151.次元を超えた共闘
本日2話目。
真っ暗闇の次元の狭間。
俺は童顔の魔神マグナウルスの指示する方向へ、漂うように飛んでいた。
「おっ、そろそろ見えてきたぜぇ?」
彼の言葉に振り返ると、真っ暗闇の中にぼんやりとした四角形が浮かんでいるのが見えた。
手のひらから放出する聖波気を調整しながら物体へ向かう。
高さ3メートル横幅は10メートルぐらいの、箱のような物体。
「家か建物を切り取ったような物体だな」
「フッフーゥ! お宝の予感がするぜぇ」
強烈な笑みを浮かべたマグナウルスが目を輝かせ舌なめずりをしながら縦長の隙間から物体の中へ入る。
俺も慌てて後から入った。
建物の中は何もなかった。床や壁、天井はつややかな黒い石を組み上げてできている。
見上げると天井に1メートルほどの球体がくっついていた。
「いや、違う。逆か」
俺は床を蹴ると天井に半回転して着地した。
黒く丸い球体。ダンジョンコアだ。
広間を漂いながらあちこち見ていたマグナウルスが悪態をつく。
「けっ! なんにもありゃしねぇ」
「いや、大収穫だぞ。これはダンジョンコアだ」
「壊れたガラクタだろ?」
「魔力を注げば動くはずだ」
俺は球体の表面に手を当てた。ハァッと気合を入れて魔力を注ぎ込む。
ダンジョンコアが真っ白になり、表面にはピンクの花柄模様が浮かんだ。
黒かった周囲の壁や床も全部、花柄模様の白い壁となる。
そして丸い球体をピカピカ光らせながらコアが喋った。鈴のような高く軽やかな声だった。
「魔力ありがとうございます。どなたでしょうか?」
「俺はアレク。こっちはマグナウルスだ」
「わたくしはワールドコアのミスラと申します」
「ワールドコア? ダンジョンコアじゃないのか」
「ダンジョンバトルを生き残り、ダンジョン世界戦を勝ち続ければ、世界を管理するワールドコアになれます」
「つまり神様になれるってことか」
「はい。神のように振る舞うのは協力者のダンジョンマスターですけれども……」
ミスラの声が少し沈んだように思われた。何か嫌なことでもあったらしい。
――というか、ダンジョン世界戦に勝てば神になれるのか。
ひょっとして教皇の狙いはそれか? すべてを手に入れると言っていたし。
俺はいろいろ質問したかったが、マグナウルスが横入りしてきた。
「雑談はいい。さっさと俺様を別の世界へ飛ばしやがれ」
「戻れる可能性があるのは元来た世界ですが、どこの世界から来られたかわかりませんと戻れませんわ」
「元の世界だけだってぇ!? また剣に戻っちまうじゃねーか!」
「どういうことでしょう?」
「ああ、こいつはな。元は魔神なんだが、悪事を働いた罰で神様によって剣に変えられていたんだよ」
「あらあら、まあまあ、それはそれは」
球体の表面が戸惑うように光った。
俺は考えていたことを、不貞腐れた態度をするマグナウルスへ話す。
「なあ、マグナウルス」
「なんだよ?」
「お前を剣にしたのが神様なら、俺が神様になったら解除できるんじゃないか?」
「はあ? ――いや、でも、可能性はあるのか?」
「あるはずだ。だから俺は元の世界に帰りたい、マグナウルスは自由になりたい。お互いに協力をしよう」
「忌々《いまいま》しい……こんなヤローと手を取ることになるなんてよ」
「それもそうだな。嫌々やってもしょうがないか。マグナウルスの望みってなんだ?」
「聞いてどうする?」
「俺にできることならなんでもするさ」
マグナウルスは幼さの残る顔いっぱいに邪悪な笑みを浮かべて凄んだ。
「言ったな、アレク。なんでもするって。だったら神の地位を貰おうじゃねーか」
「ああ、別に構わないぞ?」
俺は即答した。考えがあったので問題ないと判断した。
マグナウルスは機嫌を直したのか満足そうに笑う。
