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144.無邪気な悪意(幽霊船2)

本日、更新一話目。


 早朝の海。

 白い霧に包まれた幽霊船の甲板に俺はいた。三本マストの大きな船だった。

 あちこちが痛んで壊れている。本来なら高波一発でバラバラになりそうなぐらいのぼろ船。

 でも、何かしらの魔力で船は守られ、あてもなく漂っている。


 天使姿のリリシアが、熟睡しているラーナを抱えて俺の隣に降り立つ。ラーナの長い白髪がゆらゆら揺れた。

 

「ラーナは俺が預かろう。リリシアは両手が開いていた方がいいだろうからな」


「わかりました」


 リリシアからラーナを受け取って背負う。リリシアは銀色のフレイルを構えた。

 俺も背中のラーナを片手で支えつつ、空いた手で剣を抜いた。


 甲板上にいる、白い人影に目を向けつつ言う。


「さっさとこの船のボスを倒して、今日中にルクティアへ行くぞ」


「はいっ!」


「で、気になるのは、あいつらだが……アンデッドじゃないのか?」



 甲板の上に数人、白い人影――骸骨がいた。舵を操る骸骨や、マストに登って帆を調整する骸骨、見張り台から望遠鏡を覗いている骸骨など。船員のような服の切れ端を着ている骸骨もいれば、素っ裸の骸骨もいた。

 見るからにアンデッドのスケルトンだった。

 しかしそれなら俺のだだ漏れ聖波気を浴びて死んでいないとおかしい。


 リリシアが指眼鏡を作って骸骨を見る。


「すでに亡くなってますね。船員さんの遺体を魔力で操っているようです」


「操っている奴がいるということか――そいつがきっとこの船のボスだな」


 骸骨の一体が傍へ来た。手にデッキブラシを持っていて、甲板を磨く動作をしている。

 話しかけてみる。


「なあ、会話はできるか?」


「……」


 スルーされた。甲板を磨き続ける骸骨。


「話せるなら、この船を操っているボスのところへ案内して欲しいんだが」


「……」


 甲板磨きを続ける骸骨。よく見ると、体中の骨がひび割れてぐらぐらになっていた。

 俺は、肩をすくめて言った。


「返事がない。ただのしかばねのようだ」


「単純な動作を繰り返しているだけのようですね」


「となると、ボスは船室の方か。行こう、リリシア」



 俺が船室へ通じる扉へ向かおうとすると、リリシアが咎めるように言った。


「今のうちに壊しておいた方がいいのではないでしょうか? 船の支配者と戦いになった時、この骸骨たちが襲ってくるかもしれません」


「それも考えたが、たぶんバラバラにしても元の形に戻るようになっている。折れた骨が元の形のまま動いてるからな。魔力でつながていると言うか。ボスの魔力を断つ方が先だろう」


「そこまで考えておられたのですね。さすがご主人様です」


「よし、気を付けていくぞ」


「はいっ」



 甲板の端にある船室へ通じる扉へ向かった。

 扉は酷く軋みながらゆっくりと開いた。

 中は真っ暗。


 俺は手に持つ剣に力を込めた。ついでに聖波気を圧縮しつつ。


「ハァッ!」


 見る間に刀身が青白く光って、船内を照らし出した。

 じめじめした湿気の漂う船内。茶色い木の板で作られた壁や天井、廊下はぼろぼろ。ところどころ穴が開いていたり、緑色のコケやカビまで生えていたりする。


 俺たちは穴を避けつつ、奥へと向かう。途中の船室も覗きながら。



 ただ、船室はだいたいボロボロで、いすや机の残骸、棚や本の残骸、二段ベッドや布っぽいものの残骸があるばかりだった。

 指先で触るだけで、あらゆる物体がほろほろと崩れていく。

 何もないと言えた。



 少し残念な気持ちになり、溜息を吐きながら言う。


「幽霊船なのに、お宝はなさそうだな」


「あっても朽ちてしまってそうですね……残念です」


 俺たちはさらに奥へと向かう。

 背負ったラーナが耳元で、すいーすいーと息をするのが耳に当たってくすぐったかった。



 時々骸骨とすれ違いながら奥へと向かう。

 彼らは通常の業務を機械的にこなしているだけのようだった。


 いくつかの船室を開けた後、豪華な部屋に出た。

 豪華というのは今までの船室より広く、木製以外の調度品が置かれている部屋だった。 


 大きな鉄製の机が窓を背にして設置されていた。壁際の棚には朽ちた本が何冊かあった。

 机には帽子をかぶり、片方の目に眼帯をした骸骨が座っていた。

 船長と思われた。


 ――こいつがボスか?



