159.メイド妖精(終幕へ、その1)
すがすがしい朝の空気に包まれた森の中。石畳の道がまっすぐ続いている。
道の両脇には下草のまばらな森林が広がり、木々の間を走る白いユニコーンや透明な羽根をパタつかせて飛ぶ妖精が見え隠れしていた。
ここは幻想界。
妖精や精霊、幻獣たちが住む世界。
新しくこの世界の神となった俺は、妖精女王へ挨拶に行くためリリシアを連れて道を歩いていた。
ちなみに俺は魔神剣を失ったので、ミスリルの剣で代用していた。
もうあまり剣を使うこともないだろうけども、念のため。
しばらく歩くと森が途切れて草原へと出た。
草原には色とりどりの花が季節感を無視して咲き乱れている。
遠景には玉ねぎのような屋根を持つメルヘンチックなお城が聳えていた。
道は城へと続いている。
歩いていると羽妖精のほか、子供の背丈ぐらいの妖精や、カバのような幻獣の声が聞こえた。
「勇者さんだー」「違うよ救世主さまだよー」「かっこいいねー」「天使もいるねー」「かわいいねー」
幼い声で軽やかに笑う羽妖精たち。
声を聞いているだけで癒される。
隣を歩くリリシアも自然と微笑んでいた。
「可愛らしいですね、ふふ」
「妖精って普通はこんな感じなんだろうな」
俺が知る妖精には碌なのがいなかった。
勇者時代には闇に染まった邪悪な妖精を何匹も退治したし、つい最近は史上最悪の妖精に出会った。
妖精については印象がよくなかったが、大妖精シルフは例外中の例外だったらしい。
だが、穏やかな気持ちで歩いていると、お城のすぐそばにメルヘンな世界とは似合わない、物々しい建物が建っているのに気が付いた。
高い壁が何重にも囲い、壁上には有刺鉄線が張り巡らされている。物々しい警備員の姿をした妖精が高い塔のような見張り台で監視している。
「なんだあれ?」
「監獄、でしょうか?」
リリシアも不思議そうに首を傾げた。
城まで来ると門番に用件を伝える。
すぐに可愛らしい装飾が施された丸みのある両開きの扉が開かれた。
城の中もまた可愛らしかった。白とピンクのストライプ模様の壁。エントランスの上にはイチゴ型のシャンデリアが光っている。
執事服を着た、ずんぐりした体格の男の子――妖精ノームだろうか? に出迎えられた。
案内されて正面の階段を上る。
二階は玉座の間だった。赤い絨毯が敷かれている。
柱の並ぶ広間の奥には数段の階段があって、その上に空の玉座がある。
俺たちが玉座のすぐ下まで行くと、壇上に立つとんがり帽子を被った小人さんタイプの妖精が、可愛らしい声を張り上げた。
「じょーおーさまのー、おなーり~!」
檀上の脇から、白いドレスを着た女性が現れた。背中まで垂らした桃色の長い髪を揺らしながら上品に歩く。
玉座には座らず、階段を降りてきて俺たちの前に立った。
「ようこそ幻想界へ。私が妖精女王のティターニアです」
「俺は新しくワールドマスターになったアレク、こっちがリリシアだ」
「存じております、救世主様と導きの天使様。この度は多くの世界を救っていただき、まことにありがとうございました」
ティターニアは優雅に頭を下げた。
俺は首を振る。
「気にしないでくれ。自分勝手に生きた結果、こうなっただけだ」
「ご自身の望みが世界の救済につながるなんて。さすがですわ」
「ありがとう。何か神としてやっておくことはあるか?」
「まずは幻想界を代表してお礼をしないといけませんわ」
「お礼?」
「今後どこに住まわれるのでしょう? 天界ですか?」
「いや、当分、地上界だな。フォルティス王都近郊、ソフィシアの森にある俺の屋敷だ」
「今後屋敷を大きくすると人手が足りなくなるのではありませんか?」
女王に言われて少し考えた。
「確かにもう少し屋敷を大きくしたいな。二階建てにしたい」
「でしたら家に住まわせるだけで幸運を呼ぶ、メイド妖精を送りましょう。――ディナシー クーシー ケトシー 出てきなさい」
「「「はーい」」」
広間に、背丈は子供だが四頭身ぐらいの妖精が現れた。全員メイド服を着ている。デフォルメされている感じがぬいぐるみの人形を思わせた。
俺たちのそばに整列して自己紹介する。
「ディナです」「クーです」「ケトです」
ディナは人型の妖精だったが、クーには犬耳、ケトには猫耳ががあった。
女王は微笑みながら命令する。
「三人とも頑張るのですよ」
「はい!」「頑張るワン」「お掃除するニャ」
リリシアが子供を見守るような視線で笑う。
「可愛いですわ」
「そうだな。じゃあ、他に用事もあるし、今日のところは帰ろう」
しかし女王が手を上げて待ったをかけた。
「お待ちください。一つだけお願いがあります」
「なんだ?」
