148.ダンジョン世界戦
本日も2話更新。これは一話目です
青白い静謐な光に包まれたコウのダンジョン。
どどどっと足音を鳴らして通路を走り、コウのいる広間へとラーナとリリシアが駆け込んできた。
リリシアは必至な形相でコウに詰め寄る。白い修道服の裾と銀髪が翻った。
「ご主人様がどこに行ったか、教えてください!」
「ちょ、ちょっと待つです、どしたです?」
コウは白い球体に青白い線を走らせて尋ねた。
リリシアは大きな胸に手を当てて息を整えつつ言う。
「ご主人様がどこかに飛ばされました。この世界のどこかか、もしくは異世界か。迎えに行きたいのです、今すぐに!」
「飛ばされたって、どんなふうにです? ――あ、確かにこの世界に、ますたーはおらぬです」
「じゃ、どこに飛ばされたと言うのですか!」
胸ぐらを掴む勢いで、球体のコウに詰め寄るリリシア。
コウは、ピカピカと球体を光らせつつ、諭すように言う。
「いくらなんでも、情報が足りねーです。もっと、ますたーが飛ばされたときのことを詳細に教えて欲しーです?」
「ご、ごめんなさい、コウちゃん。ちょっと焦っていましたわ」
「あのねー、もくもくって黒い雲がわいて、どかーんってぶつかっても、入れなかったの」
ラーナが小さな手をパタパタ広げて説明したが、要領を得ない。
見かねてリリシアが口を出す。
「宝珠を入れていた小さな箱に、魔術的な何かが仕込まれていたようですわ。確か起動術式は時空回廊と言っていました」
「ほむ。この世界内を移動する邪悪回廊や空間転移ではなく、時空回廊。別の世界に飛ばされたようです? ラーナさんが入れなかったのも、この世界ではないからだ、です」
「た、助かるのでしょうか!?」
「むぅん……座標がわかれば。というか嫌な予感がするです?」
「嫌な予感?」
「亜空間の中に影の魔物の軍隊がいるそうです。ますたーなら瞬殺ですが、そのますたーが行方不明。教皇国の目的がわからぬです?」
リリシアは口に手を当てて考え込む。
「そういえば、教皇はおかしなことを言ってましたわ。教皇国の部下が勝手に動いただけ、と。教皇はフォルティスに何かしようとは考えていなかった。神は今、不在だとも言っていました」
「じゃあ、なぜますたーを? ――あ! あああああ! いや、そんな、まさか! でもルクティアはダンジョン持ってるです! つまり教皇さんはダンジョンマスター! 神が不在! でもまだ3戦目では!? ――ルベルさんに確認!」
コウはひどく焦りながらルベルへ連絡を取った。
あまりの焦りように、リリシアとラーナはコウの様子をじっと見守っている。
「もしもし!」
『コウか? どうした?』
「ルベルさん! この世界はダンジョン世界戦、何戦連勝中です!?」
『六戦だな。次が七戦目』
通話の向こうでルベルが言い終えると、コウが叫んだ。
「やってもーたです! 全部まるっと狙いがわかったです! ――エドガーさん、聞こえてるです!?」
『聞こえてるっすよ?』
「ちょっとでもやっつけてー、です! じゃないと世界がほびろんです!」
『りょーかいっす』
◇ ◇ ◇
亜空間。
数十万の闇の魔物の軍隊がいる。
その近くの茂みでエドガーは子機を耳から離した。通話を切ろうとして、そのままポケットに入れる。
そして同じく茂みに隠れている魔王に呼びかけた。
「まおさん、さすがに数が多いんで、少し手伝って貰えないっすかね?」
「ふん、くだらん。まあ我輩の力なら物の数ではないがな。手伝う理由がなかろう?」
「なんか倒さないと世界が滅びるらしいっすよ?」
魔王は忌々しそうに顔をゆがめて、チッと舌打ちをする。
「人間どもがどうなろうと知ったことではないが、我輩の部下まで影響が出ると厄介だな。仕方あるまい」
魔王は立ち上がり、無造作に手を前に出した。黒い波動が手の先に集まっていく。
エドガーもくないを取り出して片手で構えると、空いた手の指を口の横に添えた。
「火遁――」
そのときだった。
ピシピシッとガラスが割れるような、硬質な音が響いた。
見れば、亜空間内部の至る所にひび割れが走っていた。
「なに――?」
魔王がひるんだ瞬間、ガラスが砕けるような音がして、亜空間が砕け散った。