 俺は警戒しつつ前に出る。


「お前がこの船を操っているのか? ルクティア教皇国へ急いでいかなくちゃならないんだ。邪魔すると船を破壊しなくちゃならないんだが」


「……」


「返事がない。こいつもただのしかばねのようだ」

 

 骸骨船長は机に座ったまま、微動だにしなかった。

 リリシアが顎に細い指を当てて考えながら言う。


「やはりアンデッドではなく、ゴーレムのように魔力を流して単純な命令を与えているだけのようですね」


「船長も操られているだけか。よし、何か手がかりがないか探そう」


「はいっ、ご主人様!」



 机や骸骨の着衣を二人で探った。

 ときどき骸骨船長が虚ろな眼窩で、じーっとこちらを見てくるのが不気味だった。

 ――本当に操られてるだけか? 意識や感情があるんじゃないか?


 そんなことを思いつつ捜索が終わる。

 見つかったのは大きな金色の鍵。黒色の宝石があしらわれている。複雑な模様も描かれていた。

 リリシアが言う。


「この鍵、魔力を感じますわ。特別な箱や扉を開ける鍵のようです」

 

「ほほう。つまり、この船の中に使う場所があるということだな。もっと下か」


「最下層にある船倉に入るための鍵でしょうか?」


「行ってみよう」


「はいっ」



 ぼろぼろの通路をさらに奥へ向かう。

 途中、大きな食堂があった。

 横長のテーブルが並んでいて、骸骨たちが何人か集まって騒いでいた。ただし無音で。


 しーんと静まり返る食堂内。

 突然、一人の骸骨が立ちあがると、空のジョッキを掲げて何かを叫ぶ様子をした。その言葉に大うけする他の骸骨たち。テーブルの上の皿が音もなく揺れる。

 しかし言葉は聞こえず、動作の音もしない。しかも数分後にはまた同じ動作を繰り返す。

 不気味なのは不気味だが、物悲しくなってくる不気味さだった。


 とりあえず、無害なので放っておく。

 


 食堂を通り抜けて、階段を降りる。

 二層目も、一層目と同じような作りだった。

 調べても意味なさそうに思えた。一応、俺より賢いリリシアに尋ねてみる。


「もう最下層に行ってもいいよな?」 


「はい。探索しても、もうほとんど朽ちているかと思われます」


「だよな。じゃあ、行こう」


 リリシアを従えて、最下層へ続く階段を降りた。



 最下層は、だだっ広い広間になっていた。ほぼ船のサイズと同じぐらいの広さ。

 元は隔壁があったはずだが、壊されたのか筒抜けになっている。

 そして、木々の林立する森になっていた。

 しかも、ほんのりと明るかった。魔法の光か?


 思わず疑問が口に出る。

「なんだこりゃ」


「嫌な気配のする森ですわ」


 森と言っても、木々の幹はひょろっと細長い。葉っぱもあんまり茂ってない。だから遠くまで見えた。

 まあ、こんな日の当たらない場所に生えているから元気がないのだろう。魔法の光は薄ぼんやりとしているし。

 下草も藪というより、苔みたいな感じだし。山菜のわらびっぽいものも生えている。


「あれ、あく抜きしてから卵とじ煮にして食べると、めっちゃおいしいんだよな」 


「え? わらびですか? 集めますか?」


「今は時間がない。また今度だ」


「はい」


 俺は剣を前に突き出して、用心しながら森へ入っていった。

 リリシアもフレイルを持ってあとからついてくる。



 苔や落ち葉を踏みしめて歩いていく。

 邪魔な枝は剣で斬った。

 

 中ほどまで歩いて着た頃、少し先に青い池が見えてきた。

 すると指眼鏡で見ていたリリシアが警戒して叫んだ。


「ご主人様! ドラゴンがいます! スカイドラゴンです! 風属性のドラゴンの中でも上位種です!」


「え?」


 リリシアの指さす前方、森の中の泉――かと思ったら、透き通る水のような色をしたドラゴンだった。長い首と尻尾を丸めて寝ている。


 俺はさらに警戒しながら近づいた。

 次第に、ドラゴンは水のような色、というのは不正確だと考え直した。ドラゴンの体の色は、言うならば青空が写り込んだ水面のようだった。


 

