、村の畑をゴブリンに荒されるなどの実害が多く出ている場合、冒険者ギルドに相場で依頼が入る。
リリシアが甘えるように頬擦りしながら言う。
「ダンジョンを攻略してはどうでしょうか? ギルドの皆さんでわけても200万ぐらいになりましたし、ご主人様だけで攻略すればもっと大きな稼ぎに……」
「うーん。確かに500万~3000万にはなるようだが……でも肝心のダンジョンコアはコウが使うだろ? それにダンジョンコア破壊禁止のダンジョンもあるしな」
「そうなのですか……お金を稼ぐって難しいですね。あ! でしたらコーデリアさんに若返り薬の材料を聞くというのはどうでしょう? 自分たちで材料を集めれば安くなりそうです」
「それも考えたが、無理だろう。億単位の金が稼げる秘術をそうほいほいと他人に教えるとは思えない。たとえ『材料だけだ、他人には公言しない』と誓ったとしても」
「た、確かに……もしわたくしが研究して自分で作れるようになってしまったら、コーデリアさん商売にならなくなりますものね」
「その通りだ……はぁ。手っ取り早く金が欲しいな。いや、金を稼ぐ手段が欲しいな」
俺は溜息を吐いた。
リリシアが俺を慰めるように体を押し付けてくる。大きな胸が柔らかく潰れた。
「せっかくお店がありますし、何か売ってみても?」
「任務品以外に何か売るか……といっても無駄に余ってるものなんて、俺の聖波気ぐらいだな」
はっと顔を上げるリリシア。
銀髪がはらりと垂れて朝日に光った。
「それは……ひょっとしたらいい考えかもしれません」
「ん、どういうことだ?」
「聖波気でポーションを作ってはいかがでしょう?」
「ポーション? 治癒師が作れるのか?」
俺の疑問に、リリシアが眉間に可愛いしわを寄せつつ話した。
「一から作るのはわたくしでも無理ですが。ご主人様の聖波気を応用すればできるかなと思いまして。回復魔法を常時発動してるとルベルさんが言われてましたので、ポーションや聖水を作るときに使う無空水に聖波気を込めれば、ヒールポーションになりそうです」
「そんなものがあるのか。俺の聖波気で効果があるのか微妙だが……エンプティウオーターとやらは、手に入るのか? 高かったら意味ない気がするんだが」
「魔道具屋や薬屋で買えますわ。ポーションより安いです。ただ、魔法や魔力を込める時に漏洩というか、低減といいますか、効果が減ってしまうので。高回復を唱えても、運が良くて普通のヒールポーションぐらい、失敗だとほとんど回復しないポーションになります」
リリシアがはきはきとした口調で答えた。
俺は少し悩んだが、頷く。
「うまくいけばいいが……まあ、一度試してみよう」
「はいっ。何か容器を持って行きましょう」
俺はもう一つの問題に気が付いてリリシアの背中を撫でつつ顔をしかめる。
「しかし本格的に店をするとなると、店番がいるな……秘密が多すぎるからまた無条件奴隷を買うしかないか……」
――何でもしていい無条件奴隷は、それだけ高くなる。
条件奴隷だって他言無用にはなるが、期間が短い。
まあ、一番の問題は、あの奴隷商は信用ならないってことだが。
するとリリシアが細い指先で俺の肌をなぞりつつ言った。
「コウちゃんに相談してみるのも、よいかもしれません」
「そうだな。帰りにでも聞いてみよう……店はダンジョンの一部になってるしな。じゃあ、朝食食ったら、冒険者ギルドに行くか」
収入の多い任務依頼が入っている可能性があるので、毎朝それをチェックしてみるつもりだった。
「はいっ、ご主人様! 今すぐ用意しますね」
リリシアがするりとベッドから抜け出した。
均整の取れた裸体の上にローブを一枚羽織って部屋を出て行く。
そんな何気ない仕草すら絵になる美しさ。
俺はベッドの上を手で触りつつ、愛おしい残影を求めて撫で続けた。
◇ ◇ ◇
朝食を食べて冒険者の格好に着替ると、コウのダンジョンを通って王都へ向かった。
青白い光が照らす、清浄な通路。
途中にある広間までくると、直径1メートルほどの白くて丸い球体が話しかけてきた。
「ますたー、おはよーです」
「おはよう、コウ。今日の夜、ちょっといいか?」
「その前にますたー、ますたー」
球体の表面に青い光を走らせて頼みごとをしてくる。
「ん? どうした?」
「魔力ほしーです」
「ああ、わかった。――でも今100%だぞ?」
「もっとですー」
