145.青空の王者(幽霊船3)
本日更新2回目。
宝珠を使ってラーナを育てて亜空間に突入するため、宝珠があるルクティア教皇国へ行こうとしていた。
そこで不気味な幽霊船に掴まってしまったため、船に乗り込んで首謀者の妖精シルフを捕まえたのだった。
木々の生い茂る最下層の船倉で、俺はシルフを握りしめていた。
シルフは俺の指の束縛から逃げようと身をよじりつつ、自身のした悪行を洗いざらい話した。
風に乗って気の向くまま旅していたシルフは、風の魔力が溜まっているこの船を見つけて自分の領地にしようとしたそうだ。
魔力を操って船を維持しつつ、森を作る。妖精は森を作るのが使命だそうだ。
さらに、すでに死んでいた船員を操り、また強い奴の乗った船(おもに海賊)を見つけては魅了支配で配下にして、船を操縦させていた。
本人は悪気なくやってるところが、ますます質が悪かった。
「だってさー、死んで魂抜けたら、あとはただの物質じゃん? どうしようとアタシの勝手でしょ? だいたい元は悪事ばかりの海賊なんだし」
「まあ、そうとも言えるが……死者をもてあそぶのはよくないな。今後はしないように」
「え~! 船の操縦ができなくなるじゃん!」
俺は手に力を込めて、ミシミシとシルフを握り締めて言った。
「今後は・し・な・い・よ・う・に」
「わ、わかった! わかったから! 痛い痛い!」
力を抜きつつ、ついでに尋ねる。
「でも、お前の魔力じゃこの船は維持できないだろ? どうやってるんだ?」
「ふふーん! それはアタシの友達、ドラゴンちゃんのおかげよ!」
シルフがびしっと手を伸ばして、水色のドラゴンを指さした。
ドラゴンは、目を閉じて眠っている。
「……眠っているようだが?」
「そうなのよねー。アタシがこの船に来たときからずっと寝てるのよー。いまだに名前すら知らないってわけ」
「それ友達じゃないだろ」
「まー、そうとも言うけど。でもさ、すごいのよ! ほら、そろそろくる!」
「ん?」
ドラゴンを見ていると、大きくお腹が膨らんだ。そして、ぶおーっと息が吐き出された。貧しい森の中を風が吹き抜けていく。
圧力を感じる。魔力が込められた息だった。
シルフが笑顔で喜ぶ。
「この子、息するだけで、風の魔力が放出されるってわけ! その魔力を使って、いろいろやってたの。まー、アタシが保護者って感じ?」
リリシアが銀髪を揺らして頷きながら言う。
「風の魔力……スカイドラゴンの持つ力、かもしれません」
「なるほど……待てよ?」
「どうされました、ご主人様?」
俺は口に手を当てて考え込んだ。
――前に宝珠の場所を探ってもらったとき、海を移動する宝珠があると言っていた。
ひょっとしたら?
「リリシア、指眼鏡でドラゴンの周囲を探ってくれ。宝珠があるかもしれない」
「そんな、まさか! ――やってみます、ご主人様!」
リリシアは指眼鏡でドラゴンを見る。その周囲も見る。船倉内もくまなく見る。
そして、凛と響く声で叫んだ。
「ありました、ご主人様! ドラゴンさんのお腹の下です!」
「やはりか」
「でも、ドラゴンさんを動かさないことには、取れそうにありません……」
「だったら起こすか。リリシア、ドラゴンを眠らせているものはないか見てくれ」
自分の意思でずっと寝ている可能性は低い。
魔法か魔道具で眠らされているのではないだろうか? と俺は考えた。
「はい、ご主人様! ――って、わかりました! 足枷です! 足枷が『状態異常・眠り』の効果がある魔道具です!」
ドラゴンの足には金属製の黒い足枷がはめられていた。鎖が伸びて大きな鉄球に繋がっている。
足枷には大きな鍵穴があった。
――あの鍵穴に合う鍵と言えば。
俺は持っていたシルフを無造作に、ぽいっと投げ捨てた。そして骸骨船長から手に入れた、黒い宝石の嵌った金色の鍵を取り出す。
地面に叩きつけられたシルフが、顔を泥だらけにして叫ぶ。
「なにすんのよ! 高貴な大妖精に向かって!」
イラっとした。
でも俺は、シルフを踏み潰したい気持ちを抑えてドラゴンの後ろ脚へ近づく。
そして鍵で足枷を外した。二三歩、下がってドラゴンの様子をうかがう。
鍵と足枷は放置しても危険だろうから、マジックバッグにしまった。
見ていると、ドラゴンの呼吸が早くなっていく。
そして、ゆっくりと大きな目を開けた。青空のように澄んだ瞳。
長い首を上に伸ばして睥睨するように俺たちを見下ろす。その青い瞳には、怒りや憤りの光が揺らめいていた。
「ガァァァァァッッ――ッ!!」
ドラゴンは、耳をつんざくような大音量で咆哮した。広い船倉の壁や、森の木々がびりびりと震える。
普通の人や動物なら、それだけで気絶しかねない迫力。
まあ、強制的に何十年も眠らされていたのなら、怒るのも当然だろう。
この船にいるのも人間に掴まって、商品として運ばれている最中だったようだし。
倒すつもりはないし、敵対するつもりもない。
一歩横に動いてくれるだけでいいんだが。
どうしようか考えていると、シルフが羽をパタつかせてドラゴンの顔の前に出た。
「ようやくお目覚め~? もうっ、お寝坊さんなんだから~。あんたが寝てる間、アタシが世話してあげてたのよ? まあお母さんだと思って言うこと聞いて欲し――」
バクゥッ!
