128.ドワーフ料理と喜ぶラーナ
夕暮れ時の鉱山町。
坑道でラーナの宝珠を手に入れた俺は、公爵の屋敷に戻ってきた。
赤やけに染まる山並みによって、黒々とした陰の落ちる谷の陰影が美しかった。
公爵の屋敷に入ると、老執事が出迎えた。
「お帰りなさいませ、アレク様、リリシア様。お食事の用意ができております」
「すまないな」
長い廊下を歩いて、食堂へと案内される。
食堂はすでにおいしそうな匂いが漂っていた。
テーブルの上座に座る体格の良いドワーフ、グスタフ公爵が笑顔で手を上げる。
「おお、帰ってきたか。さあ、取引を祝って祝杯を上げようではないか」
「うまそうだな。遠慮せずにいただかせてもらうよ」
「ありがとうございます、公爵さま」
俺とリリシアはテーブルに座った。
大きめのテーブルには白いテーブルクロスがかけられており、ハムやソーセージ、芋やタマネギを使った料理が並べられていた。
どちらかというとお酒が進みそうな料理が多かった。
グスタフが口の端を上げてニヤリと笑う。
「酒はどうだ? 各種エールに葡萄酒もあるぞ?」
「エールに違う種類もあるのか」
「ああ、小麦や大麦カラス麦、材料によって味や香りが変わるからな。小麦のエールは果物のような香りがする。特にドワーフ謹製の最高級エールはおすすめだ」
「じゃあ、それをもらおう」
「わたくしは葡萄酒を……」
リリシアが少し恥ずかしそうに言った。
メイドが傍へ酒の入ったグラスを置く。
まずは乾杯をしてから食事となった。
肉の塊を煮込んで茶色いソースをかけた料理は初めて見たので目を引いた。
スプーンですくえるほどに肉が軟らかく、ソースと絡んでとろっとしている。
一口食べると舌の上で崩れるように溶けた。控えめに香辛料の利いたソースが肉のうまみを引き立てる。
目を見開きつつ、ほとんど噛まずに飲み込む。
「ん、この肉料理、うまいな。とけるっ」
「ほんとですわ。パンに塗って食べてもおいしいです」
リリシアは一口サイズにちぎったパンに肉を塗って食べていた。
グスタフが二ヤっと笑う。
「気に入ってくれて何よりだ。ドワーフ特製鍋で作った溶け肉料理だ。子供から年寄りまで、離乳食や病人食としても食されている」
「ほう。滋養がつきそうだ。さすがドワーフ」
「隠し味に薬草系のハーブが使われておりますわ。体にも良さそうです」
リリシアが上品な手つきで肉を口へと運ぶ。
――そう言えば、酔いは醒めたみたいだな。
葡萄酒を普通に飲んでいるが酔った様子はなかった。
果実酒や蜂蜜酒でも酔ってなかった。
ひょっとしてリリシアはエールに弱いのだろうか?
「リリシア、このエールも甘い香りでおいしいぞ? 飲んでみるか?」
「はい、ご主人様」
俺がグラスを渡すと、くぴっと一口飲んだ。
ほんのりと頬が赤くなっていく。垂れ目がちの目がますますとろんとした。
「香りが豊かですぅ……」
「あ、やっぱり。リリシアはエールだと酔うんだな」
「エールは、ふわぁってします……」
潤んだ視線で俺を見るリリシア。なんだかいつもと違うので可愛い。
頭が左右に揺れ出した。銀髪が震える。
それを見てグスタフが言った。
「ん? どうした? ――ああ、長旅で疲れているところに特別製のエールは効いただろう。度数が高いからな。寝室の用意をしてあるから自由に使ってくれ」
「いや今日はもう用事が済んだからな。帰らしてもらうよ」
「ふぅん? まあ、そういうなら構わないが」
グスタフは不思議そうに目を大きく見開いた。
続いて口に肉の塊を詰め込んで食べる。エールで流し込む。
豪快な食べっぷりだった。
ふと、鉱山がダンジョンの跡地ではないか? と尋ねようかと思った。
しかし口を閉じる。
なぜわかったのかと問い返されたらうまくごまかせそうにない。
頭の回るリリシアは酔わせてしまったし。
おいしい料理を食べることに集中した。
とろけるチーズがたくさんかかったポテトグラタンや、白い湯気を放つ茹でたてのレバーのソーセージなど、ドワーフ料理を堪能した。
その後はぷちエリの補充と支払い、卸値は3万8000、小売りは5万ゴートなど軽く取り決めしつつ、食事を終えた。
帰り際にまず千本分の代金を受け取る。3800万ゴート。
即金で用意するとは、さすが公爵。
初めて見るミスリル銀製の銀貨があった。手のひらより大きくて、ちょっと皿っぽい。
大魔銀貨といって1枚で1000万ゴートするそうだ。
マジックバッグに金をしまっていると、グスタフが渋みのある笑みを浮かべて話しかけてきた。
「これで救われるものが増えるだろう。アレクよ、これからもよろしく頼むぞ」
「こちらこそ」
分厚い手とがっしり握手する。
