120.暴君大猪(タイラントボア)!
王都南東の森の中。
ホワイトボアとの交渉は決裂した。
50体のグレートボアを引き連れて突っ込んでくる。落ち葉が舞い上がった。
俺は黒い刀身の片刃剣を鞘から抜き放った。
剣を構えながら叫ぶ。
「雑魚は頼むぞ、フェンリル!」
「任せてもらおう! ――氷刃吹雪!」
広場に白い吹雪が吹き荒れた。
猪たちが走りながら寄り添う。
外側の猪は氷の刃に倒れていったが、内側にいた猪は速度を落とさない。
「オレ、最強――効かぬ!」
ホワイトボアから放たれていた青白い光が、ぐぐっと巨体に収斂していく。
「お前、圧縮できるようになったのか!」
「さらに――重撃突進!」
彼の巨体が加速した。全身――特に前面を聖波気が覆って岩のように堅くなる。
「だが――聖導斬撃!」
俺は大きく踏み込んで真上から振り下ろすように聖剣技を放った。
ガァン――ザァァンッ!
手に重い衝撃が走った。肉を切ったとは思えない硬さ。
だが切っ先は青白い軌跡を描いてホワイトボアの巨体を切り裂いていた。
「グガァァァ!」
立っていられなくなったホワイトボアは、勢いそのままに地面へ突っ込んできた。
ずざざっと巨体が滑る。
俺は横へ飛んで巨体をかわした。
しかしすぐ後ろからグレートボアが壁のような固まりになって突っ込んでくる。
すぐには次の動作に移れない。狼たちも避けるしかない。
――まさかこれを見越して先走った突進をしたのか!?
「くっ――聖光強烈破」
俺は剣を引いてから思いっきり突き出した。
ドゴォッ! と壁を吹き飛ばす。
しかし空いた穴を塞ぐように、後ろからイノシシの波が押し寄せる。死を恐れぬ狂気の突進。
操られているのか!?
――と。
俺の体に銀色の鎖が巻き付いた。
「ご主人様っ!」
リリシアがフレイルで俺を引っ張った。
一本釣りされた魚のように宙を飛んで彼女の元へと引き寄せられる。
――細腕なのに、めっちゃ強くなってる。
俺はそんなことを思いつつ、リリシアに抱きしめられながらお礼を口にする。
「助かった、リリシア」
「当然です、ご主人様!」
猛烈なイノシシの突進を避けるように、狼たちが左右から、または上から襲いかかる。
フェンリルも鋭い牙と爪を振るってなぎ払う。
リリシアはフレイルのおもりでイノシシを殴るだけでなく、前足に鎖を絡めて転がしていた。体勢を崩したイノシシののど元へ狼が噛みつく。
しかし数が多い。
騒ぎを聞きつけたのかイノシシが森の中から次々と現れる。
精悍な、若いイノシシが多かった。
――なんでこんなに数が……って、そうか! 天敵がいなくなったから爆発的に増えていたんだ!
こうなったら範囲攻撃で一気に殲滅したいところだ。
ふと、勇者の使う聖剣技を思い出す。
型は覚えたが発動できなかった技。
聖波気を12メートルまで圧縮しながら自分の感覚を確かめる。
――今なら、行けそうだ。
俺は剣を体の横に構えると、圧縮した聖波気を腕と剣に込めて叫んだ。
「よけろよ、狼! ――魔王撃滅閃!」
大きく一歩踏み込みながら、一気に振り抜く。
ズァァァン――ッ!
