30.偽勇者マリウス
ダンジョン30階。
今までとは雰囲気が違っていた。
通路の幅も高さも今までの二倍ぐらいある。
壁や柱には彫刻が施されていた。
マリウス隊は勇者、盗賊、僧侶、魔法使いの四人で攻略に挑んでいた。
十体ほどのゴブリンがいた。すべて上位種だった。
大きな盾を持ったホブゴブリンにマリウスが切りかかる。
「でやぁ――聖導斬撃!」
盾を跳ね飛ばしつつ、ホブゴブリンの首を斬り飛ばした。
つばの広いとんがり帽子をかぶった女魔法使いが軽い感じで言う。
「ちょっち下がって~」
マリウスと盗賊ネフィルがゴブリンたちをけん制しながら下がる。
そこへ女魔法使いが、帽子を揺らしつつ曲がった杖を振る。
「えいっ――紅蓮大火球!」
真っ赤な炎の塊が飛んでいき、一気に爆発した。
灼熱の炎が花のように何重にも広がり、波状攻撃で焼き尽くす。
まるで下級魔法のように簡単に唱えたが、実際は炎の最上級魔法だった。
「「「ギャァァァ!」」」
ほぼ一網打尽で焼き尽くす。
倒し損ねたゴブリンをマリウスとネフィルが狩った。
「最下層みたいだけど、僕たちの敵じゃなかったね」
「まーねー。これぐらい余裕っしょ」
ゴブリンの魔核を集め終えたネフィルがマリウスへ近づく。
そして魅惑的な肢体を押し付けながら賛美する。
「さすがマリウス様です」
「ふっ、当然さ――さあ、ダンジョンコアを破壊しよう」
「こっちですわ」
ネフィルが腕を絡ませてマリウスの腕を胸に挟み込む。
女僧侶は、嫌悪感を露わに眉をひそめた。
しかし何も言わずについていく。
そして30階の奥。ぐるっと時計回りに何度も折れ曲がる通路を歩いた。
魔法使いが振り返りながら尋ねる。
「ねえ、罠は大丈夫なの? これって袋小路に誘い込まれてない?」
「罠はないわよ。それにこの先がダンジョンコアね」
「ふぅん、まあいいけど」
すると前方の通路からゴブリンの集団が現れた。百体はいるだろうか。
前列には道をふさぐように鎧を着たゴブリンが一列に並んでいる。
さらに大盾を構えると、最後列のゴブリンシャーマンたちがいっせいに呪文を唱えた。
二列目と三列目に並んだゴブリンが盾の隙間から長い槍を突き出す。
四列目には大きな武器を持つホブゴブリンが並び、五列目と六列目には弓や杖を持つゴブリンたちがいた。
チッと女魔法使いが舌打ちする。
「魔法低減をかけたわね」
メフィルが腰に下げた瓶を手に取る。
「だったら油を撒いてから火をつけるってのはどう?」
「おっけー。それで――」
突然、ガコンッとマリウスたちの背後から音がした。
振り返ると壁に通路が開いていた。
大量のゴーレムがあふれ出してくる。
石、岩、鉄の硬いゴーレムたち。しかもどれも通常より大きい。
体長は二メートルほどあって、腕や脚は柱のように太かった。
それが50体はいた。
「そんなっ、挟み撃ちっ!」
マリウスが額に汗を浮かべつつ後ろのゴーレムへ走る。
女魔法使いが眉をひそめる。
「そーちゃん、ゴブリンを抑えて。アタシがゴーレムやっつけるから」
「はいっ――聖光風」
女僧侶が印を結んでから指を突き出すと、白い光が風となってゴブリンに向かって流れだす。
「ググッ!?」「グギャッ!」
ゴブリンたちの足が聖なる力によって足を止めた。
ダメージにはならないが不愉快なようで、盾をさらに前に出して光の風を防ぐ。
その間に女魔法使いはスカートを翻して振り向くと、曲がった長い杖を両手で振り上げた。
「いっくよー! ――真空爆光!」
杖を振りかぶると黄色い光が玉となって空を切った。
ゴーレムの集団にぶつかって爆発する。
ドゴォォォンッ!
ダンジョンを揺らすかのような破壊力。
石や岩のゴーレムが砕け散る。
ただ鉄のゴーレムは平然と立っていた。
「マリウス、やっちゃいなー!」
「わかってるさ! ――聖烈突き(ライトスティング)!」
マリウスが剣を光らせながら鋭い突きを放って、アイアンゴーレムの核を貫いた。
ガラガラと音を立ててアイアンゴーレムが崩れる。
しかし、通路からはさらにゴーレムがあふれてきた。
その数百体以上。
マリウスは金髪を乱しつつ、歯を食いしばる。
「またかっ! ゴーレムのコア狙いで! とにかく数を減らすんだ!」
マリウスは剣を振るった。
次々とゴーレムを倒していく。
支援の魔法も炸裂する。
一見順調に見えた。
――が。
マリウスが何体目かを瓦礫に変えた頃、また目の前に黒いゴーレムが現れた。
「こいつ!」
剣から青白い聖波気を発して切りかかる。
だが、アイアンゴーレムと同じ黒色だが、一回り大きいことに気が付いていなかった。
マリウスの剣が、ガガッ! と音を立ててゴーレムの身体にめり込んで止まる。
「え?」
ゴーレムが太い腕を振り下ろした。
パキィィィン――ッ!
