153.大魔王VS.聖白竜!
本日二話目
次元の狭間にて。
俺はスクリーンに映し出される、王都周辺の戦闘を見ながら歯ぎしりしていた。
テーブルに座って酒を飲んでいる魔神マグナウルスが手を叩いて喜ぶ。
「ひゃっはー! ルクティアの神官どもが消えて最高だぜぇ!」
「俺たちの世界が負けてもいいのか!」
「そんなもん知らねーよ! 雑魚どもの無駄なあがきを見ると、全身が興奮でゾクゾクするぜぇ!」
「くっ!」
性格のねじ曲がった魔神は、まともに話せる相手じゃない。
俺は苛立ちをぶつけるように、ワールドコアのミスラに向かって叫んだ。
「まだ俺は元の世界に戻れないのか、ミスラ!」
「はい、まだです」
「魔力以外になにか足りないのか? なんでもするぞ!?」
「嬉しい提案ですけど、無理なものは無理です。あなたにわからないパソコンで例えると、あなたの世界に神がおらず、ルートを設定できません。私には管理者権限がないので、バックドアから侵入しようとポートスキャンアタックを繰り返しています」
「うん、意味が全然わからん。――あとどれぐらいかかる?」
「数分か、数時間か。とりあえず、お茶でも飲んでお待ちください」
「そんな悠長なことはしていられない! 一刻も早く戻らないと、リリシアが、世界が――お?」
王都周辺を映し出す画面に真っ白な変化が現れたため、思わず俺は変な声を上げていた。
◇ ◇ ◇
王都近郊。
赤黒い曇天の下、全長二十メートルの闇の巨人である大魔王スケルスが立っていた。
上空に浮かぶルベルが、たいまつのように煌々と輝いている。
そこへ「きーーーん!」という幼い声とともに、真っ白い巨体が落ちてきた。
ルベルの放った炎の嵐を吹き飛ばしながら巨体が大地へ降り立つと、ズズゥゥゥン……と重い地響きが世界を揺らした。
全長二十メートルにまで巨大化したラーナだった。
見た目の年齢は五歳ぐらい。大魔王と同じ全長だったが、頭身に明らかな差があった。
長い白髪、足首まで隠す白いワンピースの裾を揺らしながら、巨大幼女が大魔王へ突進する。
突然現れた幼女に、さすがの大魔王も一歩後ずさって驚く。
「な、なんだ、こいつは!?」
「きゅきゅーい、ぱーんち!」
ドゴォォォ――ッ!
巨大幼女の無造作な握りこぶしが、大魔王の顔面を殴った。
「ぐはぁっ!」
ズズゥゥゥン!
大魔王はぶっ飛ばされて、焼け残った木々をバキバキと音を立てて押し倒しながら大地に叩きつけられた。
大魔王は殴られた頬を抑えつつ上体を起こす。
ラーナはファイティングポーズをとってワンツーを放ちながら、険しい目で大魔王を見下ろす。
「きゅ、きゅっ、きゃあい!」
「聖波気の塊のような存在……貴様、聖なる竜か?」
「きゃい!」
ラーナが頷くと、大魔王はゆっくりと立ち上がる。
「だが、本来の力は取り戻せてはいない様子。――いいだろう、貴様も闇の深淵へといざなってやる! でやぁ!」
「きゃぁぁぁい!」
大魔王が素晴らしい速度で踏み込み、闇のオーラに包まれた拳を繰り出す。
ラーナもまた大きく一歩踏み込んで、カウンター気味に青白いオーラをまとったパンチを繰り出す。
ドゴガァァァ――ッ!
