124.ドワーフの街ミュルンベルク
森の屋敷。
朝のまどろみの中、寝室のベッドで俺とリリシアは裸で寄り添っていた。
窓から斜めに入る朝日に、すべすべとした白い肌が心地よく照らされる。
俺は優しく銀髪を撫でつつ言う。
「おはよう、リリシア」
「おはよーございましゅ、ましゅたぁ……」
リリシアが垂れ目がちの目をとろんとさせて俺の胸に頬ずりしてくる。
自然と口の端から笑みがこぼれた。
「お疲れみたいだな」
「今までで一番すごかったですよぅ、ますたぁ……今、とても満ち足りてて、幸せです……」
「そうか、それはよかった。聖波気を与えるごとに強くなってるみたいだし、俺としても嬉しいよ」
「はい、もっと強くなって、ご主人様のために天使の力を取り戻しますっ」
俺は腕を回して華奢な体を引き寄せるとキスをした。
んっ――と甘い声でのどを鳴らすリリシア。
それから顔を離して彼女を見下ろした。
「じゃあ、今日は。ラーナの宝珠を探しにドワーフ領へ行くか」
「はいっ、ご主人様」
輝くような微笑みのリリシアと一緒にベッドに身を起こして出かける支度を始めた。
◇ ◇ ◇
朝食を終えた俺とリリシアはダンジョンの手前側広間にいた。
ラーナの宝珠はフォルティス王国南西にある山脈地帯の中にある。
コウの通路を使って近くまで行くつもりだった。
広場の壁の前に立っていると、コウが子機を通して尋ねてきた。
『どうするです? 通路は直通で作るです?』
「宝珠のある場所までつなげられるのか?」
『山の中になるです。ダンジョンに土砂が流れ込んでくるので、もーまんたい?』
「死ぬだろ。却下」
『だうー』
リリシアが地図を見ながら言う。
「急峻な山の中にありそうですね。鉱山として開発されているので、坑道が掘られているかもしれません」
「坑道に出たら出たで、人目に付きそうだな……」
天使の姿にならないと探せないが、堕天使はモンスター扱いだ。面倒になりそうなので、できれば人目に隠れて探したかった。
リリシアが細い指を立てて思い付きを提案する。
「エドガーさんに忍び込んでもらうとかはどうでしょう?」
「リリシアがいないと宝珠の正確な位置はわからないだろう……一度、山の近くの街に行って様子を見てみよう。新婚旅行の下見としてもいいかもな」
「はいっ、ご主人様っ」
リリシアが嬉しそうに笑った。
俺は頷きつつ子機で話す。
「というわけだコウ。付近の街近くに接続できるか? 人目につかないところがいい」
『やってみるだです。迷宮の呼吸、壱の型~ぶるーとふぉーすあたーっく……できたです』
「優秀だな。じゃあ、行ってくる」
俺は子機を切ると、リリシアを連れて通路を抜けた。
出た先は林の中だった。
坂道になっている。落ち葉が積もっていて足がすべりやすい。
慎重に歩きながら、道へと向かう。
「足元に気を付けるんだ、リリシア」
「はい、ご主人様」
ゆっくりと歩いて道へ出た。
山肌を這うように細い道が続いている。
道の先を目で追うと、谷に面した崖に張り付くように建物が建っているのが見えた。
階段状に建物が上まで並んでいる。
「すごい街だな」
「あれが領都ミュルンベルクですね。鉱山街にもなっています」
「大きめの建物から煙が上がってるな。確かに鉱山町っぽい」
「おそらく鍛冶場や製鉄所なのでしょう」
「行ってみよう」
街に向かって坂道を登っていく。
すぐ後ろをリリシアがついてきた。
谷を迂回してトンネルを通ると広い道に接続した。馬車も通れるらしいが、勾配はやはり厳しかった。
片側は急峻な崖になっている。
見晴らしはよく、流れ落ちる滝や遠くの山並みが見える。
ただ、吹き上げる風は心地よいものの、息は荒くなっていく。
「歳取ったら住めそうにないな、ここ」
「一度他の街へ出たら戻るのが大変でしょうね」
そんなことを言いながら街の門まで来た。
石材を組まれた堅牢な壁は継ぎ目が見えない。ドワーフの技術力の高さがうかがえた。
街に入ろうとしている人々は、人とドワーフが半々ぐらいだった。
人は馬車を従える商人か、体格のいい鉱員が多い。
ドワーフは背が低いが、ずんぐりした筋骨隆々の体格をしている。みんな自分の背丈ほどもある大きな斧やハンマーを背負っていた。
衛兵のドワーフに冒険者カードを見せて街へと入った。
見下ろしても見上げても、急峻な崖に家が張り付いている。どの家も太い煙突から煙が出ていた。
家じゃなくて工房かもしれないと、ふと思った。
道幅は広い。馬車が数台はすれ違える。
細い道が区画の間を通っているが、ほとんどは階段だった。
「馬車だとどうするんだ?」
「馬車は大通りを登っていくようですね。この大通りはゆるい傾斜がついていますから、端まで行けば段差なく上に進めるようです」
「なるほど……」
そんなことを話していると、ドワーフの衛兵が話しかけてきた。
髭もじゃなので年配の人かと思ったが、声が若かった。
「あんたらこの町は初めてかい?」
「そうだが」
「簡易な地図があるが、買うかい? 外町と内町の違いすら分かんねーと、迷うぞ?」
「わかった。もらおう」
「あいよ。100ゴートだ」
銀貨1枚を渡して簡易な地図をもらった。