一瞬で喰われた。
ドラゴンは、くっちゃくっちゃとシルフを何度も咀嚼する。
それから、ペッと唾を吐くように吐き出した。
地面に転がって土や葉っぱまみれになるシルフ。
――どうやら妖精はマズいらしい。食べなくてよかった。
汚れとよだれにまみれたシルフは、涙目になって叫んだ。
「なにすんのよぉ~!」
「ガァァァァァッッ――ッ!!」
ドラゴンはますます怒り狂う。天井を見上げて咆哮する。
――と。
「きゃい?」
今までずっと背負っていた竜少女ラーナが、目をこすりながら顔を上げた。
ドラゴンの咆哮で起きたらしい。
ラーナは青いドラゴンを見て目をまん丸に見開くと、ひょいっと俺の背中から飛び降りた。白いワンピースの裾が翻る。
そしてドラゴンへ向かって歩き出した。
「おい、危ないぞ、ラーナ!」
俺は手を伸ばして止めようとした。
しかしラーナは白髪を揺らしながら振り返って微笑む。
「だーいじょーぶっ。まーかせて!」
ラーナは少女姿だが、ドラゴンだ。しかもとても強い聖白竜。
俺は何かあったらすぐ動けるように用心しつつ、ラーナは笑顔で一歩一歩とドラゴンへ近づいていく。
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。もう怖くないよ?」
ドラゴンは近づいてくるラーナに視線を向けた。
グルルッと威嚇するように唸るが、ラーナに攻撃しようとしない。
ラーナはドラゴンの傍まで来て両手を広げる。にっこりと笑顔を向けて言う。
「だいじょーぶ。だから、おいで?」
「グルゥ」
ドラゴンは頭を垂れた。長い首を伸ばしてラーナに頭を近づける。
するとラーナはドラゴンの頭を両手で抱きしめて、自分の額をドラゴンの額にくっつけた。
優しい笑みを浮かべて言う。
「ほら、もうだいじょーぶ、でしょ?」
「グゥ」
ドラゴンは目を閉じてラーナに身を任せていた。気持ちよさそうに喉をゴロゴロと鳴らしている。
どうやら額をくっつけることで会話しているようだった。
しばらくしてラーナが体を離した。
にっこりと大きな笑顔を作る。
「いい子いい子」
ドラゴンは頭を垂れて床に付ける。
ラーナがドラゴンの頭を撫でる。
大人しくなったドラゴンを見つつ、俺は尋ねる。
「ドラゴン同士の話し合い、どうなった?」
「うん。助けに来たって伝えた。もう自由だって。おうち帰れるって。わかったって」
「そうか。それはよかった。あと捕まえたのは俺と同じ人間だろう? 人間のせいで迷惑かけて悪かったな。代わりに謝る。すまなかった」
俺が謝罪をすると、ドラゴンは青い瞳に聡明な光を宿して頷いた。
言葉が分かるらしい。いい子だ。
「それから、一歩横に動いてくれないか? 欲しいものがあるんだ」
「グルゥ」
分かったとでもいうように一つ唸ると、巨体を移動させた。
お腹の下あたりから、秋の青空のように澄んだ青い玉が出てきた。
ラーナが歓声を上げて駆け寄る。
「たまっ!」
「喉に詰まらせないようにな」
「きゃい!」
ラーナは喜びながら宝珠を拾うと、白いワンピースの生地にこすりつけてピカピカにした。
それから、一息に口に入れて食べた。
細いのどがコクッと上下するとともに、体全体が淡い青色に光り出す。
じょじょに体が大きくなる。
光が収まるころには、すらりとした手足の長い11歳ぐらいの少女に成長していた。
玉一個で二歳ぐらい成長する。あと三つだから、最終的には17歳ぐらいの見た目になるのか。
長い白髪を元気に跳ねさせて駆け出した。体を確かめるように。
「アレク、リリシア! ありがと! ファシエスもありがとね。今まで頑張ったね」
