156.世界の真実
本日2話更新、一話目。
頭上は雲一つない青空。
逆に足元は、白い雲が平原のように地の果てまで広がっている。
俺は王都近郊でリリシアと抱き合って笑っていたはずだった。
だが光に包まれた後、突然風景が変わったので俺は真顔になって周囲を見渡した。
「どこだ、ここは?」
「えっ――ここは天界ですわ、ご主人様!」
リリシアが周囲を見渡して驚きの声をあげた。
その言葉に、俺はドキッとする。
「つまり、大魔王を倒したからリリシアは天に還った、という訳か?」
「どうでしょう? 神は不在と言われてましたが……」
「神が昔いた場所はどこだ?」
「こっちです」
俺はリリシアに手を引かれて、白い雲の地面を歩いた。
何もない、誰もいない天界を、半刻は歩いたころ。
前方に人工物が見えてきた。
白くて太い柱を持つ、荘厳な神殿。
ただ、壁や天井はなく、柱の向こうに青空が見えていた。
神殿まで来ると入り口前にある幅広の階段を上って中へと入る。
神殿内部は柱に区切られただけの空間だった。
その広間の一番奥に、見覚えのある直径一メートルぐらいの白い球体がいた。
どうみてもダンジョンコアのコウだった。
俺たちが近づくと、球体の表面に青白い光を走らせて喜びの声を上げた。
「わーい、ますたー、やったですー! ついにアタシは上がりです! ワールドコアです! アタシが世界の管理者になったです~!」
「それはよかったな」
「あああ! 本当に長かったです! 数々のクソゲーをクリアして、ようやく安心安泰の存在になれたです!」
「そういや最初はすごろくから始まって、数々のゲームをしてきたって言ってたもんな」
「はいです~! アタシの喜びは感無量大数です!」
コウは球体表面に喜びの涙を流しながら、ピカピカと明滅した。
リリシアが少し考えながら尋ねる。
「ということは、ご主人様が次の神様に?」
「ですです! この天界で、ますたーとリリシアさんは下界を見下ろしながら、いつまでも仲良く乳繰り合って生きていけるです~!」
「乳繰り――って、何を言うんですか、コウちゃん!」
「乳繰り合うのも多生の縁ですー」
「多少どころではありませんわっ!」
リリシアは可愛い顔を真っ赤にして怒った。
俺は苦笑しつつ、リリシアをなだめるように彼女の銀髪を撫でた。
「でも、リリシアにとっては里帰りしたようなものだろう? 少し寂しくはあるが素敵な場所だな」
「はい、そうですね……なんとなく懐かしい気がします……」
「なんとなく? 子供のころからこの雲の上で駆け回っていたんだろ?」
俺の問いかけに、リリシアは顎に指を当てて、う~んと考え込む。
「わたくしの子供時代……思い出せませんわ」
「そうか……まだ地に落ちたときの影響があるんだな……」
俺は顔をしかめて言った。
俺が会う前の出来事とは言え、記憶を消されたリリシアが辛い思いをしたことが心苦しかった。
しかしコウが何気ない口調で言った。
「そりゃ、ちゃうです」
「違う? どういうことだ?」
「リリシアさんに子供時代があるわけねーです? 寿命もねーです?」
「――なぜそこまで言い切れる?」
俺は睨みながら尋ねると、コウはあっさりと答えた。
「だって、リリシアさんは天使。ダンジョンコアがコアを消費して作った、生まれた時から大人のモンスターです?」
「えっ!?」「なんですって!?」
「正確に言えば、前任のワールドコアさんが作った天使さんですが」
「――もう一人の天使、ソフィシアもか?」
「そーです?」
コウの言葉に俺とリリシアは呆然とした。
――いや、確かに昔、コウが言っていた。天使系ダンジョンになれば、コアを使って天使を作れると。
それにダンジョン産の魔物に効く酒を飲んで、リリシアもソフィシアもラーナも、頭がおかしくなっていた。
リリシアもダンジョン産のモンスターだったからか!
リリシアが俺の腕を掴んで見上げてきた。垂れ目がちの瞳が泣きそうなほど潤んでいる。
俺は首を振ると、リリシアを優しく腕に抱いた。
「だったら、前のワールドコアに感謝だな。こんなに可愛い奥さんを作ってくれるなんて」
「ま、ますたぁ……」
リリシアは涙を浮かべながら笑顔になって、俺に必至と抱き着いてきた。
優しく銀髪を撫でてやる。少しは不安を感じなくなって欲しい。
リリシアの柔らかな体を腕に抱きつつ、コウに尋ねる。
「他にも何か伝えておくことはあるか? 驚くのは今日だけで十分だ」
「特には、ねーです?」
「そうか……。一応確認しとくが、俺が神になったと言っても天界でずっと人々を見守らなくてもいいんだろ? 今まで通り屋敷で暮らしていいよな?」
「もちのろんですー。人を助けるのが神の意思なら、人を助けないのも神の意思ですゆえー。まあ、アタシが屋敷を管理したように世界も管理するですので、ますたーは何もせずとも、もーまんたいです?」
「そういうもんなのか……ということは今までも優秀なダンジョンコアがワールドコアになって世界は管理されてたんだな。これも一つの驚きの実態だな」
「そーです? この世界が巨大なダンジョンだって、前にも伝えたです?」
「え? ――いやいや、聞いてないぞ!? この世界がダンジョン!?」
「はいです。上の階層から順番に、天界、幻想界、星竜界、地上界、魔界、煉獄界。巨大な六層からなるダンジョンです?」
「はぁ!?」「いえ、知りませんでしたわ!」
俺とリリシアが驚愕の声を上げた。
コウは不思議そうに、球体の表面を光らせる。
「魔界や星竜界へ行くときに、伝えたですが?」
「そんな話は聞いてな――あ!」
確かにコウは言っていた。
魔界へ行くときは、床に穴をあけて階段を作る程度の簡単な作業だと。
星竜界へ行くときは、天井に穴をあけて階段を設置する程度の簡単な作業だと。
そして地上界のヤマタ国へ行くときは、いくつもの壁を突き破って通路を通すから大変だと。
――この世界は巨大なダンジョンだったからか!
