18.ダンジョンを餌付け
本日更新2回目。
俺は小さいダンジョンの一室で、ヘルリッチになったファルブールの日記を読んだ。
隣ではリリシアが美しい顔を歪めていた。
「まあ、自分勝手に人体実験をするやつだから倒して正解だった」
「可哀そうな境遇だったことには同情しますが、あれはさすがにおぞましすぎます……」
「優しいな、リリシアは。さすがは天使か」
「そうなのでしょうか。自分でもよくわかりません……では、ここのこと、日記とともに冒険者ギルドに伝えましょう」
「そうだな……普通はそうするな」
「え? ――まさか……」
リリシアが嫌そうに顔をしかめて一歩引いた。
俺はその予想が正しいと頷いた。
「言うことを聞くダンジョンコアは惜しい。ここで暮らすというのはどうだ? 家賃かからないし」
勇者時代の俺なら、即座に国やギルドへ報告しただろう。
でももうクビになったんだ。使えるものは自分で使う。
当然、リリシアが白い修道服を乱して詰め寄って来た。
「えええええ! 何を言っておられるのですか、ご主人様っ! 今回のことを隠して、ここで暮らすということは! あの可哀想な方々ともずっと一緒と言うことなのですよ! 弔ってあげませんと!」
「それはする。ギルドにも報告する。でも、ここの存在は黙る」
「ええ……わたくしは嫌ですよ。いくらご主人様の願いであっても。――いえ、そうですわ。奴隷なのにここまでご主人様のやることに反論できるということは、ご主人様のためにもなるからです。死体があった部屋やアンデッドが寝泊まりしていた部屋に住むと、体によくありませんもの。病気や呪いを受ける可能性があります」
「確かに。だったら部屋を作り替えてしまえばいい」
「え? できるのですか?」
「そもそもこの部屋にある大きな本棚やベッドが、あの細い通路を通るとは思わない。ダンジョンコアが用意したものじゃないのか?」
「まあ! 本当ですか!」
「聞いてみればわかるだろう」
俺たちは部屋を出て丸い玉の前に立った。
「このダンジョンを作り替えることはできるか? 部屋やリビング、キッチン、風呂など」
『できます。なんなりとご命令を』
「ほら、できるって。どうするリリシア?」
「む……でもー、ここは日が差しませんしー」
「わかった。じゃあ、通路としてだけ使おう。王都から森の奥まで時間短縮できるし」
「なるほど。それはいいかもしれません」
「となると……ダンジョンコア。通路は付け替えたりできるか?」
『できます。なんなりとご命令を。魔力が足りません。できます』
「壊れ気味だな……大丈夫か――ほいっ」
俺は手を当てて聖波気を流し込んだ。
すると、ピコーンと変わった音がして玉が光った。
『魔力獲得100% ダンジョンのレベルが上がりました。新しい階層を作ることができます。作りますか?』
「今はいらない。むしろ壊れかけのお前自身を治したらどうだ?」
『できます。できません。材料が足りません。魔力足りてます』
「材料ってなんだ?」
『魔物。生き物。肉。物質どれか』
「あー、生き物をダンジョンに引き込んで殺すもんな……あ、ワイバーンの肉が大量にあるな」
『足りてます、材料ほしです。足りてててて。なんでもでき。材料ざいざいざ……てててて』
「やば……本格的に壊れそうだ」
「ど、どうしますか、ご主人様!?」
「急いで戻ろう! 生き埋めになるかも!」
「はいっ!」
俺とリリシアは急いで通路を駆け戻った。
青白い光でとても明るい。
来るときは長く感じた通路だったが、走ると数分で丸太小屋に戻った。
外はまだ日は落ちていなかった。
「よし、ついでにワイバーンの肉も。間に合えばいいが」
「手伝いますっ」
近くの森に捨てたワイバーンの肉を運んできてダンジョンの中に投げ入れてやった。
すると光を明滅させて、肉を床の下に吸い込んでいく。
ペットにエサやりしてるみたいでだんだん楽しくなってくる。
