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36.新たな誓い(第一章エピローグ)


 月の明かりが照らす、夜の森。

 最初に立てた『生き延びる環境を作る』という目的を成し遂げた俺は、リリシアとともに森の屋敷に帰ってきた。

 

 快適な屋敷は出来たし、コウを脅かすダンジョンも退治した。

 コウのダンジョンへとつながる入り口である、王都の店も復旧した。

 冒険者として金を稼いで行けることもわかった。

 当面の目標は達成した。

 


 先行きの不安がなくなった俺は、リリシアの作ったおいしい夕食を取った後、静かな屋敷の寝室でリリシアと愛し合った。

 ベッドの上で優しいキスをして、柔らかな体を抱きしめる。


「お前がいてくれて本当によかった、リリシア」


 リリシアが頬を染めて、切ない声で喘ぐ。


「ああ……ますたぁ……でも、よかったのですか?」


「なにがだ?」


「勇者に復帰するチャンスでしたのに」



 俺は豊かな銀髪に口づけをしつつ、愛おしく抱きしめる。


「いらないな。勇者に戻ると、奴隷は手放さなくてはいけない。この世で一番大切なものを手放すぐらいなら、今のままでいい……いや、今のままがいい」


「ますたぁ……嬉しいですっ」


 リリシアがこの世のものとは思えないほどの笑顔に喜びで頬を染めて、ぎゅっと抱き着いてくる。


 もちろん、それだけでは終わらず、もっと深く愛し合う。

 何度も愛し合う。

 お互いのぬくもりが溶け合うほどに、何度も。


 ――リリシアと一生離れない。ずっと一緒にいてやる。

 幸せの声を上げさせながら心に誓った。



 だが――。

 一糸まとわぬリリシアが大きな胸を反らして、翼をバサッと広げて感極まった声を上げた。


「ああ――っ!」


 その時だった。

 リリシアの身体が、俺の手の中からするりと抜けて浮かび上がった。

 均整の取れた輝くような裸体を晒し、天井近くをふわふわと漂う。


 いつしかリリシアの背中にある翼が曇り一つなく真っ白に変わっていた。


「え!? ――リリシアっ!」


 俺は激しい焦燥にとらわれた。

 まるでリリシアが天に昇ってしまうかのように思われて。


 思わず俺は、浮かぶリリシアに飛びついた。

 彼女の薄いお腹に顔をうずめて懇願する。


「待ってくれ! 行かないでくれっ!」



 するとリリシアは慈愛に満ちた、光るような笑みを浮かべて見下ろした。


「ご主人様……行きませんよ。わたくしはまだ、どこにも行きません。今はまだ、ご主人様の隣がわたくしの居場所ですから」


「リリシア――ッ!」


 俺は泣きそうなほど顔を歪めて、ますますしがみついた。

 彼女の言葉とは裏腹に、存在自体が遠くなった気がする。

 ――毎晩、大量に聖波気を与えた結果、ついに天使に戻ったのか……っ!


 不安と安堵が交互に訪れて、抱きしめていないとどうにかなってしまいそうだった。

 頬に当たるすべすべした素肌の感触と、柔らかな体温の優しさだけが不安を癒してくれる。


 ――まさか! 勇者を助けるという使命を終えたから、天に帰ろうとしているのか!?

 いやだ! 手放したくない――失いたくない――! ずっと傍にいて欲しい!


