25.ダンジョン攻略作戦
本日更新3回目。
王都の朝。
森の屋敷で愛し合った俺とリリシアは、コウの通路を使って安宿に戻った。
そして冒険者ギルドへ足を運んだ。
ダンジョン攻略の作戦を聞くためだった。
ギルドは冒険者たちでいっぱいだった。
二階の大会議室へ行く。そこも冒険者たちでいっぱいだった。
少し遅れてしまったので空いてる席はなく、俺はリリシアと共に一番後ろで立ち見の人たちに混じって立った。
会議室の正面には黒板があり、その前に二人立っていた。
一人は見知った顔だった。
騎士団所属の男ミルフォード。いかめしい鎧を着ている。
何度か勇者パーティーを組んだことがあった。
聡明でたくましい男だが、少し口うるさい。
俺と目が合ったがすぐに目を逸らした。
もう俺は過去の男らしい。
もう一人は燃えるような赤い髪をツインテールにした少女だった。
すらりとした体に赤い衣装をまとい、マントを羽織っている。
ただ全身に宝石をごちゃごちゃとつけていた。
すべての指に指輪、何本もの首飾り、ベルト、ピアス、サークレットに複数の足輪腕輪。宝石だけで何キロあるんだろうか。
そんな少女が、何重にもなったネックレスをジャラつかせながら言った。
「これでパーティー代表はそろったな? では時間がないので手短に話そう。私は冒険者ギルド王都本部のマスター、ルベル・バーミリオンだ。隣の者が王立騎士団で副団長をしているミルフォード。挨拶は抜きにして本題へ入る。皆も知っての通り、王都地下にダンジョンの侵攻が確認された。発見された入り口だけで7か所。ここ最近の盗難や行方不明のいくつかはダンジョンが原因だろうと考えられる。放置すれば被害は増える。よって冒険者ギルドと騎士団が協力して攻略することになった。――お前たち、必ず潰すぞ?」
淡々とした事務口調から一転、凄みを利かせた声で言った。
風がないのに赤い髪が逆巻くように揺れる。強者の覇気を感じた。
このルベルが水晶玉を壊したギルドマスターだろうと推測した。
噂では人間で唯一のSSランクだそうだ。
冒険者たちは武者震いしてうなずいていた。
続いて、ミルフォードが紙を見ながら声を張り上げる。
「昨夜の会議で決まった作戦方針を伝える。今回は準備期間もなく大規模攻略に出なくてはいけない点を踏まえ、冒険者を主体に攻略をしていく。冒険者ランクの高いパーティーを主力とし、騎士団はそのバックアップにあたる。詳しくはこうだ。高ランクパーティーがダンジョンを順次攻略して、安全地帯を見つけたら騎士団を派遣。拠点を構築し防衛する。高ランクパーティーは街へ戻らず、拠点を足がかりにして交代しながら、さらなる階層攻略を目指す。そして安地を見つけたらまた拠点構築、と。これを繰り返していく。地上から拠点への物資運搬は低ランクパーティーがこの任務にあたる」
ルベルが赤いツインテールを揺らして補足する。
「ただしパーティーの構成や人数、ダンジョン攻略の経験回数などを考慮してこちらで任務を振り分けた。今回は例外なく全員参加だ。あとで一階受付で自分の所属するパーティーの任務を確認しておいてくれ」
すると前の方にいた、ひょろっとした頼りなさそうな男が手を上げた。ぼさぼさの黒髪。
ルベルが鋭い目で男を見る。
「なんだ?」
「ちょっと質問と言うか、疑問があるんですけど。いいっすか?」
「手短にな」
「努力しまっす。えーっと、俺はAランクパーティーで盗賊やってるエドガーって言うもんですけど。騎士団さんがバックアップしてくれるってのは、理論上正しいってわかるんすけど。騎士団さんは冒険者、特に盗賊は嫌ってるみたいなのがあって、ちゃんとバックアップしてくれるのかな、なんて思ったっす」
