27.物資運びの任務
本日更新2回目
※ちょっと修正。
ダンジョン大規模攻略において、俺とリリシアは物資運びの任務を与えられた。
そこで昼になると王都から出て東へ向かった。
俺は物資を満載した荷車を引っ張っていく。後ろからリリシアが押してくれた。
本来はウシかロバに引かせるリヤカーだが、家畜はすべて使用されているので人力でも運ぶ必要があった。
俺たち以外にも荷物運びをしている冒険者たちがいた。
道は割と平坦。
途中に丘が二つあるだけでのんびりと運んでいけた。
一時間ほどして東の山脈が近づいてくるころ。
三つ目の丘のふもとに大規模な陣地が形成されていた。
丘の下にはダンジョン入り口があった。
幕を張って陣地を囲い、物資は一ヶ所に集めて見張りを立たせ、野営のためのテントや炊事場も多数設営されている。
騎士と冒険者を合わせて1000人は超えると思われた。
見ていると冒険者も騎士もテンションが高い。
まあ、これだけの大人数でダンジョンを攻略するなんて聞いたことがない。
初めての事態にたかぶる気持ちもわかった。
荷車を運んでいくと騎士の一人に声をかけられた。
「ごくろうさん。物資は第三天幕へ運んでくれ」
「ういっす」
俺は額に汗を光らせつつ、指示された場所へ運んだ。
騎士たちも手伝って大きな天幕内に運び入れる。
それからまた来た道を戻った。
帰りは早い。そして軽い。
暇なのでリリシアを乗せて荷車を引いた。
彼女は恥ずかしがりつつ、申し訳なさそうに言う。
「奴隷のわたくしが楽をするなんて……ご主人様、代わりましょう?」
「主人命令で却下する。それより楽しめ」
「ふぇぇ……」
リリシアが顔を真っ赤にしつつも、嬉しそうに景色を眺める。
その後、丘の上まで荷車を運んだ。
一気に展望が開ける。
緑の草原と田畑が広がる中、遠く王都までうねうねと続く道が見えた。
下り坂に差し掛かって、ふと村の子供たちがやっていた遊びを閃く。
俺は坂を降り始めてから荷車に飛び乗った。
ゆったりと寝そべっていたリリシアが俺にしがみつく。
「ふぇ!? ご主人様、なにを!?」
「それ、いけ!」
俺はリリシアを片腕で抱き締めて守る。
荷車はガタガタと車輪の音を響かせて、勢いよく下っていく。
隣ではリリシアが俺にしがみつきつつ、可愛い悲鳴を上げた。
「ひゃあああ! ――ご、ご主人様! 危ないですっ!」
「あはは! 大丈夫だ! 絶対守る!」
「ご主人さまっ――きゃあっ!」
猛スピードの荷車が駆け下りた。丘の下に出ると道を逸れて草原に突っ込む。
俺とリリシアは抱き合ったまま、ぽーんと空に投げ出された。
そのまま緑の草を押しのけてごろごろと転がった。
お互い怪我はなく、息が整うにつれてなぜか笑いが込み上げてくる。
頬を染めたリリシアが笑顔を抑え込んで無理矢理怒った表情を作ろうとした。
「もう、危ないですよっ、ご主人様!」
「ふふっ、でも楽しかったぞ」
「ご主人さまったらっ――ふふっ」
込み上げた笑いが抑えきれなくなって、俺とリリシアは抱き合って笑った。
子供じみた遊びが、なんだかとても楽しかった。
……俺には子供時代がほとんどなかったから、余計にそう思うのかもしれない。
ひとしきり笑うと、寄り添いながら二人とも仰向けになった。
青い空を白い雲が悠々と流れていく。明るい色をした蝶が風に流れていく。
なんだか世界が色鮮やかだった。
「空も雲も草原も、みんなきれいだな」
「そうですね……目に見えるものすべてが美しいです」
俺の腕の中でリリシアが空を見上げて微笑む。
このかけがえのない温かさ、柔らかさ。
リリシアと過ごす他愛ない時間が、たまらなく愛おしい。
俺は世界が鮮やかになった原因に気が付く。
「……そうか、俺はずっと灰色の中で暮らしてたんだな」
「ご主人様?」
「街の散歩が楽しいのも、他愛ない遊びが面白いのも、全部リリシアが傍にいてくれるおかげだ。ありがとうな」
「ますたぁ……わたくしもです」
リリシアが嬉しそうに頬擦りしてきた。
柔らかな銀髪を撫でつつ、俺は言う。
「これからも二人で過ごすはずだった時間を取り戻していこう」
「はいっ、ご主人様っ!」
しばらく草原に寝そべって同じ青空を見上げた。
それから冒険者たちが来て荷車が邪魔になったので、慌ててどけて王都へ向かった。
◇ ◇ ◇
その後、俺たちは空の荷車を引いて王都に戻った。
お城近くの倉庫で物資を積み込んでまた運ぶ。
今日は一日2往復。
初日だから野営テントや塀の建築物資が多いので、明日からは隔日の1往復でいいらしい。
昼過ぎののどかな道を東に向かう。
そして何事もなく陣地に着いて物資を天幕へ運び込む。
すると、どこか遠くから言い争うような声が聞こえた。
目を凝らすとテントの立ち並ぶ向こうに小さく、日差しを浴びて輝く金髪が見えた。
――マリウスだろう。
何気なく彼の連れているパーティーを見る。
宮廷魔術師の女や、ジト目をした女僧侶、それにオレンジ色の髪をした魅惑的な女がいた。
確か奴隷商で見た女盗賊じゃないか?
