127.公爵と取引、そして宝珠
ドワーフ公爵と交渉するため、屋敷に案内された。
歩きながら思う。
――子供に恩を売って公爵につないでもらおうと思ったが、公爵その人と出会えるなんて。
あとはうまく交渉して宝珠を掘り出す許可を得たいところだ。
中に入ると赤い絨毯が敷かれていて、ドワーフの町とは違う印象を受けた。
大きい窓から陽光がふんだんに入っている。
精緻な装飾が施された家具が多い応接間へ案内された。
ソファーに座るとグスタフがメイドを呼ぶ。
「私はエール。君たちも飲むだろう?」
「昼間から飲むのか」
「いいじゃないか。酒は心と言葉の潤滑油――三つ持ってきてくれ」
メイドが頭を下げて退出する。
すぐに泡立つエールの入ったグラスが運ばれてきた。
グスタフは渋い顔に似合わない愛嬌のある笑顔でグラスを持ち上げる。
「では死者ゼロを祝って、かんぱいっ! ――ぷはぁ! くう~、やっぱり一仕事した後のエールは格別だなっ」
一気に半分ほど飲んで口を手の甲で拭った。
俺とリリシアは一口飲んだだけだった。さすがに真似できない。
グラスをテーブルに置きつつ言う。
「でだ。ぷちエリのことなんだが」
「おお。さっそくだな。……王都では一本いくらで売っていた?」
「数量限定で2万ゴート。今後、制限を取り払う代わりに5万ゴートで売ろうかと思ってる」
「いい値段してるな。あの効果なら妥当だろうが……うーん、大量購入するから安くならないか?」
「いくらぐらいだ?」
「そうだな……2万5000でどうだ?」
「4万5000だな」
「3万!」
「4万ゴートで」
「もう一声!」
グスタフは分厚い胸板を躍動させつつ、ごつい人差し指を立てて突き出してきた。
俺はここぞとばかりに話を切り出す。
「じゃあ3万8000にしてもいいが……一つ頼みたいことがある」
グスタフが太い眉をぴくっと上げた。警戒するように目を細める。
「なんだ?」
「たいしたことじゃない。えーっと、第六坑道だったか? を少し掘らせてほしい。一日だけでいい」
「ふむ。第六か――鉱石はほとんど掘り尽くしたはずだぞ? それでもいいのか?」
「構わない。ちょっと捜し物があるだけだ」
グスタフは不思議そうに太い首を傾げて顎を撫でた。分厚い手のひらでこすられた短いひげが軽快な音を立てる。
「逆に不審だな。何か聞いても? 鉱脈だと許可はできん」
俺は困って隣に座るリリシアをみた。
「言ってもいいと思うか?」
「わたくしはグスタフ公爵は信頼できる方だと思います。むしろお願いしてもよいかもしれません」
彼女は銀髪を揺らしてうなずいた。それからエールをちょびっと飲んだ。
俺はグスタフに向き直る。
「すまないな。疑うようなまねをして。ほしいのは聖白竜を復活させるオーブなんだ。しかもとても個人的な理由でな」
世界を救う手助けをする聖白竜に店番をさせたいから、とはさすがに言えなかった。
ところがグスタフは口の端を上げて白い歯を見せて笑った。
「ふんっ、そういうことか。アレクがオーブを探すというのなら、かまわんよ」
「いいのか?」
「問題ない。だろう? 元勇者アレクよ」
「知っていたのか」
「二十年ぐらい前に一度会っているな。私はまだ爵位を継いでいなかったが」
「そうだったのか。すまない、忘れていた」
「私が見違えるほどのイケメンになったということだ、ふふん」
好感の持てる渋い笑みを浮かべてグスタフはグラスをグイっと飲んだ。
俺もエールのグラスを傾けつつ言う。
「じゃあ、取引は成立。倉庫を用意してくれたら千本ほど置いておこう」
「ああ、庭の端に使ってない離れの小屋があるから、そこに入れておいてくれ」
「わかった。あとは第六坑道を調べるときはリリシアと二人でお願いしたい」
「問題ない。一筆書いておこう」
グスタフが指を鳴らすと、メイド服を着た小柄なドワーフ少女が紙とペンを持ってそばへ来た。
さらさらと文章を書いて俺に渡してくる。
「これがあれば文句は言われまい。坑道へはエレベーターを使ってくれ。この紙を作業員に見せれば案内してくれるだろう」
「ありがとうな」
俺は礼を言いつつ紙をマジックバッグにしまった。
――さて、これからどうするか。すぐに宝珠を取りに行くか?