ざっと見て外町、内町の違いに納得する。
自分たちが今いるのは外町の中部だった。
「ああ、山の内部にも街があるのか」
「東西南北だけじゃなく上下にも広がってて……立体的な街なんですね。大きいです」
リリシアが俺に寄り添いながら地図を覗き込む。
顎に指を当てて興味津々なまなざしで見る顔が可愛い。
ふいにリリシアがその顔を上げた。すみれ色の瞳と目が合う。
「どうされました、ご主人様?」
「いや、可愛いなと思って」
「ま、ご主人様ったら、もうっ」
頬をほんのり染めて恥ずかしそうに俯く。銀髪が照れる顔を隠してしまった。
俺は微笑みつつ言った。
「よし、中に入ってみよう」
「はい……っ」
照れるリリシアを連れて、山の中の街へ通じる広いトンネルに入った。
街を歩く。一見広い空間に見える内部。
大通りの両側は、三階建ての建物が階層の天井を支えている。というか削り出された建物のようで、壁には継ぎ目が一つもない。
意匠の凝らされた建物は魔法の明かりが照らされて華やかだった。
中部の階層は商店が多かった。食料や雑貨のほか、武器防具に装飾品を売る店が並んでいる。
どれもこれも上等な作りで、他の街では良品扱いの剣が安売り品として木箱に突っ込まれている。
それを人間の商人が目を光らせて眺めていた。
山の中をくり抜いてできた街とは思えないほどの大きさと賑やかさだった。
街ゆく人々はドワーフが多い。他種族もちらほらいる。
ただ、ちょっと気になることがあった。
「なんだろう? 怪我人が多いな」
包帯を巻いたり、杖を突いて足を引きずる人が一割ぐらいいる。
隣を歩くリリシアも悲しそうに眉を下げつつ首をかしげた。
「どうしたのでしょう? まるで戦争みたいですわ……」
「ドワーフ領はずっと平和だったはずだけどな。モンスターのせいか?」
すると、雑貨屋のおばさんが笑顔で話しかけてきた。横に太ったドワーフの女性だが化粧が濃い上に、妙に露出の多い服を着ている。
マダムとでも言いたくなる服装だった。
「あらぁ、あなたたち、冒険者かい?」
「ああ、そうだ。今来たところだ。……見たところ、けが人が多いみたいだが」
「あれはね、鉱山の落盤事故さ。最近多発しててねぇ」
「ほう」
俺は、ぷちエリが売れるかもしれないと考えた。売り込み方法が思いつかないが。
――じゃあぷちエリの価値を上げるためには影響をできるだけ減らさないと。
軽くこぶしを握って、ぐぐっと聖波気を圧縮した。たぶん半径10メートル以下。俺の聖波気を長いこと浴びていると怪我が回復してしまう。
利己的すぎて少し心が痛んだが、もう勇者じゃないんだと心に言い聞かせた。
俺の隣では、聖波気に敏感なリリシアが体をビクッと震わせる。
ただすぐに悟ったようで、別のことを口にした。
「おばさま、最近、何か珍しいものが掘り出されたとか、そういう話はないでしょうか?」
「さあ、聞いたことないねぇ。珍しいものなら、うちの店にたくさんあるんだけどね。見ていってくれないかい?」
「は、はいっ」
マダムが太い体で品を作りながら呼び込む強引さに、つい店へ入ってしまう俺たち二人。
でもさすがドワーフの店だけあって、細工を凝らした雑貨が多かった。
リリシアがすみれ色の瞳を輝かせて食器やポット、ペンダントを見ていく。楽しんでいるようだが、しっかりと指眼鏡で見ていた。
俺はマダムに尋ねる。
「ついでに、安くていい宿屋があったら教えてほしいんだが」
「んー、宿ねぇ。結局はあんたらの財布次第になるね。街の上層に行くほど上流で、下層に行くほど貧しい人が増えるから。治安もそれに準じてるのよぉ」
「なるほど。初めてでわからないから、上下真ん中、五か所ぐらい教えてもらえないか」
「あいさぁ。買ってくれたらね~」
ニヤリと笑いながらウインクするマダム。したたかだった。
俺は苦笑しつつ同意した。
「わかったよ――リリシア、何か欲しいものあるか?」
「えっ、よろしいのですか?」
「俺は特に欲しい物はないからな。――というかリリシアにあんまり買ってやれてない」
「嬉しいです……でも、そうなりますと、戦闘や治療に邪魔にならない装飾品がいいのでしょうね……うーん、見た目のきれいなものばかりです」
「はぁ~、べっぴんさんなのに、冒険者はこれだからぁ~」
マダムは呆れた溜息を吐きつつ、それでも装飾の少ないネックレスやブレスレットを勧めていた。
結局、青い石のついた、銀色の細い鎖のネックレスを買った。
それから宿屋の場所を聞いて店を出た。
リリシアは首から下げたネックレスを指でいじりながら、嬉しそうに微笑む。
「これは良い物です。内緒ですが【回復力上昇】が付いています。回復魔法の効果が上がる? みたいです」
「ほほう。それはいい買い物したな」
「はいっ。ご主人様のおかげですっ」
そう言って俺の腕に抱き着いてくる。大きな胸が柔らかく押し付けられた。
その後も各店を覗いて情報集めをしつつ、まるでデートのように街を楽しんで歩いた。
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次話は2~3日後に。よいお年を。
→125.ドワーフの街でぷちデート