遠いのでわからないが、そんな気がした。
奴隷商で600万もする無条件奴隷を買ってまでダンジョン攻略に参加するとは。
別に勇者じゃなくても攻略できるのだから、別のところへ行けばいいのに。
古城のキマイラや畑を荒らすジャイアントエイプなんかを退治しに行った方が人々のためだろうに。
まあ、どうでもいいか。
――と。
物陰から突然声をかけられた。
「あの、すいませんけど」
「「え?」」
俺とリリシアがぎょっとする。
まったく気配を感じなかったからだ。
見るとひょろっとした頼りなさそうな男が立っていた。目を隠す黒髪はぼさぼさで、痩せていて覇気がない。
むしろ、やる気のなさそうなオーラを感じる。
ただ会議室で、Aランク冒険者の盗賊エドガーだと名乗っていた。
エドガーは頭を無造作に掻きながら言う。
「急にすいませんっす。アレクさんて、あのアレクさんっすよね?」
「まあ、言いたいことはわかる。パーティーに誘われても入らないぞ」
「あは、残念。まあそれは今いいっす。アレクさんって、マリウスさんと知り合いっすか?」
「……あまりいい関係じゃないがな」
「そうっすか……」
「どうかしたのか?」
「今、向こうで奴隷連れてきたせいでもめてるんすけど……マリウスさんって、どんな人っすか?」
「見た目よくて礼儀正しくて、貴族なのに愛想がいい。だけど、実際は周りをバカにしつつ裏から手を回していろいろ画策して常に金や名誉を手に入れようとする男だな」
「あー、そんな感じっすね。実力はあるんすか?」
「どうだろう? 不正でもしてない限り勇者の実技試験には合格してるから、最低限の勇者としての実力はあるんじゃないのか?」
「なんか、あんまり強そうに思えないっすけどね」
「俺だってそんなに強くないからな。勇者なんてそんなもんだ」
任務失敗しまくった無能だからな、俺は。
するとエドガーが黒髪に隠れた、おっとりした目を丸くして驚いた。
「何言ってんすか。マリウスさんなら俺っちでも勝てるけど、アレクさんはどう倒したらいいかわかんないっすよ?」
「え、そうなのか? 今みたいに気配消して来られたら必殺スキルも簡単に喰らってたぞ」
「ああ、当たるとこは想像つくんすけど、致命傷にならないっつーか、地を這うところが想像できないっつーか」
「え、なんでだ?」
横からリリシアが銀髪を揺らしながら言った。
「それはご主人様の聖波気が桁違いに膨大だからではないでしょうか? 簡単な怪我なら漏れだした聖波気が治してしまうんです」
「そ、そうだったのか……」
そういや勇者パーティーの時、女僧侶が「楽だからアレクさんといつも一緒にいたい」って言ってた気がする。
エドガーもうなずく。
「俺っちのイメージでは、頸動脈切っても死なないっすね。マジ倒し方わかんないっすよ」
「そこまでだったのか、俺は」
「ほんと。アレクさんが勇者なら、納得するんすけど、マリウスさんじゃねぇ……まあ、いろいろあったんだろうなって思うっす」
俺はリリシアの薄い肩を抱き寄せる。
「まあ、勇者をクビになったおかげで、こうして最愛のリリシアとも出会えたんだ。もう俺は好き勝手生きるさ」
「ますたぁ……っ」
リリシアが頬を染めて寄り添ってくる。柔らかな銀髪が可愛い。
エドガーは目を丸くしつつ肩をすくめた。
「そりゃお熱いことで。まあ、そういうことならマリウスさんがどうなっても、どうでもいいっすかね」
「どうなるんだ?」
「いや、あの奴隷の女盗賊。毒蛇のメフィルって、すげーやばいやつで。狙った男は次々と地位も名誉も財産も失ってポイ捨てされるんすよね。マジで毒蛇なんすよ」
エドガーはチラッとマリウスたちの方へ視線を走らせた。
俺は首をかしげるしかない。
「たとえ危険な女でも、マリウスとは奴隷契約してるから大丈夫なんじゃないのか?」
「そうだといいっすけどね――ちなみに若く見えて実は70歳越えてます」
「へぇ、二十歳前後かと思ってた。エルフの血でも引いてるのか……まあ俺には関係ない。エドガーも攻略、頑張ってくれよな」
「ういっす。なんかいやな予感はしてるんすけどね。メンバー守り切れたらいいんすけど」
エドガーはダンジョン入り口に愁いを帯びた顔を向けた。黒髪に隠れた目が厳しい。
リーダーとして、冒険者として、かなり優秀な男みたいだ。
やる気ないように見えて周りを気にかけていてるし。
少しぐらい教えてもいいのかもしれないと思った。
「そうだエドガー。ここのダンジョンはコアが最低でも二つあるらしいぞ」
「えっ! マジっすか! それ初耳っす!」
「もう一つはゴーレムらしい。他はわからん」
「ゴーレム! ……それがマジなら、うちのパーティーは替えの装備持たないとやばいっすね! うちら非力なんで……ちょっと戻るっす! ありがとっす!」
エドガーは風のような素早さで走り去った。
彼の消えた方向を見ながら、思わずつぶやく。
「俺の言葉、そのまま信じるのかよ……」
「ご主人様は嘘を付けない人ですからっ」
俺の腕の中で微笑むリリシア。猫のように顔をこすりつけてくるのが可愛い。
頭を撫でつつ答える。
「じゃあ、帰るか」
「はいっ」
向こうではまだマリウスが揉めていた。
「勇者が買った奴隷じゃないんですよ!」「実家が購入して送ってくれただけなんですっ!」
などと、いろいろ弁解していた。見苦しいぐらいに必死だった。
――どうでもいい。
俺とリリシアはさっさと荷車を押して帰った。
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