さらに目を覗き込むようにじっと見られた上、力強く握ってきた。
「娘のヒルダもよろしく頼む」
「ああ、わかった」
それから布袋を渡された。ずっしりと重い。
「これは少しだがソーセージとエールだ。気に入ってくれたようだからな。お土産に持っていくといい」
「おいしかったから、これは嬉しいな。ありがとう」
俺は素直に袋を受け取り、マジックバッグにしまった。
「ごちそーさまでしたぁ、こーしゃく……」
俺の隣でリリシアが、ゆーらゆーらと揺れながらお礼を言っていた。
フラフラしているリリシアを連れて屋敷の外へ出た。
酔いで火照った頬に夜風が心地よい。
空には満天の星が光っていた。
庭を歩いてぷちエリ小屋へ向かう。
途中、リリシアが腕に抱き着いてきた。
「ふわふわしてます~」
「いい感じに酔ってるな」
「ふぇ? なにかおかしーでしょーか……なんだか天にも昇る気持ちですー」
「帰らないでくれよ」
「はーい」
リリシアは頭をこすりつけるように抱き着いて歩いた。
◇ ◇ ◇
その後は小屋に入ってから、コウにダンジョンの通路を作ってもらった。
青白い光に照らされる通路を歩いていると、コウのいる広間からラーナが飛び出してきた。
白髪を後ろになびかせて駆け寄ってくる。
「きゃいっ、れくっ、りしあっ」
「ああ、ただいま。これだろ?」
俺はマジックバッグから黄色い玉を取り出した。
ラーナの幼い顔が笑顔でいっぱいになる。
小さな手のひらをそろえて前に出してきた。
「きゃいっ!」
「のどに詰まらせないようにな」
玉を渡すとラーナはごしごしと表面をワンピースの袖で拭った。
そして一息にパクっと食べた。
細いのどがごくっと上下する。
「む~、むむむ~」
すると全身から黄色い光を放ち始めた。
光に包まれた輪郭が、ぐぐぐっと大きくなっていく。
そして9歳ぐらいの少女になった。手足がさらにすらりと伸びて、頭身も上がる。
丸っこい可愛いさだけじゃなくて、華奢な可憐さも感じられるようになった。
――さて。言葉はどうだろうか?
店で接客できるぐらい話せたらいいんだが。
そこで試しに話しかけてみた。
「どうだ、ラーナ? 喋れそうか?」
「アレク、リリシア、ありがと!」
ラーナは元気な笑顔でお礼を言った。ぴょんと小さくジャンプして喜びを表すしぐさが可愛らしい。
俺も笑顔になって頷く。
「おお、発音よくなったな! じゃあ、いらっしゃいませ、って言ってみてくれ」
「らっしゃーせー!」
「ん? 急に舌っ足らずに。……お待たせしました、は?」
「おまっせしゃー」
「ありがとうございました」
「ありゃじゃっしゃー」
俺はジトととした目でラーナを見た。
目をキラキラ輝かせて俺を見上げている。やり切ったとでも言いたげに満面の笑みだった。
――なんで飲み屋のベテラン店員みたいな口調なんだ。
もう1~2個宝珠が必要だな、これは。
俺はラーナの頭を撫でつつ言う。
「いい感じだな。でもお店の手伝いは、もう少し大きくなってから頼む」
「きゅい!」
ラーナは手を上げて返事した。はいって言ったらしい。
……返事は変わらないのか。
すると騒ぎを聞きつけたのか、エルフ少女のテティがダンジョン通路にやってきた。
金髪を揺らして傍へ来る。手には紙の束を持っていた。
「アレクさま、おかえりー。……あれ? ラーナちゃん、おっきくなった?」
「ラーナ、育った! きゃい!」
「よかったね~」
両手を上げたラーナの手に、テティはハイタッチしていた。背が伸びたのでこんなこともできるようになったようだ。
俺はマジックバッグから袋を取り出す。
「そうそう。ドワーフの公爵にお土産貰った。ソーセージとエールだ。ソフィシアも誘って三人で食べてくれ。俺たちは夕飯済ませてきたから」
「きゃいっ!? そーせーじ!」
ソーセージ好きなラーナが飛び跳ねて喜んだ。ワンピースの裾がひらりとめくれた。
テティも白い歯を見せて微笑み、声を弾ませる。
「ドワーフのハムやソーセージっておいしいのよね~。肉の味が濃厚っていうか。――うん、みんなで食べるね。いこっ、ラーナちゃん」
「きゃあいっ! ごっはん~、ごはん~!」
袋を抱えてテティが歩き出すと、ラーナはスキップしてついていく。白い髪がふわふわと楽し気に揺れていた。
「さて、あとはリリシアだな」
「ふにゃ」
俺の腕や肩に額をこすりつけてくる。目は閉じていた。まつ毛が長い。
そんな酔ってふにゃふにゃになっているリリシアを抱えるようにして、俺は寝室へ向かった。
いつも誤字報告ありがとうございます!
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