132.魔王さま来訪!
後書きにお知らせ第二弾があります。
屋敷の朝。
俺は剣を片手に持って廊下を走っていた。
店に強い魔物がやってきたのだった。
店番をしているテティを助けるため、赤く光るダンジョン通路を駆け抜ける。
ところが店に出たとたん、エルフ少女テティのはしゃぐ声が耳を打った。
「すごいすごい! 魔族転生、ちょー好きですっ! 作者さんに会えるなんて、嬉しい!」
「ふははははっ! 我輩の偉大さは種族を越えて伝わるようだな! んん~、特別にサインをしてやろうではないかっ!」
狭い店内に、とてもチャラい男がいた。
つんつんした髪型に日焼けした茶色い肌。半袖アロハシャツに短パン姿。
目はサングラスに隠れてわからないが、ギザ歯がギラッと光っていた。
――確かにコウの言う通り、怪しい男だな。
しかし俺の疑惑をよそに、テティが笑顔でカウンターから立ち上がる。
「ほんとに!? すぐに一巻取ってくるね!」
駆け出そうとしたテティだが、チャラい男は鼻で笑う。
「ふんっ、まあ待て。貴様は我輩が一巻しかサインをしないケチな男とでも言いたいのかっ? 全巻持ってくるがいい! すべてにサインしてやろう、フハハハハッ!」
「きゃー、かっこいい! すぐ持ってくる!」
テティはスキップするような軽やかな足取りでバックルームへ来ると、俺と入れ替わりに洋服ダンスからつながるダンジョンの入り口へと入っていった。
俺はバックルームから出て店に出た。
カウンター前にふんぞり返って立つ男が、ギザ歯を光らせて残忍に笑う。
「初めましてだな、勇者アレクよ!」
「お前はなんだ? 強い魔物らしいが」
「ふふんっ、強者には我輩の格の違いがわかるようだな、さすがだと言っておこう! ――我輩は魔王だ! 恐れおののくがよいわ、ふははははっ!」
胸を反らして高笑いする魔王。
尊大な態度だが、魔王らしくない感じもする。
見た目チャラいし。
――でも本当に魔王だとしたら、ちょっと面倒だな。
俺の勇者としての役目は、魔王討伐だった。
目の前のチャラ男を倒すと、リリシアが天に帰ってしまう。
バックルームを仕切る布を揺らしてリリシアが出てきた。
彼女の顔もまた、不安そうに悲しんでいた。
俺は魔王に向き直る。
「お前が魔王か。困ったな、実は俺は勇者をやめている。もう魔王退治をする気はないんだ」
魔王のサングラスが光る。
「ほう? 人々の幸せを願わないと言うのか?」
「人々を苦しめるというのであれば、倒さないといけないが……今のところ、悪いことはしていないだろう?」
「まあ、な」
不服そうに魔王は顔をしかめる。
俺は肩をすくめて気軽に言う。
「お前が今のまま何もしないのであれば、勇者の仕事は他の勇者に任せるよ」
「ふん! なぜ我輩が貴様の顔色をうかがって過ごさねばならんのだ! ――今日来たのはほかでもない、貴様に対する宣戦布告だ!」
「なんだって!?」
「貴様の聖波気なぞ、我が軍にはもう効かぬ! 人間どもを蹂躙してくれるわ!」
「いや、ちょっと待ってくれ」
これはまずい。
魔王に暴れられたら討伐することになりかねない。
かといってリリシアと別れたくないから魔王討伐しない、というのも弱みになるから言わない方が良さそうだ。
なんとか誤魔化せないものか……。
リリシアをチラッと見る。彼女も困ったように眉を寄せながらも頷いた。
一歩前に出つつ魔王へ話しかける。
「魔王さん、どうして世界征服をしたいのでしょうか?」
「ふふん、よくぞ聞いてくれた! 世界征服など我輩にとっては通過点にすぎん!」
「通過点……?」
「くそったれなランキング制度を作った神をぶちのめす! 魔物たちをランク制度のしがらみから解放してやるのだ、フハハハハッ!」
魔王が高笑いとともに威張る。
俺は感心してうなずいた。
「ほー。なかなか大きな事を考えてるな」
「ふふんっ、ただの魔王で終わる我輩ではないわ!」