「ガォゥ!」
ドラゴンも嬉しそうに尻尾を振っていた。
どうやら名前はファシエスと言うらしい。
ラーナの言葉の発音もかなりよくなっていた。
あと気になったので一応尋ねる。
「ファシエス、けがや病気はしてないか? ポーションあるぞ。あと寝起きでお腹すいてるなら、確か猪の肉があるぞ?」
「がぁ♪」
ファシエスが嬉しそうに大口を開けた。肉がいいらしい。
マジックバッグからイノシシ肉の塊を出して、ファシエスの目の前に置く。
くるくると嬉しそうに喉を鳴らしながら豪快に被り付いた。
あっという間に食べ終えたファシエスは満足そうな表情をしていた。魔力も回復したらしく、全身をそよ風が覆うようになった。心なしか水色の鱗もつやつやしている。
機嫌も完全に直ったようなので提案する。
「じゃあ、ファシエスは好きなところに行けばいい。空でも山でも雲の上でも」
するとシルフが「ちょっと待ったぁ~!」と抗議の声を上げて飛んできた。ファシエスの頭を押さえながら言う。
「はぁ? 何勝手に話進めてんのよ! この子がいなかったら、船の大森林計画が水の泡じゃない! そんな勝手許さない! 秘技、テンプテー――」
「ファシエス、もう一回食っていいぞ」
バクゥッ!
ファシエスはシルフをものすごい速さで食べた。
くっちゃくっちゃと咀嚼した後、ペッと床に吐き出す。
また汚物のように吐き捨てられたシルフが涙目で叫ぶ。
「なんでよぉ~!」
「起こしてやれたのに起こさなかったのが悪いんだろ。鍵は死んだ船長が持ってたんだからな。結果、何十年も眠らされ続けたんだから、悪い人間に加担したのと同じだろ」
「そんな~、冬眠でもしてるのかと思ってただけだしぃ~。ドラゴンの事情なんてアタシが気にするわけないじゃ~ん」
「というわけで羽虫。この船の魔力を解除しろ。どうせドラゴンも出て行くんだから維持できないだろ」
「えー、でもー」
「か・い・じょ、だ!」
俺が強く睨みつけると、シルフはようやく観念した。
よたよたと羽根を動かして二メートルほど浮き上がると、両手を前に伸ばして魔力を集め始めた。両掌の間に青い光が丸く集まっていく。
「ったくー、わかったわよ~。――あーあ、うまくやってたのになぁ~」
「他人に迷惑かけまくってな」
「ぶっちゃけ、他人がどうなろうと知ったこっちゃないわー」
「ほんと最低だな、お前」
「ふーんだ。大妖精シルフ様が楽しければそれでいいのよ! ――あっ! うひひっ」
魔力を溜めていたシルフが、何かに気が付いて不敵に笑った。
嫌な予感が走る。
――って、そうか!
「リリシア、ファシエス、飛ぶんだ!」
「はいっ!」「グラァ!」
リリシアは白い翼をバサッと広げて地面を蹴った。ファシアスも畳まれていた大きな翼を伸ばしていく。
「ラーナ来てくれ! 飛行モードだ!」
「きゃあい! ドッキングセンサー! エロがいるマークつぅ!」
ラーナが背中から竜の翼を出しつつ俺の背中に飛び乗る。
なんかひどい言葉が聞こえたが気にしない。
シルフのあざ笑う声が船倉に響く。
「もう遅いってーの。船と一緒に沈んじゃいな――御伽噺消滅」
シルフの両手から青い光が迸った。船を消し飛ばすような勢いで放射状に広がる。
そして船から魔力が消えた。
もうボロボロだった船は、魔力の支えを失った途端、ギギギッ――ゴゴゴッ――と盛大に軋み始めた。
ラーナは俺にしがみついているので手も口も出せない。
リリシアの、大砲のような魔法は発動に時間がかかる。
ここは俺が聖光強烈破で! ……いや、何か違うな。
この船に一番イラついているのは誰か? 一番怒りをぶつけたいのは誰か?