そして全部投げ入れた。
洋服ダンスの奥へ続くダンジョンの光が安定する。
「……治ったのかな?」
「あそこにある本や薬だけでも持ち出しておきたかったですね」
突然ダンジョンから声が聞こえた。少年か少女のように高く澄んだ声。
「大丈夫でございますです。治りましたでございます、ますたー」
「お。よかった。行ってみよう」
「はい」
俺たちはまた細い通路を歩いて戻った。
天井から白い光が照らしているため、とても歩きやすい。
細いと思った通路もそれほど気にならなかった。
「照明がつくと清潔な感じになったな」
「いえ、それだけじゃありません。雰囲気が大きく変わりましたわ。聖なる力に満たされていて、まるでご主人様に寄り添っているようです」
隣を歩くリリシアが銀髪を揺らして辺りを見回しながら言った。
俺は俺に寄り添ったことがないので、よくわからない。
「ほ~? ひょっとして俺の聖波気を使用してるからか?」
「おそらくそうでしょう。……ダンジョンコアまで浄化してしまうなんて、さすがご主人様ですっ」
リリシアが嬉しそうに腕に抱き着いてきた。
「まあ、これならリリシアもダンジョンコアを利用することに不満はないだろ?」
「はいっ! ……あと、先ほどはご主人様に逆らって申し訳ありません。ここまですごいことを成し遂げるとは、想像できませんでしたから……」
「いやいや、リリシアは頼りにしてる。これからも常識のある意見をしてくれ」
「ありがとうございます、ご主人様っ」
リリシアはますます俺に抱き着いてきた。押し当てられる大きな胸がどこまでも柔らかかった。
1分ほどで広間につく。
黒かった玉が、真っ白になっている。球体の表面に青い光が走る。
「なんか距離が短くなってないか?」
白い玉の表面が青く光って話す。
「直しましたです、ますたー。通路にするなら短めがよいとです」
「おお、意思疎通ちゃんとできるようになったんだな。言葉はまだちょっと怪しいが。――でも俺がマスターでいいのか」
「前のますたーは、治せると伝えても治してくれなかたです。甲斐性なしの悪い人だです。だからますたーがますたーです」
「そうか。それで、通路の付け直しなんだが」
「できますですよ? どうします?」
「まずは王都側の部屋がどこに通じているのか、探っておきたい。そのあとは宿屋の部屋からダンジョンを繋ぎたい」
「地面に接している必要があるです。地下か一階じゃないと難しいですゆえ」
「なるほど。わかった」
すると白い玉の表面から、長方形の板が、にゅっと出てきた。表面はタイルのようにつやつやしている。
「こちら子機です。持っててもらえると、外からでも指示できる、みたいな?」
「便利だな。わかった――あとは、あの実験にされた人たちを王都のどこかに移したい。それはこの子機で連絡する」
「わかたですー」
「魔力は足りてるか? 今使っただろ?」
「魔力はただいま92ぱーせんと! くにやぶれてさんがりあー」
「ほいよ」
球体表面を触って聖波気を送り込んだ。
見れば正面横に92で出ていて、ピピピッという音とともに数字が増えていった。
100で止めるとコアが言った。
「本体魔力量は子機でも確認できるようにしとくです」
「わかった。じゃあ行ってくる。リリシア、行くぞ」
「はいっ、ご主人様っ」
俺とリリシアは王都へ通じる白い通路を歩いた。
ものの1分でドアへとたどり着いた。
――やはり便利だなこれ、と内心思った。
ブクマと☆評価ありがとうございます!
まさかの、日間だけじゃなく週間にもランクインしてました!
週間総合254位、週間ジャンル別62位!
多くの人に読んでもらえてうれしいです。どこまで伸びるのか楽しみになってきました。
というわけでランキング記念更新、頑張ります。
次話は夕方か夜更新。
→19.ファルブール医師の部屋
 