女王は悲しげに顔をしかめて言った。
「風の大妖精シルフを捕まえてほしいのです。大きさはこれぐらいで、透明な羽根の――」
「いや、知ってる。最近見た。幽霊船で死体を操って森を作ってた」
「本当ですか! シルフは殺人、殺人ほう助、強盗、窃盗、誘拐、監禁、詐欺、死体遺棄、死体損壊、自殺教唆、ありとあらゆる犯罪を犯している妖精にあるまじき大悪人です」
「そこまでヤバい奴だったのか。しっかり息の根を止めておけばよかった」
俺の言葉に女王が慌てて首を振る。
「いえ、いけません! 殺してはダメです」
「なぜだ?」
「妖精や精霊は、死ぬと記憶を保ったまま転生します。危険な妖精は閉じ込めるしかないのです」
「だから、あんな物々しい監獄があったのか」
「あれは大妖精シルフのために建てた監獄です。ですが、もう3回も脱獄されてしまって、今度こそ完全に逃げられない監獄アルカトラズが完成しました」
「三回も逃げられてるのに大丈夫か?」
「一度目は、そのまま閉じ込めたら看守を騙して逃げられてしまい。二度目は魔法を使って自殺して転生。三度目は魔法で眠らせて閉じ込めたのですが、捕まる前に遅効性の毒を飲んでいたため、じわじわと衰弱して、気付いたときには死んでしまい転生して逃げられました」
「悪知恵だけはすごいな……んん?」
女王の話を聞きながら、シルフの最期を思い返していた。
――あれ? シルフの奴、ひょっとして幽霊船の沈没に巻き込まれて死んでないか?
やってしまったかもしれない。
額に冷や汗が浮かぶのを感じながらリリシアを見る。顔が引きつってるかもしれない。
リリシアも気付いた様子で、困り顔のまま恐る恐る尋ねる。
「ティターニア様。もしシルフが死んでしまったら、すぐに復活するのでしょうか? それとも時間がたってから転生するのでしょうか?」
「風属性の魔力溜まりができて、そこからじわじわと魔力が妖精の形に作られていって、すぐに復活という感じでしょう」
女王の説明は、俺の頭ではいまいち要領を得ない。
「じわじわですぐに? ――詳しく尋ねよう。死んでから転生復活までの期間は、人間の時間で何年ぐらいだ?」
「そうですね。風は火土水と違って、世界に遍在していますから、早くて10年、遅いと50年ぐらいでしょうか」
「なるほど。人間と妖精は時間の感覚が違うみたいだな」
「どういうことでしょう?」
「シルフを殺してしまったかもしれないから十年後、転生復活したら捕まえることにするよ。それでいいか?」
「はい、ありがとうございます、アレク様」
女王は深々と頭を下げた。桃色の髪が音を立てて、さらっと流れた。
問題を先延ばしにしただけだが、今のところは問題ない。
十年後の俺、頑張ってくれ。
それから俺とリリシアは幻想界を後にした。
◇ ◇ ◇
森の中の屋敷に帰ると、すでにメイド妖精たちがいた。
「ひゃー」とか可愛い声を上げながら、ディナがぞうきん掛けをしている。
天井を、重力を無視して端から端まで走っている。
犬耳クーシーは壁に立ってほうきで掃いている。
猫耳ケトシーは雑巾で窓を拭いていた。外の壁に張り付きつつ。
「あんまり汚れてないワン」「こっちもニャン」
「まあこの屋敷、ダンジョンの一部だからな」
「すごいワン!」「さすがご主人様だニャン!」
可愛い声で驚くメイド妖精たち。
「頑張ってくれるだけで嬉しいですわ。語尾も可愛らしいですし」
リリシアが笑顔で言うと、逆にケトシーは暗い顔をして素の声で言った。
「最終回に登場だから、必死でキャラ付け頑張ってるんですよ」
「えっ!?」「なんの話だ?」
「なーんて、なんでもないニャン!」
笑顔に戻って窓拭きを再開するケトシー。
彼女たちなりに頑張っているんだろう。よくわからないが。
その後はメイド妖精たちに料理をして貰った。
葡萄酒で煮込んだ肉料理や衣を付けて揚げた魚料理、ハーブの入ったサラダにコーンポタージュスープ。
いつもよりはるかに手の込んだ料理で、とてもおいしかった。
俺は感心しながら言う。
「確かに幸せを運ぶ妖精だな」
「大きい屋敷には従者がつきものです。賑やかになって嬉しいですわ」
リリシアが満足そうに笑った。
今まではいろいろ隠さなくてはいけなかったため、召使や使用人を雇えずリリシアに苦労をかけた。
これからはもう少し自由に生きていこうと思い直した。
――その前には、リリシアのためにアレをやらないとな。今は時期が悪いが。
これからリリシアと過ごす穏やかな時間を考えると、俺は微笑まずにはいられなかった。
「終局へ」はあと5話ぐらいあります。
次話は明日更新
→『160.赤影参上(終幕へ、その2)』




