32.孤児とエドガーの願い
本日更新1回目
俺とリリシアはコウの作った通路を通ってダンジョン29階に出た。
30階にいるミスリルゴーレムを倒してミスリルを手に入れるため。
すると泣きそうな顔で走る子供たちとばったり出会った。
先頭の剣士と中衛のハンターとレンジャーの子供たちがリリシアを見て驚く。
「姉さん!」「リリシアお姉ちゃん!」「リリシアさん!」
「まあ、あなたたち! どうしてこんなところに!」
「ん? 知り合いなのか?」
「この子はわたくしの孤児院にいた子供たちですわ! モクちゃん、ユマちゃん、いったいどうして!?」
後ろに隠れていた一番幼い少女がリリシアの胸に飛び込んで泣く。
回復士っぽいローブを着ていた。
「お姉ちゃんっ! お願い、エドガー隊長を助けて!」
「え!? チャーナちゃん、いったい何がどうして……エドガーさん?」
「エドガー隊長は僕らを助けてくれたんです」「孤児院を移ったら売り飛ばされそうになって」「五人全員引き取ってくれて」
「まあ! そんなことが……ごめんなさい。わたくしがしっかりしてなかったばっかりに」
リリシアは胸に抱き着く回復士少女チャーナの頭を優しく撫でつつ、悲し気に顔を曇らせた。
俺は尋ねる。
「でも助けてってことは、エドガーがやばいのか?」
「はい!」「逃げろって!」「強敵が出たって」「30階です!」
リリシアが俺を見る。すみれ色の瞳が切実に光っていた。
「お願いします、ご主人様。この子たちの命の恩人を、どうか救ってやっていただけませんか?」
「ああ、別に問題ない。たぶん、そいつが俺たちの狙いでもあるしな」
――Aランクのエドガーでも対処できない強敵が出たってことは、ミスリルゴーレムだろう。
むしろ早く駆け付けないと、ミスリルを取り損ねるかもしれない。
そんな打算的な考えを俺はしてるというのに、リリシアは目を潤ませて感謝した。
「ありがとうございます、ご主人様っ!」
「じゃあ、子供たち。30階へ降りる階段まで案内してくれ」
「はい!」「こっちです!」
弓を持つ眼鏡少年と短髪の日焼け少女が先に立って走り出す。
子供たちに案内されて、地下へと降りる階段がある部屋まで来た。
今までの階段と違い、らせん階段だった。
「じゃあ、子供たちはここで待機。俺たちだけで行ってくる」
「お願いします!」「どうか隊長を……」「本当にお願いっ」
子供たちの泣いて懇願する声を背に受けつつ、俺とリリシアはらせん階段をぐるぐると降りていった。
◇ ◇ ◇
一方そのころ。
エドガーはダンジョンの壁に手を置きつつ足を引きずって逃げていた。
しかし逃げる方向は階段とは逆方向。
血を流している以上、跡を付けられる。
おとりになってでも子供たちを逃がすつもりだった。
片手は脇腹を抑えている。
服と皮膚に穴が開いて、赤い血がだらだらと流れていた。
ポケットから小さな丸薬を取り出して食べる。
怪我と体力を急速に回復させる兵糧丸だった。
だが、さすがに破裂した複数の内臓までは治せなかった。
もう抵抗する力さえ残っていない。
――と。
エドガーの行く先に、のっそりとトカゲが現れた。距離にして30メートル。
あの強さなら一瞬で詰められる距離であり、逆に足止め用のくないも手裏剣も使い切っていた。
彼は苦笑しつつ呟く。
「俺っちも、ついに年貢を納める時がきたようっすね……姫、すんません……」
エドガーは壁にもたれつつ、目を閉じる。
なんとなく脳裏によぎるのは、昔のこと。
エドガーには目的があった。かなえたい夢があった。
それは死者蘇生。