 そこまで考えたとき、俺は一番大切なことを告げていなかったことに気が付いた。

 もう心を通わせていると一方的に思い込んでた。

 言葉で伝えていなかった。



 俺は焦りに駆られて、彼女の顔を見上げて必死に懇願した。


「リリシア――お願いがあるんだ!」


「なんでしょう?」


「好きだ」


「え?」


「大好きだ!」


「ご、ご主人さまっ!? ――は、はい……っ。わたくしも大好きですっ」


「一生かけて幸せにするから! 俺と結婚してくれ! ずっと傍にいてくれ! 愛してる!」


 リリシアは嬉しさと寂しさの笑顔を浮かべながらも、俺の頭を優しく撫でてくれた。

 その指先が心地よい。


「…………」


 だが、答えてはくれなかった。

 歓喜の笑みに悲しみの涙を浮かべたまま、約束はしてくれない。


 ――やはり、そういうことか……。

 きっと、すべてを思い出したに違いない。



 しばらく彼女の華奢なお腹に顔をうずめていたあと、俺は尋ねた。


「そうか。使命を果たしたら、リリシアは天に帰ってしまうんだな?」


「……ごめんなさい、ご主人様マスター


「ずっといてくれ、リリシア……」


 力なく震える俺の言葉に、リリシアは悲し気な頬笑みを浮かべる。


「本当の使命を達成したら、その時は……神の決めたことには逆らえないのです」


「リリシア……」


「ごめんなさい……わたくしもできることなら一緒にいたいです。ずっと一緒にいたいです。ご主人様から離れたくないですっ」


「リリシアッ!」


 ぎゅっと抱きしめる。

 リリシアも目の端に涙浮かべながら、強く抱きしめてくる。


「今はまだ、大丈夫です……まだ」


 それが叶わない夢だとわかっていても、それでもずっと一緒にいたい……。


 しばらくそうして抱き合っていた。



 それからどちらからともなく手を離して、寄り添ったままベッドの端に腰を下ろした。


 長い間、無言だった。

 素肌に触れるリリシアの翼がふわふわとくすぐったかった。

 そんな感触すら、なぜか悲しかった。


 でも、無言のままではいられない。

 もう聞くしかなかった。



 俺は諦めの気持ちか、一縷の望みをかけてか、リリシアに尋ねた。


「……リリシアの本当の使命って、なんだ?」


「――魔王討伐ですわ。ご主人様」


「魔王……世界を滅ぼす魔王が出現するっていうのか……」


 魔王なんて怖くはなかった。

 ただ、倒すことによってリリシアを失ってしまうことだけが怖かった。



 リリシアは悲しげに長い睫毛を伏せて俺に寄り添う。

「はい……そこで、25年前、14歳になった勇者を補佐するためにわたくしが遣わされました。5年後に復活する魔王を倒すために」


「そうだったのか……ん? その5年後って言うのは、今からか? それとも14歳の5年後19歳のときか?」


「19歳の時のはずです。今から20年前です……ん?」


 お互い顔を見合わせた。

 リリシアは大きな目をぱちぱちと不思議そうに瞬いている。



「でも、それから20年間、魔王が現れたなんて話、聞いたことがないぞ?」


「勇者さまでも、ですか?」


「まったく知らない。魔王がいたら真っ先に討伐を命じられるはずだ、俺は」


「ですよね……? あれれ、おかしいですね?」

 リリシアが首をかしげる。白い肌の上に銀髪がさらりと流れた。



 俺は嫌な考えが脳裏をよぎって、顔をしかめる。

「まさか……知らない間にもう倒してしまったとか……? ゴブリンのように」


「いえ、さすがにそれは……魔王はモンスターランクで言えばSSランクに相当します。ご主人様の膨大な聖波気の中でも普通に行動できるはずです。また、倒していたのなら、出会う前にわたくしは天に帰っていたでしょう」


「ということは……魔王はいるが、隠れている、と」


「その可能性が高いです」


「魔王らしい活動も一切していない、と」


「そうなります」


「ふむ」

 俺は口に手を当てて考える。


 ――何も悪いことをしていないのなら、別に倒さなくてもいいんじゃないか?



 考え込んでいると、裸のリリシアがしなだれかかるように寄り添ってきた。大きな翼が優しく包み込む。

 俺の耳に口を近づけて、妖しい秘密をささやく。


「ご主人様……今わたくし、とても悪いことを考えてしまいました……」


「安心しろ、堕天使。たぶん同じ考えだ」


 リリシアを見ると悪戯をした子供のように、ふふっと微笑んでいる。


「魔王が悪さを始めるまでは、今のままでよろしいのではないでしょうか?」


「俺もそう思った。20年、何もしていないなら、今後もしない可能性が高いしな。……リリシアとずっと一緒にいたいんだ」


 俺は手を伸ばしてリリシアの華奢な体を、ぎゅっと抱いた。大きな胸が肌に押し付けられて柔らかく潰れる。


 俺の腕の中で彼女はなだらかな頬を染めた。



「はいっ、ご主人様マスター。わたくしもです」


「リリシア――俺の堕天使でいてくれっ」


 俺はリリシアを抱き寄せて唇を重ねた。

 リリシアはすみれ色の瞳を潤ませて、喜びの声で俺を呼ぶ。


「んぅ――はいっ、ますたぁーっ! ずっと一緒に――あぁっ!」


 リリシアを激しく愛しながら、ふと思う。



 だいたい、もう俺は勇者じゃないんだ。

 魔王退治なんて別の勇者に任せておけばいい。


 俺のやるべきことはただ一つ。


 一秒でも長くリリシアと一緒にいること!