ルベルがチラッとミルフォードを見た。
彼は深くうなずいて答えた。
「その疑問はもっともだ。だが、今回の件に関しては、騎士団は街を守るためにいるのだから、ダンジョンの侵入を許した時点で騎士団の大失態。騎士たちに文句を言う権利はない。すでに騎士団に冒険者たちを全力でサポートするよう厳しく通達してある。もし協力を拒んだり文句を言う騎士がいたら、所属と名前を教えてくれ。厳重に処罰する」
エドガーは気楽に会釈した。黒い前髪に隠れた黒目が光る。
「本気みたいっすね。わかったっす。今回は騎士団を信用してダンジョン潜るっす」
「よろしく頼む」
ミルフォードは頭を下げた。
おおっ、と少し冒険者たちがざわめいた。
プライドの高い騎士が盗賊に頭を下げたことが驚きだったようだ。
ルベルがパンッと手を叩く。複数の腕輪がジャラッと鳴った。
「では、各自任務を確認して準備に入ってくれ。作戦開始は昼からだ! 以上、かいさ――」
言い終える前に、会議室の前の方の扉がバンッと開いた。
「ちょっと待ってください!」
「なんだ?」
ルベルがいぶかしそうに細めた目を向ける。
背の高い金髪灼眼の優男が、優雅な足取りで会議室に入ってきた。
マリウスだった。
「どうも、皆さん。僕は勇者マリウスです。今回の緊急事態に勇者として非常に心を痛めております。そこで、僕が先陣を切ってダンジョンへ潜りたいと思います!」
ええっ? と冒険者たちから非難に近い疑問の声が上がる。
「勇者として何もしないわけにはいきません! 国民を守るために、勇者の力をぜひ使いたい! 勇者パーティーが先陣を切ります!」
ルベルが赤い瞳で睨み付ける。
「残念だが勇者マリウス。今回、勇者パーティーに派遣するための盗賊スキル持ちや探索者スキル持ちの人員は余っていない」
「ええ、わかっています。しかし今回は一刻を争う緊急事態な上、敵の戦力すら全体像は判明していない! 戦えるものはすべて投入すべきです! だから僕も独自に仲間を募りますので、パーティーが揃えば文句ないでしょう?」
「言っていることは正しく聞こえますが。しかし、すでに決まったことでしてね」
ミルフォードも騎士鎧を不満そうにガシャッと鳴らして言った。
マリウスは爽やかに笑う。手に書類を持ちながら。
「すでに決まった作戦を急に変更するのは、お二人の一存では難しいでしょう。ですので、すでに大臣と騎士団長、それに三大公爵家の許可を取り付けておきました。これがその書類です。――ダンジョン探索可能な勇者パーティーを作れば勇者に先陣を切らせる、とね」
「……根回しだけは一流だな」
ルベルが眉間にしわを寄せて嫌悪感を露わにすると、吐き捨てるように言った。
ミルフォードが書類を確認して武骨な顔をしかめる。
「わかりました。勇者パーティーを作り次第、先行してもらうということで」
「そんな顔しないでください。騎士団だって冒険者より、勇者である僕をサポートした方が名誉になるってものでしょう?」
マリウスは屈託のない笑顔で言った。
彼には冒険者を貶めるつもりはないのだろう。
でも発言の端々に滲み出る優越感が、冒険者の神経を逆なでした。
会議場はとても空気が悪くなった。
気付かないのはマリウスただ一人だった。
ルベルの紅いツインテールが揺れる。眉間には深いしわが寄っていた。
「ほう。サポートのしがいのある勇者なのかね? Bランクのワイバーンすら倒せなかったようだが?」
冒険者たちがクスクスと笑い出す。
マリウスは焦りつつ誤魔化しの笑みを浮かべる。
「……それは、たまたま運が悪かっただけで。前勇者よりも結果を出してきたことは間違いないです」