「わからないがわかった」
1メートルぐらいの丸い玉であるコウの表面に手を当てて俺の魔力――聖波気を流し込んだ。
ぐんぐんと数値が増えていく。
200%を過ぎて500%を超え、1000%でようやくピコンピコンと変な音が鳴って止まった。
コウがピカピカ光って喜ぶ。
「レベルアップしたですー。これでダンジョンレベルが10になったですっ!」
「よかったな」
どんな意味があるのかわからないが、コウが強くなってくれると生活環境が良くなるので単純にうれしい。
リリシアも笑顔で褒める。
「よかったですね、コウちゃん」
「はーい、ありがとですー。ますたーと奥さんのおかげですっ」
「じゃあ、行ってくる。何かあったら子機で連絡してくれ」
俺とリリシアが王都に通じる通路へ向かおうとすると、コウが慌てて球体の表面を光らせた。
「ああ~、まだ待ってですー。いろいろとご相談いたしたいです」
「おっ、コウから相談なんて珍しいな。なんだ?」
「みっつあるです。まず一つめ。吸った武器防具はどうするです?」
王都東のダンジョンに潜った時、最下層でやたらと武器防具が落ちていたのだった。
全部子機で吸ったのだが……。
「全部ダンジョンの材料にしてくれていいぞ?」
「聖剣もです? 壊れてますが、作り変えてますたーが使用しても?」
――お! ついに俺も……いや、聖剣って確かマリウスが使ってて折れた剣か。
俺は一瞬欲しくなったが、なんとなくマリウスのお古は使いたくなかったので、肩をすくめて言った。
「ああ、別にいらない――って、そうか! コウはちっちゃくてもダンジョンだから、宝箱の中身をいろいろ作れるのか!」
「そーなります。防具もアイテムも元の材料になるものがあればー、できるです」
俺はリリシアを見た。
リリシアがすみれ色の瞳に真剣な光を宿して頷く。
「コウちゃん、無空水は作れますか?」
「できますですよ? 水と魔力で作れるです~」
「おお! それならタダ同然だな」
「素晴らしいですわ……ちなみにポーションは?」
「水と薬草があれば。しかも今ティア4のレベル10なので、ヒールポーションを作ればハイヒールポーションに。そんな感じになっていくです」
ちょっと得意げに球体の表面を光らせた。
俺とリリシアが笑顔になって頷く。
「店の売り物、いっぱい作れそうだな」
「はいっ、ご主人様! これは繁盛しそうですっ」
「じゃあ、まずは無空水を作ってくれ」
「はーい。お安いごよーです」
球体の表面に青い光がチカチカと走った。
そしてコウの斜め前に、ぼふっと煙とともに宝箱が現れた。
ダンジョンでよく見かける、木の箱を鉄の縁で補強した箱。
ふたの部分が丸くなっている。
開けると中にはなみなみと無色の水が入っていた。
――が、水面が揺れると少し青く光った気がした。
コウが「むむ?」と変な声を出した。
俺は構わず無空水を見る。
「おお、これがそうか……やはり特殊な水みたいだな」
「これに手を入れて力を込めるといいはずです」
「やってみよう」
服の袖をまくってから右手を水に浸けた。
それから手に力を込める感じで、右手に意識を集中させる。
「ハァッ!」
――カッ!
その瞬間、部屋が青白い光に満ちあふれた。
爆発のような光に、眩しくて目が開けていられない。
「うわっ!」
「きゃあっ!」
リリシアの悲鳴に驚いて振り返る。
けれど視界が光で奪われて何も見えない。
「大丈夫か、リリシアッ!」
「は、はい。なんとか……何も見えなくなっただけです」
「そうか。実は俺もだ」
――まさかヒールポーション作りが、こんなに激しいものだとは夢にも思わなかった。
次回から気を付けなければ。
「こんなことなら手を繋いでおけば良かったですわ」
リリシアが悲し気に溜息を吐きながら言った。
俺も何も見えない中で頷く。
「そうだな、俺もだ。美しいリリシアが見れなくなるなんて最悪だ」
「ま、ご主人様……嬉しいですっ。触れ合えないのが残念です」
「あっ、指眼鏡なら俺の居場所がわかるんじゃないか?」
「そうですね! さすがご主人様です! やってみま――えええええ!」
少し白色が落ち着いてきた中で、リリシアの悲鳴みたいな驚愕の声が響いた。
新章始まりです。
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次話は明日更新。
→38.驚きの白さ




