126.ドワーフ公爵
遅れてすみません
ドワーフ領の街ミュルンベルクに来た俺は、落盤事故が起きたので助けることになった。
体格のいいギルドマスターのドワーフに連れられて、山の中に掘られた洞窟的町並みを駆け抜ける。
街の外れまで行くと、壁に大きなへこみが幾つかあった。人が数十人ぐらい入れるぐらいの大きな箱と言うべきか。
ギルドマスターのドワーフがさっさと乗り込む。途惑っている俺を見て鋭い口調で叫んだ。
「さあ、早く! 君たちも乗ってくれ!」
「なんだこれ?」
「エレベーターだ! 早く!」
せかされたので俺とリリシアは慌てて乗った。
すると扉が閉まって、ふわっと体が浮く感覚に襲われた。
リリシアが目を丸くしつつ呟く。
「これは……下に向かって降りてますわ」
「すごい技術だな。魔法を使っているのか?」
ドワーフ男が刈り揃えた髭を撫でつつニヤリと笑う。
「技術だ。扉を開いたらストッパーが働いて、扉を閉めるとおもりによって上下する。ドワーフの最新技術だ」
「すごいな、それは……だからか」
宿から出たとき上層へ行ける階段を探しても見つからなかったが。
エレベーターがあったから階段が必要なかったんだと気づいた。
感心しているうちに、地下へとついた。
扉が開くと、魔法光に照らされた薄暗い洞窟が目に入った。
白くけぶる埃っぽい空気と、悲鳴と怒号が飛び交っている。
「ダメだ、崩れた支え木が上がらねぇ!」「誰か、この人を助けてぇ!」「支道が埋まった! 誰か、手は空いてねぇか!」
さながら戦場のような雰囲気。
ギルマスのドワーフ男が叫ぶ。
「三班に分かれて行動しろ! 治療班は受付嬢とともに、崩落支道はベテランに、がれき撤去班は私について来い!」
「「「おおー!」」」
ドワーフたちが野太い声を上げて仕事を開始した。
俺はがれき撤去を手伝った。
リリシアは救助班で回復魔法をかけている。
俺が坑道を埋める瓦礫を撤去していると、髭面のドワーフたちが声を上げる。
「兄ちゃん、やるな」「人間のくせに、強いじゃねぇか!」「いい体してやがるぜっ」
髭面のドワーフたちに褒められながら瓦礫を撤去する。
頭や腕から血を流す鉱員たちを助け出すと、リリシアのいる治療班へと運んだ。
怪我人はドワーフが多いが人間もいる。
回復士の数が少ないためか、治療が間に合っていなかった。
「これは大変だな。間に合いそうか?」
「間に合わせますっ――高回復」
リリシアがポーションを怪我に塗り込みつつ、魔法を唱えた。
大けがをした人から順番になおしていく。
「おお、回復士じゃなくて治癒師なのか」「すごい。早くて正確だわ」「とても助かるぜ」
周りにいた回復士たちが騒然としつつ誉めた。
しかしまた遠くから地響きがして、悲鳴と崩落の音が響いた。
俺は顔をしかめて言う。
「ひょっとして二次被害が出たか……?」
隣にいた眼鏡をかけた受付嬢が苦し気に眉をひそめる。
「脆い地盤に行き当たってしまい、ここ最近は頻繁に落盤が発生してます。いったいいつまで続くやら……」
「ほう……」
俺はふいに閃いた。顎を撫でて考え込む。
リリシアが不思議そうに顔を上げた。
「どうされましたご主人様?」
「すまない、リリシア。とても悪いことを思いついた」
「え? な、なんでしょう……?」
「ぷちエリを使って治療したらどうだ?」
「まあ、売り込みに使うのですね……さすがですわ、ご主人様」
「ひどいとは思わないのか」
リリシアが治療する手を止めずに微笑む。
「ご主人様はもう勇者じゃありませんもの。人助けをしても国から報酬がもらえない以上、正当な対価は稼ぐべきです」
「たくましいな、リリシアは」
「はい、ご主人様の妻ですからっ」
「じゃあ、頼むぞ」
俺はマジックバッグから大量のぷちエリの瓶を取り出した。
受付嬢が眼鏡を光らせる。
「それは?」
「ぷちエリです。高性能なヒールポーションと思っていただけたらよろしいかと――このように」
