146.突撃! ルクティア教皇国!
本日2話更新。1話目。
明るい日差しの降る午前中。
俺とリリシア、そしてラーナは、教皇国の首都ルクスにいた。
ルクスは国の内部にあるが大河に面している。到着予定は夕方ぐらいだと考えていたが、ラーナが猛烈な勢いで大河を駆け上ってくれたため、ルクスに到着できていた。
たぶん、海を渡る途中で宝珠を食べてパワーアップしたから、速度も上がったようだ。
ルクスの街並みは、街全体が神殿のような作りだった。白い建物に、白い教会。
大通りに面した建物は高くて太い柱が屋根を支えていた。路上はすべて白い石畳で覆われている。街を取り囲む外壁まで白い。
街の中央には重厚な大聖堂が聳えていた。たしかあの下に地下墓地ダンジョンがある。
ただ、俺たちは街の外で白い鎧を着た騎士たちに囲まれていた。船から陸へ上がったところを半円形に囲まれている。
きっと、首都を守る神聖騎士団の連中だろう。
俺は懐から王様に書いてもらった紙を取り出して掲げた。俺の半歩後ろにはリリシアとラーナがいる。
「俺はフォルティス国教会が認めた、救世代行者アレクだ! 教皇に話がある! 道を開けろ!」
俺の言葉に騎士たちがどよめく。
「救世代行者ってなんだ!?」「フォルティス国教会、だと?」「嘘をつけ! 騙されるな!」
「お前たちじゃ、話にならない。教皇に会わせろ」
「なにぃ!?」「会って何をする気だ!」「教皇様に会わせるわけにはいかない!」
騎士たちが口々に俺を非難する。
面倒なことになったなと俺が思っていると、騎士をかき分けて一人の男が進み出てきた。
見た目は、初老の男。司祭か司教を示す、高貴な青いローブを着ていた。
険しい顔をして俺を弾劾する。
「元勇者アレクよ! 貴様がルクティア教皇国に入ることは断じて許さん!」
俺は地位の高そうな人物が現れて、内心喜んでいた。下っ端に何を言っても通じないからな。
俺は背負い袋を降ろして、気絶している狂信者マニを出した。
「話が通じそうなやつが来てくれて助かった。このマニと言う男が、フォルティス王国の王子をたぶらかして亜空間を作り出したんだ」
「なんだと! こんな男は知らん! 言いがかりは国際問題だぞ!」
初老の司祭は、マニを見て驚きつつも強情に言い返してきた。
俺はマジックバッグから水晶玉を取り出す。
「これが証拠だ! ――記録再生!」
俺が記録追想を封じた水晶玉を掲げると、周囲に無数のスクリーンが現れた。それぞれに映像が再生されていく。
――マニがヨアネス王子に話を持ち掛けるところ。――謎の薬を渡すところ。――青い服を着た初老の男や紫の服を着た老人に通信を入れるところ。
神聖騎士たちが驚愕で目を見開く。
「なっ!?」「まさか!?」「そんな!」
司祭は取り乱しながら叫んだ。
「こんなもの、捏造だ! 殺せ、殺せ。殺せ!」
口から唾を飛ばしながら、俺を指さして叫ぶ。
騎士たちは突然の命令に、驚き戸惑っている。
俺は腰に下げた剣の柄に手を添えつつ、司祭を見て尋ねる。
「というわけで。俺はフォルティスに任命された救世代行者として、聖白竜の宝珠を勝手に探すから。文句ないよな?」
「やれぇ~!」
司祭が命令を叫ぶと、騎士が三人ほど襲い掛かってきた。
大半の騎士は顔を見合わせつつ動かなかった。
俺は剣を抜いて、騎士の一人と斬り合った。聖騎士らしく俺と同じ聖剣技の使い手だった。しかし熟練度は俺の方が上。数合軽く打ち合ったところで、騎士の頭を剣の腹で殴って倒した。
リリシアは銀色のフレイルを振るって騎士を引き倒す。
ラーナは白い長髪を乱しつつ、ものすごい勢いで前に出た。騎士の一人の腹を殴って吹っ飛ばす。鎧には、小さな拳の跡が付いていた。
――あれ、ミスリルの鎧じゃないのか? ラーナの力、どんだけだよ。
どうやら司祭の言葉に従ったのは三人だけで、他の騎士は呆然と立ち尽くしていた。
司祭だけが顔を真っ赤にして怒鳴り続ける。
「お前たち、何をしておる! こやつは敵だ! 神の名を汚す者だ! やれぇ!」
しかし、神聖騎士団は動かない。
そこへ、突然鋭い声がした。
「待ちなさい!」
しわがれているが、朗々とした声が響いた。
「こ、この声は!」「まさか!」「教皇様!?」
騎士たちが後方を振り返る。
俺も視線を向けると、禿げあがった頭をした老人が紫のローブを揺らして歩いてきた。途中まで走ってきたのか少し息が切れている。
俺の前に来ると、教皇は嬉しそうににっこりと微笑む。
「お久しぶりと言うべきでしょうかね? 元勇者殿」
「ああ、久しぶりだな。だいぶ年を取ってたから一瞬気付かなかった」
俺は勇者をやっていたころ、世界中を移動して魔物を倒してきた。
当然、ルクティア教皇国にも来ていた。この男にも会っていた。当時はまだ髪の毛もあったし、教皇ではなかったはずだが。
そして、マニが連絡を取っていた、紫のローブを着た男そのものでもあった。
教皇は深いしわの刻まれた顔を枯れた手で撫でながら苦笑した。
「これでも十年ほど若返ってみたのですがね」
「そうだったのか」
「肉体が若返っても気持ちは若返らない。無駄でしたね」
「そういうものなのか?」
24歳にまで若返った俺は、気力体力ともに充実していた。心と体が一致している感覚がある。
