35.ルベル怒りの説教
本日更新2回目
夕暮れによって赤く染まる王城の中庭。
罪を明かされ罰を言い渡されたマリウスは、暴れようとした。
そのため、ギルドマスターのルベルに蹴り倒された。
後ろ手に縛られたマリウスが倒れたままの姿勢で、金髪を乱して睨み上げる。
「何をするんだ!」
「バカにお仕置きをしただけだ。アレクがどれほど優秀な勇者だったかを知らずに、罠にはめて追い落とすとは。許されない行為だ」
「は? アレクが優秀? 何を言ってるんですか? 討伐数の付け替えがなくても、パッとしない勇者だったじゃないですか!」
「ほう? アレクは勇者を辞めて一週間で、王都を騒がしていたヘルリッチを倒し、巣作りを始めたワイバーンを倒し、ダンジョンの侵攻を発見、攻略したぞ? 勇者を辞めた後でもよっぽど勇者をやっている。誰かさんよりもな」
地面に座り直したマリウスが、初めて中庭の隅にいる俺を睨んだ。
「お前が! お前がワイバーンを! 僕を貶めるために手柄を奪ったな! どこまで僕の邪魔をするんだ!」
「違う。偶然だ。だいたいBランクのワイバーンぐらいの手柄なら、別のAランクを倒せばよかっただろ」
「ぐ……っ!」
俺の言った正論に、マリウスが呪い殺しそうな目つきで睨んできた。
だがルベルが赤髪を手で払いつつ言う。
「いつも手柄を奪ってきたからそういう発想になる。自分がやってることは他人もするだろうと考えるからな」
「……っ!!」
マリウスは顔を真っ赤にして視線を逸らした。
「それにな。剣で聖波気を補うお前では絶対できないことがある」
「は? なんですかそれ? 僕ほど勇者魔法を使いこなせた者はいないはずですよ? アレクなんか一つも使えなかったじゃないですか!」
「そう。一見アレクは魔法が使えなかったように見える。でも、実際は違う。アレクは勇者魔法を常時発動中だったから、使用しても効果が発動していないように見えただけだ!」
「な、なんですって!?」
「なんだって!?」
「マジで……?」「嘘でしょ!?」
マリウスだけじゃなく、俺もみんなもリリシアすら驚いていた。
「おそらく。パーティーヒールと魔力供与、魔物退散と魔物撃滅、あとは魔法低減の効果もありそうだな」
「な、なぜそんなことが言えるんですかっ」
マリウスが声を裏返しながらも虚勢を張って言った。
ルベルは、フッと鼻で笑う。
「わかるよ。私も同じタイプだからだ」
「え?」
「私は忌み子なんだよ。見てみろ――封印解除」
ルベルがじゃらつかせた装身具――人差し指の指輪を抜いた。
その瞬間、人差し指から赤い炎が噴き出した。
さらに指輪を外していくと、次々と指が燃えていく。
しまいには手のひらがたいまつのように燃え上がった。
炎の光に照らされた顔に、強烈な笑みを浮かべてルベルが言う。
「私は生まれながらにして膨大な魔力を持っていた。指輪を外しただけでこれだ。すべての封印アクセサリーを外すと、半径500メートルが灼熱地獄と化す。だからこそ、アレクも聖波気で同じことをしていると推測できるんだ」
「へぇ、それの勇者版だって言いたいんですか? でも結果を残していない時点で宝の持ち腐れじゃないですか?」
「まぁ、普通の人ならそう判断するだろうな。だが、多くの人が知らない事実がある。それは、彼が勇者になってから一度もSランクモンスターが出現していないことだ」
「そんなこと……偶然でしょう?」
女僧侶が青い髪を揺らして胸を張る。
「いいえ。他国の勇者や勇者候補の記録も調べました。アレクさんが勇者になってから、一度もSランクは出ていません。だから誰も倒していません――いや、一人だけ……」
ルベルがニヤリと笑う。
「そう。この三十年でSランク級モンスターを倒したのは私だけだ。古代遺跡の奥に眠るSランクのエンシェントギアゴーレムを見つけて退治して証拠を持ち帰り、私はSSランク冒険者として認められたんだ」
「そ、そんなの、物的証拠とは言えない……」
「ああ、言えないな。ただの主観だ。でもな、Sランクモンスターを倒すため、十年以上かけて世界中を探し回ったんだぞ? 個人的な理由で、どうしてもSSランクになりたくてな。それなのに一匹も見当たらなかったんだ。それで気が付いたんだよ。アレクが膨大な聖波気を放出しているから、Sランクが出てこなくて、世界は平和なのだとな! ――というわけで聖波気を出していない偽者のお坊ちゃんに、アレクの代わりは絶対に務まらん!」
もう一度ルベルはマリウスを蹴り飛ばした。