きわめて甲高い音を立てて、マリウスの剣が根元から折れた。
「ああっ! ――そんなっ!」
マリウスが金髪を振り乱して驚愕する。紅い目が見開かれていた。
よほどのショックを受けたようだ。
「――真空爆光!」
魔法使いが光の塊を飛ばす。
光が爆発してゴーレムが砕ける。
しかし一回り大きなゴーレムは、表皮がはがれただけだった。
銀色の光を放ちつつ、マリウスに殴りかかって来る。
「ひぃっ!」
マリウスは、尻餅をついて後ろに下がった。
ネフィルが叫ぶ。
「あれは! ミスリルゴーレム!」
「ちょ! アタシの魔法、効かないじゃん! ――やばいって!」
その間にもゴーレムが周囲から押し寄せてくる。
女僧侶が青い髪を乱して叫んだ。
「こっちももう抑えられない! ――マリウスさん、いったん体勢を立て直しましょっ! 無効聖域を!」
無効聖域とは、五分間敵味方が一切攻撃できなくなるフィールドを強制的に作り出す勇者魔法だった。
回復魔法やアイテム使用、装備の入れ替えは出来るので、パーティーが危機に陥ったときに建て直せる便利な魔法だった。
もちろん勇者しか使えない。
――だが。
マリウスは顔面蒼白で首を振った。金髪が虚しく揺れる。
「……きない」
「は、なに?」
「できない……っ!」
「何言ってるんですか! 勇者魔法ですよ! 散々使ってきたじゃないですか!」
マリウスは泣きそうなほど顔を歪めて叫んだ。
「剣がなかったら、できないんだよぉぉお!」
「はぁ!? ――まさか、聖波気は剣から!?」
女僧侶は青い髪を振り乱して叫んだ。
女魔法使いも、とんがり帽子の広いつばを揺らして怒鳴る。
「ふっざけんじゃないわよっ! 帰ったらおじいちゃんに絶対言いつけてやるんだからぁ! 【同時詠唱】――紅蓮大火球!!」
女魔法使いが絶叫しながら足を大きく開いて体を横向きにした。
ゴブリン集団に右手を、ゴーレム集団に左手を向ける。
両者へ同時に灼熱の大火球が放たれた。
ドゴォドォォン――ッ!
パーティーの前後で大爆発が起きる。
女魔法使いは座学や研究は大嫌いだが、実技は得意中の得意。
この若さで同時詠唱の技術を編み出した超天才だった。
しかも彼女のおじいさんは宮廷魔術師長をしている。
――だが。
せっかくの必殺技も、ゴブリンたちは魔法低減しているため、あまり倒せない。
ゴーレム側も大半をミスリルゴーレムが引き受けてしまい、数体しか倒せない。
じりじりと前後の包囲が狭まって来る。
絶体絶命だった。
――と。
ザン――ッ!
轟音とともに、アイアンゴーレムが真っ二つに切れて倒れていった。
その後ろから現れるのは、目が隠れるぐらいのぼさぼさ黒髪の男。
「大丈夫っすか?」
やる気のない盗賊、エドガーだった。
「あ、あんたは!」「エドガー!」
勇者パーティーがボロボロになって追い込まれたころ、エドガー隊が駆け付けたのだった。
「はぁ!」「でやっ!」「それっ!」「はっ!」
少年剣士と戦士がメイスやハンマーを奮い、ハンターとレンジャーが矢じりの先が袋になった矢を放つ。
矢はゴーレムの関節にあたると袋が弾けた。
黒い粉が散る。
砂鉄だった。
ゴーレムがいくら固くても、関節に砂鉄を打ち込まれると動きが鈍る。
さらに関節を鈍器で殴ってまともに動けなくしていく。
非力な少年少女でもゴーレムに対処できる方法だった。
エドガーが叫ぶ。
「さあ! いまのうちに!」
剣が折れて呆然としたマリウスを、ネフィルが肩を抱いて連れ去り、僧侶と魔法使いも囲みを抜けた。
魔法使いは逃げながらも、折れた剣の柄を拾う。
女僧侶はエドガーの横を走り抜けながら言った。
「ごめん! うちのパーティー戦えなくなったから! あとは任せる!」
「あいよっと――じゃあ、みんな、蟻地獄の陣で迎え撃つように」
「「「はい!」」」
剣士と戦士が前に出て距離を取る。
その後ろに弓がつく。
回復士の少女が後方の真ん中にくる。
正面からは回復士が狙い目に見えた。
ゴーレムたちが殺到してくる。
エドガーがナイフを構えつつ。
「防御主体で。倒すより、引きながら戦おっかね~」
「「「はい!」」」
子供たちは元気に応えて、そしてじわじわと戦線を下げながら戦闘を続けた。
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次話は夕方更新。
→31.ゆるゆるダンジョン攻略とエドガーの本気




