33.混沌竜の叫び
本日更新2回目
俺とリリシアはらせん階段を降りてダンジョン30階に着いた。
通路が広く天井が高い。なにか今までと違って立派なダンジョンだった。
――大きなモンスターでもいそうだ。
しかも階層全体からガラガラと金属が転がる、不気味な音が反響した。
そして階段の部屋から一歩踏み出すと、どこか遠くで「ピギャ」と変な声が聞こえた。
カエルを踏み潰したみたいな音。
――魔物だろうか?
疑問に思っていると、隣に来たリリシアが顔をしかめつつ白い翼を広げた。
「何か、とてつもない邪悪な気配がします……」
「そうなのか? 俺は何も感じないが、さすがは天使だな。――とりあえずエドガーを探してくれ」
「はいっ、ご主人様! ――闇魔力探知!」
バサッと白翼を広げると、リリシアを中心に白い光が波紋となって広がっていく。
白い羽もその波に乗って消えていく。
しばらく物音を聞くかのように目を閉じていたが、突然すみれ色の瞳を輝やかせて開いた。
「あちらに人の気配が! 重傷ですが、まだ生きています!」
「そうか! 急ごう――罠は?」
「なかったです!」
「よし!」
俺とリリシアは駆け出した。
広い通路を走り、角をいくつも曲がる。
階層の端に向かっている気がした。
剣を抜きながら尋ねる。
「それで邪悪な気配の敵はどのへんだ?」
「それが……邪悪なオーラはまだ残っているのですが、肝心の敵自体はこのフロアにはいませんでした」
「え!? ミスリルゴーレムいないのか?」
「ゴーレムはいましたが、どれがミスリルまでかは……」
「わかった。エドガーを助けてから一度戻ろう」
「はいっ――ああ!」
さらに通路をいくつか曲がると、リリシアが悲鳴を上げた。
血まみれのエドガーが壁にもたれて死にかけていた。
リリシアが翼を出したまま駆け寄り、ポーションをお腹の穴に注ぎつつ回復魔法をかける。
「迎えに来ましたよ、エドガーさん! ――全回復! 気をしっかり!」
強烈な白光がエドガーを包む。
しかし彼は力尽きたかのように、その場へ崩れ落ちた。
はっと息をのむリリシア。
俺も近寄って彼を抱き起こす。
しかし、息や脈を調べると気絶しただけだった。
俺は、ほっと息を吐く。
「間に合ったみたいだな」
「よかったですわ、ほんとに……。あの子たちの命の恩人ですもの」
リリシアは大きな胸に手を当てて微笑んだ。細めた瞳には喜びの涙が浮かんでいた。
それから俺はエドガーを背負って来た道を戻った。
荷物はリリシアに持ってもらう。翼はしまっていた。
らせん階段を上ると子供たちが出迎えた。
血まみれのエドガーを見て泣き出してしまう。
「エドガー隊長!」「隊長!」「エドガーさん!」
「大丈夫だ。生きてるよ。回復魔法が間に合った」
「よかったぁ~!」「アレクさん、ほんとにありがとぉ~! ……うえーん!」「うわぁぁん!」「ありがとうごじゃいましゅ~! ありゃりゃくさぁ~ん!」「よかったよぉ、たいちょ~!」
子供たちはエドガーに抱き着いて、わあわあ泣いた。
俺は肩をすくめつつ、らせん階段へ向かう。
「泣くのもほどほどにな。エドガーをそこまでにした奴を倒してくるよ」
「は、はいっ」「お気をつけてぇ!」「きっと、とても強いよっ」
「拠点へ戻るのが難しいなら、わたくしたちの帰りを待っていてくださいね」
「「「はいっ」」」
リリシアの言葉に泣きながらも元気よく返事した。
そして俺たちはまた30階へ戻った。
広い通路を歩きながら俺は剣を抜き、リリシアは翼を出す。
「さて、強敵ミスリルゴーレムはどこにいる?」
「さっき見たとき、左奥の方に宝箱と幾つかの魔物、それと丸っこいものがありました。おそらくゴーレムとダンジョンコアでしょう」
「よし、警戒しながら行くぞ。罠の発見は頼む」
「はいっ、ご主人様!」
罠はほとんどなかったので、さくさくとゴーレムを倒していった。
粘土、石、岩のゴーレムは足をまず粉砕してから、胴体を切断。
ゴーレム核を取り出して破壊。
アイアンゴーレムは核を破壊して、鉄の体を子機で吸い取った。
全身が銀色に光るミスリルゴーレムも見つけた。
さすがに固くて苦戦するかと思ったが、ひじやひざの関節から異音を発して動きが遅かった。
それに勇者の剣技スキルがうまくやれば通用した。
コアのある胸の辺りを場所をちょっとずつ削りつつ子機で吸い取り、胸板が薄くなったところでコアを破壊してあっさり倒した。
というかゴーレムしかいなかった。
弱いゴブリンなど最下層に配備はしないのだろう。
また通路には、なぜかまだ使えそうな剣や鎧や盾や杖が散らばっていた。
――冒険者が捨てていった物かもしれないな。
ありがたくいただいて、子機に吸わせて材料にした。
宝箱には錆びた剣が入っていた。
価値は不明だが、きっとゴミだろう。これも子機に吸わせた。
王都東のダンジョンコアはコウが言うにはフェイクらしいが、一応叩いて壊しておいた。
コウがすでに乗っ取っているので、王都の地下まで侵攻したダンジョン通路はすべて消去。
これにてダンジョン攻略は終了した。
家の大掃除がまだ大変だと思うぐらいの、単調な作業だった。
俺は壊れたダンジョンコアを見下ろしつつ尋ねる。
「こんなに簡単に終わって良かったんだろうか?」
「おそらくダンジョンの裏をかいて山脈側から入ったからではないでしょうか?」
「そう言えばそうだな。コウのおかげだ――じゃあ、帰るか」
「はいっ」
リリシアが目を細めて喜ぶ。
そして俺たちは来た道をゆうゆうと戻っていった。
◇ ◇ ◇
少し時間は戻って、エドガーとの戦闘を終えた直後の混沌竜。
混沌竜は左目を潰されて、激しい怒りに駆られていた。
しかし尻尾に付いた血を舐めた瞬間、全身に震えが走った。
――極上だ。極上の肉だ!