考えながらグラスを傾けていると、グスタフがじっと俺を見ていることに気付いた。
何か言い足そうに唇が動くがなにも言わない。
気になったので俺から尋ねた。
「どうした、グスタフ。なにかあるのか?」
「一つ、頼まれてはくれないか?」
「まあ、俺にできることなら」
「なに、聖白竜の宝珠を探しているんだろう? そのついででいいんだ……娘を捜してほしい」
「ほう? 行方不明なのか……事件の可能性は? 小さい子か?」
誘拐かと思って尋ねた。
しかしグスタフは大きく首を振った。
「いや、娘は18歳。置き手紙があったから、自分の意思で家を出ている。でもどこにいるかわからず、心配だ」
「そりゃ、心配だろう。年頃の娘なんだから、どんな危険が――」
俺の言葉をさえぎって、グスタフは渋い顔に深刻な表情を浮かべた。
「いや、誰かを血祭りにあげていないか心配でな」
「そっちかよ! どんな危ない奴なんだ」
俺のツッコミに、グスタフは眉間にしわを寄せて顎を撫でる。
「私の血筋らしく、ドワーフにしては大柄。だが、骨密度や筋肉は人の数倍。結果とてつもない膂力を秘めている」
「ほう」
「百人や二百人の兵士や魔物相手なら、千切っては投げて虐殺してしまうだろう」
「別の意味で早くその娘を保護した方がいいな――リリシア、できるか?」
俺はリリシアを見た。
探し物は天使の得意技だ。
彼女はこくっと頷いた。エールを少し飲んだだけなのに頬が赤い。
「はい、お任せください」
「わかったグスタフ。後で探して連絡する。ただし、無事なようなら無理に連れ戻したりはしないからな」
「ああ、それで構わない。娘の無事さえ確認できれば」
グスタフはほっと息を吐いた。
この時ばかりはいかめしい公爵ではなく、不安そうな父親の顔をしていた。
――だが。
と、俺は考える。
勇者の頃ならこれでよかった。しかし今はただの人。
無償で人助けはしたくないな。
あっ、そうか。
俺はエールを飲みつつ言う。
「その代わり、娘の安否を知らせたら、リリシアの保証人になってくれ。無条件奴隷から解放したい」
「なるほど。交換条件というわけか。いいだろう――あの働きぶりは悪い人ではないだろうしな」
グスタフはリリシアを見てまじめにうなずいた。
俺はグラスを煽って飲み干すと立ち上がる。
「よし。だったら早いとこ用事は済ませよう。坑道へ行ってくる。……たぶん一時間もかからないだろう」
「うむ。夕餉の支度を用意させておこう」
俺とリリシアは礼を言って応接間を出た。
酔ったリリシアが、いつになくキリッと真面目な顔で歩いていたが、足元がふわふわとおぼつかなかった。
◇ ◇ ◇
公爵の屋敷を出る前に、庭のはずれの小屋にぷちエリを千本納入した。
それから敷地を出て、内町の方へ。
街の壁にあるエレベーターを使って第六坑道まで降りた。
隣にいるリリシアが弾むような足取りで歩いている。
「地面が柔らかいです、ますたぁー」
「えっ? あれだけで酔ったのか? リリシア」
「ふあーってしてます、ふぁー」
口を軽く開けて話すリリシアが、ちょっとアホっぽくてかわいかった。
が、仕事はしてもらわないといけない。
作業をしているドワーフに地図を見せて目的の支道を教えてもらう。
リリシアの手を引いて支道へ入ると、子機を取り出して話しかけた。
「じゃあ、コウ。邪魔な岩石ごと吸い取ってくれ」
『あいあいさー』
支道の壁に子機を当てると、むいむいと岩壁を吸い取っていく。
人が通れるように穴の大きさを調整しながら、奥へと進んだ。
後ろをついてくるリリシアを振り返る。
「リリシア、埋もれてる宝珠の正確な位置を教えてくれ」
「はーい」
片手を上げて伸びをすると、ばさっと白い翼を広がった。
垂れ目がちの瞳をとろんとさせて、むにゃむにゃと呪文を唱える。
「――おーらでぃてぃくと」
いつもより不規則な速度で白い羽が飛んでいく。
広がる形もいびつな楕円だった。
……酔いが醒めるまでドワーフ娘は探せそうにないな。
それからリリシアは斜め前を指さした。
少し下に向いている。
「こちらにありそうです~、ご主人様」
「わかった、ありがとうな」
「はーい」
微笑みながら気の抜けた返事をするリリシア。銀髪の頭が揺れている。
俺は指さされた壁に子機を押し当てて吸い取っていく。
3メートルほど進んだところで、壁から黄色い玉が現れた。
「お。これだな」
隣ではリリシアが指眼鏡で覗いてうなずく。
「はい、これです。土の宝珠に間違いありませんー」
俺は玉の周囲をぐるっと子機で吸い取った。
玉が手のひらに転がり落ちる。
――意外と簡単に終わったな。
マジックバッグに入れつつ言う。
「よし、じゃあ帰るか」
「はい、ご主人様」
薄暗い坑道を歩いていると子機が震えた。
耳に当てて話をする。
「どうしたコウ?」
『ちょっと気になったことがあるです』
「なんだ?」
『岩や土砂に不純物がないです?』
「ん? どういうことだ……?」
『まるでダンジョンが作ったかのような岩や鉱脈です?』
「えっ? 近くにダンジョンがいるのか?」
『おらぬです。たぶん死んだです?』
俺は眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「つまり、ここの鉱山はダンジョンの力を使って作られたということか? そしてダンジョンは消えたと」
『たぶん、そーなるです?』
「わかった。記憶にとどめておく」
『はいですー』
通話を切った。
そして、ふらふら歩くリリシアをつれて来た道を戻った。
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次話は1月20日予定。
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