130.三人娘の小さな宴
夜の森に月光が降る。
屋敷の地下、コウのダンジョンにある広間で、テティとソフィシアとラーナがテーブルを囲んでいた。
卓の上にはハムとソーセージ、ポトフ的なスープ。それにパンとエールが載っている。
聖職者の居候ソフィシアが微笑みを浮かべて立ち上がる。肩で切り揃えた青い髪がさらりと流れた。
「ではラーナちゃんの急成長を祝って、少し豪華な夕飯をいただいちゃいましょう。――おめでとう、ラーナちゃん」
「よくわかんないけど、おめでとー! ラーナちゃん」
「そふぃしあ、ててぃ、ありがとー!」
聖白竜の少女ラーナが両手を上げて喜んだ。幼い笑顔が可愛らしい。白髪がはねてきらきら光った。
それから夕食が始まった。
エルフ少女のテティがパンにソーセージを挟んでかぶりつく。
食べながら頬に手を当てて喜ぶ。
「ん~! お肉がぷりっぷり! 肉汁あふれるっ!」
「腸詰にしただけで、ここまでおいしくなるとは……驚きですね」
ソフィシアがほおばりながら青い目を見張る。
隣ではラーナがソーセージにかぶりついて笑顔を弾けさせていた。
「おいしいっ、きゃいっ!」
テティが瓶を取り出す。
「エールもあるみたい。飲む? あたしはいらないけど」
「珍しいお酒ですね。いただきましょうか」
ソフィシアがグラスに注いで一口飲んだ。
とたんに頬が赤くなる。
「ふわぁ……果実酒じゃないのに、甘い香りが……ふふっ」
ソフィシアが酔った目つきで、にやにや笑い出す。
なにがおかしいのか、くすくす笑う。
テティがジトっとした目で彼女を見る。
「ソフィシア、どしたの?」
「んふ~、テティちゃんが二人、きゃははっ」
「え!? エールを一口飲んだだけで!?」
「エールですって、エール、エール! ふぁいとー! ――応援です、なんちゃってー、きゃははっ!」
笑いながらまた一口飲む。ぶほっと笑いながらむせてしまう。
でも笑い続ける。
テティが信じられない者をみる目つきで、少し体を離した。
ラーナもソーセージを食べつつ、大きな目を見開いてソフィシアを見上げている。
テティがそっと目くばせしながら言う。
「ラーナちゃん、こっち側に来といて」
「きゅい!」
ラーナがイスからぴょんっと飛び降りてテーブルを回り込んでテティの横に座った。
その様子を見たソフィシアがお腹を抱えて笑い出す。青い髪が盛大に揺れた。
「動いた! ラーナちゃんが向こう側に動いた! ――きゃははっ!」
「え、なんなの……。エールにやばい薬でも入ってた?」
テティが手を伸ばしてエールの瓶を見る。
「なになに――『スペシャルエール! 魔物殺し』……物騒な名前」
空いたお皿に少し垂らして、指先をつけて舐めた。
「にがっ……でも、別に普通?」
ラーナも真似して指をつけて舐める。途端に青い瞳を、くわっと見開いた。
「む……――むひゃっ!?」
「えっ、むひゃ!? むひゃってなに!? どうしたの、ラーナちゃん!? ――あっ、まさか!」
「おてて、はいしゃくー! ――パパんのパンっ! あっそうれっ! ――だーれが殺した、きゃっきゃいの、きゃい! あそうれっ! ――だーれが殺した、きゃっきゃいの、きゃい! ……きゃははっ!」
ラーナがノリノリで手を三回叩いては、前のめりに両手を突き出す姿勢をとる。
満面の笑みで、けたけたと笑っていた。
「嘘でしょ……一舐めしただけじゃん」
テティが眉をしかめて呆然とする。
するとソフィシアが立ち上がるなり、唐突に服を脱いだ。
白い肌のすらりとした肢体が露わになる。
「はーい、ソフィシア、一発芸やりまぁす! 生まれたての子鹿っ! ――きゃははっ!」
笑いながら開いた足をぷるぷる震わせた。形のよい胸も一緒に震える。
それから何がそこまで面白いのか、机をバンバンと叩きつつお腹を抱えて笑った。
「こじかっ、こじか! きゃはは!」
ラーナも一緒に机を叩いて、声を上げて笑った。大きな目の端に涙が浮かんでいる。