ぐぅっ、と悔し気に呻いて白砂の上を転がる。
王様が、溜息を吐くと手を上げた。
「罪人を、ひっ捕らえて連れてゆけ」
「「「ははっ!」」」
壁際にいた兵士たちが駆け出して、マリウスを引き起こし、大臣を囲んで連れて行った。
マリウスは最後まで叫んでいた。
「僕が! 僕にこんなことをして! 許さないぞアレク! ――僕は優秀なんだ! 何でも一番じゃないとおかしいでしょう! もっと褒め称えろぉ! ――うわぁぁぁっ!」
最後は子供のように泣き叫びながら引っ立てられていった。
どこまでも情けない姿だった。
静かになる中庭。
王様が、まるで孫を見るおじいちゃんのような優しい顔をして、俺を見ていた。
「さすがアレクじゃの。勇者を辞めてもまだ勇者をするとは……そなたこそ、まことの勇者じゃ。守ってやれず、すまなかった」
「いえ、いいんです。もう終わったことなので」
王様は初めから俺のクビには否定的だったから、恨んではいなかった。
だいいち王様がこっそり慰労金を十倍にしてくれなかったら、リリシアと一緒になることもできなかった。
「それでじゃが。アレクよ……勇者に復帰はしてもらえんかね?」
――まあ、次にそう来るとは思っていた。
俺は横にいるリリシアを見た。
嬉しそうに、寂しそうに、すみれ色の瞳で俺を見ている。
俺は首を振ると王様を見た。
「すみません。もう終わったことなので……それに、勇者時代はなにかボタンをかけ間違えているような気がしていました。今は――」
俺は手を伸ばしてリリシアの手を握った。
彼女は驚いて白い修道服を揺らしたが、熱く握り返してきた。
なぜか女僧侶と女魔法使いが、溜息とともに「あぁ……っ」と悔しそうな悲鳴を上げた。
俺は気にせず、王様をまっすぐに見て口を開く。
「今は、すべてが噛み合っているように感じています。今のままで十分です」
「そうか……長い間、世話になったな……今後はどうするのじゃ?」
「自分のできることや、したいことをして、生きていこうと思います」
「そうか……頑張っておくれ。……たまには城に顔を見せに来て欲しいがの」
「はい、わかりました。――それでは、失礼します」
俺は頭を下げると、リリシアと手を繋いだまま中庭を後にした。
城の廊下を通っていると、後ろから小さな足音が駆けてきた。
振り返ると女僧侶だった。青い髪と聖職者のローブを揺らして傍へ来る。
「アレクさん、ごめんなさい。私がもっと早く気が付くべきでした」
「いや、いい。まさか勇者が不正を働くなんて普通は考えないものな。上辺だけはいい奴だったし」
「それでも、ごめんなさいっ」
女僧侶は勢い良く頭を下げた。青い髪がさらりと垂れる。
俺は困って頭を掻きつつ言った。
「顔を上げてくれ。むしろ調べてくれて助かったぐらいだ。俺がやろうとしたら何十年かかったか、わからないしな。ありがとう」
「アレクさん、優しい……こちらのかたは?」
女僧侶が悲しそうな目でリリシアを見る。
リリシアは悠然と微笑んで俺の隣に寄り添う。
「名前はリリシア……その、俺の大切な人だ」
「そう、ですか……どうかお幸せに、アレクさん。……それと、アレクさんはいい人ですけど、抜けてるところがあるというか、愚直すぎるところがあるので、気を付けてくださいねリリシアさん」
「ええ、わかっております。ご主人様を大切に支えてみせますわ」
リリシアが、にっこりと余裕を持って微笑んだ。
その答えに女僧侶はがっくりと肩を落とす。
「アレクさんといると、いつもほっとして落ちつけてよかったのになぁ……残念」
「俺の漏れてる聖波気に癒しの効果があったのかもな。それじゃ、いろいろありがとうな」
「また――いえ、ごめんなさいとありがとうございました! さようなら、お二人ともお元気で!」
女僧侶は笑顔で手を振った。でも泣き顔をこらえているように見えた。
俺たちもお別れを言って、城を後にした。
夕暮れ時の王都。
家に帰るため店に向かう。
すると街中を歩く間、大きな胸を押し付けるようにリリシアは寄り添ってくる。
とても楽しそうで、足取りが軽い。
「ふふっ。わかる人にはご主人様のすばらしさが伝わっていたようですね」
「俺はもうリリシアだけに伝わってればいいけどな」
「ますたぁ……嬉しいです」
夕日を浴びるその美しい横顔は、天使のような微笑みに満ちていた。
一回目のざまぁ終了です。後日譚が一話ほど。
日間は2位。ブクマと★評価、本当にありがとうございます!
次話で第一章エピローグです。夜か明日更新。
→36.新たな誓い