リリシアが腕のちぎれかけた怪我人に近寄ると、腕をつないでからぷちエリをかけた。
みるみるうちに腕がつながる。
受付嬢が眼鏡の奥で目を見開いた。
「なにこれ! なんて回復力! ――ぜひ使わせて!」
「はい、一本2万、いえ5万ゴートになります」
「たかっ」
「安心してくれ。今日はタダだ」
俺の言葉に受付嬢が、ほっと胸をなで下ろす。
「助かるわ。ありがと! みんなも使って!」
「すげぇ!」「なんだこれ!」「怪我が治ってく……っ!」「ありがとう、アレクさん!」
治療班が驚愕の声を上げながら仕事を再開する。
俺もまたがれき撤去へと戻った。ちぎれた体も拾うようにと指示しつつ。
◇ ◇ ◇
一時間ほどで坑道は片づいた。
働いていた鉱員たちも全員助かった。
いろいろちぎれていた人たちも、五体満足で治ったのは驚きだった。
――ぷちエリの性能を知ることができた。ここまで高性能だったとは。
ギルドマスターらしいドワーフの大男がそばへ来る。
「話は聞いたぞ。君の持つ薬で全員助けてくれたそうだな?」
「ああ、どうだった? 役に立ったか?」
「立ったどころじゃないぞ! 何人も鉱員をやめないといけない大けがだったんだ。すばらしい薬だった!」
「ほほう。それはよかった……今後も使いたければ、有料で売ってもいいんだが」
「むぅ……交渉の余地はあるか?」
「まあ、大口注文なら」
「今日は泊まるところ決まっているか?」
「一応、宿は取ってあるが」
「キャンセルして、私の家に来るといい。お礼もかねてもてなそう」
「妻がいるが一緒でいいか?」
俺の言葉に大男がちらっとリリシアをみた。
「治癒師の彼女かね? もちろんかまわないぞ。超一流の治癒師だったそうじゃないか。治療班を任せたうちの事務員が感心していたぞ」
「そうだろ。リリシアはすごいからな」
「じゃあ、ついてきてくれ――みんなも今日の仕事は終わりだ。帰るぞ!」
「ういーっす」「了解です」「あぁ、生きて帰れたぁ」
疲れ切った人々とぞろぞろ歩いて上の町へとエレベーターで戻った。
◇ ◇ ◇
真上から降る昼の日差しが、鉱山町にして領都のミュルンベルクを照らしている。
その外町最上層にある領主の館に案内された。
白い石で作られた、三階立ての堅牢な建物。
ドワーフにしては背の高い大男が、分厚い胸を反らして手で指し示した。
「ここが私の家だ」
「大きいな。さすが公爵の家ってわけか」
俺の言葉にドワーフ男が目を見開く。
「知っていたのか――なんだつまらん。そうだ、私がグスタフ。グスタフ・エーデルシュタール・フォン・ドワーフ。ここドワーフ公爵領を任されている公爵だ」
「えっ!」「公爵様ご本人ですか!?」
俺とリリシアが驚きの声を上げる。
すると渋い笑みを浮かべてグスタフが答えた。
「なんだ、公爵本人とは気づいていなかったのか。これは愉快だ」
「いやいや、事故現場に公爵が来るとは思わないだろ普通」
俺の言葉にリリシアも銀髪を揺らしてうなずく。
「はい、てっきり公爵の息子様かと思っておりました。聞いた話ではご子息がギルドマスターをしているという話でしたので」
「うむ。実際にそうだ。息子がギルドマスターだ。だが、時には現場に出て領民の姿を見ないと、政策を立てられん。特にここドワーフ領は特殊だからな」
「ふぅん、いい領主ぶりじゃないか。俺はアレク、今は……何者なんだろうな? 冒険者をやりつつ王都でポーション屋をやってる。こっちが妻のリリシアだ」
「リリシアです、公爵様」
リリシアが修道服の裾を摘まんで優雅に一礼した。
グスタフが大きくうなずく。
「売り込みに来たというわけか。――うむ。こんなところで立ち話してもつまらん。さあ、入ってくれ」
グスタフが大股で歩き出す。
彼に続いて俺たちも大きな門をくぐって庭を抜けて屋敷へと入った。
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次話は三日後ぐらいに更新したいです。