巨大な斬撃が輝く軌跡を残して水平にほとばしった。
狼たちが素早く飛び上がる。リリシアも白い翼を広げて空を舞った。
突進してくるイノシシは即座に動けず、残っていた40体ほどがまっぷたつになった。
魔王を倒すためにあると言われた勇者の奥義。
勇者の時はなぜか使えなかったが、圧縮が決め手だったとは。
午前の爽やかな日差しに照らされる森の中の広場。
動くイノシシはいなくなった。
俺の隣にリリシアが白い修道服の裾を広げて舞い降りる。すらりとした足が太ももまで見えた。
「すごいですわ、ご主人様! 勇者の奥義を使いこなすなんて! やっぱりご主人様が本物の勇者ですっ」
フェンリルも目を見開いて唸った。
「これぞまさしく悪を消し去る聖なる一撃。長がなぜそなたを慕うのか、今わかった。認めよう。そなたこそ誠の勇者だ」
「誉めてもらったところで悪いが、俺は元勇者だよ、元。もう戻る気はないからな」
「わかっています、ご主人様。それで十分です。きっとこの世にいるだけで悪を払うお方ですから」
リリシアが垂れ目がちの瞳を潤ませて俺を見上げた。
まっすぐな視線に照れてしまい、俺は目を逸らした。
するとホワイトボアの傍に、大きめのうり坊が涙目で寄り添っている姿が目に入った。
ホワイトボアは巨体のために、アルテマスラッシュの一撃も受けたらしい。
横たわった半身が少しずれている。
「父さん、目を覚ましてよ、父さん……」
「イノシシ、いつも食われるばかり。オレ、イノシシの、楽園、つ、く、る」
白い毛皮を血で赤く汚しながらホワイトボアが立ち上がる。切断された半身が少しずつズレていく。
俺は溜息を吐きつつ剣を構えた。
「まだ言うか……。諦めろ」
「オレ、オレ! さいきょぉぉぉ!」
ゴフッとホワイトボアが血を吐きながら叫んだ。
その瞬間、彼の体から真っ黒いオーラが放たれた。
白かった毛皮が真っ黒に染まっていく。傷も消えていく。
「と、父さん!?」
ウリ坊が叫びながら途惑って一歩下がった。
俺は思わず叫ぶ。
「離れろ、ウリ坊!」
「は、はいっ」
ウリ坊が細い足を動かして距離を取る。
翼を広げて空に浮かぶリリシアが、指眼鏡をして叫ぶ。
「ご主人様! Sランクです! Sランクの闇暴君大猪です!」
「ここにきて、進化したってのか……最悪な方向に」
勇者をやっていた時でも聞いたことがない、初めて見るモンスターだった。
ホワイトボ――ダークタイラントボアを中心に黒いオーラが放たれる。
黒いオーラは伝染してグレートボアたちの死体を包む。すると一匹、二匹と、次々起き上がった。
死者をゾンビとして復活させる能力も持つのか。
――が。
俺はまったく焦っていなかった。
それどころか、呆れ気味に肩をすくめた。
「リリシア、いまいちよくわかってないが、こいつはもう悪魔みたいなものになってしまったと言うことだな?」
「は、はい……欲望のままに、闇に飲まれてしまったかと。闇属性と邪属性を併せ持つ、狂暴なSランクモンスターになってしまいましたわ」
「そうか……じゃあ、やるしかないな」
俺は大きく息をすると、腕の力を抜いた。
圧縮されていた聖波気が緩んで広がる。
――25メートル。
10メートル以上離れていたダークタイラントボアが、濃厚な聖波気の範囲に入った。
彼の放つ黒いオーラと黒い毛が粉々になって消えていく。
俺の聖波気の重圧に耐えきれず、前足を折って顔を地面につけた。
「ぐぉぉ――っ! なんだ、なんだ、これは……」
「俺の力だ。この森の主としての力だ」
「こ、これが……グワァァァ!」
ダークタイラントボアは黒い巨体を震わせて断末魔の叫びをあげる。
真っ黒な体が端の方から粉々になって崩れていく。
起き上がっていたグレートボアの死体も一匹、二匹と倒れていく。
そして、ダークタイラントボアは燃え尽きた灰の山となった。
広場に風が吹き抜けると、黒い粉が風に散らされて消えていった。
あとにはグレートボアたちの死体が残った。
俺は剣を鞘に戻しつつ呆れ気味に言った。
「俺に対抗するため、よりにもよって邪悪な存在に進化するなんてな。斬るまでもなかった――ウリ坊、すまなかったな」
「仕方ないです……父さんはもう、ずっとおかしかったですから。母さんや妹弟に暴力振るうし……あの」
「ん? なんだ?」
ウリ坊はおずおずと尋ねてくる。
「また、お屋敷の庭に遊びに行っていいですか?」
「ああ、良かったら来てくれ。その妹や弟たちを連れてな」
「ありがとうございます、アレクさまっ」
白いうり坊は涙目で頷いた。話を聞いた感じ長男のようだ。
家族のことを考えて辛い思いをしてきたのかもしれないと思った。
俺は近くにいるフェンリルを見て言う。
「フェンリル。白いのには手出しをしないようにしつつ、見張るようにな」
「わかった、アレク殿よ」
「よし、だったら帰るか」
俺が屋敷へ戻ろうとするとリリシアが言った。
「イノシシさんたちの肉はどうされますか?」
「ああ、そうだな……さすがに多すぎて食べきれないか。ある程度は売って、残りはコウに吸収させよう……フェンリルも食べるか?」
「貰えるなら部下たちに食わせたい。腹を空かせてるようでな」
「わかった。皮は別にいらないだろ? 解体後に何匹か分けよう」
「かたじけない」
そしてイノシシをマジックバッグに入れると、俺たちは屋敷へと戻った。
解体は面倒だから、コウにやってもらうつもりだ。
屋敷へ戻るころにはだいぶ日差しが傾いていた。
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次話は22日更新。
→121.ごたーいめーん
 