テティは唖然として口を開けるしかなかった。
「ええ~……なにこれ、どうなってんの……」
そのとき、テティの持ってる子機が震えた。
急いで耳に当てるテティ。
『宴もたけなわ、バンブーホース! どしたです?』
「ちょっとコウちゃん、なんか変なの! エールのせいっぽい!」
『酒は飲んでも、のーべんばー。床に少し垂らしてもらえば、わかるです?』
「あ、うん!」
テティはエールの瓶を傾けて少し床に垂らした。
液体は床に吸い込まれていく。
『ぺろっ、……これは青酸カリ――。おおー。ふむふむ、なるほど。これはダンジョン産のお酒ですな』
「え、そうなんだ?」
『なるほどなるほど。行程を分割すれば、ダンジョンでも発酵を扱えるですか。なかなかの匠の技です?』
「それはわかったけど、なんで二人がおかしくなったの?」
『人間さんは強めに酔うだけですが、魔物さんに対しては酩酊や催眠、高揚や混乱。魔法のコンフュージョンみたいな効果があるです?』
「そうなんだ……えっ!? 魔物!? ラーナちゃんはドラゴンだからわかるけど、ソフィシアさんも魔物なの!?」
『人間さんではありませんゆえ』
「あ、そっか……あたしは? エルフも人間?」
『たぶん人間さんに近い亜人間さんはみんな大丈夫かも? もしくはテティさんはちょっと人間さんだです?』
「あ~、確かに。あたしはお母さん側が人間っぽいんだっけ」
チラッとソフィシアをみる。
真っ裸でラーナを胸に抱えて爆笑していた。
「一発芸~――授乳告知~! きゃははっ!」
「まっしらけ~! ――きゃきゃいの、きゃいっ! あっそうれ! きゃきゃいの、きゃいっ! あっよいしょ! ――木の枝で、スズメが~サンバ踊ってた! よいよいよいよい、おっとっとっと――きゃはは!」
二人はテーブルの上で体をよじって涙を流しながら笑っていた。
笑いすぎておかしくなっていた。
テティはどん引きしながら子機で話す。
「どうしよう。コウちゃんは解毒剤みたいなのって作れる?」
『むーん。元は普通のお酒に特殊効果を入れてるだけなので、すぐには面倒です? むしろ、ぷちエリ飲ませれば効くのでは?』
「あ、それがあった! 一本出してっ、コウちゃん!」
『はーい。――まんまんまんぞくー、いっぽんまんぞくー、です』
床に小さな宝箱が現れる。
テティがふたを開けて中からプチエリの小瓶を取り出した。ロイヤル印の白い瓶。
しかし飲ませようとしたけれどもソフィシアは取り合わない。
イスの上に飛び乗るなり片足で立つ。さらに白と黒の翼を広げて、両手も広げて叫んだ。もちろん全裸で。
「一発芸――荒ぶる鷹のポーズ! きゃははっ!」「たかー! きゃきゃいっ!」
「ダメだこりゃ」
テティはあきれて肩をすくめた。
子機からコウの声がする。
「次、行ってみよー」
テティは食べかけだったソーセージを挟んだパンを手に取ると、こっそりテーブルを離れた。
バカ騒ぎをする二人を置いて自室のある奥の広間へ向かう。
コウのいる広間へと入ると、真っ白い球体に手を振った。
「あたし寝るから。あれはもう放っておくね」
「はいですー、おやすみです~。――さよなら、さよなら、さよならっ」
「なんで三回言ったの……まあ、おやすみー」
テティはパンをかじりつつ扉を開けて部屋へ入った。
広間にコウが残された。
手前の広間からソフィシアとラーナの笑い声が聞こえる。
コウは球体表面に青い光を走らせながら呟く。
「でもこれ、けっこう危険では? 奥さんも無効化されるです? というか聖白竜にすら効いてるです? ――まさか貫通効果? むむーん……対策とらねば、ねばねばです」
手前の部屋からバカ騒ぎが聞こえる中、ピコピコと表面の光りを明滅させながらコウは考え続けた。
ちゅっちゅんがちゅん!
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ただ次話は少し時間かかりそうです、すみません。
でも最後まで頑張ります!