「よーし。ダンジョンバトルを制したものが、次の世界の神ってわけだ……へますんじゃねーぞ?」
「決まりだな――というわけだ、ミスラ。元の世界へ帰る方法を教えてくれないか?」
ミスラが寂しそうに球体の表面を微かに光らせる。
「わかりました。では、お二人に結びつきが強い人をマーカーにして元の世界への座標を確定します。つまりお二人を産んだ両親ですね」
ミスラの言葉にマグナウルスが激昂する。
「俺様は魔神! 孤高の存在よぉ! 親なんかいるはずねーだろーが!」
「俺も……両親はもう亡くなってるな。妻はいるが血のつながった家族はもういない……他の方法は?」
ミスラは少し言葉に詰まると、とても明るい声で言った。
「では、立ち話も何ですし、お茶の用意をいたしましょう♪」
「おい、はぐらかしてんじゃねーよ!」
「おほほ、あはは♪」
ミスラは笑って答えない。
床に重力が戻って立てるようになった。それから簡易なイスとテーブルが現れる。
テーブルにはお茶の入ったカップが乗っていた。湯気と共においしそうな香りが漂ってくる。
俺は椅子に座ってお茶を飲んだ。いろいろなことが起こりっぱなしだったため、喉への潤いが心に沁みた。お茶自体も花の香りがしておいしい。
マグナウルスも悪態をつきつつ行儀悪く座った。顔をしかめながら茶をすすっている。戻る方法がなくてイラついているらしい。
俺は座標については心当たりがあった。たぶん戻れそうだとも思っていた。
なので、今はミスラについて尋ねた。
「ワールドコアは世界を管理するんだろう? どうしてこんな何もないところにいるんだ?」
「相方に裏切られたのです」
「相方? どんなやつだ?」
「元はわたくしのダンジョンマスターでした。魔族でしたが、とても優しい方で、争いのない世界を作ろうと努力されておりました。そしてわたくしは管理者、彼は神になりました」
「素晴らしいじゃないか」
お茶をすすりながら俺は何気なく相槌を打った。
しかしミスラの声が沈んでいく。
「初めのうちは上手くいきました。とても平和な世界ができました。ですが、平和になればなるほど、人も魔物も平和が当たり前と考えて、もっと自分の欲望を叶えようとしました」
「みんな欲が深いものな……俺もだが」
「さらに平和が続けば、人も魔物も数が増えます。住む場所をめぐっての対立が激化して……」
「世界大戦、か」
「はい。相方は世界を守るため、心を鬼にして両者を滅ぼしていきました。結果、どんどん心を病んでいってしまい……」
「けっ、神の器じゃなかったんだよ、そいつはよぉ」
マグナウルスがそっぽを向きながら悪態をついた。
ミスラは頷くように球体を光らせつつ言葉を続けた。
「最後は大魔王スケルスを名乗り、世界を滅ぼそうとしました。わたくしは止めようとしましたがコアのコアを奪われて、ここに飛ばされてしまい……あとはもう、コアの力までも吸収した彼は、世界を闇に染め、意思を持たない影の獣だけが跋扈する世界を作ってしまいました。平和な世界に個人の意思は必要ない、という考えです」
「それは大変だったな」
ミスラは静かな声でお願いしてきた。
「どうか彼を止めて――いえ、はっきり言います、彼を殺してください。意思のない人形を集めたところで、本当の世界とは言えません。しかし大魔王スケルスはすべての世界を滅ぼそうとしています。もういくつもの世界が滅びました」
「倒してやりたいが……そもそも、別の世界への干渉なんてできるのか?」
「普通は出来ません。神の力が届く範囲は自分の世界だけです。しかし、ダンジョン世界戦を悪用すれば可能なのです」
「なるほどな」
なんとなくすべてが繋がっている気がした。
王都の傍に現れた亜空間。教皇国の手引き。俺が邪魔であることの理由。
次の世界の神になる方法。
俺に大魔王とやらを倒せるか?
