150.次元の狭間と卵
二話更新1話目
真っ暗闇な空間の中、俺は上下左右もわからないまま漂っていた。
時間の感覚もわからない。どこにいるかもわからない。
教皇の魔法に吸い込まれてどれぐらいたったのか。
――時空回廊だったか。
どこかに飛ばされたらしい。
――なぜこんなことに?
教皇は俺が邪魔だったらしいが、フォルティスとの諍いは些事とも言っていた。
じゃあ、なんで俺を排除した?
考えてもわからない。何かもっと別の意図があるように思われた。
それにしても暗い。周囲は真っ暗闇だ。周辺には空気もなかった。
聖波気を10メートルまで圧縮することで、かろうじで生きていた。
聖波気のおかげか、俺の周囲だけは薄ぼんやりと光っている。
漂い続ける俺。周囲は何も見えないので、せめて灯りをともそうと考えた。
剣を引き抜き、聖波気を込める。
「ハァッ!」
と、気合いを込めた瞬間、ぼふっと剣が煙に包まれた。
煙が晴れると、可愛い顔立ちをした白髪の青年が現れる。頭には二本の角が生えていた。華奢な体なのに大きいサイズのシャツを着ているためか、細い鎖骨が見えていた。
幼さの残る美形な顔に強烈な笑みを浮かべて言う。
「ハッハァ! ようやく封印が解けたぜ! 俺様、復活よぉ! フハハハハッ!」
「剣が変身した!? 誰だ!?」
「俺様は魔神マグナウルスよ。魔力の提供、ご苦労だったなぁ、アレクよ」
「魔神? どういうことだ?」
マグナウルスはチッと舌打ちして俺を睨む。
「一から説明しねぇとわかんねーのかい。めんどくせぇ。……まあいい、どうせ最後だ。教えといてやるぜ」
「ああ、頼む」
「俺様が好き放題に生きてたら、神の野郎が俺様を剣に封じ込めたってわけよ。心を入れ替えて人々の役に立ったら戻してやるとか言いやがって。――ったく、ちょっと天界の桃を食い漁ったり、天女をさらって俺様の女にしたぐらいで、こんな目に合わせやがって」
「そりゃお前が悪いんだろう。罰を受けるのも当然だ」
「うるせぇ! 俺様は何物にも束縛されずに生きるんだよ!」
可愛い顔して凄んでくるマグナウルス。
俺は気にせず疑問をぶつけた。
「どうして封印が解けたんだ?」
「そりゃ魔力が満タンになったのと、神の範囲外――別の世界に来たから影響力がなくなったんだろうよ」
「なるほど」
「というわけだ。魔力が全快するまで後千年はかかると思ってたが、てめぇが大量に魔力をくれたおかげで助かったぜ」
「それはよかったな。じゃあ、どうやったら元の世界に帰れる?」
「はあ? 帰るわけねーだろ。また剣に戻っちまうだろーが」
「それは困る! リリシアが、みんなが困ってるはずだ!」
俺は必至に頼み込んだが、マグナウルスは幼さの残る整った顔に、ニヤニヤと人を馬鹿にする笑みを浮かべた。
「しらねーよ! 俺様はこっちの世界で楽しく暴れ回ってやるぜぇ! フッフーゥ!」
「そんな勝手な! おい、待て! せめて俺だけでも戻れる方法を教えてくれ!」
マグナウルスは見下すような笑みを浮かべて、鼻で笑う。
「そんなもん知るかよ! てめぇは一生、暗闇を漂ってろ! あばよ!」
マグナウルスはあくどい笑みを浮かべると、俺を蹴って飛び上がった。
「お、おい! ちょっと待て!」
俺は慌てて手を伸ばしたが、空を掴んだ。
マグナウルスはそのまま飛んで行って、俺から10メートルほど離れたところで、突然痙攣しだした。
「あべばぶぶべば!」
俺は右手を伸ばして、聖波気の範囲を伸ばした。大きな手で掴むイメージでマグナウルスを包み込む。そして自分の傍へと持ってきた。
――聖波気の濃淡を利用して物体を移動させることもできるのか。
マグナウルスは青ざめた表情で、荒い息をしながら言った。
「空気も魔素もねぇ――ていうかここ、別の世界じゃねえじゃねーか!」
「じゃあどこなんだ?」
俺の問いに、マグナウルスは顎に手を当てて考え込む。
「別の世界じゃねぇ……かといって魔界や煉獄でもねぇ。世界と世界の間、次元の狭間ってとこだな」
「じげんのはざま……て、なんだ?」
マグナウルスはチッと舌打ちして俺を睨む。
「簡単に言やぁ、無が満ちた水槽の中に、世界という風船がいっぱい入ってんだよ。次元の狭間はその世界と世界の隙間ってことだ」
「戻れるのか?」
「簡単に戻れるなら、苦労しねーよ。ったく、つまんねーことになったぜ」
マグナウルスは苛立ちを隠そうともせず、爪を噛んだ。
俺は漂いながらしばらく考えてから尋ねた。
「この次元の狭間とやらに何かないか、探してくれないか?」
「あるわけねーだろ」
「いや、あるはずだ」
「なにぃ?」
俺はマグナウルスのぱっちりとした大きな二重の目を見て言う。
「俺が初めてここへ飛ばされたとは思えない。今までにも同じ魔法で人や物が飛ばされてきているはずだ」
「なーるほどぉ。てめぇにしちゃ頭が回るな。だがよ、水も空気もねぇ場所だ。すでに死んでると思うぜ?」
「それでも脱出できる手掛かりが見つかる可能性がある。ここを脱出するまでは、協力しないか?」
