21.愛の巣(物件)散策
王都の朝。
遅めの朝食(200ゴート)を取った後、俺とリリシアは石畳の大通りを歩いていた。
リリシアは俺の腕に抱き着いて身を寄せてくる。
「ふふっ、嬉しいです。ご主人様っ」
「機嫌良さそうだな? どうした?」
「はいっ! 一緒に住める家を持つというのは、やはり特別ですものっ」
リリシアがますます抱き着いてくる。豊かな銀髪が朝日を受けて輝いていた。
それから街の不動産屋を訪れた。
王都の拠点となる賃貸物件を借りるため。
冒険者ギルドでもらった地図に載っている業者だから、そこそこ信頼は出来るだろうと考えていた。
大通りから一本裏に入った通りに、不動産屋はあった。
店の前には物件情報の紙が張り出されている。
一部屋、二部屋、風呂無し、風呂付。住居付き店舗、庭付き一軒家、馬車止め有の豪邸。
いろいろな物件が出ていた。
どれもこれも高い。
隣のリリシアが眉間に美しいしわを寄せて唸る。
「う~ん。さすが王都……高いですわ」
「まあ、最悪の場合、一番安い部屋だけ手に入れて森の小屋を住居にするって方法もある」
「あの小屋は……さすがに魔物が危険ではないですか? わたくしたちがいない間に壊される可能性もあります。誰の所有物かすら、わかっていませんし」
「それも含めて冒険者ギルドの審査に通った不動産屋に来たかったんだよ」
「はぁ……ご主人様が何かお考えがあるのでしたら……」
「とりあえず入ろう」
「はい」
俺たちは手を繋いで店に入った。
店は真ん中がカウンターになっていて、隅には衝立で仕切られた商談スペースがあった。
俺たちが入るとカウンターに眼鏡をした不愛想な中年男性が座っていたが、突然、にこやかな笑みを浮かべて腰を浮かせた。
「おや、いらっしゃい。冒険者のかたですかな?」
「そうだ」
「どうぞこちらに。私は店主のレントと申しますので」
店の隅の商談スペースを案内された。
一見、フレンドリーな対応だった。
しかし、店に入った瞬間の店主の目つきを俺は見ていた。
一瞬で俺の剣とリリシアの鎧とフレイルを見た。
いい装備をしている――金を持ってる冒険者と判断したのだろう。
――奴隷商でのように、カモられないようにしないと。
二人掛けのソファーに俺とリリシアが並んで座ると、ファイルを持った店主が対面に座った。
「ようこそいらっしゃいました。うちは冒険者向きの部屋を重点的に扱っておりますので、きっと気に入る物件があるかと思います」
「冒険者向き?」
「はい。パーティー全員で住めるような家や、男女別に部屋や風呂が分かれている複数部屋の物件などです。ああ、怪我をされる方も多いですので、治療所近くの物件もありますよ」
「なるほど。確かに考えられてるな」
「はい、当然ですとも。――で、本日はどのような物件をお探しで?」
俺はチラッとリリシアを見た。
彼女は銀髪を揺らして、真剣な目で店主を見る。
「賃貸物件を探しています。こちらの条件としましては、住む人数は二人ですので部屋数は少なくて構いません。なんなら一部屋でも。場所も王都内部ならどこでも構いません。ただし、一階の部屋にしてほしいです」
「一階? これまたなぜ?」
「冒険を終えたあとはふらふらになってしまうことが多いです。その状況で二階や三階まで、階段で上がるのは辛いですので」
――なるほど。これまたいい説明を思いついたものだ。
ダンジョンの入り口を作るには地下か一階でないといけなかった。
店主も嘘を信じて頷く。
「なるほど。パーティーメンバーが少ないと、負担も大きいのでしょうな……でしたら」
店主はファイルをパラパラとめくって、いくつかの物件が書かれた紙を取り出した。
机の上に並べながら説明する。
「まずこちらは、南の外壁近くの物件です。三部屋あって台所と物置付き。井戸が近くて、門からも近いですので、帰宅するには便利かと」
一ヵ月の家賃は13万ゴート。
高いけれど、三部屋もあるので適正価格な気がする。
するとリリシアが端正な顔をしかめた。
「壁が近すぎて、日当たりが悪そうですわ。水はけも良くなく、洗濯物が乾かなさそうです」
――そう言うところまで見るのか。
店主は別の紙を出す。
「でしたら街の北側の物件はいかがでしょう? 清楚な住宅街にあるアパートメント。水道と風呂付の一部屋ですが、各部屋ベランダ付きな上、日当たり良好でございます」
一ヵ月の家賃は15万ゴート。
高い。
でも、王都北側は貴族や官僚などが多く住む高級な地区となっていた。治安が良く閑静な場所だった。水道付きと言うのも好ポイントかもしれない。
リリシアが顎に指を当てて考え込む。
「良さそうですが……間取り的に収納と台所がないですね……食事を外食で済ます貴族の子弟が好みそうな部屋です。ちょっと冒険者には向かないかと」
「奥様はよく見られておられますね」
「お。奥様だなんて、そんな」
リリシアが赤くした顔の前で手を振った。
店主がまた別の紙を出す。