 そのためには――。



 リリシアの華奢な裸体を抱き締めながら叫ぶ。


「リリシア! 俺は2億5000万貯めるぞ! リリシアぁ――っ!」


「えっ――それは! 若返り――あぁっ!」


 銀髪を乱して俺にしがみつく。細い腕に力を込めて、背中に爪を立ててくる。


「ああ、ずっと一緒にいるためだ! 絶対金を溜めて、若返ってやる! 何度でも! リリシアを妻として愛し続けるために!」


「ますたぁぁぁ――っ!」


 悲鳴のように可愛い声を上げて、リリシアは今までで一番激しく乱れた。



 そして一番だと思っていたが、その夜の間、何回も一番可愛いリリシアは更新され続けた。


       ◇  ◇  ◇


 一方そのころ。

 赤い空と黒い大地に覆われた不気味な魔界。


 魔界の中央にある魔王城は半壊していたが、内部は完璧に修繕されていた。

 玉座の間には、黒髪黒目に黒いマントを羽織った目つきの鋭いギザ歯の男が玉座に座っている。

 溜息を吐きながら邪竜王から送られてきたレポートを読んでいた。


「はぁ? Aランクの邪悪海竜イビルサーペントに近づいただけで半死半生のダメージを与えただと……? その後、持続的な聖属性ダメージも確認、か。――我輩と戦った場合の最新のシミュレーション結果は……出会った直後に生命力の8割のダメージを喰らい、すべての魔道具と補助魔法は効果を失う。その後3分間は行動不能に陥り、動けるようになっても1分に一回攻撃ができればいいほう。その間も特大の聖属性ダメージが入り続けて、99%何もできずに5分以内に惨殺される、か」


 魔王はうつろな目で天井を見上げ、レポートを握りつぶす。


「――なんなんだ、この強さは。我輩だって鍛錬して、この間SSSランクにようやく到達したんだぞ? もう反則ってレベルを超えて頭おかしいレベルに達しとるぞ、勇者アレクは……これで真の覚醒までしたらどうなるんだ……はぁ、まだ39歳か」


 魔王は額に手を当てて、また溜息を吐く。


「復活してから二十年。一切魔王らしい活動をせずに存在をひた隠しにしてきた……人間の寿命は50年、あと10年も隠れて生活するのか……早く死んでくれないか……」



 何も指を咥えて引きこもっているだけではなかった。

 過去には当然、暗殺部隊を送り込んだこともある。

 毒殺しようとしたこともある。


 しかし部隊は近づいただけで消滅。

 強い奴を送り込んだら、まともに動くこともできず瞬殺。

 川や井戸に毒を流しても、勇者が近づくだけで浄化されて聖水になってしまう。


 もう、寿命で死んでもらう以外、対処法がなかった。


 うまくいったのは邪神がやった、導きの天使を記憶喪失にして勇者と出会わせず、真の覚醒をさせないことだけだった。



 すると魔導師のローブを着た小柄なゴブリンが、長い裾を引きずりながら玉座の間に駆け込んでくる。

「魔王様! 大変でございます!」


「どうした? 勇者アレクでも来たのか?」


「そのアレクが、勇者をクビになりました!」


「なんだと! つまり世界中を出歩かなくなるということだな!」


「そうであります、魔王様! おそらく魔界へ来る可能性は限りなく低くなるでしょう!」


 魔王は立ち上がって笑った。二十年ぶりの高笑いだった。


「ふはははは! 苦節二十年! ようやく運が向いてきた! これでアレクが寿命で死んだら、その時こそ世界を我輩の手で染めてくれるわ! そのための準備をこっそりと始める――だが、大魔導ゴーブよ、うかつに気を緩めるでないぞ! 魔王が復活していることは決して悟られるな! 配下の者たちにも人間に決して危害を加えるなと通達しろ! あと十年の辛抱だ! ふははははっ!」


「はい、魔王様!」


 ゴーブと呼ばれた魔導師ゴブリンが顔を輝かせて返事した。

 魔王の高笑いは玉座の間だけでなく魔王城の隅々にまで響き渡った。



 ――でも彼はまだ知らなかった。アレクの新しい目的を。


 そして魔王が持つ錬金術の集大成である『賢者の石』が、若返りの薬に必要なことを。


『おっさん勇者の劣等生! ~第一章「元勇者、生存編」了』

逃げて。魔王様逃げて。


というわけで第一章終了です。

ブクマや★評価での応援、本当にありがとうございました!

おかげでめっちゃ、やる気出ました!


もしここまで読んで面白いと思った方は、↓の広告の下にある星評価★★★★★をくださいまし!

つまらなかったら★1でも構いませんので!


感想や誤字報告も助かりました! レビューもありがとうです!

……さらにレビューも貰えたら嬉しいな(さすがに要求しすぎですね)


でもでも、日間1位も取れたし、読者の皆さん本当にありがとうございました!

二章は出来るだけ早く投稿したいです。

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― 新着の感想 ―
[一言] 自分の読んだ小説の中で最高傑作のひとつになりました。最高にありがとうございました。しかもまだ続きがたっぷりある、信じられません。
[一言] 逃げて!魔王様逃げて!魔王様ゴブリン並みに簡単に殺されちゃうよ!早く逃げて!
[一言] 勇者の垂れ流し、どんだけ〜〜〜!!!
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