 ドラゴンの傍まで来る。あまり大きくない。馬ぐらいの大きさ。

 ぐっすり寝ているドラゴンを見ながらリリシアに尋ねる。


「子供のドラゴンだろうか?」


「かもしれません。スカイドラゴンは大空を飛ぶ、とても大きなドラゴンと言われていますから」


「……こいつが幽霊船の犯人か?」


「使用していた魔力の感じは似ているかと思われますが――」


 リリシアが首を傾げたとき、森の陰から小さな羽虫が飛び出してきた。

 身構える暇もなく、先制を許す。



「隙ありぃぃぃ! 魅了支配テンプテーション!」


「なんだ?」


 俺たちの体を、ピンク色の魔力が覆った。

 俺の目の前に、背中に羽の生えた妖精が現れた。体長30センチぐらいで、透明な羽根をパタつかせて飛んでいる。

 スタイルはいい方で、人間でいえば20歳ぐらいの女性と言えた。若草色の短衣チェニックからすらりとした足が伸びている。

 ただ美人系の顔だが小生意気な表情が、ちょっとウザい。


「ふふーん。風の大妖精シルフ様にかかれば、どんな敵だってイチコロよ!」


 何かの魔法を使われたらしい。

 ただ、指先は動かせるし、特に何の問題もないように思えた。

 様子を見ていると、目の前の小さい妖精は腰に手を当てて偉そうにふんぞり返りながら言う。


「かー! 今回はうだつの上がらなさそうな男ね。まあ、死ぬまで働いて、死んでからも働き続けてもらうから。わかった? って、もう命令しないと動けないんだっけか。アハハ!」


 そう言うと俺の頬を、小さな手でぺちぺちと叩いてきた。

 なんかムカつく。


 続いて妖精はリリシアの方へ飛んで行った。

 妖精はじろじろとリリシアを上から下まで眺めて、不機嫌そうに顔をしかめる。


「はぁ~? なにこいつ、天使のコスプレなんかしちゃってさぁ? まあ、翼がある存在に憧れるのもわかるんだけど、アタシみたいな高貴で優美な存在じゃないと似合わないんだから。たかが人間がアタシの真似するなんて、おこがましいにもほどがあるっつーの」


 妖精はリリシアの大きな胸をばいんばいんと叩いていた。さらに深い谷間に腕を突っ込んでズボズボと音を鳴らした。



 リリシアは頬を染めつつされるがままになっている。

 ただ魔法の影響はなく、単純に驚き戸惑っている様子だった。


 いい加減ムカついてきたので、手を素早く動かして剣を鞘に収めると羽虫を捕まえた。


「ギャー! なに!?」


「いい加減にしろ、この虫野郎」


 ぎりぎりと握り締めると、手の中で羽虫が騒ぎ立てた。


「ぎゃー! 嘘でしょ!? なんで動けるの!? テンプテーションは、ロマンダンシングサガでは最強の術だったのに! まさかすでに見切ってたわけ!?」


「知らん」


 リリシアがボソッと呟く。

「まあ、ご主人様の聖波気が濃すぎて、状態異常はすべて無効になりますから……」



 俺は掴む手にさらに力を込めた。

 妖精が身をよじって叫ぶ。


「痛い痛い! ちょ、潰れる! 潰れるから!」


「俺の事はどう言っても構わんが、リリシアを侮辱することだけは許さない」


「なんですって! 偉そーに! アタシが誰だかわかって言ってるの!?」


「知りたくもない」


「ふふん、聞いて驚きなさい! アタシは風の大妖精シルフよ!」



 俺は何気ない感じでリリシアを見て尋ねる。


「妖精って食えるのか?」


「さあ? 聞いたことありませんが」


「試しに唐揚げにでもしてみるか」


 俺の手の中でシルフが焦り出す。


「ちょちょちょ! なんの相談してんのよ! おいしくないからね? がりがりに痩せてるから! 脂乗ってないから!」



 手の中で暴れて逃れようとするシルフをしっかりと握り、顔を近づけて睨む。


「この船を操ってるのはお前だろう? 死者を死んだ後も愚弄し続けて。いったい何が目的だ?」


 シルフは視線を逸らし、ふひゅーふひょーと下手くそな口笛を吹く。


「さ、さあ? なんのことやら~。アタシ何もしてないしー」


「唐揚げにする前に、腹を掻っ捌いて汚い内臓を出しておいた方がよさそうか」


「あ、アタシに汚いところなんてないんだから!」


「お腹に香草を詰めてから揚げると、よりおいしくなるかもしれません」


 傍に来たリリシアが満面の笑みでシルフを覗き込みつつ答えた。目だけが笑ってない。氷のように冷たい視線。

 シルフの顔に冷や汗が浮かぶ。



「ごめんなさーい! もうしないから許して~!」


 ついにはシルフは泣き出した。そして、自分のしていたことを話し始めた。


読んでくれた人、ありがとうございます!


……次の話は夜更新したいけど、何時が一番良いのかな。



次話は夜更新。

→145.青空の王者(幽霊船3)

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