そうなると、一つ疑問が浮かんだ。
世界征服とは関係がなさそうだったからだ。
「だったらなぜ小説を書いているんだ?」
「む。それはだな……そう! 文武両道たる存在だと確かめるためだ! 多数の部下に崇拝される魔王でありながら、文才でも世界を魅了する! 決して部下たちを食わせるためにやったのではないぞ、なんせ我輩は世界一残忍な男だからな、ふははははっ!」
偉そうに言い切ったが、なぜか額に汗が光っている。
そんな話を聞きつつ、俺はぴんっと来た。
何気ない振りして続ける。
「確かに小説を書けるのは、すごいんだが……」
「なんだ?」
「聞いたところによると、エログロバイオレンスな小説だそうじゃないか。すべてのジャンルを書いたわけじゃないんだろう?」
「むっ……言われてみれば、確かにそうだな」
「だったら、まずは小説で世界征服をしてもいいんじゃないか? 人間の富を奪うという点では同じだろう? いろいろなジャンルを書けば、より多くの人から富を奪えるぞ?」
俺はできるだけ不敵な笑みを浮かべて言った。
魔王はサングラスの奥にある目を、くわっと見開いて驚く。
「な、なんだと! 貴様、なんという悪党なのだ! この我輩すら思いつかなかった非道な発想を思いつくとは……勇者にしておくには惜しい男だ! 本当に勇者か、貴様?」
「元勇者だ」
変なところに感心された俺は、肩をすくめて弁解した。
そのとき、店の奥のカーテンが揺れて一人の女性が出てきた。
魔法使いっぽいローブを羽織った姿ながら、全身に指輪やネックレスなどを何個もつけている。
ツインテールの赤い髪が燃えるように揺れていた。
「ふん。魔王直々に乗り込んでくるとは。愚かな奴だな」
じゃらっとアクセサリーを揺らして仁王立ちする。魔王に匹敵する尊大さ。
対峙した魔王がサングラスの奥で目を細める。
「なかなかの強者と見た……火の使い手か」
「ルベル、来てくれたのか」
「同盟を組んだのだから、当然だ」
ルベルがカウンター内で腕組みをして立つ。
魔王がギザ歯を光らせつつ、ぐるっと店の中を見回した。
「ふっ、囲まれたか……なかなかの準備を整えていたようだな。さすが勇者――いや、元勇者だと言っておこう」
――え? 何の話だ? 巡回の騎士団を勘違いしたのか?
何か勘違いしてくれているようなので否定せずに、俺は厳かに頷いた。
「今日のところは帰ってくれ。ここで闘うのはお互いにとって痛手だろう?」
「いいだろう。今日のところは挨拶代わりだ。しかし、次会ったときはそうもいかん」
「わかってる」
そのとき、店の奥からテティが戻ってきた。スカートとツインテールが元気よく跳ねる。
そして細腕で抱えた本をカウンターの上に、どんっと積み上げた。
「全部持ってきた~! さいん、サインして~!」
本の背表紙をちら見した魔王が、くわっと目を見開く。
「おおっ、魔族転生だけでなく勇者のふりまであるではないかっ! 貴様、名を何という?」
「あたしはテティって言いますっ!」
「よいぞよいぞ~! 貴様の名前入りで書いてやろう、ふははははっ!」
魔王はノリノリで本を手にとっては、表紙の裏に次々とサインし始めた。
その様子を唖然として、口をかわいく半開きにして眺めるリリシアとルベル。
驚いているようだ。
ふと気になって俺は一冊手に取った。
名前は何だろうかと思って。
まさか魔王と書いてるんじゃないだろうな……。
開いてみると『まお』と書いてあった。
「名前はまおというのか」
「ふふん、ある時は小説家まお、ある時は本屋チェーン社長まおまお! ――しかしその実体は――っ」
全部言う前にテティが目を輝かせて割り込んだ。
「えええ! 社長でもあったんですか! すごーい! あたし、まおまお小説大賞にも応募する予定なんです~!」
「おお、貴様も人間を堕落させる有志の一人だったか、よいぞよいぞ~! エンターテイメントで世界を支配するのだ! ふははははっ」
