157.魔神が安全な理由
本日2話更新、二話目。
天界の神殿で、俺は魔剣に封じられたマグナウルスの封印を解いた。
神にする約束は、ミスラの世界の神になってもらうつもりだった。
変身時の煙が消えると、白髪から二本の角を生やした童顔の青年マグナウルスが立っていた。
しかし可愛い顔には激怒が満ちていて、二重の大きな目を吊り上げている。
マグナウルスは俺の胸ぐらを掴む勢いで突っかかって来た。
「てめぇ! 話が違うじゃねーか!」
「怒ってたのか」
「当たり前だろーが! ったく、俺様を騙そうなんざ、いい度胸だなぁ? てめぇの世界をめちゃくちゃにしてやってもいいんだぜ?」
マグナウルスが舌なめずりをしながら可愛い顔で凄んできた。
口や態度は悪いが、なぜか全然怖くないので、俺は特に気にせず答える。
「そいつは困るな」
「だったら、てめぇの神の地位を寄越しな!」
「そもそも魔神なんだから、現時点で魔物の神か悪魔の神ってことだろ? さらに神様になったら、魔神神になってしまわないか?」
「まじんじんです?」「でーもんもんも可愛いかもしれませんわ」
コウとリリシアが真面目な顔で言った。
マグナウルスはちょっと恥ずかしそうに頬を染めつつ怒鳴ってくる。
「おいやめろ! 変な名前で呼ぶんじゃねぇ!」
「じゃあ決まりだな。自由になれたんだから、それでよしとしてくれ。ミスラの世界の神にはいつでもなれるようにしとくから。――コウ、ミスラにも伝えておいてくれ」
「あいさー」
コウは気軽に答えて球体の表面を光らせた。
マグナウルスはこぶしを握り締めて震えていた。俯いた美形の童顔に暗い影が差す。
「そうかい……そういうことかよ」
「ん? どうした?」
「てめぇ、俺様を本気で怒らしちまったようだな?」
「だったらどうする気だ?」
俺の問いかけに、マグナウルスは可愛い顔に残忍な笑みを浮かべて叫んだ。
「てめぇの大切なものをすべて、ぶち壊してやるぜっ! ヒャッハー!」
マグナウルスが青白い光に包まれると、姿が消えた。
転移魔法か何かを使ったらしい。
リリシアが不安そうな顔をして俺に寄り添ってくる。
「一体何をする気でしょう……? 大丈夫でしょうか?」
「うーん。口や態度は悪いんだが、全然脅威を感じないんだよな。何も起きない予感しかない――リリシアはどう思う?」
「た、確かに。魔神らしく振舞ってますけど、華奢で可愛らしい男の子としか思えません。まるで思春期を迎えた弟が粋がってるようです」
俺はコウを見て尋ねる。
「あいつがどこに行ったかわかるか?」
「地上界です~映像出すです~」
白い神殿の広間に、大きなスクリーンが浮かんだ。
画面に広がる景色は王都周辺。
王都は無事なものの、周辺の大地は無惨な荒れ地となっていた。
王都周辺は国内でも有数の穀倉地帯。
ダンジョン世界戦前は、収穫前の農作物が青々と実っていた。
それが今や、大魔王との戦闘によってすべてダメになっていた。
収穫どころか、畑は畔や水路が壊れ、ため池は干上がり、豊かな土は焼け焦げた上に熱で溶解して軽石のような岩石となっている。
農地の形は一年あれば整えられても、豊かな土の復活には数年かかるだろうと思われた。
貧農出身だった俺としては心が痛む。
――俺がこの世界の神の座を明け渡さなかった一番の理由がこれだ。
大魔王の軍勢は世界中を攻撃していたから被害も大きい。
一日も早く農地を復興しなければ、世界的な飢饉が起きるだろう。
コウやリリシアと協力して、みんなを助けたいと思っていた。
――と。
画面の中、王都上空に白髪の美青年が現れた。マグナウルスだ。
大きなサイズの白シャツを着ているため、風に吹かれるたびに細い鎖骨や薄い胸板が見えた。
マグナウルスは王都を見下ろして、可愛い顔に残虐な笑みを浮かべると叫んだ。
「アレクが大切にしたこの街を、今からすべて葬ってやる! 恨むならアレクを恨みな――っ!」