エドガーは遠い異国で、殺伐とした危険な任務に従事していた。
報酬はよく、名誉もあった。
でも任務をこなすたびに、心が砂のように乾燥していった。
だからこそ、どんな報酬よりも、任務後のお屋敷で過ごすひと時――姫との面会が大切だった。
月の照らす夜。
エドガーが白砂の庭でかしこまっていると着物を着た幼い姫が来る。
「また生き延びたのか。さすがじゃの。――褒美じゃ」
姫は館主である父の言葉を真似て偉そうに言うと、庭へ降りた。
清らかな手で自ら一本手折り、一輪の花を差し出してくれる。
白魚のような小さな指。黒髪が美しい。
エドガーはうやうやしく頭を垂れて受け取る。
「ありがとうございます。姫」
「うむ。よきにはからえっ」
月光を浴びて艶やかに光る黒髪を揺らし、ニコッと姫が笑う。
大人のような態度と口調で、偉そうに言うところが、背伸びをしている子供のようで可愛らしい。
エドガーは花びらに頬を寄せて目を閉じる。
しっとりとした夜露の柔らかさ。
エドガーにとって、多額の報酬よりも、名声よりも、毎回与えられるただ一輪の花だけが、殺伐とした心に癒しを与えてくれた。
――が。
ある日のこと任務を完遂して戻って来ると、姫が亡くなっていた。
自分がいない間に、敵に攻め込まれたのだった。
月光の差し込む静かな座敷にて、布団に横たわる姫はまるで寝ているように思われた。
忍び足で近づいて、そっとささやく。
「姫……生き延びましたよ……」
しかし姫は答えない。誰も答えない。
人のいない座敷は静けさが募るばかり。
布団の傍に立って姫を見下ろすエドガーは、泣きもしないし声も上げない。
ただ、大きな喪失感と虚無感に襲われていた。
たくさんいる館主の子供らの一人。
別に姫が――特に頭領継承順位が低かった姫が、一人ぐらいいなくなってもそこまでの痛手ではない。
だからお付きの人も警備の数も少なかった。
でも、エドガーにとってはかけがえのない姫だった。
気が付いたら彼は遺体を背負って屋敷から逃げていた。
ほとんど衝動的だった。
そして国を抜けた。
追手の追尾は想像を絶するほどの激しさだった。
それでもエドガーは落ち延びた。
――遠い異国に死者を復活させる魔女がいる、という噂にすがって。
だが偶然出会った、姫と同じぐらい幼い子供たちもまた、見捨てられなかった。
――俺っち、甘すぎっすね。
ふふっ、とエドガーは苦笑した。きっと人生最後の笑み。
そしてお腹から押し寄せる鈍痛に苦しみつつ、死を待った……。
死を待った……。
……待った。
ん?
エドガーは疑問に思った。
もう食い殺されている時間はとうに過ぎていた。
――と。
「ピギャ」
と、変な声が聞こえた。
最後の力を振り絞って薄目を開けると、トカゲが粉のようになって消えていくのが見えた。
ふと、まばゆい光が目に入る。
ぼさぼさの前髪を揺らして上を見た。
すると光り輝く天使が舞い降りてきた。
銀髪に白い服を着た天使。
白い翼を広げて、辺りには羽根が舞っている。
「お迎えに来ましたよ……」
神々しいほどに美しい頬笑みを見つめると、視界のすべてが白い光に飲み込まれていく。
――ああ、自分はすでに死んでたんすね。
そう言えば、痛みもなくなってて……。
異国で死ぬと、異教の天使が迎えに来てくれるんすか……へぇ……。
何も見えなくなった純白の世界を最後に、エドガーの意識は途切れた。
ブクマと★評価、ありがとうございます!
エドガーが予想外に人気で嬉しいです! 彼のおかげで日間5位!
まあでも。このあとどうなるのでしょうか。
次話は夕方更新。
→33.混沌竜の叫び