約束はできなかった。
俺の返答待ちのまま空気が重くなったので、話題を変えた。
「ともあれ、ミスラは大変だったな。こんな何もないところでずっといるなんて。俺なら暇すぎて気が変になってしまいそうだ」
「それは問題ありませんわ。毒電波を受信してましたから、暇つぶしはできていました」
「毒電波?」
「はい。遠い時空の彼方から、変な電波が飛んでくるのです。えいが? とか、あにめ? とか、どらま? とか、とても面白いお話ばかりです。ちなみにダンジョンコアだけじゃなく、ダンジョンマスターや高度なダンジョンモンスターも受信できるはずです」
「へぇ、そうだったのか。だからコウのやつ変なことばっかり言ってたんだな。俺やダンジョン住みの人たちは受信できてなさそうだが」
「あっ、ダンジョン外部から来てダンジョンに住み着いたタイプは受信できません。受信できるのは、ダンジョンコアによって生み出されたダンジョンモンスターだけです」
「なんか残念だな。俺も見てみたかった――って、そうか! ラーナのやつが最近変なことを口走るようになったのは、それが原因か!」
ラーナはコウがドラゴン系素材を全部使って召喚したダンジョンモンスターだった。聖白竜だが。それでラーナは毒電波を受信していると思われた。
時々、開けた口からよだれを垂らしながら壁や天井を見ていたが。てっきりドラゴンの風習なのかと思って、俺もリリシアも何も言わなかった。たぶんそのとき受信していたんだろうな。
――次からはちゃんと注意しよう。
俺が腕組みをして、うんうんと頷いているとマグナウルスがしびれを切らして睨んできた。
「いつまでおしゃべりしてやがる! 他に方法はねぇのかよ!」
「ああ、それなら問題ない。たぶん座標がわかるはずだ」
「はあ?」
俺はお茶を飲み干すと、コウから貰った子機を取り出した。
ミスラの表面が激しく光る。
「あら! それは――やっぱりアレクさんはダンジョンマスターだったのですね!」
「ミスラなら、この子機を作ったダンジョンコアがどこの世界にいるかわかるんじゃないか?」
「もちろんです! わたくしに子機を押し当ててください!」
俺はミスラのコアの傍まで行って、子機を表面に押し当てた。
球体に浮かぶ花柄模様がくるくると回り出す。
「あっちのこっちのそっちで――えっ! 今、アレクさんの世界と、わたくしのいた世界が、ダンジョン世界戦の真っ最中です!」
「やっぱりな」
「現状を映します!」
室内に長方形の大きなスクリーンが現れて、映像が映し出された。
田畑の広がる風景。画面端には王都が見える。
画面中央には、禍々しいオーラを放つ黒い城が聳えていた。
城の門や窓から続々と魔物があふれ出している。
魔物は田畑を踏みにじりながら王都へと波のように向かっていく。
王都からは魔法や矢が飛んで撃退している。
一進一退の攻防が続いているようだった。
画面を見ながらマグナウルスが童顔に邪悪な笑みを浮かべる。
「面白い見世物じゃねーか! 酒とつまみが欲しくなっちまうぜ!」
農家生まれの俺としては、田畑が荒らされるのは我慢ならない。
「ミスラ! 早く俺を元の世界へ戻してくれ!」
「お気持ちは分かりますが焦っても仕方ありませんよ。解析しますのでしばらくお待ちください。あと魔力をもっとくださいませんか?」
「ああ、わかった」
俺ははやる心を抑えつつ、ミスラの表面に手を当ててさらに魔力を流し込んだ。
ただ今回は、魔力を与える端から消費しているらしく、いつまでたっても満タンにならない。
「……時間かかりそうか?」
「アレクさんの世界に、神様もワールドコアもいませんので。少し時間がかかります」
「そうだったのか」
落ち込む俺をよそに、テーブルに座ったマグナウルスが酒を飲みながら歓声を上げている。
「おお! やっちまえ! ――おい、ミスラ。画面は移動できねぇのか?」
「あなたなら転移魔法を使う要領で動かせるはずですよ」
「ほう。そいつぁいい」
マグナウルスが手を伸ばした。指先を光らせながら画面を触ると景色が変わる。
王都内部で走り回る人々や、王都の外に出て戦う騎士団の姿が映し出された。
副騎士団長ミルフォードが、汗まみれ泥まみれになりながら、騎士たちを鼓舞しつつ剣を振るっている。
――見ているだけなのがもどかしい。
リリシアやコウも大丈夫だろうか。俺の屋敷は無事だろうか。
そこまで考えて俺は首を振った。
――今はみんなを信じるしかない。
次の瞬間、画面が真っ赤に染まった。
次話は明日更新。
→『152.大魔王スケルス降臨』