黒い破片が風に乗って消えていき、抜けるような青空が頭上に広がる。
周囲はのどかな田園が広がる風景。野菜や小麦が青々と実っている。
エドガーは慌てて術を取りやめると、魔王にも頼み込んだ。
「まおさん! 中止っす! 農民たちがいるっす!」
「ちぃっ!」
魔王は舌打ちしながら、集めた魔力を霧散させた。
畑仕事をしていた農夫たちが、突然現れた数十万の魔物を見て悲鳴を上げながら逃げていく。
そして終わりの始まりが厳かに始まる。
世界を揺るがすような大音量で、ガラーン……ガラーン……と鐘の音が響いた。
エドガーは不思議そうに辺りを見回す。
「なんすか、この鐘の音は?」
「ん? 我輩には何も聞こえんが?」
「ダンジョン関係者だけに聞こえた? まさか、これが――」
ポケットに入れていた子機から、コウの悲鳴が響いた。
『ああ! ずるいです! 卑怯です! 世界戦が始まってもーたです!』
コウの悲鳴が響く中、数十万の魔物たちが一斉に四方へと散っていった。
◇ ◇ ◇
コウのダンジョン。
普段は清らかな青白い光に満たされていたダンジョン内部は、今は全体が緑色の光によって明滅していた。
コウのいる広間では、リリシアとラーナがいた。あわあわと取り乱すコウに向かってリリシアが問いかける。
「どうしたのですか、コウちゃん!?」
「ずるいです! 卑怯です! バグ利用です! この世界、もう終わりです! うわぁぁぁん!」
エルフ少女のテティが軽やかな足音を鳴らして駆け込んできた。
「鐘の音がしたと思ったら、急に緑色に点滅してるんだけど! なにこれ、コウちゃん?」
「緑の点滅は援軍が来てる合図ですっ!」
「あ、ルベルさんが援軍を送ってくれてるの?」
「ちゃうです! 敵です! でも援軍表示です!」
「どゆこと?」「コウちゃん、詳しく教えてください」「きゃい!」
コウは丸い体を震わせつつ、泣きべそをかきながら言った。
「ダンジョン世界戦の最中では、同じ世界のダンジョン同士は攻撃できぬ設定になるです」
「まあ、わかる」「一時的に、味方になるのですね」
「そして数十万の魔物たちは、世界戦が始まる前にこっちの世界にいたから、こっちの世界のダンジョンモンスターとして設定されてるです! ――アタシが見ている地図には数十万の魔物が映ってるですけど、全部『緑』表示! 味方になってるので、攻撃対象に取れぬです! なのに向こうは攻撃できるです! ずるいです!」
「そんな!」「一方的にやられちゃうじゃん!」
「きゅい? ラーナも攻撃できない? ――試してくる!」
少女ラーナは長い白髪を後ろになびかせて森の屋敷へ続く通路を走っていった。
コウが落ち込む声で言った。
「うちはまだいい方です。ダンジョン生まれのモンスターがラーナさんしかおりませんゆえ。でも、他のダンジョンは違うです。何も出来ないままぼこぼこにやられるですっ!」
「ひどいですわ……」「そんな方法があったんだ」
ラーナがすぐに戻ってきた。
自分のちっちゃな拳を、目をまん丸にして見つめながら言う。
「攻撃できなかった」
「でもあたしやリリシアさんは攻撃できるってことね。守らなきゃ!」
「王都の方は、騎士団や冒険者が戦ってるから大丈夫そうです? 森の方はフェンリルやホワイトファング、狼さんたちが頑張ってくれてるです」
「影の魔物はご主人様さえいれば苦労せずに倒せましたのに……」
コウは悔しさを滲ませて言う。
「ああ……ますたーさえいれば……。ほんとRTS、リアルタイムストラテジーはくそげーです。コツコツ頑張っても燃やされるし、何百万も課金して強くしても、寝てる間に燃やされるし。相手の札束を燃やし合う最悪なゲームです! ほんとガチャゲーの百倍クソゲーです! うわぁぁぁん! もう何もかもおしまいです、閉店ガラガラ完全終了ですっ」
コウが現状と昔を重ね合わせたのか、号泣し始めた。玉の表面からぽろぽろと涙をこぼす。
緑に明滅するダンジョンの中、コウの泣き声が反響し続けた。
RTSはやらないようにしましょう。やるとしても無課金を貫きましょう。お金使っても燃やされるだけです。
億り人以外はすべて養分。ちくしょー。金返せー。
次話は夜更新。
→『149.教皇の真意』