両者の拳が互いの顔面を殴る、クロスカウンターがさく裂。
二人とも勢いでぶっ飛ばされ、それぞれの後方に轟音を立てて倒れた。
戦いを見下ろしていたルベルが、唖然としながらつぶやく。
「なんだか、私の想像していた戦いと、違うな……」
ルベルは巨大ドラゴンと巨人が戦う、神話で語られるような戦いを想像していたのだった。
◇ ◇ ◇
コウのダンジョン。
ダンジョンコアであるコウのいる広間には、魔物の残骸が散らばっていた。
通路にあった敵ダンジョンの入口はもうなくなっている。
広間には天使のリリシアやソフィシア、エルフのテティに氷獣フェンリルが狼たちともにいた。
コウの球体の上にスクリーンが表示され、王都近郊の戦いが映っていた。
リリシアが驚きながらコウに詰め寄って言う。
「なんでラーナちゃんが巨大幼女に!? いったいどういうことですか、コウちゃん!?」
「そうよ、てっきりドラゴンの姿になって戦うのかと思ってたけど」
ソフィシアも不思議そうに首を傾げる。
コウだけがいつもの口調で淡々と答えた。
「本来、6つの玉があって大きな聖白竜として復活するです。玉が1個足りないので、あれが最適解だです」
「「「あれが!?」」」
「五歳に戻って、玉5つ分の魔力で体を大きくしたです。あれ以外に大魔王ぐらい体大きくする方法がねーです?」
「そ、そうなのですか……頑張ってください、ラーナちゃん……」
リリシアは胸の前で両手を握り締めて、祈るように画面を見た。
画面の中でラーナは必死に戦うも、クロスカウンターで両者が吹っ飛んでいた。
◇ ◇ ◇
王都近郊。
ラーナと大魔王は互いの顔を殴るクロスカウンターで大地に倒れていた。
先に起き上ったのは大魔王だった。ふらふらになりながらも両足で立つ。
「やるな、小童!」
ラーナはゆっくりと立ち上がるが、幼い鼻から、つうっと鼻血が垂れた。
それを手の甲で拭うと、勝気な笑みを浮かべて大魔王を睨む。
「きゃいいい!」
ラーナが大地を震わせながら素早く動いて前に出る。
大魔王が焦りつつフック気味に顔へと殴り掛かるが、ラーナはしゃがんでかわした。
そして膝を伸ばしながら大魔王の顎をアッパーで殴る。
「ぐはぁっ! ――やりおる!」
大魔王は一歩下がりながら、応戦。
ここからは互いに殴って殴られての激しい攻防を繰り広げた。
大魔王の右ストレートをラーナがスウェーでかわすと、顔の前を両腕でがっちりガードして上半身を8の字に揺らすデンプシーロールをしながら、摺り足で近づいていく――。
◇ ◇ ◇
一方そのころ、次元の狭間。
コアの広間だけが存在する真っ暗闇の空間で、俺はワールドコアのミスラに魔力を注ぎ続ける。
魔神マグナウルスは画面で繰り広げられるラーナと大魔王の殴り合いを食い入るように見ていた。
「いいぜ、やれやれ! ――おい、アレクよ」
「なんだ?」
「どっちが勝つか賭けねぇか?」
「そんな暇はない! というか俺たちの世界が負けるわけにはいかないんだ!」
「ちぇっ! ほんと、つまんねー奴だな、お前」
「うるさい。俺はリリシアといつまでものんびり暮らすんだ。そのためにはミスラ、まだか!?」
俺が尋ねた瞬間、ミスラの球体の表面が激しく明滅した。
ミスラが喜びの声を上げる。
「繋がりましたわ、アレクさん!」
「なにっ!? ほんとか!?」
白い壁に花柄模様の浮かぶ広間。
俺たちから少し離れた場所に、両開きの重厚な扉が現れた。全体は白い石でできていて、蔓が絡むような美しい装飾が施されていた。
ミスラは軽やかな声で言う。
「その扉を開ければ、あなたのいた世界です!」
「ありがとう、ミスラ! ――帰るぞ、マグナウルス。剣に戻ってくれ」
「へいへい」
マグナウルスは気乗りしなさそうにあくびをすると、頭を掻きながら立ちあがる。
俺の傍までくると煙となって腰に下げた鞘の中に納まった。
俺は扉へと向かった。
ぐっと力を込めて扉を押す。しかし開かなかった。
「ん? 引き戸か?」
「いえ、押して開ける扉ですわ」
「鍵も開いてるか?」
「かかっていませんよ」
「だったら――ハァッ!」
俺は聖波気を放出しながら、肩でぶつかるように扉を押した。
焦る気持ちも込めて全力で押した。
しかし扉は、ギッ――ギギッ――ときしんだ音を立てただけで、ほんの1センチほどしか開かなかった。
隙間を通して赤黒い曇天と、懐かしの王都が見える。その遠景には、森の中の屋敷。
どうやら扉は南を向いて、空中に出現しているらしい。
でも、ここからはどれだけ押しても扉が開かなかった。
俺は扉を押しながらミスラに尋ねる。
「ミスラ、これ以上開かないんだが!」
「やはり管理者不在では、ここらへんが限界かもしれません」
「そんな! ほかに何か方法はないのか?」
俺の問いかけに、しばらく球体の表面を明滅させた後ミスラが言った。
「でしたら、外側からも引っ張ってもらえれば開くかもしれません。特に、勇者をどこまでも運ぶと言われる聖白竜さんなら、次元を超える扉を開けられるかも?」
俺は肩越しに振り返って、広間に表示されているスクリーンを見た。
まだラーナが轟音を立てて大魔王と殴り合っている。
――この状況では無理かもしれない。
そう思いながらも、俺は扉にできた隙間に口を寄せると叫んだ。
「ラーナ! この扉を外から引っ張ってくれ!」
俺の必死な叫び声が、次元の狭間の広間に、そして王都上空に、響いた。
ぅゎ、ょぅじょっぉぃ。
次話は明日更新。
→『154.意外な助っ人』