肉は鋼のように引き締まり、満ちる魔力は満月のよう。
極限まで機能を鍛え上げられた肉体と精神。
噛み応えを想像しただけで、全身に震えが走った。
――この素晴らしい力なら、確実に脱皮できる!
混沌竜はいくら怪我をしても脱皮すれば全快した。
潰された目だって治る。
それに自身は瀕死だが、相手も手負い。
――確実に食えるっ。
あとは逃がさないように追い詰めなければ。
混沌竜は歩き出す。
もう子供5人の柔らかな肉のことなど頭から消えていた。
先回りしつつ、逃げ場を封じていく。
そしてついに、壁にもたれながらゆるゆると歩く彼を見つけた。
辺りに漂う血の匂いからして旨そうだと思った。
残忍な牙の並んだ口からよだれが出る。
――ああ! あの体に空いた穴から顔を突っ込んで、湯気の立つ内臓を生きたまま貪り食いたい!
舌をちろちろと出しながら混沌竜は獲物へと近づいていく。
獲物はもう観念したのか、立ち止まって目を閉じた。
もう獲物しか見えない。
だいたい奴に何をされても致命傷にはならない。
俺様はやはり強い! 奴を喰らって、力を取り戻――
――ドンッ!
突然マグマをぶっかけられたような、灼熱の激痛が全身に走った。
「ピギャ」
思わず情けない悲鳴が口から出る。
一撃で生命力のほとんどを奪われた。
混沌竜は目を見開き、口をパクパクさせながら喘ぐ。
――この痛み! この苦しさ! 奴だ!
なんでだ!? なぜ奴がここにいる!
しかも突然現れて!? やばいやばいやばい!
逃げないと、と混沌竜は思ったがすでに体が動かない。
もう首を持ち上げる力すら残っていなかった。
それなのに痛みが波のように容赦なく襲い掛かって来る。
――こ、この……聖属性の持続ダメージ……反則だろ……。
混沌竜の視界がぼやけた。悔し涙を流していた。
――なんでだよ……なんなんだよっ!
俺様は混沌竜だぞ!? 一万年に一度現れる恐怖の代名詞なんだぞ――っ!
それをこんな、誰にも知られず虫けらのごとく殺されるなんてあんまりじゃないかっ!
やめてくれっ!!
せ、せめて、せめて死闘の果てにようやく倒したと語り継がれるべき存在にしてくれッッッ!
せめて伝説や伝承に名を残させてくれぇ……っ!
俺様が無意味に死ぬなんて、嘘だろぉぉぉ……っ!
しかし混沌竜はふと気が付いた。
見れば、指や尻尾が先の方から粉となって消えていっている。
意識もぼやけてきた。
もう悟るしかなかった。
――ダメだ……死ぬ。一万年かけてようやく転生したってのに、いきなり死亡か……。
けれども混沌竜は、薄れゆく意識の中で自身が安堵していることに気が付いた。
――そうか。
どうせこいつがいるんじゃ、SSSランクの成竜になったところで簡単に討伐されるな。
見たところ奴は人間。
一万年後はさすがに生きてはいまい。
今回は運が悪かった。
次回は必ず滅ぼす。
人も世界も星も月も太陽も!
すべて喰らいつくしてや……――。
混沌竜は死んだ。粉となって消えた。
輪廻転生の呪紋が圧倒的濃度の聖波気で消し飛ばされたことすら気付かずに。
ちょっとわかりにくいかも。アレクが踏み込んだ時点で30階のゴブリンは全滅しています。
そしてエドガー生きてました。
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