それは俺じゃない。
俺は天井を見上げて叫ぶ。
「ファシエス、天井を吹き飛ばしてくれ!」
「ガラァァァ――ッ!」
ファシエスがゆっくりと羽ばたきながら喜びを滲ませて吼えた。大きく開けた口に青い魔力が集まっていく。
次の瞬間、大砲のような竜息吹が発射された。
ドゴォォン――!
天井を木っ端みじんに吹き飛ばす。
薄暗い曇り空が開けた。
ついでに朽ちた木材が落下して、逃げるように飛んでいたシルフの頭に直撃した。
「ぎゃあ! 痛ったーい! ちょ、動けない!」
シルフは落ちてきた木材の下敷きになった。しかもシルフの上を狙ったかのように、木材が山のように積み上がっていく。
まるで積年の恨みが具現化したようだ。
俺は無視してみんなに呼びかける。
「よし、特に問題はないな! ――行こう!」
「はいっ!」「きゃい!」「ガァッ!」
「いや、問題ありまくりでしょ! こんなファビュラス大妖精を放ったらかしにしていいと思って――ああ! 本気なの!? 嘘でしょ、お願い、行かないでぇ~!」
必死に騒ぐシルフの声を無視しつつ、俺たちは天井の穴を抜けて船の外へと飛び出した。
途中、船内や甲板にいた骸骨たちへと目を走らせたが、彼らはすでにそれぞれがいた場所で白骨の山に変わっていた。
――この次は、まっとうな人生を歩んで欲しい。ああ、魂はすでに成仏済みだったか。
上空から船を見ていた。三本マストが折れていく。船体は凹んでいき、轟音を立てながら沈んでいく。
無邪気で邪悪な妖精と共に。
海原に大きな波紋が広がるとともに、白い霧が晴れていった。
俺は見下ろしながらつぶやく。
「こうして、無邪気な悪は消え去ったのでした。めでたし、めでたし」
リリシアが指眼鏡で覗きながら言う。
「小舟を固定していた魔力も解除されていますわ」
「よかった。ここからなら半日ぐらいで着けそうだな」
俺は上空を見上げた。青空を滑る翼竜。
ファシエスはスカイドラゴンの名にふさわしく、大きな翼を広げて悠々と青空を旋回していた。
「ファシエス、お別れだな」
「ガァ!」
「もう人間に捕まるなよ? 困ったら俺の屋敷に逃げてこい――あ、場所はだな」
すると背中にくっついているラーナが言った。
「さっき教えた! もう、だいじょーぶ!」
「そうか。――じゃあな、ファシエス」
「ガァァァァ!」
ひときわ大きく咆哮すると、ファシエスは速度を上げて大空の彼方へと飛び去っていった。
俺たちは、まださざ波が立つ海面にたゆたう小舟へと降りた。
背中のラーナに呼びかける。
「ラーナは行けそうか?」
「パワーアップしたから、だいじょーぶ!」
ぎゅっと捕まる手に力を込めてきた。細腕から伝わる、かなり強い力。
胸が締め上げられて息が苦しくなりつつ、笑う。
「この調子でルクティアまで頼むぞ」
「がんばる!」
「まあ、ラーナちゃんったら。頼もしいですわね」
ふふっ、と笑うリリシア。屈託のない笑顔が朝日のように眩しかった。
その後、軽く朝食をとった後、ラーナに「キーン!」と小舟を押してもらって高速でルクティアへと向かった。
――亜空間に乗り込むために聖白竜ラーナを成長させる宝珠が必要だったが、思わぬところで手に入った。
残りは三つ。ルクティア教皇国で貰えれば、13歳のラーナが亜空間に突入できる! はずだ。
水面を滑る小舟に乗りながら、頑張ろうと俺は拳を握り締めた。
絶対、シルフは生きてそう。
次話は明日更新。
→『146.突撃! ルクティア教皇国!』