ひょっとしたら心がすり減るほどの苦労を俺は全然してなかったから、心が若いままだったのかもしれない。
悪く言えば、心が成長しなかったともいえる。
逆に教皇は苦労しまくりだったのかも。教会の人事なんて陰謀や派閥争いが渦巻くそうだし。
何代目かの貧農出身の教皇なんて「犬のように生まれ、狐のように生き、獅子となって死んだ」と言われたそうだし。
俺が考え込んでいると、教皇は咳払いをして話を変えた。
「本題に入りましょう。このたびは部下が勝手なことをしたようで。監督不届きだったことを謝ります」
「お前が黒幕ではなく、あくまで部下が勝手にやったことだと?」
「もちろんですよ。ただ部下は熱心に神を信じるあまり、逸脱した行動を取ってしまったかもしれません。あとで処罰をしておきましょう」
「信じられないな」
俺は肩をすくめて言った。
教皇は困ったような笑みを浮かべる。
「ルクティア教皇国はフォルティスと争うつもりはありません。当然、あなたともね」
「ほう。だったら宝珠を探し回っても――」
教皇は俺の言葉を遮ると、ローブのたもとから小さな箱を取り出した。
蓋を開けて内布を広げると、金色に光る玉が宝石のように鎮座している。
「欲しいのはこちらでしょう? 信じていただくために、差し上げましょう」
「そいつは助かる――って」
俺は教皇の差しだす玉に手を伸ばしかけてやめた。
リリシアとラーナを見て尋ねる。
「あの玉、本物か?」
「はい、間違いありません。宝珠です」「たまっ! きゃい!」
「そうか――じゃあ、もらうぞ」
俺は教皇から宝珠の入った箱を受け取った。手にすっぽり収まるぐらいの小さな玉。
教皇は怖いぐらいの笑みを浮かべると、川べりに置いた船を指さす。
「では、お茶のもてなしもできませんでしたが、もうお帰りください」
「ん? 急がせるんだな」
「そうですね。今はいろいろと準備中なので、ルクスには立ち入ってほしくなかったのですよ」
「準備? ――ああ、そういうことか」
教皇国はダンジョンを持っていた。今度あるダンジョン世界戦の準備だろうと思った。
俺が街中へ入ってしまうと、漏れ出した聖波気が物資や魔道具に悪影響を与えてしまうのかもしれない。
だから教皇自らここまでやってきたのか。走ってきたようだったし。
ふと思う。
俺がここで駄々をこねたり、マニの身柄や映像を使って脅せば、フォルティスにとってもっといい条件を引き出せそうな気がした。
だが、そこまでできるほどの名案が浮かばない。
それに、亜空間に閉じ込められた人々の救助が最優先だ。時間がない。
そんなことを考えていると、青い服を着た司祭が教皇へ駆け寄った。
「お待ちください、教皇様! このものを許すと言うのですか!?」
「ええ、許すのが神に仕える者の役目です」
「神の教えを捻じ曲げるフォルティスの使いですぞ!」
「そんなことどうでもよいのですよ」
「ええ!?」
司祭が驚愕した。俺も驚く。
教皇は不気味な笑みを浮かべて優しく諭すように言う。
「神の不在時にフォルティスとルクティアがいがみ合っていても、何の意味もありませんからね」
「で、では! 私のやったことは間違いだったと?」
「いえいえ、そうではありません。とてもよい仕事をしてくれました」
「本当ですか?」
「ええ、真の狙いに気付かれずに済みましたから」
「真の狙い、ですか、教皇様?」
「それは、これです――時空回廊」
教皇が引きつるような満面の笑みを浮かべて、俺を指さした。
枯れ枝のような指にはまったごつい指輪から、黒い波動が迸る。
「なに――ッ!」
俺の持っていた宝珠の入った小箱が膨れ上がったと一瞬、思った。だが違った。箱の中から黒い雲のようなものが広がったのだ。
驚きで咄嗟に動けなかったため、術から逃げるのが遅れた。そもそも箱を小脇に抱えていたし。
黒雲の中に体が引きずりこまれそうになる。
「逃げろ――リリシア!」
俺は横にいたリリシアを突き飛ばした。その反動から、さらに体が黒雲の中へと入り込む。
焦りながらも気合を入れて、ハアッ! と聖波気を出した。だが、黒雲に吸い込まれるだけで消えない。
闇属性じゃない、もっと別の何かだ。
教皇の喜びに震える声が聞こえた。
「考えとは大幅にずれましたが、これで最後にして最大の問題が消えました! すべてを手に入れるのはわたくしです!」
焦る頭の中で必死に考える。
――すべてを手に入れる? ――それより逃げられない――リリシアは? ――ゲート――亜空間――ランクアップの薬――聖白竜――。
俺の脳裏に閃きが走った。
このままだと完全に詰む!
ならば、今、俺がしなくちゃいけないことは――
「ラーナ!」
俺は自分の全身が黒雲に引きずり込まれるのと引き換えに、右腕だけ外に出した。
光の宝珠をラーナに投げる。
しかし、ラーナが飛んでくる玉をキャッチしようと両手を広げたのが、最後に見た光景になった。
その後、ものすごい勢いで黒雲の中に飲み込まれた。
「マスタァァァァ――ッ!」
リリシアの甲高い悲鳴が耳に反響する中、俺は真っ暗闇の中をどこか遠くへと飛ばされていった。
アレクがエンディングを迎えるまで、あと15話(予定)
次話は夜更新。
→『147.逃避するラーナと亜空間』