「じゃあ、こういうのはどうでしょう? かなり古い二階建ての一軒家ですが、道の北側に立っておりますので日当たりは良好。収納が多く、風呂も水道もあります」
一ヵ月の家賃は16万ゴート。
一階が二部屋、二階が三部屋。安い気がする。
リリシアが紙を見つめて、むむっと唸る。
「値段的には適正でしょうか……ただ、北西側にあるので、南東の森やダンジョンからは遠いですね……一階が台所や風呂でスペースが埋まって、結局階段を上って二階でないと休めないのも、冒険を終えた後では辛いかも……」
ふと思った疑問を口にする。
「街の中心近くは物件が少ないんだな?」
「大通りや二番通り、三番通りは人通りが多いですので、一階は通常、貸店舗になっております。二階は店舗の倉庫か住居。三階四階でしたら、賃貸物件になってる建物も多いですが……階段を登ることになります」
「なるほど。確かにそうだったな」
俺は街の様子を思い返しながら頷いた。
通りに面した一階は、ほぼなんらかの店舗だった。
その後も紹介は続いたが、いい物件が見当たらない。
――やはり、一階か地下というのがネックだな、と思った。
俺は立ち上がりつつ言った。
「すまないが、心に訴えかける物件はないようだ。王都を見て歩きながら、もう一度考えたい」
「はあ。さようでございますか」
「いろいろ世話になったな――っと、そうだ」
「なんでしょう?」
「南東の森に丸太小屋があったが、あれは誰の所有物だ?」
「魔物の棲む南東の森に、ですか? ――どの辺りでしょう?」
リリシアが答える。
「だいぶ南に下ったところ……直線距離で歩いて7時間ぐらいでしょうか」
「そんな奥まで!? ――いや、一般人の入れる危険ラインを大幅に超えていますし、そんなところまで物資や職人を派遣して家を建てることは不可能でしょう。冒険者を雇って護衛されながら建てたとしても、完成後すぐに魔物に壊されますよ」
店主は目を丸くして言った。
――この驚きは本物だろう。所有者がいない小屋で確定だ。
専門家の意見が聞けて良かった。
「そうか。だったら見間違いかもな。じゃあ、また寄らせてもらう。参考になった」
「ありがとうございました。またご主人様といろいろ話し合ってから来ます」
「ええ、いつでもどうぞ。いつでも良い物件を取り揃えておりますので」
そして店を出た。
朝日が眩しい。
隣に立つリリシアに言う。
「すまなかったな。決められなくて」
「いえ、仕方ありません。住む場所は簡単に決めるものではないですから」
「じゃあ、王都を散策と行こうか」
「はいっ、ご主人様っ」
リリシアは微笑みながら俺の腕に抱き着いてきた。柔らかな体が当たる。
◇ ◇ ◇
二人で街を歩いた。
あちこちを見て回る。仕事じゃなくて王都を歩き回るのは初めてかもしれなかった。
時々、お腹がすくと屋台で串焼きや揚げパン、クレープなどを買っては食べた。500ゴート。
また小さな公園のベンチで寄り添って休んだ。
木漏れ日の下のベンチで、リリシアが可愛い吐息を漏らす。
「なんだか、こうしてるだけで幸せです、ご主人様……」
「二人で歩くとつまらない街も楽しくなるんだな。初めて知ったよ」
「ご主人様が喜んでくれると、わたくしも嬉しいですっ」
胸を押し付けるように抱き着いてくる。
俺を見上げる笑顔が、とても可愛らしかった。
俺はリリシアの薄い腰に手を回して立ち上がる。
「じゃあ、また散策しよう」
「はい、ご主人さまっ」
ぴったりと寄り添いながら街を歩いた。
――と。
冒険者ギルドから五分ほど離れた場所にある裏通りを歩いている時だった。
張り紙のしてある建物が目に入った。
建物の一階にある小さなスペース。
弁当屋が出ていたらしい。
入り口前に紙を貼っている。
近づいて読んでみると『閉店します。長らくのご愛顧ありがとうございました』と書かれていた。
店主が死んで空き店舗になったらしい。
入り口から店内を覗くと、二階にはつながっていない。一階だけの店舗物件。
そのとき不意に閃いた。
「そうか。入り口を作るだけなら別に住居じゃなくていいんだ!」
「えっ!? まさか、ここに!?」
「入り口だけあればいい。住むのは森の小屋にすればいい」
「で、でも。あそこは……」
「俺の予想が正しければ、きっと大丈夫だ」
「わ、わかりました。ご主人様を信じますっ」
リリシアが真剣な表情で俺を見上げた。
そのまっすぐな気持ちが俺には嬉しかった。
所持金合計。大金貨45枚、金貨31枚、大銀貨11枚、銀貨58枚。
482万6800ゴート。
ブクマと☆評価での応援ありがとうございます!
日間総合37位、ジャンル別12位になりました!
週間総合は141位、ジャンル別36位。
なんだかすごいです。みなさんのおかげです。
なので今日もお礼の記念更新します。
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