王都の人々が何事かと空を見上げた。
「アレク様の名前を言うたか?」「どういうことだ?」「アレク様ばんざい!」「なにかあるのか?」「まさか救いの手を差し伸べてくれるのか?」
戸惑うだけで状況を理解しない人たちばかりの中、上空にいるマグナウルスが両手を掲げた。屋敷よりも巨大な魔力が手のひらへと、大きく丸く集まり始める。
膨れ上がっていく魔力球は青白く清らかで、優しい慈しみに溢れた輝きとなっていく。
王都を包み込むほどの巨大な魔力の塊となった時、マグナウルスが童顔に邪悪な笑みをいっぱいにして叫んだ。
「死ねぇ! ――暗黒消滅破!」
腕を振り下ろすと、素晴らしい速さで魔力の塊が王都に落ちた。
コウが解説してくれる。大魔王すら知らない、神代の時代に封じられ禁呪となった暗黒系最強の魔法らしい。
しかし清浄なる青白い輝きが、煌めく波紋となって、王都を中心に周辺まで広がっていく。
街にいた人たちは体の不調や疲れが消えていくのを感じたらしく喜びの歓声を上げた。
さらに聖なる波紋は広がって、荒れた大地に草が芽生え、木々が伸び、青々とした麦畑が復活した。
神の奇跡だ、アレク様のお力だ、と人々が喜びの声を上げる中、マグナウルスは戸惑った。
「は? なんだこれ? アレクが何かしやがったのか!? ――それならこれはどうだ!」
マグナウルスは王都の街路へと降り立った。
目の前には杖を突いてよぼよぼと歩く、腰の曲がった痩せた老人がいた。
「やい、じじい! てめぇから血祭りに上げてやる!」
「はぁ? お祭りじゃと?」
「うるせぇ!」
ドガァンッ!
耳に手を当てて話を聞こうとする老人を、マグナウルスが殴り飛ばした。
よぼよぼの老人は吹っ飛ばされて建物の壁に激突する。
顎が砕け、首の骨が折れ、背骨も腰骨もばらばらになるほどの一撃。
しかし老人は青白い光に包まれると、杖の支えもなく両足で立ちあがった。さらに腕を交差させて「ふんっ!」と力を籠めると、上腕筋や胸筋が盛り上がり、粗末な服を千切り飛ばした。
見事にパンプアップした上半身が日の下に晒される。
唖然と老人を見つめるマグナウルス。
老人は自分の全身を眺めて、喜びの声を上げた。
「おお! 持病の腰痛や関節痛がなくなったぞい!」
「持病が治ったどころの話じゃねーだろうが!」
「なんと!? 視力や聴覚までよくなっとるぞい!」
「もっと変化してるとこあるだろーが! つーか、またアレクが邪魔しやがったのか!?」
「おお、救世主アレク様の知り合いのかたですかな? 感謝いたしますぞ」
老人は手を合わせてマグナウルスを拝んだ。
マグナウルスは可愛い顔を引きつらせていたが、「ちぃっ!」と舌打ちして逃げ出した。
路地裏に入ると瞬時に姿が消える。
そして天界。
コウのいる神殿広間にマグナウルスが帰って来ると、俺に掴みかかってきた。
強気な態度だが目尻には涙が浮かび、幼い顔は今にも泣きそうだった。
「てめぇら、俺様に何をしやがった!?」
「いや、見てただけだが? 俺は何もしてないぞ?」
俺の疑問に答えるようにコウが言葉を挟んできた。
「ますたーはなにもしてねーです? むしろマグナウルスさんの自業自得です?」
「はぁ、どういうことだ!?」
マグナウルスがコウを睨む。
コウは淡々として答えた。
「ますたーの聖なる魔力である聖波気を数千年分――いや数万年分? も体の中に溜め込んだですゆえ、今後マグナウルスさんの使う魔法も呪いも物理攻撃も、全部癒しの力になるです」
「はぁぁ――!? ふざけたこと抜かしてんじゃねーよっ!」
「大まじめです?」
コウの告げる真実が静かに響いた。
――まさか、聖波気によって性格が善性になったのかな? と思ったら、強制的に癒しまくる存在になってしまったとは。
確かに今後、マグナウルスが何をしようと、周囲に聖なる癒しを振りまくだけの善神になるだろうと思われた。