「数字や目撃証言だけが、結果ではないのだがな」
マリウスが首をかしげる。
「どういう意味です? 勇者なんて、どんな魔物を倒したか、何体倒したかぐらいでしか評価されないでしょう?」
「ああ、そうだな。君は勇者になってまだ何も成果をあげていないが。ワイバーンすら倒せないのに、魔王が出てきたら本当に倒せるのかね?」
冒険者たちがさらに声を上げて笑う。
マリウスは笑みを崩さなかったが、頬は羞恥で赤く染まっていた。
「できますよ。これまでだって沢山モンスター倒してきましたし。僕は前任者と違って本物の勇者なので」
「それは楽しみだな――まあ、この世の中。評価されない項目で、大きな成果を上げている可能性だってあるんだよ」
ルベルがなぜか俺の方をちらりと見た。
俺が元勇者だと知っているのか。
ほとんど無名だったというのに。
これでも駆け出しのころは少年勇者アレクとして「かわいいっ」「頑張ってねっ」と少しちやほやされた。
おっさんになったらまったく話題にならなくなったが。
あまりに活躍できなかったため「今の勇者って誰だっけ?」とか「今って勇者いたっけ?」と人々には言われていた。
マリウスは強張った笑顔で早口に言った。
「意味が分かりませんね。では僕のサポートをお願いしますよ」
彼は用件が済むと、逃げるようにして会議室を出て行った。
ひそひそと会議室内の冒険者たちがささやく。
「なんだあいつ?」「感じ悪い勇者だな」「ケンカ売られたよね、今」「名誉以前の問題だろ」「あいつ強いの?」
俺も不思議に思った。
――何を焦っているんだ? と。
前のマリウスなら、もっとうまく空気を読んで八方美人的に事を運んだはずだ。
すでに決まった作戦に無理矢理自分をねじ込んでくるなんて。
だいたい冒険者だけで解決できるんだから、勇者は別の任務をした方が人々のためになるだろうに。
まあ、どうでもいいか。
勇者の活躍なんて知ったこっちゃない。
俺は俺でやるべきことをやるだけだ。
すると、ルベルが肩をすくめつつ言った。全身の装身具がじゃらつく。
「では、解散だ――そうそう。ワイバーンを倒したのも、今回のダンジョン侵攻に気付いたのも、一番後ろにいる彼だ」
彼女の指さす先へ、冒険者が一斉に振り向いた。
俺だった。
そして全員が俺を見ただけで目を丸くする。
「えっ! 嘘だろ!?」「ヘルリッチ殺しの!」「バリアル一撃で倒した人じゃない?」「Aランクに地獄を見せる男か」「水晶玉破壊者アレクか」「うだつ上がらなさそうな顔して有能って」「逆にかっこよくない? それ」
みんなが俺を噂し賛美する。
褒められてもいるようで、なんだかくすぐったい。
――が。
「あれ? あいつ、まだ二人パーティーなんだ?」
誰かが放った何気ない言葉に、場の空気が凶悪に変わった。
「え?」「マジか!」「有能と治癒師のコンビ!?」「うちに欲しい!」「俺のとこに!」「いや、私んとこに!」
全員が目をぎらつかせて獲物を狙う目になる。
俺は慌てて弁解をする。
「俺はたまたま偶然、活躍できただけだ! 二人だけで当分頑張るから、じゃっ!」
――パーティーなんて組んだら、リリシアが堕天使とバレる可能性がある。
というか天使の力を冒険で使えなくなってしまう!
囲まれそうな雰囲気だったので、俺はリリシアの手を引いて会議室からさっさと逃げ出した。
一番後ろにいたのが幸いだった。
その後、受付で依頼内容を書いた紙をもらってから、急いで冒険者ギルドを後にした。
日間総合16位!また上がってた!?
ブクマと☆評価の応援ありがとうございます!
みなさんに楽しんでもらえてるようで嬉しいです!
次話は明日更新。出来れば朝、遅くても昼には。
→26.勇者は誠実さが必須