「きゃー、かっこいいー! あたし、がんばります! ……でも、ちゃんと書けているか不安で……」
テティは眉を八の字に寄せて悩み顔にした。
魔王はギザ歯をギラリと光らせて強気に笑う。
「誤字脱字や構成など、少々おかしくてもかまわん! 小説は面白ければいいのだよ!」
「面白さが一番難しそうですけど……」
「大事なのは設定やストーリーではなーい! キャラさえずば抜けて魅力的なら、あとはどうとでもなる! ――この我輩のようにな! ふははははっ」
それはチャラ男なのに魔王なことを指しているのか、書いた小説のことを指しているのかわからなかった。
でもテティには伝わったようだ。
目をきらきら輝かせて何度もうなずいた。金髪が波打つ。
「うん、頑張ってみるね、ありがとう。まおさん!」
「応募を楽しみに待っているぞ、ではさらばだ――ふははははっ」
魔王は満面の笑みできびすを返すと、店のドアから颯爽と出て行った。
嵐みたいな男だった。
「でも、なんかなぁ。悪い奴には思えないのはなんでだろうな……なんとか平和的な解決法を見つけないと」
俺は店の入り口へと向かう。
魔王がちゃんと帰ったか確認するためだった。
店の外に出て裏通りを遠くまで眺めた。
しかし、魔王の姿はなかった。
「すばやいな……まあ、去ってくれてよかった」
「どうするっす? 俺っちがあとをつけてもいいんすけどね」
急に声がしたので振り返ると、店のドア横の壁に長身の男がもたれて腕を組んでいた。ぼさぼさの黒髪から鋭い目が光る。
存在をまるで感じてなかった。思わず驚きが口を突いて出る。
「エドガーか。来てたのか」
「ええ、コウちゃんに呼ばれたんっすよ」
腕組みしたまま片手だけ上げて子機の画面を見せてきた。ララインとかいうアプリの画面だった。コウが連絡を入れてくれていたようだ。
――なるほど。囲まれたと言うのはエドガーの存在に気づいていたのか。
俺は気付かなかったのに。魔王は手ごわい相手なのかもしれないと、少し考えなおした。
「いや、一人で来たということは、それなりの準備はしてあるんだろう。一人で追うのは危険だ」
「りょうかいっす」
ゆらりと壁から離れるエドガー。やる気なさそうな雰囲気なのに、動きは身軽かった。
俺は頭を掻いた。
「それにしても困ったな……宣戦布告か」
「やっぱ居場所突き止めて、みんなで乗り込むっすか?」
「いや、逆だ。魔王を倒したくないんだ」
「えっ?」
「実はな……」
俺はリリシアのことを話した。勇者の使命と、リリシアの役目。
彼はもうリリシアが天使だと知っているので。
話を聞き終えたエドガーは、ぼさぼさの頭をぽりぽりと掻いた。
「まじっすか……それじゃあ魔王倒せないっすね」
「何かいい方法ないか?」
「暗殺や攪乱、調査はお手のものっすけど……ちょっち思いつかないっすね」
「そうか。まあもう少し自分で考えてみるよ。あと別のことで力を借りるかも」
「なんすか?」
「ドラゴンの宝珠を集めてるんだが、一つはルクティア教皇国にあるらしくてな」
「忍び込むっすか?」
「やっかいなところにあったら、頼む」
「りょーかいっす。――あっ、ちょっと子供たちに何かあったみたいっす」
エドガーが耳に手を当てて音を聞く仕草をした。
俺も耳を澄ませたが、何も聞こえなかった。
彼は軽く手を挙げつつ店の横にある路地に向かう。
「じゃあ、行ってくるっす」
「気をつけてな」
エドガーの姿が路地に消えた。
気になって路地をのぞくと、すでに姿は見えなかった。
「早いな……あいつ本当に盗賊か?」
俺は首を傾げつつ店へと戻った。
いつも応援ありがとうございます!
割烹でラフ公開第二弾しました!
今回はマリウス、エドガー、ルベルです!
ルベルかわいいですよ。ツンデレしてそう。
あとエドガーがかっこいい。予想以上に理想的でした。
ぜひご覧ください!
次話は、また近日中。