しばらくの間マグナウルスは驚愕で目を見開いていたが、急に膝から崩れ落ちた。涙が頬を伝う。
白髪を掴むように両手で頭を抱え込むと、振り絞るように声を張り上げる。
「そんなの……そんなのってありかよぉ! 千年以上封じられながらも、また暴れられる日を夢見て耐えてきたってのによぉ!」
「……なんだかちょっとかわいそうだな」
「聖波気の塊になっていたから、態度が悪くても害意をまったく感じなかったのですね……貯めた聖波気を全部使いきれば元に戻るかもしれませんが……」
リリシアが眉尻を下げて同情の視線を、泣いて悔しがるマグナウルスに向けた。
しかしコウは冷静な判断を告げる。
「全部使いきる可能性はゼロではないですがー。すでにますたーの聖波気で、腹ん中パンパンでは?」
「ああ、そうだよっ! 腹ん中どころか頭から指先までお前の力でパンパンだよっ! ちくしょうっ!」
マグナウルスは涙を散らして泣き叫んだ。
画面にはまだ王都近郊の風景が映し出されていた。
復興には時間がかかると思っていたが、マグナウルスが極大魔法を放ったおかげで、緑の林や草原、畑が復活していた。
――俺としては、とてもありがたい。本人の意図とは真逆だろうけれど。
もしマグナウルスが聖波気を全部使うまで暴れたら、地上全土が聖域になるんじゃないかと思った。
俺は頭をかきつつ当たり障りのない慰めの言葉しかかけられない。
「まあ、その。元気出せ。何か欲しいものがあれば言ってくれ。俺たちのできる範囲で協力するから」
しかしマグナウルスは静かに声を抑えつつ、ゆっくりと床に倒れた。
うつぶせになって時々、華奢な体を震わせる。幼児が泣き疲れたかのようだった。
「大丈夫か?」
「もうなんもしたくねぇ。つーかやる気でねぇ」
「今はショックだろうが、したいことが浮かんだら遠慮なくいってくれ」
「何もねー。弱者をいたぶったら癒すことになっちまうなんて、頭がどうにかなりそうだぜ」
マグナウルスは完全にふてくされて寝た振りを続けた。
――今はかける言葉が見つからない。
俺はリリシアを見て肩をすくめた。
リリシアも苦笑気味に頷くだけだった。
話題を変えるかのように、コウの球体表面に青い光が走った。
「ますたー。ちょっとばかりお願いと、ご相談があるです」
「なんだ?」
「神様になったので、暇なときに幻想界の女王様にご挨拶しにいってほしーです」
「わかった。相談事は?」
「アタシはドラゴン系ダンジョンなので、ドラゴンを神か神代行に設定する必要があるです」
「つまりラーナか?」
「でも完全体じゃないです。おかしな状態です?」
「あー、残りの宝珠探しか、わかった。確か精神年齢と肉体年齢が合ってなくて不完全になってるんだったな」
「そですー。見た目は子供、頭脳は大人! 名状しがたき化け物! になってるです」
「よくわからんがわかったよ。細かい用事を片付けつつ、宝珠も探そう」
「ありがとですー」
コウの表面が嬉しそうにピコピコと光った。
リリシアが俺に寄り添いつつ尋ねてくる。
「これからどうされますか?」
「そうだな。まずはリリシアと対等な関係になりたい。そのためにはドワーフの問題だ。コウ、あのコアは見つかったか?」
「はいですー」
神殿の床に宝箱が出現した。
箱を開けると、茶色と黄色の宝石――ダンジョンのコアが入っていた。
それらをマジックバッグに入れるとコウに言った。
「じゃあ行ってくる。コウは世界を調べて、被害が大きいところに聖波気を撒いて復興の手伝いをしておいてくれ」
「りょかーいですっ」
神殿の隅に門が現れた。転移用のゲートだ。
リリシアが白い服の裾を揺らして歩き出す。
「では行きましょう」
俺とリリシアはなんとなく手を繋いで、転移門をくぐった。
ブクマと★★★★★評価ありがとうございます。
次話は明日更新。
→『158.対等な解放、そして……』