俺が頼み込むと、マグナウルスは幼い顔を嫌そうにしかめて「ぐぬぬ」と唸った。
しかし、すぐに額に指を当てて魔法を唱えた。
「しゃーねーな。やってやるよ。――魔領域探査――右上の方に何かあるな……小屋か馬車? まあ、だいぶ遠いけどな」
「行ってみよう。俺に掴まってくれ」
俺は手から聖波気を放出して、推進力とした。
真っ暗闇の中をするすると進んでいく。
時々、マグナウルスに指示されて方向を微修正しつつ『何か』へと向かった。
◇ ◇ ◇
一方その頃、コウのダンジョンでは。
青白い光が照らすダンジョンは、緑色に明滅していた。
コウのいる広間の、一つ手前の広間で、リリシアがお腹を押さえて倒れている。傍にはソフィシアとラーナがいて、リリシアを介抱していた。
「大丈夫ですか、リリシアさん! これ、ぷちエリです、飲んで。飲んで!」
ソフィシアは、苦しむリリシアの状態を掛け起こして、口にぷちエリの瓶を当てる。
細いのどを上下させてぷちエリを飲むものの、苦しげな表情は変わらない。
「ああ、痛い、痛いですわ!」
「いったいどうして!? 魔法もぷちエリも効かないなんて!」
「リリシア、がんばれ! リリシア!」
ラーナがリリシアの背中を必死にさすりながら励ます。
リリシアは、ひときわ高い悲鳴を上げた。
「ああ――ッ!」
リリシアの全身から、くたっと力が抜けて、ぐったりと倒れ伏した。
抱えていたソフィシアが、はっと息をのむ。
「え? 死んだ?」
リリシアは息も絶え絶えに呟く。
「いいえ、生きてますわ……何かが」
リリシアが手をそっと服の内側に入れる。
下腹部辺りから手を持ってくると、手のひらの上に真っ白い卵が乗っていた。鶏の卵ぐらいの大きさ。
ソフィシアが目を見開いて驚く。
「ええっ! 天使って卵で増えるの!? まさかの哺乳類じゃなくて鳥類!?」
「自分でも驚きですわ……ご主人様との愛が、こんな形で生まれるなんて」
「まあ、あれだけやることやってたら、そりゃ子供の一人や二人生まれるよね」
呆れてながら言うソフィシアだったが、顔は少し安堵で緩んでいた。
ラーナが手を叩いて飛び跳ねる。
「たまっ、たまっ! きゃあい!」
「でも、愛おしいですわ……どんな子が生まれてくるのでしょう」
リリシアは卵に頬ずりをする。
ラーナが笑顔で、両手を揃えて差し出した。
「ラーナも、たまっ!」
「強く握ってはダメですよ」
リリシアは微笑みながら卵をラーナに渡した。
嬉しそうなラーナは満面の笑みを浮かべて卵を受け取る。
次の瞬間、ものすごい勢いで卵を地面に叩きつけた。
ガンッ!
と激しい音を立てて、卵が割れた。
リリシアとソフィシアが悲鳴を上げて咎める。
「な、なにをするのです、ラーナちゃん!」「ちょっと、ラーナちゃん!」
割れた卵の中から、コロコロと丸い玉が転がった。
青白い聖なる光を放つ宝珠。
天使の二人は唖然として、口を開けたまま無言で宝珠を見つめる。
ラーナは二人の驚きなどものともせず平常運転で、ひょいっと宝珠を拾い上げるとそのまま一口でのみ込んだ。
「きゅいいいいい……」
ラーナの体が青白い光を放った。徐々に大きくなる。
光が消えると、15歳ぐらいの少女になったラーナが立っていた。
ラーナは笑顔でお礼を言う。
「リリシア、たま、ありがと!」
「ええ……どうして……?」
「だって、たまは同じ属性の魔力が集まるところにできるから!」
ソフィシアがあきれ顔で言う。
「つまり聖なる力が世界で一番集まったところが、リリシアさんのお腹ってわけね」
リリシアが真っ赤になった顔を両手で隠す。
「そんな……そんなことって……感情がむちゃくちゃですわぁ!」
リリシアは床に臥せってしまった。
ラーナはぽんぽんとリリシアの背中を叩く。
「どんまい、リリシア。てか、人がたまごで生まれるわけないよ?」
「知ってます! 知ってますけど、なんか悔しいっ」
リリシアは伏せたまま手足をバタバタと動かした。子供が駄々をこねているようだった。
楽しそうに微笑んでいたラーナだったが、急に真剣な顔をして立ち上がる。
通路側の壁を睨んでこぶしを握る。
その瞬間、ダンジョン全体が赤い光に包まれた。
奥の広間でコウがわめく。
「わーにん、わーにん! 敵が攻めてくるです~!」
リリシアがはっと気を取り直して立ち上がった時にはもう、壁に通路ができて、魔物がなだれ込んできた。
ラーナがワンピースの短い裾を翻しながら飛びかかる。
「これ、ラーナでも倒せるやつ!」
首が二つある犬や、一つ目の巨人など、たくさんの種類の魔物がいたが、ラーナは片っ端から殴っていった。一撃で倒している。
リリシアはフレイルを振るい、ソフィシアは聖なる風の魔法で敵を切り刻む。
ダンジョンの聖波気の効果もあって、敵の動きは遅い。危なげなく倒していく。
しかし、なだれ込んでくる魔物の数は圧倒的で、死体がダンジョンの床に吸い込まれるよりも積み上がる方が多かった。
三人は戦い続けたが、次第に余裕がなくなっていった。
祝・150話到達!
次話は夜更新。
→『151.次元を超えた共闘』
 