すべての異世界にダンジョンがあり、ダンジョン世界戦を通して次の神が選ばれる理由が分かった気がした。
この世界も別世界もすべてダンジョンだったからか。
俺は、はぁ~と長い溜息を吐いた。
「つまり、すべてはダンジョンなのか」
「はいです! 今で満足、さらなる快適、ますたーのお気持ちしだいです?」
「お気持ちか……そうだ、だったら一つやって欲しいことがあるんだが」
「なんでしょー?」
「今の魔物ランク制度って、強さだけが基準だっただろ? それに加えて、魔物の有能度ランキングみたいなのも作れないか?」
「ほほう? 例えば何を評価基準にするです?」
「賢さや、職人的技術だな。特殊技能と言ってもいいかもしれない」
「強いけど普通のゴブリンと、弱いけど料理が得意なゴブリンは、武力D有能度Eと武力E有能度Cみたいになるですか?」
「そんな感じで! 魔王が世界征服したい理由が、従来の魔物ランキング制度をぶっ壊したい、だったからな」
「りょかーいです。プログラム組んで、一括変更するです~」
「頼んだ」
懸念していた項目が一つ解消できるようで、少し肩が軽くなった。
それに神として何かやる義務もないようでよかった。
俺の腕の中でリリシアが、ふふっと微笑む。
「どうした、リリシア?」
「神になって一番最初にやったことが、自分の為でも人の為でもなく、魔物たちのためだなんて。さすがご主人様ですわ」
リリシアが嬉しそうな笑顔で俺に抱き着いてくる。
なんだか、とても愛おしくなって優しくリリシアを抱いた。
――と。
俺の腰に下げた剣――魔神剣ルイングリードが、ガタガタと揺れ始めた。
まるで何かを訴えかけるように。
「あっ、忘れてた」
「どうされました、ご主人様?」
俺は剣を引き抜いた。真っ黒い片刃の剣。
何か言いたそうに、刀身がギラリと光る。
黒い刀身を見ながら少し考える。
魔神マグナウルスは性格が最悪で、口も悪い。
昔は素行も悪かったようだ。
普通なら、マグナウルスの開放はあり得ないだろう。
ただ――俺的には、マグナウルスがいなかったらワールドコアのミスラに出会えなかったし、こっちの世界へ帰ることもできなかった。
一方的に助けられた。ひどい目には合っていない。
ひょっとしたらマグナウルスは俺の膨大な聖波気を浴びて、性格の根源的なところが良い方向に変わったのではないかと、少し思っている。
だが俺は常識に乏しい。勘違いしている可能性もある。
それに最初は、俺を見捨てて逃げようとしてたしな。
なので俺より賢いリリシアに聞いてみた。マグナウルスとのことを全部話したうえで。
「――というわけで、この魔剣ルーングリードは魔神マグナウルスが前の神によって剣に封印された姿なんだ」
「なるほど……助けてもらう代わりに自由にすると約束したのですね」
「あとは神にするって約束もした」
「ええっ!? ご主人様、神の地位を明け渡すのですか!?」
「いや、この世界の神にはしないぞ?」
「どういうことでしょう?」
リリシアは不思議そうに首を傾げた。
俺はコウを見て尋ねる。
「コウはワールドコアになったよな?」
「なったです」
「だったら次元の狭間にいたワールドコアのミスラと同じように別世界に繋げることができるよな?」
「ほむ。ミスラさんとこに扉を繋げられるです」
「だったら、ミスラのパートナーになればいい。相方だった大魔王スケルスは倒したから、フリーのはずだし」
「まあ! 確かに嘘は言っておりませんわ! 気に入るかどうかは別ですけれども!」
リリシアが口を押えて驚愕した。
持っていた剣がガタガタガタガタと激しく鳴った。
喜んでくれているのだろうか?
「とりあえず、コウ。マグナウルスの封印を解いてやってくれ」
「はーい。封神解除っと」
剣からぼふっと煙が上がった。
ここからは伏線回収を頑張っていきます!
広げた風呂敷は畳むのが一番大変です……(´・ω・`)
次話は夜更新。
→『157.魔神が安全な理由』




